サンプル04:呪詛は霧の海に消える(たつみ暁)


『原書教団』オリジナル・スクリプチャとの戦いが終わってしばらく経ち、俺は独房から解放された。『オズワルド・フォーサイス』の存在は隠蔽され、『ゲイル・ウインドワード』としての日々が戻ってくる。
 そんなある日、サードカーテン基地に、時計台から一隻の輸送艇がやってきたのだった。

「何でも、補充要員らしいわよ」
 発着場へ共に出迎えに出たロイドが、輸送艇から荷下ろしをする連中を見やりながら、隣でぼやく。
「こないだの戦闘で、通信士が一人、長期療養が必要な怪我をしてね。彼と入れ替わりの代役だとか」
 言われて先生の視線を追えば、ストレッチャーに乗せられて輸送艇へ運び込まれる怪我人と入れ違うように、こちらに向けて歩いてくる茶髪の男がいる。年齢は、ジェムと同じくらいだろうか。幼さすら残るそばかす顔に溌剌とした笑みを満たして、灰色の瞳が期待に溢れている。あっこれ、こういう顔見た事あるぞ。今は噛みつく猛犬の誰かさんが、鬱陶しいくらいの忠犬だった頃、俺に向けてたやつと全く同じだ。
「ロイド・グレンフェル大佐に、ゲイル・ウインドワード大尉でありますか!」
 俺達の前に立った男は、びしりと模範解答のような敬礼をする。
「時計台より参りました通信士、カース・アルケミー曹長です!」
 声まで大きい。いや、通信士なんだからはきはき喋れるのは実に良い事だ。良い事ではあるが。少々うんざりしながら敬礼を返す。ロイドもミラーシェードの下で目を細めているんだろうが、相手に見えないというのは便利である。
「アルケミー曹長、サードカーテン基地は君を歓迎する」
「はっ、ありがとうございます! 誠心誠意職務に努める所存であります!」
 ロイドの言葉に、喜色に満ち溢れた返事が返ってくる。本当に誰かさんを思い出すなこれ。額に手を当てて唸ると、「時に、曹長」と、ロイドが手にしていた書類をめくった。
「君は翅翼艇エリトラシステム面のメンテナンスも得意と聞いたが」
「はっ」
 ぴんと背筋を伸ばして、カースは答える。
「時計台の研究所で、シェイクスピア博士の下につき、翅翼艇エリトラ、特に『エアリエル』に特化して研修を受けました」
 悲鳴をあげそうになるのを、歯を食いしばって耐えたのだから、先生には褒めて欲しい。よりによってあの変態エロ魔女の弟子か。ろくでもない予感しかしない。
 だが、俺の忍耐力を更に試すかのように、「では」とロイドは無情な指示を下した。
「早速だが、基地に慣れたら『エアリエル』の仮想飛行訓練の担当をしてもらおう。対応できるな?」
 前半はカースに、後半は俺様に向けた言葉だ。
「へーい」
 どうせ嫌だって言っても、『命令』の一言で言う事聞かせるのはわかってる。お互い余計な労力を使わない為にも、ここは素直に従うのが一番だ。
「よろしくお願いいたします、ウインドワード大尉!」
 カースがきらっきらの眼差しで握手を求めてくる。『英雄』を目の前にして、もうテンション上がりまくりの顔だ、これは。
「ああ、よろしくな」
 引きつった笑いで手を握り返す。その時、やけに強く手をつかまれ、異様なまでに力を込められた。
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