剣を手に、襲い来る旧神の使徒を斬り倒して、城の地下深くにあった祭壇への道を、王子と共にひた走る。
「遅いぞ!」
不気味な彫刻が壁一面に施された祭壇へ辿り着いた時、私達を出迎えたのは、耳に慣れたどやし声だった。
「まったく、何をちんたらしていますのやら」
「まあまあ、真打ちは最後に登場、ってところだろう」
剣士(ソードマン)も、癒し手(ヒーラー)も、魔法使い(ソーサラー)も。皆、多数の敵を相手に疲弊してはいたが、私の顔を見た途端、心底からの安堵の笑みを向けてくれる。私のせいで巻き込んでしまったのに、まだ、そんな表情を私に向けてくれるのか。目頭が熱くなる。
だが、彼らと一緒に戦っている人物を見た途端、涙は引っ込んで、ただひたすらに、吃驚(きっきょう)ばかりが脳内を支配してしまった。
十七年、一番近くで見続けた姿。よく知っている、透明な刃の剣を振るうその人は。
私の叔父だ。
「あの女がお前の村を襲った時、俺の信用出来る『蛇の牙(ヴァイパー)』が、半死半生の彼を助けていたんだ」
王子が素早く耳打ちしてくれたが、最早その言葉は耳をすり抜けてゆくばかり。周囲の敵をあらかた片付けた叔父の元に駆け寄り、感極まって抱きつくと。
「抱きつく相手が違うだろう」
悔しいがな、と付け足しながら、そっと身を離された。だが、優しい眼差しは、たしかに私に注がれている。
「俺が見ない間に、成長したようだな」
その言葉に、ぐっと喉が詰まって、ただうなずく事しか出来ない。話したい事は沢山あるのに、胸が一杯で、声が出せない。それに今は、長々と話している場合ではないのだ。
「ハッハァ!」
祭壇に反響する哄笑に、全員がそちらを向く。狐面の女は、禍々しい石像の前で、この世界を抱きしめるつもりかというほどに両腕を広げ、朗々と謡うように宣誓した。
「死にかけの竜族と、惰弱な人間が数を揃えたところで、もう遅い。我らが主は現世に蘇るのさ!」
ぴしり、と。石像にひびが入り、砕け落ちた下から、黒い皮膚が垣間見える。ひびはどんどん広がって、石の表面は次々と剥がれ落ち、竜になった私と同じくらいの巨体を持つ、六本腕と二対の翼と一つ目の怪物――旧神が、蘇った喜びを全身で表現するかのように、腹の底まで轟く咆哮を放った。
「あっははははは!!」
驚愕にとらわれる私達の前で、狐面の女は、愉快でたまらない、といった態で腹を抱えて笑い、それから、鉄扇を広げて口を覆い隠して肩を揺らす。
「終わりだよ。ああ、お前らはこれで終わりだよ!」
そうして彼女は、旧神に向き直り、うっとりと鉄扇を差し伸べる。
「さあ、我らが神よ、手始めにこの愚か者ど」
ごきゃり、と。
その口上は、耳障りな音と共に途切れた。旧神の巨大な手が、女の身体を鷲掴みにして、容易くへし折ったのだ。
「え、ああ……?」
狐面が、床に落ちて砕け散る。愕然とした素顔を晒した女は、琥珀色の瞳を絶望に見開き、信じられない、といった様子で洩らす。
「どうして、我らが、神。あたしは、貴方の為に、こんなに」
だが、それまでだった。信徒の心中など知らぬとばかりに、旧神は女を持ち上げると、ばかでかく開いた口にぽいっと放り込み、聞くに耐えない異音を立てて咀嚼し、飲み下した。
赤い血を垂らしながら満足そうに息をついたそれが、ぎょろりと一つ目をこちらに向ける。
「おいおいおいおい」剣士(ソードマン)が固まった笑顔と声で言った。「これと戦えってのかよ」
「無茶でしょう」癒し手(ヒーラー)がこめかみに手を当てて。
「僕の魔法が通じると思えないなあ」魔法使い(ソーサラー)は呑気に構えながらも、額に汗を浮かべている。
「それでも、やるしか無い」叔父が透明な刃の剣を青眼に構えると。
「……頼む」
王子が、私の名前を呼んで、真摯な眼差しを注いできた。
「我が国の汚点でお前に頼り切るのは、本当に済まないと思っている。だが」
私はそこで首を横に振って、彼の言葉の続きを遮った。言われなくてもわかっている。彼が罪悪感を覚える必要は無い。それに、ここに立っていたのが両親でも、同じ道を選んだだろう。
凜と顔を上げ、旧神を見すえる。おぞましき姿をした、古き時代にとらわれた、哀れな存在。
終わりにしよう。
そう決意して、自分の中の竜の血に呼びかける。今度こそ、獣の性(さが)に流される事無く、誇り高き種族として、世界の敵に、終焉を。
そう願った途端、白い光が私を包み込み、竜の姿へと変貌してゆくのを感じて――