『灰になるまで君を呼ぶ』02/01-02/10 #語彙トレ2026 まとめました。主人公ピンチ。 前回→591 続きを読む02/01-潜伏 マオを加えて三人になった一行は、サイドカー付きの中古車に乗り換え、戦争から逃げてきたきょうだいを装ってジュメールの国境街に入った。 上手く潜伏できたと思う。のだが、どうにも身体が重い。マオを拾った町を出てから五日。自分の悪い勘が当たるなら、潜伏期間を経た頃だろう。 「マオ」 だらだらと汗を流しながら少年の名を呼び、硬貨の入った革袋を放る。 「目立たない裏通りの宿で二部屋取れ。で、闇医者を探せ。間違ってもまっとうな医者を呼ぶなよ」 そこまで言ったところで、ディックスの意識は沈み込む。 「ディーク!?」 レイティスの声が遠くに聞こえた。 02/02-呻吟 浅い呼吸の合間に呻吟が混じる。氷嚢を載せても、高熱の前にあっという間に溶ける。 「こりゃ、アタシにもどうしようもないね」 お手上げ、とばかりに闇医者の女は両肩をすくめた。 「あんたら、同じ場所から来たんだろ? 伝染病にしても、なんでこのぼうやだけ発症して、あんたらがピンピンしてるのか、わからない」 「ディーク、しぬの?」 レイティスが涙目で闇医者を見つめる。女は溜息をつき、首を横に振る。 「ビザーリム研究所まで行けばあるいは。だけど、あんな気のおかしい連中の吹き溜まりにあんたらをやれないよ」 レイティスの表情が、絶望的になった。 02/03-狡猾 「レティ、間違っても兄ちゃんを救うためにビザーリムに一人で行くとかすんなよ」 マオはディックスにつきっきりの子供返り皇女に声をかける。どこの国にも属さない町で育ったマオにとっては、どこの国も敵だ。だけどディックスは、LINKSであることを隠さずに、レイティスがアグレイシアの皇女であることも話してくれた。自分を一人の男として見込んでくれたのだ。……と前向きな解釈をする。 「レティは兄ちゃんを看てろよ」 マオの言葉に、皇女はゆるゆる頷く。それを見て部屋を出る。 我ながら、こういうのは『狡猾』と言うのだったか。 「命賭けてみたいじゃん、男ならさ」 02/04-残照 マオは宿を出て裏通りを走る。 ビザーリム研究所というのがどこかはわからない。酒場に行っても、「ガキはおうちでミルクでも飲んでな」と叩き出されるだろう。 行くあても無いまま、山脈に落ちる残照をぼんやりと眺めていると、ひゅうっと冷たい風が吹いた気がして、顔を上げる。そしてぎょっとした。 いつの間にか、茶髪に黒瞳の女性がマオを見下ろしていた。気配など無かった。驚きで心臓がすくみあがる。 「あなた」女が口を開く。「ディックスを助けに行くつもり?」 何故知っているのか。警戒心を満たして睨みつけると、女はゆるゆると首を横に振った。 02/05-微睡む 青年にもたれかかったまま、微睡みに落ちたレイティスは夢を見た。 氷色の瞳を持つ男が、自分を見つめている。 『どうか今は、堪え忍んでください』 両手を握り締める手はひんやりとしている。 『ブリームの企みから貴女を逃すには、これしか無い』 貴方も一緒にと言っても、彼の決意が覆ることは無い。 『貴女は外からの援助を。私は内から奴を崩します』 そして彼は背を向けて去ってゆく。行かないでと手を伸ばしても届かない。 「ジーク!」 叫びながらばっと顔を上げる。 そうだ。何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことを。 涙が頬を伝った。 02/06-遡及 「その言い分は認められません」 「しかしながら、皇女殿下」 凛と背を伸ばして睨み付けても、宰相は飄々と肩をすくめた。 「『皇王が政務に就けない場合、宰相にその権限を譲渡する』、これは陛下が倒れられた半年前まで遡及して有効です」 半年以上前からお前が仕込んでいたのだろうが。殴りかかりたい拳を握り締め、怒りを飲み込む。 「ならば、わたくしはやはりアサル=アリムに赴き、父上を治す術を探し、同時に、ジュメールに対抗する同盟を結んでまいりましょう」 ブリームがあからさまに嫌そうな顔をする。自分の背後で護衛騎士が痛快に唇を持ち上げる気配がわかった。 02/07-深淵 結局ジークハルトを皇都に置いたまま、少数の護衛を伴って国を出た。それをブリームが見逃すはずが無かった。 アサル=アリムの街道をゆく途中で、馬車が賊に襲われ、御者を斬り捨てられた暴れ馬は土手を落ちて、河に放り出された。 深淵に沈みゆく中、護衛騎士の名をあぶくで繰り返しながら、意識を失い、すべてを仕組んだ宰相の手の者に引き上げられた時には、理性も失っていた。 