『負け犬はワルツを上手く踊れない』
3―3 マトモに出るのが初めてな城下街は、結構な賑わいだった。 渋谷や新宿、池袋ほど、ごったがえしているワケじゃないけど、大通りには店が並び、人の往来は多い。 その行きかう人達は皆、明るい表情をしている。 とても、魔族の危機にさらされている世界に住んでる人達の顔とは、思えないくらい。 「フォルティアの民は、どんな逆境の時でも、明るさを失わない」 ようやっと、フェルナンドが口を開いた。 「苦しい時だからこそ、より一層朗らかに生きる。初代フェリシア女王の時から変わらぬ、国民性だ」 そうして、「しばらく好きに見てみろ」と、アタシの手を離す。 それで、アタシはいろいろな店をのぞいてみた。 八百屋に見慣れない果物や野菜が並んでいるのを見ては、これは何だと主人のオッチャンに質問し。 元の世界で言う薬局なんだろう店で、薬草や、何か動物の干したのだろうものを、口開けてながめ。 台所用品の店で、これお土産に持ってったら、母さんが喜ぶだろうなあと、珍しい木材でできたまな板を手に取り。 装飾品屋さんでかわいいアクセサリーを見つけては試しにつけてみて、これ欲しいと言っては、フェルナンドに渋い顔をされ。 お菓子屋さんで、「試食にどうぞ」と、両手いっぱいのキャンディやらグミやらをもらった。 やがて、歩き疲れた、とアタシが言うと、フェルナンドは公園に向かい、 「その辺に座って、少し待っていろ」 と言い残して、どこかへ行ってしまった。 仕方ないので、言われた通り、そこいらのベンチに腰かけて、ぼんやりと周囲を見回してみた。 駆け回る子供達。 犬を散歩させる老夫婦。 アタシの住む世界とそう変わらない光景が、そこにある。 この世界の人達も、おんなじ。 生きているんだ。 そんな時、 「ほら」 目の前に突き出される、棒に刺さった、チョコがかかって、カラーチョコスプレーをまぶしたこの物体は。 チョコバナナ……。 そういえば、公園の中に、いくつか屋台がある。そこでフェルナンドがわざわざ買ってきたらしい。 「あ、ああ、ありがと」 受け取って、それが1本しか無いことに気づく。 「あの、あんたの分は?」 「俺はいい」 フェルナンドはそっけなく答え、アタシの隣に座ると、 「食べながらでいい、聞け」 と、語りだした。 「俺はこの国の王子だ。民の笑顔を守る為に戦う事は、義務であり、当然の務めだと思っている」 ぱくぱくと、チョコバナナを食べつつ、アタシはうなずく。 だけど、続けられた言葉に、口を動かすのをしばし忘れた。 「だが、お前は異世界の人間だ。そこまで義理立てする必要は無い。 リーティアに聞いたのだろう。戦いが恐ろしければ、帰る事もできる。戦巫女は、いなくなれば、世界に必要とされるうちは、また別の者が、召喚される。 実際、今まで召喚された中で、戦巫女の任を拒んで、元の世界へ帰った者はいる。戦い半ばで、命を落とした者もいる。 死は恐れて当たり前だ。最初の日に、『せいぜいやられないようにしろ』などと言ってしまったが、自らの命を失ってまで、この世界に尽くす必要は、無いのだぞ」 アタシはフェルナンドの方を向いた。フェルナンドは、いつになく真面目な―いつものむっつり顔と何が違うんだって言われたら、説明するの難しいんだけど―表情で、アタシを見ている。 アタシは、もきゅもきゅもきゅっと、残りのチョコバナナを口に押し込むと、ロクにかまずに飲み下した。 「あのねえ。そこまで言われて、はいそうですかって、帰れると思う?」 フェルナンドが、軽く驚いて目を見開く。 「あいにくアタシは、やめていいよって言われると、逆に燃えるタイプなの」 死ぬのは怖い。 だけど。 フォル王様やフィー王妃様、リーティア、城の兵士さんや女官さんの顔が。 この街の人達の笑顔が、頭をよぎる。 「みんなの笑顔を守りたい、って気持ちは、アタシだって、持ってるのよ」 そうだ、いつの間にか。 アタシは、この国が、この国の人達のことが、大好きになってたんだ。 「大丈夫」 もう、迷わない。 アタシは、自信を持って言った。 「アタシは、戦える」 |