home book_2
chat
七月のなまけもの
七月のなまけもの

No.647

#語彙トレ2026 『雪が解けて春になる』番外編 04/01~04/10分です。
灰君が一旦終息したので、北の大陸の番外編を始めました。
GWの文フリで刊行する下巻の範囲に足を突っ込んだ話が多いのは、上巻範囲縛りにすると、掘り下げる事が少ないからです!

04/01-鮮烈
『私はこの世界「アルファズル」で起きた、大きな戦乱と、その先にある始祖種と神の戦いを、生涯を懸けて、物語として記すことにした。
 その為に、東西南北四つの大陸を旅し、現地のひとびとから伝説を語り聞いて、懸命に書き留めた。
 北の大陸フィムブルヴェートで聞いた伝承も、始祖種ダイナソアの竜兵と人間の王子の愛の物語は、私の心に鮮烈な印象を焼きつけた。
 しかし、それは本伝「雪が解けて春になる」に書くとして、この番外編では、本伝で語られることの無い小さな出来事を記してゆこう。』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記 異聞録』)

04/02-呪文
 呪文のように繰り返された。
「そなたは英雄リヴァティの正統なる子孫。生まれながらにしての王の器なのですよ」
 だから傲然とあった。なのに格下の連中は自分を恐れて離れていった。
「下々の顔色など疑わなくて良いのです。失礼な者は切り捨てなさい」
 言われた通りにした。誰も自分をまっすぐに見なくなった。正面から見てくるのは、弟だけになった。
「あのような下賎な血を引く者と、そなたが、対等などとあり得ないのです」
 心地の良い呪いの言葉にすがった。
 結果、母は毒の入った茶を飲んでひっくり返った。
 命じたのは自分だ。
 ああ、やっと解き放たれる。

04/03-追憶
 母の祖国へ、一度だけ行ったことがある。叔母を埋葬するためだ。彼女が悪意を受け続けた国に弔うのは嫌だと、母が言ったのだ。
 薄ピンクの桜が舞う中、母方の祖父が立ち会った。叔母は庶子で皇女とは認められなかったが、祖父はきちんとこのひととその母親を愛していたのだと思い知った。
 墓石の前で、はなをすすり上げながら泣く、幼い従弟の手を握り、この子は自分が守らないといけないと誓った。自分に優しかった叔母の分まで。

 なのに。

 兄の凶刃の前に、従弟は桜のように儚く散った。
 追憶の中で、あの子は今も朗らかに笑っているのに、もう握る手はここに無い。

04/04-摩耗
「お前は本当に馬に乗るのが下手だな」
 親友兼相方のマイケルに馬上から見下ろされて、ニーザは軽く舌打ちした。
「なんでお前はそんなしれっと乗りこなしているんだ」
 主君のヒオウ王子さえ、やんちゃな馬に振り回され、手こずっている。ニーザに至っては、何回振り落とされたかわからない。心が摩耗して折れても仕方無いくらいだ。
 なのに、このなんでもそつなくこなす幼馴染は、主君の先すら超えて、馬をどうどうとなだめている。
『マイケルは本当にすごいな』
 お世辞でもなんでもなく、あるじは言うのだ。
『ニーザも。よく諦めない』
 本当に、悪気が無いから、困ったひとだ。

04/05-逆説
「おはよう、コウ」
 やたら野太い声が聞こえる。自分をその名で呼ぶ者は、ひとりしかいない。
 振り返ると、筋骨隆々として、自分より背の高くなった、銀の髪に金の瞳の竜兵が、軽々と自分を抱き上げた。
「ゼファー!?」
 驚いた自分の声が高い。
「はは、コウは可愛いね」
 言われて自分の身をあらためる。髪が伸びて、男には無い凹凸がある。
 悲鳴をあげたところで、寝台の上にがばりと起き上がって目が覚めた。
「願望が逆説的に叶った夢じゃないですか」
 あまりにもあんまりだったので、軍師にこぼしたら、彼は腕組みして『そんな話を俺にするな』とばかりにうんざりしていた。