護送の途中で、LINKSと戦闘になっていなかったら、自分は人知れず消されて遺体が国に帰っていただろう。 だが、自分は生きているのだ。 「ディーク」 苦しそうな青年に呼びかける。 「ありがとう」 02/08-禁忌 ティナ・シュミットと、女性は名乗った。ディックスの幼馴染だとも。その割には、アグレイシア軍の兵服を着ていて、どうにも胡散臭い。 「信じなくてもいい。でも、今は目的を同じにする同志だと思って」 無表情で言い切るのも怪しい。だが、マオの子供ながらの勘は、嫌悪感で突き放すのは悪手だと告げていた。 「おそらく、ジュメールは禁忌を犯した。LINKSの介入を恐れ、始祖種ヴァーンだけを殲滅するウィルスを、『鋼鉄の獣』に搭載していた」 淡々と語るティナの話が全部わかるわけではない。ただ、子供の自分にもわかる。ジュメールが、三国一の悪党だと。 02/09-翻弄 ティナと共にゆく道は、戦争に翻弄されたひとびとの絶望の残骸だった。建物の陰にもたれかかったまま息絶えている軍人。明日の食料に餓えた老人。親を求めて泣いている、自分より幼い子供。 「ジュメールは敵じゃないの?」 彼らに目もくれずすたすたと進むティナとの沈黙に耐えかねて訊ねれば、彼女は淡々と返してくる。 「たしかに、戦に敵と味方はある。だけど善悪は無い。誰もが我が国が正義だと言い張り、誰もが己の悪行から目を逸らす」 少年を見下ろすティナの表情は、やはり冷たいままだ。 「あなたはこちら側に来てはいけない。撃たずに、ただ公正に、事実を見ていて」 02/10-瓦礫 瓦礫の山を漁っている少女がいた。服は薄汚れて、むき出しの腕や足はあちこちが傷ついている。埋もれそうなほどに体を突っ込んで、何かを探している。 「……何やってんだよ」 マオは見過ごせず声をかける。少女はびくりと身をすくませ、のそのそと這い出てきた。 「ママの」 つぶらな目を潤ませる。 「ママの形見のペンダントが、この中に」 見つかるはずが無い。潰されて、自分も瓦礫の一部になるのが関の山だ。そう告げようとした時、ティナが瓦礫の前に膝をついて、手を触れる。そこから鉄屑の山が凍りついて砕け、きらきら光るトパーズのペンダントが残った。畳む #アルファズル戦記 #灰になるまで君を呼ぶ 2026.2.11(Wed) 12:23:49 創作,小説 edit
#語彙トレ2026 まとめました。主人公ピンチ。
前回→591
02/01-潜伏
マオを加えて三人になった一行は、サイドカー付きの中古車に乗り換え、戦争から逃げてきたきょうだいを装ってジュメールの国境街に入った。
上手く潜伏できたと思う。のだが、どうにも身体が重い。マオを拾った町を出てから五日。自分の悪い勘が当たるなら、潜伏期間を経た頃だろう。
「マオ」
だらだらと汗を流しながら少年の名を呼び、硬貨の入った革袋を放る。
「目立たない裏通りの宿で二部屋取れ。で、闇医者を探せ。間違ってもまっとうな医者を呼ぶなよ」
そこまで言ったところで、ディックスの意識は沈み込む。
「ディーク!?」
レイティスの声が遠くに聞こえた。
02/02-呻吟
浅い呼吸の合間に呻吟が混じる。氷嚢を載せても、高熱の前にあっという間に溶ける。
「こりゃ、アタシにもどうしようもないね」
お手上げ、とばかりに闇医者の女は両肩をすくめた。
「あんたら、同じ場所から来たんだろ? 伝染病にしても、なんでこのぼうやだけ発症して、あんたらがピンピンしてるのか、わからない」
「ディーク、しぬの?」
レイティスが涙目で闇医者を見つめる。女は溜息をつき、首を横に振る。
「ビザーリム研究所まで行けばあるいは。だけど、あんな気のおかしい連中の吹き溜まりにあんたらをやれないよ」
レイティスの表情が、絶望的になった。
02/03-狡猾
「レティ、間違っても兄ちゃんを救うためにビザーリムに一人で行くとかすんなよ」
マオはディックスにつきっきりの子供返り皇女に声をかける。どこの国にも属さない町で育ったマオにとっては、どこの国も敵だ。だけどディックスは、LINKSであることを隠さずに、レイティスがアグレイシアの皇女であることも話してくれた。自分を一人の男として見込んでくれたのだ。……と前向きな解釈をする。
「レティは兄ちゃんを看てろよ」
マオの言葉に、皇女はゆるゆる頷く。それを見て部屋を出る。
我ながら、こういうのは『狡猾』と言うのだったか。
「命賭けてみたいじゃん、男ならさ」
02/04-残照
マオは宿を出て裏通りを走る。
ビザーリム研究所というのがどこかはわからない。酒場に行っても、「ガキはおうちでミルクでも飲んでな」と叩き出されるだろう。
