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七月のなまけもの
七月のなまけもの

No.640

#語彙トレ2026 『灰になるまで君を呼ぶ』03/21~03/31分をまとめました。
これにてアルファズル南の大陸マルディアスの物語は、語彙トレではおしまいです。
ちょっと切ない終わり方ですが、全ては狭義の『アルファズル戦記』である西の物語に集約されるため、灰君を長編にする時が来たら、きちんと一本の線を通そうと思います。

前回→632

03/21-彼岸
『やあ。彼岸の淵から語りかけさせてもらっているよ。
 マルディアスは「終焉の獣」の破滅からは逃れた。だけど、この話には続きがあるんだ。
 眠りと現のはざまで、私が泡沫のように垣間見ている彼らの景色を、君達にも見てほしい。
 だから、もう少しだけ、死にぞこないの見る夢に、付き合ってくれるかな?
 見てほしいんだ。
 朝が来て、花が芽を出し、新しい世界に向かって努力する人々の姿を。
 そして、歴史に名は残らないが、たしかに英雄だった、我が息子の行く末を』

03/22-掠奪
 世紀末、というものがかつてあったらしい。マルディアスの『鋼鉄の獣』より凶暴な兵器が地を焼き尽くし、死の灰が降り注ぐ世界で、生き残ったひとびとは掠奪の暴力に怯えるしか無かった。そこに、必殺の拳を繰り出す救世主が現れたと。
「それ、旧時代の創作だろ」
 ほかのメンバーのからかいに、LINKS隊員の青年は、顔にかけていた漫画本を持ち上げて、身を起こす。
「まあそうだけど」
 そして、復興の重機の音が鳴る、ターミナル・ゼロの窓外へ視線を馳せる。
「現実の救世主殿は、拳じゃなくて、銃で終わらせたからなー」

03/23-隠蔽
「ブリームが隠蔽した悪行につきまして、証拠をまとめてきました」
「ありがとう」
 執務机に向かうレイティスに、ジークハルトが書類の束を渡す。
 アグレイシアに帰ってからの皇女は、まだ回復しきらない父皇王に代わって、戦後処理に慌ただしい。三国の中でアグレイシアだけが、アヌナークの被害を受けなかったのもあって、他国への援助にも追われる中、宰相の悪事の後片付けもしないといけない。
 そんなに大変なのに、国に残っているだけだった護衛騎士は淡々と仕事を運んでくる。
「レティ、少し休みなよ」
 侍従見習いになったマオは、ぷうと頬を膨らませる。皇女が苦笑した。

03/24-脈動
「おーい、誰か来てくれ!」
 ビザーリム研究所跡の片付けをしていた作業員が、瓦礫の山の上から手を振った。ヘルメットをかぶった同僚達が集まると、彼は手にした計測器を指差す。
「妙な波形が見えるんだ」
 26 まるで、その下で何かが脈動しているかのように、計測器は微弱な振動を感じ取る。
「『終焉の獣』を格納していた場所だからな。幽霊が出てもおかしくないくらいさ」
「気にすんな気にすんな!」
 作業員に言い置いて、仲間達はそれぞれの作業に戻る。
「……マジで怨霊だったりな」
 それきり彼もその場を立ち去る。
『私が……マルディアスを……』
 怨嗟は誰も聞きもせず。

03/25-転変
 世の中は有為転変する。マルディアスでも、三国の力関係は常に変化してきたし、ファルメア帝国が大陸の唯一絶対として君臨していたこともある。その前には、幾つもの小国が乱立して、果てしない争いを繰り返していた。
「今の世が、一番平和だよ」
 瓦礫を背に、老人は子供達に語る。まだ街は復興の途中だが、作業をする若者達の表情は明るい。誰もが、長き闘争が終わったことを確信している。
「これからは、お前さん達が、マルディアスの平和を保ってゆくのだぞ」
 それを見届けられるまでわしは生きられぬが、と、老人は手にした杖に寄りかかって笑った。