04/06-桎梏
『隷属国の娘の子が、王子面をして』
 血筋を尊ぶ連中は、そう言って嗤った。
『あなた様こそが、この国の希望なのです』
 民は兄のいない隙に、すがりついてきた。
 どう足掻いても自由にならない、桎梏で雁字搦めにされた人生で終わるのだと思っていた。
 それなのに。
「コウ!」
 君が私のもうひとつの名前を呼ぶ度に、どれだけ嬉しくなったことか。その笑顔に、磨り減った精神をどれだけ救われたことか。
 だから、君の力になろう。若くして大陸の命運を背負った君の槍に、盾になって、守り抜こう。
 幼い頃、誰かを守ることの大切さを教えてくれた、君のために、この命を懸ける。

04/07-沈殿
 母の言葉は呪いだった。
『神にもなれる血筋なのに、兄の役にすら立てないとは、そなたは失敗作であることよ』
『ああ、ああ、あの女の息子のようにうざったい。その顔をわたくしに見せるでない』
『おまえなぞ、産むのではなかった』
 自分勝手な言葉は、わたしの心の泉に、毒を沈殿させていった。
 王宮の奥に押し込められて、使用人にも無視されて、泣いてばかりの日々。

『ぴいぴい泣くな。うっとうしい』

 そうぶっきらぼうに言いながら、白い薔薇を手折って差し出した兄の顔は、逆光でどういう表情をしているかわからなかった。
 だけど、たしかに彼はわたしの太陽になった。

04/08-昏迷
 この大陸は、ひとを『鬼』にする『霧』に覆われている。いつからそうなのかわからない。ただ、かつて外の大陸との交流はあり、『霧』によってそれが全て遮断されたのはたしかだ。
 僕の叔母も、水を汲みに行って、うっかり『霧』に触れてしまった。叔父がどんなに呼びかけても、昏迷に陥ったように応じず、虚ろな顔は次第次第に白く変わっていった。
『娘にこんな母親を見せるくらいなら』
 叔父は剣を持ち出し、反応しない叔母を斬った。白い血を噴き上げながら仰向けに倒れてゆく叔母は、ひとならざる顔で、ゆるりと優しく微笑んで。
『……ゴメンネ』
 と涙一筋をこぼした。

04/09-逸脱
 竜族は、過ぎたる力を持ってこの大陸を脅かす、摂理から逸脱した存在だと、ひとびとが騒いだ時代があった。
「まだ、竜族が始祖種の代わりに大陸の守護者として生まれたのだと、認識されてない頃だったからね」
 湖畔で語る竜王の言葉に、幼い竜兵達は表情を曇らせる。
「だが」
 美しい竜王がぱちんと指を鳴らすと、湖面が波立ち、獣の姿を取った。
「『竜王に害意がある者を決して通さない』この湖が、こうして不届き者を追い返し、当時の竜王を守ったのだよ」
「やはり竜王様はすごいんですね!」
 興奮気味になる竜兵の長兄に、竜王はゆるりと笑み返してみせた。

04/10-郷愁
 ノスタルジア、という地域がある。郷愁の名を冠したその地には、古くから吸血鬼が棲んでいた。
『鬼』とは異なる生態系を持ち、『鬼』とは違ってひとの姿に近く、理性も保っている。だが、ひとの血を好んですすり、不死者の眷属を増やすあたりは、フィムブルヴェートのどの種族とも違う。
 彼らがどこから来たのか。『霧』に閉ざされた世界では最早わからない。たしかなのは、彼らがひとに害をなす脅威であることだけだ。
「……害獣と同じだな」
 心臓を貫かれて朝日に溶けてゆく吸血鬼を、蒼い瞳で見下ろしながら、吸血鬼狩りの青年は、仕込み杖の刃についた血を振り払って、納刀した。畳む


#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる

ひとりごと2026年,創作,小説