サンプル05:#426ab3(ほた)


 うちのペンキ屋に風変りな注文が入った。

 『油彩の道具一式』

 しかも注文相手はサードカーテン基地だ。
 フィオナ町には子供や事務向けの文房具屋はあるが、本格的な画材屋はない。おそらく文具屋には荷が重く、うちにお鉢が回ってきたのだろう。
 店舗では塗装用のペンキや刷毛を取り扱っているが、さすがに油彩の在庫はない。似てはいてもお門違いってもんさ。だが、せっかくの商機だ。あちこち知り合いの業者に連絡したところ、入荷の算段がついた。
 軍からの注文という胡散臭さはあったが、油絵の道具を欲しがる人物にも興味があった。厄介ごとに首を突っ込みたくなる性格なのかもしれない。

 さて油彩は様々な道具が必要になる。まず用意をするのはイーゼル、絵筆、ナイフ、油壺、パレット、この辺りは最初に揃えてしまえば長く使える。そして紙の代わりに布を張ったキャンバスが必要になる。重さは大したことはないが、号数が上がればかさばる。面倒だが自分で布を張って作ることもできる。そして油の名がつくだけあり絵具を溶くにも専用の油が必要だ。粘度速乾性と種類が多いので割愛する。絵筆を洗うにも油が必要で、水彩と違い用意する物が段違いに多い。
 そして一番の金食い虫は絵具だ。物によってはチューブ一本でリッチな昼飯が食えるんだぜ? ――えっ? なんでそんなに詳しいのかって?
 ここだけの話な。俺も多感な若かりし頃画家を目指そうと思った。ここだけの話だぞ。あまりにも絵具に金が掛かるので早々に諦めペンキ屋になったってわけ。
油を乾かして重ね塗りするのに時間がかかる、あれは金持ちの遊びだ。
 そして俺の商才が必ず次の注文が入ると踏んだ。その予想は十日を待たずに的中する。――どうよ、俺の商人の勘! と言いたいところだが、白状すると違うのだ。
 最初に注文された画材の内容が玄人向けの品物ばかりだった。これは長く油彩を描いていた人物の注文に他ならない。注文した絵具の量ならすぐ追加注文が入るだろうと予想が出来たから、画材を仕入れるルートを確保しておいた。種を明かすとそんなわけ。
注文の品物が用意出来たと連絡を入れて数日後、店の前に軍のトラックが横付けされる。助手席から誰か降りてくる気配がしたが、店のドアを潜るまで外見を確認することは出来なかった。
 店内に背の低い人物が入ってきた。
 それはまるでアルミチューブからパレットの上に載せたばかりのような瑞々しい青だった。いや淡い青い髪と瑠璃色の瞳を持った少年、いや少女だろうか。
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