第20話:追放された王弟(お題20日目:包み紙)


 ハルドレストじゅうに散っていたレジスタンスの戦士達が、地下水路に戻ってきた。皆、ヴィフレストの増援はもういないと安堵していたところに、ゼファー達も帰還する。
 髭を剃り、髪も短く切り揃えて、身なりを整えたウィルソンが現れた時には、誰もがどよめいた。
「彼が『虹王国稀代の軍師』か!」
「これで勝てるぞ!」
「やだ、モリー。こんな素敵なお兄さんがいたなんて」
 女性陣に至っては、ウィルソンの想定外の格好良さに黄色い声をあげる。
「ちょっと。アンタ、ライバル多そうだよ」
「いつものことです」
 マギーがモリエールの脇腹を肘で小突くと、慣れっこなのか、彼女は少し困ったように苦笑した。
 アバロンも上空から戻ってくる。翼をたたみながら彼は肩をすくめた。
「街の外に待機している伏兵もいませんでした。最強の軍師を狙った割には、詰めが甘いですね」
「それが向こうの軍師の限界だ。そんな奴を筆頭軍師にしている鬼王の底も知れる」
 竜兵ドラグーンの毒舌に、ウィルソンも毒を含んで返す。
「奴は、自分が天才だと勘違いしている凡才以下だ。俺が出てきた以上、奴の好きにはさせない」
「なんだか、貴方とは仲良くなれそうな気がします」
「奇遇だな。俺もだ」
 アバロンとウィルソンは、したり顔を交わし合う。「毒舌野郎が増えた……」とカラジュが額に手を当てて嘆いた。それを哀れみ半分笑い半分の横目で見やったモリエールは、改めて皆に向き直る。
「竜族の皆さんと兄さん、ふたつの力を手に入れた今、わたし達はレジスタンス本部へ戻るべきだと思います。一刻も早く、あのお方を支える為に」
 その言葉に、ゼファーはずっと疑問に思っていたことを投げかける。
「モリー。その『あのお方』って、一体誰なの?」
「間諜が入り込んでいる可能性を見越して、ここまで黙っていたのは、俺がこいつに仕込んだ手法だ。基礎をきちんと押さえている」
 それにはモリエールではなくて、ウィルソンが答えた。
「裏通りで腐っていた俺でも噂は聞いている。鬼王の大陸制覇に異を唱えて、ヴィフレストを追放された王弟、ヒオウ・ダガート・トス・ヴィフレスト、だな」
「ヴァーリの弟!?」
 これには世界情勢を知らないゼファーとカラジュが驚きを隠せなかった。鬼王の弟が、カイトの仇の血縁者が、レジスタンスを率いているというのか。
「超有名な話だよ」
 マギーが頭の後ろで手を組んで、ぼやくように竜兵達に告げる。
「アタシも会ったこと無いんだけどさ。品行方正、文武両道、腹違いの兄とは真逆のまっとうな人間で、おまけに美形。母親が隷属国ラナイの出身じゃなきゃ、前王はそっちに王位を譲ってたろうってくらいだ」
「ヒオウ……」
 無意識に耳に手をやりながら、その名前を呟いた時、ゼファーの視界がまたぐらりと揺れた。

『母上の具合が良くなったから、国に戻ることになったんだ』

 逆行で夕陽を浴びて、顔の見えない緋色の髪の少年が、少し寂しそうに言う。
『せんべつに、これを』
 茶色い包み紙が差し出されたので、両手を差し伸べて受け取る。がさがさと開けると、紫の朝顔を描いた風鈴が出てきた。
『僕のことを覚えていて。いつか、また会おう』
 少年が微笑む気配がした。
『その時、僕のもうひとつの名前を、君に伝えるよ』

「おい、おい、ゼファー?」
 カラジュに肩を揺さぶられ、ゼファーははっと現実に立ち返る。アバロンも、マギーも、モリエールやウィルソンも、何があったのかと案じる表情を向けている。
「……何でもない」
 カイトに出会ってから、時折見るこの光景は、一体何なのだろう。あの少年は、一体誰なのだろう。
 わからないことが多すぎるが、ひとつ思い出したことがある。
「カラジュ」
 ゼファーは少し低い声で、きょうだいの名を呼んだ。
「君、ぼくの風鈴を割ったよね」
「へ? へ、ハァ!?」
 あの少年にもらった風鈴は、見せてくれとせがんで引かなかったカラジュに渡したら、彼の馬鹿力で砕けてしまったのだ。
「お前、いつの話してるんだよ!?」
「やっぱり風情が無いんだな、アンタ」
 カラジュがおろおろと狼狽え、マギーが蔑むような視線を送る。
 少しずつ蘇ってくる記憶がある。フィムブルヴェートを旅していれば、あの少年にも再会できるだろうか。お互い成長した姿をわかるだろうか。
「とにかくだ」
 ウィルソンがひとつ手を叩いて、皆の注目を集める。
「夜明け前にハルドレストを出る。団子になっていては恰好の的だ。数人ずつに分かれて、ヒオウ王子のもとを目指すぞ」
 その言葉に、誰もが決意を込めて頷いた。