03/26-嗚咽
 ふらふらと。溶け果てた建物の間を歩いてゆく男がひとり。顔には火傷の跡があり、右手は手首からぽっきりと折れたかのごとく無くなっている。薄汚れて擦りきれた服をぼろのように纏って、虚ろな目で歩いてゆく彼に、声をかける者はいない。
 道に落ちていた岩に足をひっかけ、簡単にバランスを崩して倒れ込む。がん、と痛そうな音がして、こめかみのあたりからじんわりと血が地面に広がり始めた。
「父上……」
 子供のようにぽろぽろ涙を流しながら嗚咽する彼を、助けるものはいない。
 その襟元から、首にかけたドッグタグが覗いている。
 No.1412 LINKS所属
 が見える。

03/27-宿命
『あの姉弟が戦うのは、定められた宿命なのだよ』
 おかしな笑いを洩らしながら、父はメスを握っていた。
『だから、お前がそこに関わるのも宿命なのだ。役に立たなければ、お前が生きている意味も無い』
 泣きたくても泣けなかった。泣きたい、という感情さえ凍りついていった。
 なのに、彼は自分を呼んで手を伸ばしてくれた。宿命とか運命などくそくらえとはかりに。ただ一人の大切な幼馴染として、灰になっても構わないとばかりに呼び続けてくれた。
 隣で寝息を立てる、どこか幼い寝顔を見つめる自分の胸に、氷を溶かす温かい火が灯るのを感じる。
 生きていて良かったと、やっと思えた。

03/28-黎明
 三国が統一されて、新生皇国ができることになった。帝国では、ファルメアの悪行を継ぐようで、かといって三国のいずれかを名乗っては、その国が戦勝国のようになる。
 三国の生き残った重臣達が頭を悩ませた末の、レイティスを皇王に据えた、『マルディアス統一皇国』の誕生であった。
『黎明期には、ぶつかり合いも、わだかまりもあるでしょう』
 戴冠式で、豪奢な衣装に身を包んだ皇王は演説した。
『それでも、皆さん手を取り合って、マルディアスの未来を共に拓いてゆきましょう』
 ラジオから流れてくる、凛と張った声に、あの子供返り皇女も立派になったな、と笑みをこぼした。

03/29-泡沫
 泡沫の夢、という言葉があるのは、皇王のもとで学び始めて知った。
 彼女にはもっと自由に生きて欲しいのに、三国の責任を一身に背負って、逃げることもできない。
「それが上に立つ者として生まれたあのお方の決めた道だ」
 護衛騎士は相変わらず平然と言い放つ。
 だから決めた。
 侍従見習いなんてのうのうとしていないで、剣を取って彼女を守ると。
『あなたはこちら側へ来てはいけない』
 かつて言った女性の顔を思い出す。
 彼女とその幼馴染の青年を守ることにも繋がるのだ。自分が傷つくことくらい、全然構わない。
 そうして、少年は夢から覚めて大人になる。

03/30-虚妄
「『終焉の獣』を倒したのは、この俺様だぜ!」
「嘘つくんじゃねえ! お前みたいな図体ばかりのやつに、あのデカブツを止められるはずがねえだろ! 俺こそが英雄だ!」
「君達、待ちたまえ。本物を前に、それは無いのではないかい?」
 ヴァルファレス市街の燃え残った場末の酒場では、今日も虚妄に満ちた、嘘つきどもが囀ずっている。
「はいはいはいはーい。虚飾も妄言もそこまで」
 そこに、LINKSのジャケットを羽織った数人の男達が入ってくる。
「俺達の英雄様を騙る奴らは、LINKS権限で逮捕しちゃおうかな~」
「す、すみません出来心でっす!」
 今日も揉め事は絶えない。

03/31-凋落
 庭に咲いていた花は、すっかり凋落した。
 彼女が弱ってゆく日々を数えるように、ひらり、はらりと、少しずつ数を減らしたのだ。
 だが、それと引き換えに、大切な思い出はひとつ、またひとつと、積み上がっていった。
「ありがとう」
 今際の際に、彼女は凍っていた感情が溶けた、心からの笑みをひらめかせた。
「あなたのおかげで、幸せな人生だった」

 愛する人は眠った。養父も永き停止をした。生きている仲間達は、大陸を立て直し、今も先頭に立っている。
 ならば、始祖種ヴァーンとして、自分がやることは、ただひとつだ。
 大事な人々が生きた、生きている世界を、守るために。畳む


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