旅の仲間


「お前も強くなったな」
 野営の焚き火を囲む中、壮年の剣士(ソードマン)が、髭面に満足そうな笑みを浮かべて、私の方を向いた。
「まったくですわ」私より二、三ばかり年上の、癒し手(ヒーラー)の女性が、ほう、と溜息をつく。「最初に拾った時は一人で死にかけていて、木剣の振り方も危なっかしくて、どうなる事かと思いましたけど」
「でも、その後の剣と魔法の習得速度は、僕達も舌を巻いたね」
 魔法使い(ソーサラー)の青年が、柔和な顔を緩めながら、枯れ枝を炎に追加した。
 慣れ親しんだ村を焼かれ、天涯孤独になった私を見つけたのは、この三人だった。各地を流浪して、訪れた先で依頼をこなし、報酬の金品を得ては、また次の町へと向かう、定宿を持たない人達。この世界には、そんな冒険者が大勢いるらしい。彼らが竜獣(ドラゴン)から人へ戻って疲弊しきった私を見つけ、パンと水を分けてくれた。それから、村へ様子を見に行って、『蛇の牙(ヴァイパー)』はもういなくなっていた事、生きている人間は一人も見つからなかった事を、痛ましげな表情で教えてくれた。
 彼らは私の素性を聞かないまま、近くの村へ私を預けて、去るつもりだったらしい。だけど、私は彼らに頼み込んだ。
 私にはもう誰も頼る人がいない。帰る場所も無い。
 だから、連れていって欲しい、と。独りにしないで欲しい、と。
 竜族の血も明かした。これで人ならざるものとして斬り捨てられたら、それはそこまでの運だったと諦めよう、とも思った。
 彼らは長い事黙りこくって、互いに戸惑いの視線を交わしていた。だがやがて、リーダー格の剣士(ソードマン)が重々しく口を開いたのだ。
「俺達についてこられるなら、仲間として迎え入れよう」
 その言葉に応えるように、私は彼から短剣を借り、背中まで伸びていた銀色の髪を、その場で、肩より短く切り落とした。

 それからは必死な日々だった。
 剣は叔父に少しだけ教わっていたが、日々生死の綱渡りをしてきた剣士(ソードマン)の稽古は、『生き延びる為の剣』として迫力があって、容赦も無かった。癒し手(ヒーラー)と魔法使い(ソーサラー)の魔法講座は、最初はちんぷんかんぷんで、「頭の悪い生徒ねえ」と癒し手(ヒーラー)が呆れた吐息を洩らし、魔法使い(ソーサラー)が「まあまあ、君だって最初からそんなに高度な回復魔法を使いこなせたわけじゃあないだろう?」となだめるのが日課。
 それでも、半年が経つ頃には、片手剣を文字通り片手で振るいながら、逆の手で攻撃魔法を放ち、盗賊を退治して、戦闘後には味方の軽い傷を初歩的な回復魔法で治せるようになっていた。
「これが、竜族の力かもな」
 傷が癒えた毛むくじゃらの己が腕を見つめながら、剣士(ソードマン)が感慨深げに零してくれた時には、誇らしい気持ちで胸の辺りがじんと温かくなったものだ。
 仲間、と呼ばれるのはまだ少しくすぐったい。転々とする身で仲の深い友人もほとんど作れず、心を許した相手は失われた。自分の力を頼りにされるのは、嬉しい反面、気恥ずかしいものも、不安もある。
 またいつか、この人達を失うのではないか。竜族の運命に、この人達を巻き込んでしまうのではないか。連れていって欲しい、と頼んだ時は、とにかく孤独が怖くて、無我夢中だった。だが、冷静になった時、竜獣(ドラゴン)の私が舌を出すのだ。
 所詮お前は、この連中とも相容れない、と。いつかは、あの夜のように竜の血が暴走して、こいつらを叩き殺すのだ、と。
 甘えすぎた、と思っている。もう、流れの冒険者になっても、一人で生きてゆけるだけの力は身についた。お金の数え方も、店での交渉も、依頼の際に実力以下の金額を提示されない圧の保ち方も、彼らを見ていて覚えた。この一行から離れるべきなのだ。そして、それはこれ以上彼らに情が移らない内に、出来る限り早く言い出すべきなのだ。
 今かもしれない、と思って口を開きかけた時。
「――伏せろ!」
 剣士(ソードマン)の切羽詰まった声と共に、強く頭を押さえ込まれて、地面と激しい挨拶をする羽目になる。直後、ひゅっと風を切って飛んできた矢が焚き火に突っ込む。鏃に特殊な薬品を混ぜていたのだろう、紫の煙が立ち上って、たちまち辺りに充満した。
「煙を吸い込むな! 気を失うぞ!」
 彼がそう怒鳴った時には既に遅し。癒し手(ヒーラー)と魔法使い(ソーサラー)は虚ろな目をして、ふらりと傾ぎ、その場に崩れ落ちる。剣士(ソードマン)の肺にも煙が流れ込んだのだろう、頭を押さえつけていた力が抜け、巨躯が私の傍らに倒れ込む。
 私はまだ意識を保っていたが、身体が痺れて思うように動かない。何とかこの状況を打開出来ないか、せめて煙を消す事が出来れば。視線だけを巡らせた時。
「成程、やっぱり獣には効き目が薄いかあ」
 残念、残念、と。揶揄するような声には聞き覚えがある。声の方角を睨みつければ、いつか見た狐の仮面の女が、そこに立っていた。
「うろちょろして生き延びていたようだけど、ここまで」
 煙の効かない薬でも飲んでいるのか、女は煙の中でも平然として鉄扇を広げ、優雅に煽いでいる。その後ろから、顔面を完全防備した『蛇の牙(ヴァイパー)』達がぞろぞろとやってくる。
「お前は処刑されるんだよ」
 心底から愉快そうに、女は私に宣告した。
「蛇公国(スネイク)を脅かそうとした、悪しき竜として、大々的にねえ!」