第1話:竜兵のゼファー(お題1日目:まっさら)


 どう、と音を立てて。翼と角を持つ白い怪物は草地に落ちた。そのまま白い粒子と化して、大気に溶けてゆく。
 湾曲した短剣を振り抜いた体勢のままそれを見つめていた銀髪の若者は、ふうーっと長いため息をつくと、武器をしまった。
(やっぱり、『鬼』が増えている)
 尖った耳の先に手をやり指先でこすっていると。
「ゼファー!」
 自分の名を呼ぶ太い声がしたので、若者は思考を断ち切り、駆けてくるきょうだいを待ち受ける。
「カラジュ」
「やっぱりだぜ」
 泉のように落ち着いた雰囲気と金色の瞳を持つゼファーとは対照的に、燃えるような赤髪と赤瞳をした大柄なカラジュは、『鬼』が消えた後に残るわずかな白い粒子の痕を見下ろして、鼻を鳴らした。
「『鬼』は増えてやがる」
 ゼファーと同じ見解を、彼は紡ぎ出した。

 世界アルファズルに存在する四大大陸の北の大陸フィムブルヴェート。四大陸の中でも最も広いと言われている彼の地はしかし、他大陸と交流を持つことが無い。いや、したくてもできないのだ。
『霧』
 そう呼ばれる、文字通り霧にしか見えない白い世界が大陸を取り囲んでおり、それに触れた者は、ひとの姿と理性を失い、ひとを襲う『鬼』となる。
『霧』がいつどこから発生したのか。誰も知らない。『鬼』となった者を、命を奪う以外に救う術も見つかっていない。
 ただ、竜族と呼ばれる守護者が、奴らを狩るばかりだ。代々『竜王ドレイク』の下に『竜兵ドラグーン』がおり、彼らが各地に散って『鬼』を倒す。
 当代の竜王メディリアにも、ゼファーの他に何人か竜兵がいるが、ゼファーとカラジュ以外の竜兵は、大陸各地へ旅立って久しい。だが、年々勢いを増す『霧』を前に、メディリアの護衛を減らすのもどうかと、先日念話で話した、兄のアバロンは不安を口にしていた。
『霧』は大地を焼き、ひとを『鬼』にして、白いまっさらな無しか残さない。さらには近年その包囲網を確実に狭め、『鬼』の数を増やしている。
 かつては、『始祖種』ダイナソアと呼ばれる者達が浄化の術を知っていたらしいが、彼らは姿を見せなくなって幾年も過ぎた。その代わり、竜族を守護者としてフィムブルヴェートに残したのだと言われている。
「まあ、うだうだしてても仕方ねえや」
 考え込むのが癖のゼファーとは対照的に、前向きな性格のカラジュがからりと笑う。
「メディリア様のところへ報告に戻ろうぜ。あのお方なら、今日こそなんかいい案が浮かんでるかもしれねえ」
 深く考えないこのきょうだいの明るさに救われたことは、少なくない。
「そうだね」
 ゼファーも微笑を返した時。
 竜兵の鋭い聴覚が、草を踏みしだく複数の足音を聞きつけて、ゼファーははっと顔を上げた。風に乗って、殺意も流れてくる。
 横を見ればカラジュも得物の槍斧ハルバードを手にしている。ふたりは顔を見合わせると、地面を蹴って獣のように俊敏に駆け出した。