『負け犬はワルツを上手く踊れない』
番外5『はっぴーばれんたいん』 ドタドタドタ……と足音が響いて。 「蓮子ォォォッ!!」 バーン!と勢いよく、バスルームの扉が開かれた。 文庫の恋愛小説を読みふけっていたアタシは、とりあえずそれで胸隠して。 「何よ、そんなにアタシのハダカが見たいのか。欲情してんの?」 「するか馬鹿者!」 おたまを手に持ち、アタシお気に入りの、フリフリつきピンクのエプロンをかけたフェルナンドは、アタシのちょっとしたジョークを切って捨てた。 「それより、今、テレビで見たぞ! どういう事だ!」 「何が〜?」 あくまですっとぼけるアタシに対し、奴はおたまをビッと突きつけて。 「『バレンタイン』とは、女性が男性に愛を告白する日であって、男性が女性に尽くす日ではないと!」 「……くそぅ、バレたか」 「くそじゃない!」 くそぅがダメならチクショーだ。 数日前、バレンタインにまつわるウソを吹き込んでから、それ系のテレビ番組を見せないように気をつけてきたのに。 アタシとしたことが、油断したわ。 「あー、はいはい、わかったわよ。とりあえず出るから、キッチンに戻った戻った」 小説は、恋人達が別れのキスをかわす、クライマックスだったが、それをぱたんと閉じて、湯船からあがった。 テーブルの上には、カルボナーラに海鮮サラダ、クラムチャウダーとミートローフ。ついでにデザートの杏仁プリン。 全部、フェルナンドが作ったアタシの好物。 前職『王子様』のくせに、何でこんなに器用なのか、初めて見た時はびっくりしたが、実はなんでも、小さい頃から料理に興味があって、ちょこちょこ城の厨房に出入りしてたらしい。 こっちの世界に来てからも、3分クッキングを見ながら同じモノを作れるくらい、そして材料が足りなければ、自己流にアレンジしてしまうほどの順応力を、発揮した。 ウソはバレたが、折角作ってもらったモノなんで、遠慮なくいただく。 うん、うまい。 本当はこの後、掃除と洗濯までしてもらおうと画策してたのだが、まあいいや。 「はい、ごちそうさまでした」 完食し、ご丁寧に出てきたコーヒーを飲み干して、両手を合わせる。 「……で」 カウンターキッチンの向こうで、偉そうに腕組んで、アタシの食べっぷりを見守っていたフェルナンドは、むっすりとしたまま。 「何よ」 「何よじゃない。……本当に無いのか」 子供か、こいつは。 「はいはいはい、ちゃんと用意してあるから、ちょっと待ちなさいって」 アタシはよっこらしょ、と立ち上がり、食器をシンクに片付けてから、冷蔵庫を開けた。 奴が料理をするようになってから取り決めた、決して手をつけるな、という絶対領域から、リボンのかかったオシャレな小箱を引っ張り出す。 中身は、勿論、 チョコレート。 1個が軽く300円はするやつだ。それが8個だから、アタシにしてはフンパツしたのよ。 「ほれほれ、欲しいか〜?」 奴の目の前でヒラヒラ振ると。 「……欲しい」 お。 こいつも、随分素直になったじゃないの。 その素直さに、ご褒美だ。 箱を開けて、チョコを一粒取り出し、軽くかじって。 あ、と開きかけた奴の口に、含ませてやる。 フェルナンドは、しばし放心した後、ゆっくりと咀嚼して。 「……甘い」 ようやく一言。 まあまあ、キスが初めてでもあるまいに、真っ赤になって。 最近気付いた、意外とカワイイ一面。 あー、年下の彼氏って、からかいがいがあって、楽しいわ。 もう一度、唇押しつけて、耳元でささやいてやる。 「ホワイトデーは、期待してるわよ」 「……何だ、それは」 「またテレビ見て、自習することね」 20年後もこいつとこうして、じゃれあってられたらいいと。 思えるようになった、今日このごろ。 |