第10話:立ち向かう者達(お題10日目:突風)


『黒き太陽戦役』時代に造られたとおぼしき、煉瓦製の古い砦は、ところどころが崩れ、湖からの湿気であちこち苔むし黴びて、とても実用を成すとは思えない。だがそれこそが盲点だったのだろう。
「ひゃあ~、さむさむっ!」
 マギーがぶつくさと文句を言っている。びしゃびしゃになりながら上陸したゼファー達は、カイトを先頭に砦の中に入った。
 瞬間、四方から敵意が迫る。しかし。
「皆、待って。僕だ」
 カイトが声を発すると、それは一瞬にして霧散した。あちこちから武装した若い男女が姿を現し、武器を仕舞う。彼らがレジスタンスのメンバーだろう。
「カイト!」
「よく帰ったな!」
「その様子だと、やったか!?」
 たちまち囲まれて肩を叩かれたり頭を撫で回されたりともみくちゃにされるカイトを、ゼファーとカラジュとマギーは、ぽかんと口を開けて見ていた。が、何とか仲間達の手を離れたカイトが、ゼファー達を紹介する。
竜王ドレイク様の力は借りられなかったけど、頼もしい竜兵ドラグーンに来てもらったよ。ゼファーとカラジュ。それに、途中で助けたマギーだ」
 人間達の視線が一斉に注がれる。
「よろしく」「まあ、頼むぜ!」「仲良くやろうじゃん!」
 ゼファーは軽く頭を下げ、カラジュとマギーは陽気に手を挙げる。
「……信用できるのか?」
 レジスタンスの一人の男が、腕組みし、胡乱な目つきでゼファー達を睨め回した。
「竜族はフィムブルヴェートを『霧』から守るっていえど、結局数百年解決できてないじゃねえか。竜王にもできないことが、その下位の竜兵にできるかっての」
「バリット!」まだ年若い少女が男をたしなめるが、バリットと呼ばれた青年は、ちっと舌打ちして踵を返し、砦の奥に消えた。
「……ごめんね」
 カイトが申し訳なさそうに告解する。
「レジスタンスには、家族や大切な人をヴィフレストに奪われた者が多いんだ。懐疑的になったり、冷たい態度を取ったりする人もいる」
 カイトの言い分はわかる。ひとは簡単に信用を失う、とは、外の世界にいるきょうだい達から聞いたことだ。バリットの疑心暗鬼も仕方無いだろう。
「それよりさあ」
 ぴりぴりした空気もどこ吹く風、とばかりに、マギーが己を抱き締めてぶるぶる身を震わせる。
「着替えさせてくんない? こちとら湖泳いできて、寒いったらありゃしないの!」
 確かに、季節は夏と言えど、長い水泳は体温を奪う。
「あ、ごめん!」カイトが申し訳なさそうに肩をすくめ、バリットを一喝した少女を見ながら砦の奥を指し示す。「ゼファーとマギーは彼女に案内してもらって。僕らはこの辺で着替えるから」
 途端。
 なんとも言えない気まずい空気が辺りに漂った。
「え」注目を浴びるカイトが半笑いになる。「僕、何か変なこと言った?」
「おまえ~」追い討ちをかけるようにマギーがカイトを睨み付ける。「乙女に、野郎と一緒に着替えろってのか?」
「え? え?」カイトは戸惑い気味にゼファーの方を見る。「だって、ゼファーは」
 カラジュは状況を楽しむようににやにやと笑うばかりである。悪戯好きなきょうだいに任せていられない。
 言うより実際に触ってもらった方が早い。ゼファーはカイトの右手を取って自分の胸に、マギーの手を下半身に当てる。
 しばらくの沈黙の後。

「ええええええええええーーーーーっ!?」

 ダイナソアは生まれつき無性であることを認識した人間二人の絶叫が、砦内に響き渡った。

 濡れた服を脱ぎ捨て、身体を拭き、新しい服に着替えた後。
『身支度が整ったら、この砦で一番のひとのところへ案内するから』
 そう待たされたことに飽いたカラジュは、崩れかけた階段を昇り、砦の屋上へと向かう。そこには先客がいて、屋上の縁に腰かけ、鼻歌を歌っていた。
「危ねえだろ、落ちるぞ」
 声をかけると、相手の少女マギーは歌を止め、結っていた髪をほどいて風に遊ばせながら、にっと笑ってみせた。
「誰かさんみたくどんくさくないから」
「だーれがどんくさいって!?」
 相変わらずの口喧嘩が始まったところで、突風が吹いた。
「あ」
 マグノリアの花のように軽く、マギーの身体がふっと浮いた。
「お、おいいいい!?」
 そのまま何もない宙空へ放り出される。人間の強度では、高いところから落ちたら、それこそ潰れたトマトになるのは、カラジュでも知っている。慌てて駆け寄ろうとするが、間に合わない。ざっと頭から血の気が引いた時。
 翼のはためく音が迫ったかと思うと、ひとつにまとめた長い金髪が翻る。その者はマギーを難なく受け止め、カラジュの前に姿を見せる。
「相変わらず、肝心なところが抜けていますね、カラジュ。それでは女性にもてませんよ?」
 柔らかい笑みと穏やかな敬語で毒舌を吐く、防人の竜兵。
「アバロン、てめえも来てたのかよ……!」
「あなた達が外界に旅立ったと、メディリア様から連絡を受けまして」
 心底嫌そうな表情をする弟に、竜兵の長兄は青い瞳を細め、ことさら親しそうな笑顔で嫌味を吐いた。
「世間知らずふたりでは、ヴィフレストに対抗どころか、そこら辺で行き倒れでしょう?」