ドタドタドタ……と足音が近づいて。
「蓮子ォォォッ!!」
バーン! と勢いよくバスルームの扉が開かれた。
文庫の恋愛小説を読みふけっていたアタシは、とりあえずそれで胸隠して。
「何よ、そんなにアタシのハダカが見たいのか。欲情してんの?」
「するか馬鹿者!」
おたまを手に持ち、アタシお気に入りのフリフリつきピンクのエプロンをかけたフェルナンドは、アタシのちょっとしたジョークを切って捨てた。
「それより、今テレビで見たぞ! どういう事だ!」
「何が~?」
あくまですっとぼけるアタシに対し、奴はおたまをビッと突きつけて。
「『バレンタイン』とは女性が男性に愛を告白する日であって、男性が女性に尽くす日ではないと!」
「……くそぅ、バレたか」
「くそじゃない!」
くそぅがダメならチクショーだ。
数日前、バレンタインにまつわるウソを吹き込んでから、それ系のテレビ番組を見せないように気をつけてきたのに。アタシとしたことが、油断したわ。
「あー、はいはい、わかったわよ。とりあえず出るから、キッチンに戻った戻った」
小説は、恋人達が別れのキスをかわすクライマックスだったが、それをぱたんと閉じて、湯船からあがった。
テーブルの上には、カルボナーラに海鮮サラダ、クラムチャウダーとミートローフ。ついでにデザートの杏仁プリン。
全部、フェルナンドが作ったアタシの好物。
前職『王子様』のくせに何でこんなに器用なのか、初めて見た時はびっくりしたが、なんでも小さい頃から料理に興味があって、ちょこちょこ城の厨房に出入りしてたらしい。
こっちの世界に来てからも、三分クッキングを見ながら同じモノを作れるくらい、そして材料が足りなければ自己流にアレンジしてしまうほどの順応力を、十二分に発揮した。
ウソはバレたが、折角作ってもらったモノなんで遠慮なくいただく。
うん、うまい。
本当はこの後掃除と洗濯までしてもらおうと画策してたのだが、まあいいや。
「はい、ごちそうさまでした」
完食し、ご丁寧に出てきたコーヒーを飲み干して、両手を合わせる。
「……で」
カウンターキッチンの向こうで偉そうに腕組んでアタシの食べっぷりを見守っていたフェルナンドは、むっすりとしたまま。
「何よ」
「何よじゃない。……本当に無いのか」
子供か、こいつは。
「はいはいはい、ちゃんと用意してあるから、ちょっと待ちなさいって」
アタシはよっこらしょ、と立ち上がり、食器をシンクに片付けてから、冷蔵庫を開けた。
奴が料理をするようになってから取り決めた、決して手をつけるな、という絶対領域から、リボンのかかったオシャレな小箱を引っ張り出す。
中身は勿論、
チョコレート。
一個が軽く三百円はするやつだ。それが八個だから、アタシにしてはフンパツしたのよ。
「ほれほれ、欲しいか~?」
奴の目の前で箱をヒラヒラ振ると。
「……欲しい」
お。
こいつも随分素直になったじゃないの。
その素直さに、ご褒美だ。
箱を開けて、チョコを一粒取り出し、軽くかじって。
あ、と開きかけた奴の口に、含ませてやる。
フェルナンドはしばし放心した後、ゆっくりと咀嚼して。
「……甘い」
ようやく一言。
まあまあ、キスが初めてでもあるまいに、真っ赤になって。最近気付いた、意外とカワイイ一面。
あー、年下の彼氏って、からかいがいがあって楽しいわ。
もう一度唇押しつけて、耳元でささやいてやる。
「ホワイトデーは期待してるわよ」
「……何だ、それは」
「またテレビ見て、自習することね」