第3章:ずっとお前が好きなんだ(1)


 聞いてロザリー!
 王子様から遠乗りのお誘いをいただいたの!
 とても嬉しいけれど、だけど、どうしましょう。わたくしは、馬に乗ったことなんて無いわ。
 ……えっ。特訓? あなたの指導で?
 い、いえ。怖じ気づいてなんかいないわ!
 王子様と並び立てる立派な姫になれるように、わたくし、がんばりますわ!


 夕食を終えた千春は自室に戻り、鞄を定位置に置いて入浴の準備を始めようとする。
 そこに、ベッドの上へ放り出したスマートフォンが軽やかな着信音を立てた。
 スマートフォンを手にして、発信者の名前を見る。それだけで、千春の心臓はどきりとする。

『克己』

 そういえば、幼なじみを放って家に帰ったまま、すっかり忘れていた。
 ひどく心配させたかもしれない。怒っているかもしれない。悪い考えを巡らせながら、少し震える指で通話アイコンをタップする。すると。
『もしもし、千春?』
 耳に心地良い声が、鼓膜を叩いた。
『無事に家に帰ってるか?』
 こちらから気遣いの言葉をかける前に、克己から案じられてしまった。申し訳なさを感じつつも、「う、うん」となんとか答える。相手に見えていないのに、こくりとうなずいてしまう。
『よかった』
 本当に、心底よかったと思ってくれている安堵の吐息が、スマートフォン越しに千春の耳に届く。
『お前になにかあったら、オレは洋輔さんに合わせる顔がないよ』
 どうして。
 どうして、真っ先にこちらを心配してくれるのだろうか。自分を見捨てて逃げ出したかもしれない、と考えないのだろうか。
 その純粋さが、克己の魅力であり、千春が彼に惹かれる理由のひとつであるのだが。
「克己こそ、大丈夫?」
『おう!』
 おそるおそる問いかければ、白い歯を見せて笑っているのが容易に想像できる、威勢の良い返事が飛んでくる。
『ちょっと気を失ってたみたいだけど、そんじょそこらの奴よりは丈夫にできてるからな。お前が気に病む必要はないぜ』
 克己はどこまでも千春に優しい。甘い、と感じることすらあるが、それは彼から見て千春が頼りない、守らなくてはいけない対象に見えるからだろう。
 もっと、強くなりたい。体だけの話ではない。心もだ。
 ずっと好きで、何度も読み返し、今日も読んでいた漫画『箱入り姫と侍女ロザリーの恋愛相談大作戦』。自分はまだ、侍女に頼ってばかりのお姫様のほうだ。
 ロザリーになりたい。誰かの力になって、ためらいなく好きな人と並んで笑い合える立派な人物になりたい。
『とにかく、お前の無事をたしかめたかったんだ。もう心配いらないな』
 千春が脳内でぐるぐる考えを巡らせている間に、克己の明朗な声が語りかけてくる。
『じゃあ、また明日、学校でな』
「うん、また、明日」
 なんとか平静を保って返し、通話を切る。
 が、スマートフォンの画面が暗転した途端、千春はそれを机の上に放り出す。そしてベッドに飛び込んで、ワモンアザラシの等身大ぬいぐるみを抱き締めながら、
「ああー!!」
 と、言葉にならないうめきをあげて、ごろごろ布団の上を転がった。
 好きだ。好きだ。克己が好きだ。
 見た目だけではない。柔道の強さも。凜々りりしい横顔も。意外と幼く見える笑顔も。
 そして、千春に目一杯向けてくれる優しさも。
 その出所を探れば、千春の記憶は、十年近く前、幼稚園時代へとさかのぼるのであった。