私の両親は、私が幼い頃に死んだ。
私を育ててくれたのは、母の双子の弟である叔父だった。
「お前の母さんは、竜族の末裔だったんだよ」
生憎俺にはその血は受け継がれなかったけれど。と、冬の暖炉の前で、叔父は幼い私を膝に乗せて、母と同じ私の銀色の髪を撫でながら、昔を懐かしむ目で語ってくれた。
曰く、母達はかつて滅びた竜族の王家の血を引いていたという。銀髪と赤い瞳がその証らしい。
竜の本性は獣。理性を失って竜獣(ドラゴン)になれば、破壊の限りを尽くす災厄となる。それが故に竜族は恐れられ迫害され、人間達の間で穏やかな暮らしを営む事が出来ず、先祖達は各地を流転したし、叔父も私を連れて、ひとつどころに留まらずに居を転々とした。
そして、大陸一の王国『蛇公国(スネイク)』の辺境村に身を落ち着けて、三年。私は十七になり、この村で、仲の良い友達も、憎からず思い合う相手も出来た。
普通の娘の暮らしというぬるま湯に浸かりかけていた私に、しかし、叔父は苦味を耐えるかのような表情で、諭すように告げた。
「あまり情を移してはいけない。俺達は、所詮人と馴れ合えぬ身だ」
私はぷうと頬を膨らませて、それは昔の話でしょう、と反論した。この村の人々は私達を優しく迎え入れて、何くれと面倒を見てくれた。現に、私の両親は、人と竜だった。人間の父が竜族の母を見初め、二種族の架け橋となるべく結ばれる道を選んで、私を産んでくれたのだから。
しかし、私の精一杯の反抗を聞いた叔父は、静かに目を伏せ、ゆるゆると首を横に振った。
「お前の父親ほど、竜族に理解のある人間は、今もそうそういない。彼が特殊だったんだ」
そんな事は無い。私の今の想い人は、私の赤い瞳を、夕焼けの色だと、どんな自然よりも美しいと言ってくれた。人と竜が歩み寄る事は出来る。
それでも、叔父は苦々しい表情をしたままで、「夢は、いつか終わる」と、諦めを覚えた吐息を吐き出すのだった。
叔父の懸念が正しかった。
そう思い知ったのは、ある日の夜中だった。
熱を持って迫りくる一面の紅(あか)い光景の中、村の一番高い鐘楼に取り付けられた鐘が、がんがんと警告を鳴らし続ける。それもあっという間に炎に飲まれた。
火を放たれて焼け落ちる村の中を、騎馬に跨がった王国兵『蛇の牙(ヴァイパー)』達が走り回り、次々と村人を斬り捨てる。昨日笑い合いながら川で泳いだ友達も。今朝、野菜を分けてくれた気の良い農夫も。誰も彼もが一太刀で息絶え、地面に倒れ伏し、炎より赤い血の池を作り出している。
「逃げるんだ」
いつになく真剣な表情を顔に満たし、叔父は私の両肩をきつくきつくつかんで、低い声で言った。
「お前は生きろ。生きて、竜の血を絶やすな」
それを別れの挨拶とばかりに、叔父は透明な刃の剣を手に、わざと自分に兵の注意が向くよう、吼えながら敵のまっただ中へと飛び込んでいった。
炎の中、私はこうべを巡らせて探した。この村に来てやっと掴みかけた幸せ、愛しい人の姿を。だが、私の名を呼ぶ声に振り向いた時、私は驚きのあまり、絶句して立ちつくしてしまった。
恋人だと思っていた彼が、笑みを浮かべて立っている。だが、その薄笑いは見た事も無いほど醜く歪んで、私の知っている彼とは思えない。それが証拠に、黒いローブを羽織り、狐のような仮面をかぶった女が、彼の肩に我が物顔でしなだれかかっていたのだ。
「見つけたよ、忌まわしき蜥蜴の娘。我が同胞(はらから)を各地に放った甲斐があった」
赤い唇から、嘲るような声が紡ぎ出される。
「我らが主の復活を脅かす存在は、根絶やしにしないといけないからねえ。可哀想だが」
ぺろり、と。べっとり塗りたくった口紅を舌で拭って、女がにい、と嗤う。
「死んでもらうよ!」
それと同時に、彼が禍々しい黒の剣を振りかざして踏み込んでくる。
死ぬ。
恐怖の腕(かいな)が心を包み込もうとした時、身の内に、感じた事も無い熱が湧き上がってくるのを知覚して。
かきん、と。
咄嗟に掲げて剣を弾き返した腕は、白い鱗に覆われていた。己の変貌に驚く私の意志を通り越して、この身が変わってゆくのを感じる。
翼と角、鋭い爪と牙を持つ、人間の五倍はあるだろう純白の体躯を持つ、『竜』に。
私は叫んだ。声帯が人間と違うのだろうか。叫びは泣くような咆哮となって迸り、上段から振り下ろした手は、あっけなく彼の身体を弾き飛ばして、炎に包まれて燃え盛る家屋へと叩き込んだ。
殺した。最初から裏切られていたとはいえ、好意を持っていた相手を。この手で。
狐面の女がちっと舌打ちして身を翻す。追う事は出来なかった。この身ががたがた震え、翼を広げてその場から飛び去る事しか出来なかった。
全てを悪夢として追い払うかのように、私の翼は、炎に煽られて揺れる空気を叩き続けた。