行くあても無いまま、山脈に落ちる残照をぼんやりと眺めていると、ひゅうっと冷たい風が吹いた気がして、顔を上げる。そしてぎょっとした。
いつの間にか、茶髪に黒瞳の女性がマオを見下ろしていた。気配など無かった。驚きで心臓がすくみあがる。
「あなた」女が口を開く。「ディックスを助けに行くつもり?」
何故知っているのか。警戒心を満たして睨みつけると、女はゆるゆると首を横に振った。
02/05-微睡む
青年にもたれかかったまま、微睡みに落ちたレイティスは夢を見た。
氷色の瞳を持つ男が、自分を見つめている。
『どうか今は、堪え忍んでください』
両手を握り締める手はひんやりとしている。
『ブリームの企みから貴女を逃すには、これしか無い』
貴方も一緒にと言っても、彼の決意が覆ることは無い。
『貴女は外からの援助を。私は内から奴を崩します』
そして彼は背を向けて去ってゆく。行かないでと手を伸ばしても届かない。
「ジーク!」
叫びながらばっと顔を上げる。
そうだ。何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことを。
涙が頬を伝った。
02/06-遡及
「その言い分は認められません」
「しかしながら、皇女殿下」
凛と背を伸ばして睨み付けても、宰相は飄々と肩をすくめた。
「『皇王が政務に就けない場合、宰相にその権限を譲渡する』、これは陛下が倒れられた半年前まで遡及して有効です」
半年以上前からお前が仕込んでいたのだろうが。殴りかかりたい拳を握り締め、怒りを飲み込む。
「ならば、わたくしはやはりアサル=アリムに赴き、父上を治す術を探し、同時に、ジュメールに対抗する同盟を結んでまいりましょう」
ブリームがあからさまに嫌そうな顔をする。自分の背後で護衛騎士が痛快に唇を持ち上げる気配がわかった。
02/07-深淵
結局ジークハルトを皇都に置いたまま、少数の護衛を伴って国を出た。それをブリームが見逃すはずが無かった。
アサル=アリムの街道をゆく途中で、馬車が賊に襲われ、御者を斬り捨てられた暴れ馬は土手を落ちて、河に放り出された。
深淵に沈みゆく中、護衛騎士の名をあぶくで繰り返しながら、意識を失い、すべてを仕組んだ宰相の手の者に引き上げられた時には、理性も失っていた。
護送の途中で、LINKSと戦闘になっていなかったら、自分は人知れず消されて遺体が国に帰っていただろう。
だが、自分は生きているのだ。
「ディーク」
苦しそうな青年に呼びかける。
「ありがとう」
02/08-禁忌
ティナ・シュミットと、女性は名乗った。ディックスの幼馴染だとも。その割には、アグレイシア軍の兵服を着ていて、どうにも胡散臭い。
「信じなくてもいい。でも、今は目的を同じにする同志だと思って」
無表情で言い切るのも怪しい。だが、マオの子供ながらの勘は、嫌悪感で突き放すのは悪手だと告げていた。
「おそらく、ジュメールは禁忌を犯した。LINKSの介入を恐れ、始祖種ヴァーンだけを殲滅するウィルスを、『鋼鉄の獣』に搭載していた」
淡々と語るティナの話が全部わかるわけではない。ただ、子供の自分にもわかる。ジュメールが、三国一の悪党だと。
02/09-翻弄
ティナと共にゆく道は、戦争に翻弄されたひとびとの絶望の残骸だった。建物の陰にもたれかかったまま息絶えている軍人。明日の食料に餓えた老人。親を求めて泣いている、自分より幼い子供。
「ジュメールは敵じゃないの?」
彼らに目もくれずすたすたと進むティナとの沈黙に耐えかねて訊ねれば、彼女は淡々と返してくる。
「たしかに、戦に敵と味方はある。だけど善悪は無い。誰もが我が国が正義だと言い張り、誰もが己の悪行から目を逸らす」
少年を見下ろすティナの表情は、やはり冷たいままだ。
「あなたはこちら側に来てはいけない。撃たずに、ただ公正に、事実を見ていて」
02/10-瓦礫
瓦礫の山を漁っている少女がいた。服は薄汚れて、むき出しの腕や足はあちこちが傷ついている。埋もれそうなほどに体を突っ込んで、何かを探している。
「……何やってんだよ」
マオは見過ごせず声をかける。少女はびくりと身をすくませ、のそのそと這い出てきた。
「ママの」
つぶらな目を潤ませる。
「ママの形見のペンダントが、この中に」
見つかるはずが無い。潰されて、自分も瓦礫の一部になるのが関の山だ。そう告げようとした時、ティナが瓦礫の前に膝をついて、手を触れる。そこから鉄屑の山が凍りついて砕け、きらきら光るトパーズのペンダントが残った。畳む
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