それは夜も更けた、帝国とフェアン国境の山あいの砦で。
「オルベリク帝国に! シャリア陛下に! 栄光あれ!!」
「なんてなー!!」
酒の入ったジョッキを打ち合わせて、黒鎧を脱いだ帝国兵たちが、げらげらと笑い合いながら酒宴を楽しんでいる。
「本当に、竜なんて出てくるのかあ?」
「フェアンの迷信だろ」
「国王は若造だっていうし、ちょいとおどしてやれば、すぐに陥ちるだろうよ」
酒に焼けただみ声を交わし、やがてオルベリク国歌をずれた音調で高らかに歌い上げる。
そんな兵士たちの賑わいを避けた、部屋の隅の席で、赤毛の男クストスは、彼らに冷めた一瞥を送ると、ちびちび酒を飲みながら、鶏もも肉のローストをかじった。
「隊長」
その背後に、影のように忍び寄る気配があった。帝国兵でありながら頭巾で顔を隠し、黒鎧をまとうことが許されないのは、帝国に征服された属州出身者のあかしだ。
だが、クストスが抱える直属部下の多くは属州徴兵である。本人自身も、帝都にたむろする戦災難民だったが、貧民街を見学にきた幼帝シャリアが暴漢におそわれかけたのを、素早い身のこなしで危機から救ったのを見込まれ、彼女の側近として取り立てられたのだ。
「なんだ」
なので、クストスは身分差など気にせず、相手に先をうながす。騒音の中、部下が耳打ちした内容に、「ふうん」と、彼はたいした興味を抱いていないかのように気のない返事をし、肉をかじって、一言。
「放っとけ」
「は、しかし……」
部下がためらう気配がする。クストスは彼を振り返ると、厚いくちびるを笑いの形にゆがめて、はっきりと言いきった。
「俺はなんにも聞いてねえ。いいな?」
そこまで言われて食い下がるほど、頭の悪い人間は、自分の配下にはいない。クストスはそれを確信している。それが証拠に、相手はそれ以上の問答をせず、「は!」と胸にこぶしを当てる帝国式の敬礼をして引き下がり、物陰に消えた。
「宰相閣下も必死なことで」
喧騒にかき消される声量で、クストスはせせら笑い、酒をあおる。
自分はシャリアの番犬だ。彼女に近づく不埒者には片端から噛みつき、片付けるだけ。だから今回も、「つつがなく」ことを運ばねばならない。
そのために必要な駒が、うまく動いてくれるといいのだが。
「鍵は、稀他人か」
まだ会ったこともない娘の顔を、適当に思い描き、皇帝の懐刀は、さらに一口、肉を噛みきると、よく咀嚼して、酒で流し込んだ。