『負け犬はワルツを上手く踊れない』
5―5 「終わったな」 フェルナンドが剣についた血を払い、鞘に収めた。 「あ、あんた一体どうして……」 致死量の血が流れ出たはずだ。 現に、フェルナンドの髪から服から靴にまでついた赤が、アタシの見た光景が幻覚じゃなかったことを示してる。 「もしかして……」 こいつに吸い込まれた銀色の光を思い出す。 「あれが本当に効いた?」 すると。 「そんな訳なかろ。戦巫女に蘇生の力までは無い。 わらわが特別に、願いを聞き届けてやっただけじゃ」 後方から高い声が飛んで来たので、アタシは振り返る。 いつの間に現れたのか、あたまどピンクの、11、2歳くらいの女の子が、腰に手をあてふんぞり返っていた。 「えーと、誰?」 「馬鹿、頭が高い!」 その途端、フェルナンドに頭から押さえられて、一緒に膝をつく形になる。 「この方が、女神アリスタリア様だ!」 ……え。 「うええぇえっ!? このちみっこが!?」 我ながらすっとんきょうな声をあげたら、 「この方、だ、馬鹿者!」 馬鹿と二回言われて、さらに床に頭をこすりつけさせられた。 リーティア、顔をはらしたフォレストがすっかりかしこまり、後からやってきた、ネーデブルグとステアの戦巫女達も、それぞれの王女にならって、ひざまづく。 た、たしかに。 思い返せばこの声。 初めて戦巫女の力を使った時に聞こえたのと、おんなじだ! 「まあよいよい、そんなに改まるな」 アリスタリアはそんなアタシ達を見回して、立つがよい、と手を振った。 「よくやったの、戦巫女に、各国の王族よ。 デア・セドルは滅んだ。これより後、この地が奴に脅かされる事は、永久に無くなったのじゃ」 「ええと、質問いいですか?」 翔平君が手を挙げる。 「女神様がこうしてこの世界に来られるなら、女神様が戦った方が、もっと早く解決したんじゃないですか」 「それではすぐに決着ついてしまって、面白くなかろ?」 女神があまりにのほほんと言うので、アタシ達はずっこけかけたが。 「というのは冗談でな」 アリスタリアは急に真顔になった。 「遙か昔、わらわ自ら、もっと邪悪な存在と戦ったことがあった。 そやつを別の世界に封じる事はできたが、奴とわらわの力のぶつかりあいが激しすぎての、この世界は、100年以上の間、天変地異に晒されるほど、荒れ果ててしまったのじゃ」 そうして、アタシ達一人一人を見回す。 「だから、おぬしらを選んだ。 人間は、自らの手で、困難を乗り越えてくれると、信じてな。 そしておぬしらは見事に、期待に応えてくれた。わらわの見こみ通りじゃ」 アリスタリアはぱん、と手を叩き、 「さて、堅苦しい話はここまで」 と笑う。 「務めを果たした戦巫女達にご褒美じゃ。何でもひとつずつ、願いを叶えてやろう!」 ご褒美? アタシと美里ちゃん、翔平君は、思わず顔を見合わせる。 「えーと、それって、元の世界に帰りたい、で終わりとかじゃなくて?」 「わらわがそんなケチに見えるか? それとは別じゃ。 人殺しや、いくつでも願いをかなえてくれ、とか無茶なもの以外なら、何でも良いぞ」 あ、やっぱりいたんだな。いくつでも願いを…て言った奴。 は、は、と笑いを洩らしていると。 「わたしは、結構です」 美里ちゃんが口を開いた。 「元の世界での生活は、満ち足りていて、これ以上望むことはありません。 あとのお二人に、お譲りします」 すると翔平君も。 「僕もいいです。その分、蓮子先輩の願いごとを、みっつ、叶えてあげてください。 デア・セドルを倒したのは、蓮子先輩ですし」 「え、ちょい待ち」 それじゃ、アタシがすごいゼータク者じゃないか。 「あなた達はいいの? タイガースが優勝しますようにとか、野球部でレギュラーになれますようにとか」 「ペナントレースは、どうなるか予測がつかないから、面白いのです。ズルをした優勝では、喜べません」 美里ちゃんが答えれば。 「僕もです。レギュラーの座は、もっと背が伸びてから、自力でつかみます」 翔平君も笑顔で。 「うむ。美しき、戦巫女の絆じゃな」 アリスタリアがうんうんと頷き、アタシに向き直る。 「では、特別大サービスじゃ。矢田蓮子、お前の願いを、みっつ、叶えてやろう」 いや、いきなりみっつと言われてもな。すぐには考えつかないな。 黙りこんでいると。 「ああ、今ここで言わなくても良いぞ。一日くらいは猶予をやる」 「あ、そですか……」 そこで、はたと気づく。 「もしかして、フェルナンドを生き返らせたので1回分、とか?」 「だからさっきから、わらわはケチではないと言うておろうが。それは出血大サービス、ノーカンにしてやるわ」 ……女神の口から出血とかノーカンなんて単語が飛び出すとは思わなかったわ。 頭を抱えると、アリスタリアはにまっと笑った。 「ま、神様に直接願いを叶えてもらえるなぞ、お前達の世界ではそうそう無い事じゃろ? じ〜っくり、考えるが良いぞ」 |