第3章:ずっとお前が好きなんだ(6)


 クラシック音楽が流れている。ベートーベンのピアノソナタ十四番『月光』。月の下で魂の悲鳴をほとばしらせるような曲調は、このひとのお気に入りのひとつだ。
「まことに申し訳ございません、リーデル様」
 鳥人間の姿を取り戻した『猛禽のラパス』は、高価な革張りの椅子に深くかけた相手に向かって、深々と頭を下げる。
「しかし! 次こそはあの魔法少女に勝ってみせまする! なにとぞ、再戦の機会をくださいませ!」
「次こそは、だと?」
 胸に拳を当てて深々と頭を下げるラパスの耳に、地をはうような低い声が滑り込んできた。
「なにを勘違いしている?」
 椅子がくるりと回転し、かのひとがこちらを向く。しかし、この部屋は照明が暗くて、顔は見えないままだ。その不気味さと、『月光』が、恐怖感をあおる。ラパスの体は我知らずにがたがたと震え出した。
「わたしがお前にひとの姿を取り戻させたのは、お前に一打浴びせたという相手の情報を、お前の口から得るためだ。誰が、一度負けたものに機会をくれてやると言った?」
 ラパスはおそれに目を見開く。「リ、リーデルさ……!」と言い切るより早く、向かい合う人物が片手を振ると、ラパスの声は「コケーッ!」とニワトリのものに変わっていた。もちろん、姿も。
「卵でも生ませておけ」
 影の人物がつまらなそうに言い放ち、再び椅子を半回転させる。すると、部屋の片隅で置物のようにひかえていた、長い黒髪の女性が静かにお辞儀をした。
 そして、その優雅な所作からは想像のつかない雑さでニワトリをわしづかみにすると、部屋をあとにする。扉が閉まれば、ニワトリの悲鳴じみた鳴き声は聞こえなくなり、『月光』だけが流れる。
 残った人物は、あごに手を当て、しばらく思案していたようであったが、不意にくちびるを三日月型の笑みにかたどる。
「『ソル・スプリング』か」
 甘い菓子を味わうかのように、その名を口の中で転がす。
「せいぜい、楽しませてくれると良いな?」
『月光』が終わる。次には、交響曲第五番『運命』が鳴り響くのだった。
 まるでこれから始まる運命の扉を、叩くかのように。