特別編第3.5章:アタシたちは二人で一つだった……かもしれない(4)


 なんだって?
 アタシは拳を振り抜いた体勢のまま硬直する。
 フェルナンドは全部わかってた? わかってて、わざとアタシを怒らせて、本物だって事を皆の前で証明させてみせたの?
 なんでそんなわざわざめんどくさい事するんだ、と呆れると同時に、こいつらしい、という考えも浮かぶ。
「ひどいわ!」
 アタシと同じ声で悲鳴があがったので、固まっていた首をそちらに向けると、アタシの偽物が顔面蒼白でわなわなと震えていた。
「あんなに沢山嬉しい事を言ってくれたのに、偽物なら捨てるの、フェルナンド!?」
「……いや」
 身を立て直し、アタシに殴られた頬をさすりながら、フェルナンドは偽物を見下ろす。
「たしかに本物のレンコン女はこいつだ。だがお前も、こいつの一面ではあったのだろう」
 一体どういう事だ? ぽかーんとしてしまうアタシに向き直って、フェルナンドは口を開いた。
「魔法研究班が、先日の水晶玉を解析した。あの玉は、触れた者の心の奥底にある願望を、もう一人の自分として具現化する能力を持っていたらしい」
 んーと。
 つまり、アタシが触ってばちーんって火花が散ったアレか。あの時に、水晶玉がアタシの深層心理を読み取って、この偽物を生み出したって事か。

 ……という事はつまりアレか。老若男女構わず口説きたい、っていう願望がアタシにあったって事か。

 ほんっと見境無いわー、と自分自身に呆れつつ、だけど、納得もする。
 アイツにフられて、誰でもいいから傍にいて欲しかった、この傷心を慰めて欲しかった、っていう思いは、きっと、心のどこかに存在していたんだろう。
 じゃあ、アタシがもう一人のアタシに言うべき事は、ひとつだ。
 目に溢れそうなほど涙をためて、ふるふる肩を震わせるアタシに、手を差し伸べる。
「戻っておいでよ」
 途端に、同じ顔が目を真ん丸く見開いた。
「アタシはアタシを受け入れる。あんたの願望もきちんと認めるから」
 きっとアタシ達は、二人で一つ。アタシ自身が知らなかった部分も受け入れて一緒になれば、負け知らずだ。
「……本当?」
 まだ濡れた瞳のまま、アタシが小首を傾げて見つめてくる。ああ、アタシって、アラサーなのにまだこんな可愛い表情できるんだな、と、くすりと笑いを洩らしつつ、深くうなずくと、もう一人のアタシはぱっと笑顔を輝かせた。
「絶対絶対、アイツよりいい彼氏を見つけてね!」
 アタシがアタシに飛びついて来る。首っ玉にかじりついた彼女は、やがて霧のように薄れて、すいっとアタシに吸い込まれて、

 消えた。

「やれやれ、これで一件落着だな」
 フォル王様が、心から安心した、という吐息をつき、フィー王妃様もにこにこ顔で、リーティアに至っては「わたくしとした事が、自分の戦巫女様を見分けられないなど……」と完全に落ち込んじゃってる。
「リーティアのせいじゃないって。全部アタシのせい。ごめんね」
 ぽんぽんとリーティアの頭を軽く叩いて諭した後、そういえば、と気になる事があって、フェルナンドに向き直る。

『あんなに沢山嬉しい事を言ってくれたのに』

「あんた、あの子に何言ったの?」
 途端、フェルナンドの金色の瞳が点になり、うろうろと落ち着きなくさまよい始める。
 なんだこいつ? なにをそんなに動揺してる?
 アタシの疑問を置き去りにして、フェルナンドはそっぽを向くと、
「お前には関係無い事だ、レンコン女」
 と言い捨てたのだが、何故か耳が赤くなっているのだけは、アタシの目にハッキリと映ったのだった。

『戦巫女様誰彼構わず口説きまくり事件』が一件落着した翌日。
 アタシはフォル王様達と一緒に夕ご飯を食べ終わって、夜の廊下を歩いていた。
 いつもおいしいご飯をいただいてばかりだから、今度、たまにはアタシが日本の料理をごちそうしようかな。でも、材料がこのフォルティアで揃うかな?
 そんな事を考えながらぶらぶらしていると。
「蓮子」
 不意に背後から声をかけられて、アタシは振り向く。いつの間にやらフェルナンドがそこに立っていた。
「こんな夜分に独りで城内を歩くなど、不用心極まりないぞ」
 いつもの事なのに今更何言ってるやら。アタシが内心呆れている間に、フェルナンドはいつにない柔らかい笑みを浮かべながら、歩み寄って来る。
「だから、お前の身は俺が守ろう。いつでもお前の傍にいて、お前の笑顔を見ていたい」
 ……は?
 何トリハダ立ちそうな事言ってんのこいつ。アタシが戸惑っている間に、フェルナンドは見る間にアタシを壁際に追いやって、顔を近づける。
「壁にドン……黙れよ。返事は待たない」
 完全に様子がおかしい。あいつは酒を呑んでも酔っ払うとかそういう事は全然無い。
 そこで思い当たる。
 こないだアタシの偽物騒ぎの元凶となった水晶玉。
 ……アイツも一緒に触ったよね!?

「フェルナンドおおおおおまえええええええ!!」

 アタシの絶叫がフェーブル城内に響き渡った。

 その直後、顔を真っ赤にした本物のフェルナンドが猛ダッシュして来たのは言うまでもない事で。
 そして、偽フェルナンドが放った「壁にドン」が、「壁ドン」という言葉になって、「蝉ドン」なんて派生形までできて日本中に流行るのは、更に後年の話である。