第31話:わたしは貴方に会うために(お題31日目:ノスタルジア)


 激戦後の夜が明けた。
 ヨギュラクシア城の広間には、人間も防人も竜族も関係無く、ひとびとが集っている。その前に、ヒオウとエリアを伴ったウィルソンが姿を現すと、思い思いに言葉を交わしていた者達も、しんと静まり返った。
「まずは、ここに集った皆に感謝を」
 ヒオウとエリアが深々と頭を下げる。
「多くの犠牲があった。そして、これからも多くの血が流れるだろう」
「尊い命に祈りを。そして共にあってくれた皆様に心からのお礼を」
「この先の戦いを恐れる者は、今ここから去って構わない。身の内に蝕むものを飼っていては、獅子も倒れるからな」
 相変わらずウィルソンの言葉は辛辣だが、的を射ている。しかし、挑発にも受け取られかねない発言に、離脱を申し出る者はひとりもいなかった。その様子を見て、ウィルソンは先を続ける。
「我々はこれからは、レジスタンスではない。ヴィフレストの、ヴァーリの侵略からフィムブルヴェートを救う『フィムブルヴェート同盟軍』としてひとつにまとまってゆく。俺はその筆頭軍師の座を正式に引き受けた」
「同盟軍!」「もう反乱軍じゃない!」
 古参のレジスタンスの戦士達が、嬉々として手を打ち合わせる。
「でも、盟主は誰に?」「ヒオウ王子とエリア様、どちらがなっても、人間と防人の間に不満が出るだろう?」
 その言葉を待っていたかのように、ウィルソンの視線が、前列できょうだい達と一緒に話を聞いていたゼファーに向いた。
「ゼファー。あなたが盟主だ。人間と防人を結びつけた功労者であり、かつどちらにも属さないゆえにどちらの目線にも立てる。更には、『ユミール』を倒せる竜族の力は大きい」
「え!?」
 ゼファーは突然の指名に驚きたじろいでしまう。
「まあ、ウィル殿なら当然選ぶ理屈ですよね」
「悔しいけど、今回きょうだいで一番活躍したのって、ゼファーじゃない」
 アバロンが意を得たりたばかりに微笑み、クリミアが負け惜しみを言いながら髪をかきあげる。
「確かに、人間と防人、どちらが優位になるとかは無いな」
「あれだけの演説をぶったんだぜ。責任取れよな」
 周りの人間や防人からも、声をかけられる。
「腹くくれや、きょうだい!」
 カラジュが勢いよく背中を叩いてきて、一瞬息が詰まったが、ゼファーの中でも覚悟は既に決まっていた。
 カイトの願った平穏なフィムブルヴェートを取り戻そう。彼の分までヒオウと共にあろう。
「ゼファー」ウィルソンがにやりと笑って手招きする。「腹を据えたなら、皆に挨拶を」
 金色の瞳で、しっかりと彼を見据え、深く頷く。ヒオウとエリアが場所を空けてくれたので、同盟軍の戦士達の前に立ち、自分に注目するひとびとを見渡す。
「……ええと」
 何も準備をしてこなかったので、しばらく言葉を探し、しかし、思い至る。
「ぼくは竜族といえど、ひとりでは敵に勝てない。皆の協力が必要だ。是非、よろしく頼みます」
 わっ、と。歓声があがる。拍手が鳴り響く。左右を見れば、ヒオウもエリアもウィルソンも、それでいい、とばかりに頷いてくれた。
「それで、これからの進路だが」
 高揚がひとしきり治まったのを見計らって、ウィルソンが口を開く。
「マギーが、この城に残されていた、ダイナソアの碑文を解読してくれた。それによれば、『ユミール』は、いくつかの欠片になって、フィムブルヴェートじゅうに散っているらしい。これをヴァーリが悪用するより先に叩く」
「ハァ!?」
『腕』とも『尾』とも戦ったカラジュが、すっとんきょうな声を発した。
「あんなのがまだいるっていっで!」「うるさいよトマト」
「解読した限りでは、あと三つは確実にある」
 カラジュの後頭部をマギーが叩いて黙らせたのを見届けて、ウィルソンは宣言する。
「そのひとつ、『ユミールの頭ヘッド・オブ・ユミール』は、北方ノスタルジアに封じられていると、それだけはわかった」
「じゃあ、次はノスタルジアに向かうんだね」
 ゼファーの言葉にウィルソンは首肯し、檄を飛ばす。
「相手は数百年前の災厄だ。だが、我々にはそれを倒せる力を持つ者達がついている。恐れずにゆくぞ!」
「皆の力を貸して欲しい!」
 ゼファーが呼びかけると、応、と一斉にいらえが返った。

 数日後。
 フィムブルヴェート同盟軍が出立して、ひとの気配がすっかり消えたヨギュラクシア盆地を見下ろす場所、ヴィフレスト軍の陣営があった場所で、ずり、ずり、と地面を這う音がした。
「ガルフォード……おのれ……ガルフォードォォォ……!」
 白と黒の血でまだらを描き、破れた赤いヴィフレスト国旗を巻き込んで引きずりながら、エキドナ・フォンデールの顔を持つ『なにか』が、這いずっている。最早人間の姿を失い、獲物を呑み込んで膨らんだ蛇のような胴体に、いびつに伸びた手足で、ずりずりと進んでゆく。
「わたくしは、天才軍師ぞ……ここで負けるなど……」
 骨と皮だけの顔になり、それなりに美人だった面影を失くしてなお、『エキドナ』だった時の執着だけで、彼女は生きようとする。
 しかし。

「貴女はここで終わるのですよ」

 鈴を鳴らすような愛らしい声が頭上から降ってきて、「ああん?」とエキドナは顔を上げ、そして陥没した目を見開いた。
「お、お前、いえ、あなた様は!」
 エキドナの前に立ち、長い銀髪を風になびかせている者がいる。
「『ユミールの尾テイル・オブ・ユミール』の力、返してもらいます」
「ま、待て、待ってください! ガルフォードを! 反乱軍を! わたくしが」
 エキドナの弁明を、相手は最後まで聞かなかった。右手をかざす、それだけで、エキドナの異形の身体が、どろりと溶け出したのである。

 『わたし』はどこ
 『わたし』はそこ
 『わたし』はここ
 『わたし』は『わたし』と共に

「アアアアアアーーーーー!!」
『ユミールの欠片』が現出する時に響く歌に、エキドナの断末魔が共鳴する。
 もう一度風が吹き抜けた時には、エキドナの姿はもうどこにも無く、ただひとりだけが立っていた。
「……ゼファー」
 その人物が呟く。恋に焦がれる娘のごとく。愛を求める誰かのごとく。

「わたしは、貴方に会うために、生まれてきたのかもしれない」

 風が銀髪を吹き上げる。
 その下から、金色の瞳がのぞいた。



【いつかどこかで続く日まで】