『漆黒に輝く翼』7

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 その時、その場に居合わせたネーデブルグ兵達が、後に、示し合わせたかのように口を揃えたのは、
「戦巫女様に、黒く輝ける翼が生えたかのごとき、舞うような戦いだった」
 と云う。
 黒い長剣を手にした芙美香は、気合いを吐きながら、それを振り抜いた。シャープペンシルが変化したそれは、それまで持っていた剣の重みなど嘘のように軽く、芙美香の意志通りに動いて、魔物を一太刀の元に断ち斬り、黒い粒子へと還した。
 しっかと地に足をついて、残る魔物達をぎんと睨みつける。威嚇が魔物に効くかはわからない。だが、突然、新たに場に生じた強力な気配に、彼らは確かに一瞬怯んだ後、空に舞い上がり、咆哮をあげて、芙美香に殺到した。
 芙美香は、逃げる必要も無かった。身の内で脈打つ力が、どうすれば良いか、教えてくれる。軽く地を蹴る。それだけで、芙美香の身体は高く、人間の跳躍力を遙かに超えて高く、飛んだ。
 漆黒の剣を振るうと、一度に二体が黒の粒子と化す。降り下ろされた爪をかわすには、何も無い空を蹴るだけで充分だった。それだけで、芙美香は軽々と宙を舞い、黒の剣で、次々と敵を葬り去る。
 劣勢を感じたのか、残った魔物が、羽根をはばたかせて、その場から逃げ出そうとする。
 逃がさない。
 そう念じるだけで良かった。掲げた左手に、力が集い、剣より小さな、幾つもの刃の形を取る。それを敵目がけて投げつけると、刃は魔物の急所を突き、あっと云う間に、粒子へと還した。
 残るは一体。反撃も、逃走も、芙美香はそんな隙を与えなかった。剣を握り直し、ひゅっと息を吐いて宙を蹴ると、瞬きする間も無く魔物に肉薄し、一閃。まっぷたつに斬り裂いたのだった。
 辺りは静けさを取り戻し、ネーデブルグ兵達は、傷を負った仲間に肩を貸し、立ち上がらせてやりながら、宙を見上げる。
 彼らの視線を一身に浴びながら、芙美香は、たんと身軽に、地に降り立つ。それから、黒い長剣を鞘に収めると、ふらふらと、クラウディアの亡骸の元に歩み寄り、しばらく立ち尽くしていたのだが、唐突に、糸の切れた人形のように、その場にへたりこむと、声をあげて、泣いた。

 クラウディア・ナーシェは、ニアスの戦いで死んだ、他のネーデブルグ兵と同じく、首都アイゼンハースに戻り、しめやかな葬儀の後、地に還った。
 芙美香は、その葬儀に参加出来なかった。カーレオン王に、呼び出されたからだ。
「戦巫女殿が覚醒して、我が国の兵は、大いに活気づくだろう。これから、ネーデブルグの為に、その力を存分に発揮してくれたまえ。活躍を、期待しているよ、芙美香」
 ネーデブルグではなく、お前の為だろう。本当は、こんな男と顔を突き合わせていたくなど無い、親友になれると思った女性を見送りたい。掌を返したように、白々しい笑みを向けてくる重臣達の姿も、見たくなどない。芙美香は悪態をつきたくなったが、それを口にしてしまう程、子供では無かった。
 謁見が終わった後、芙美香は早足で城下街に降り、あの孤児院に向かった。戦死した騎士には、莫大な遺族年金がおりる。それを持って行くと、院長は、その額と、それを戦巫女自らが届けてくれた事に、驚きを隠さず、それから、目に涙を浮かべて、深々と頭を下げた。
 院長と芙美香は、短い時間の間に話し合って、子供達には、クラウディアの死を伝えないように決めた。慕う姉貴分の死を受け止めるには、ここに居る子供達は幼すぎる。時が至るまで、彼らには、クラウディアは、遠い辺境の警備任務へ旅立ったのだと、教えておく事にした。
 以前来た時のように、中庭で、無邪気に駆け回る子供達の笑顔を見て、クラウディアの言葉を思い出す。
『私は、あの子達の笑顔を守りたい。あの子達の為の、この場所を守りたい』
 そういう事だ。芙美香は思った。
 利己的なカーレオンの為では無く。ネーデブルグと云う、大きすぎるひとつの国の為でも無く。ただ、好きになった人達が守りたいものを、守り抜く為に戦う。それこそが、自分の戦う意味だと。
『怒りや憎しみのみで戦うな』
 力に目覚めた時に聞こえた声が忠告した通り、昏い想いを抱かずに、戦い続けよう。
(一緒に、戦ってくれる?)
 今は腰の鞘に、黒い長剣として収まっている、元シャープペンシルに問いかける。
『笑ってくれ、芙美香』
 不意に、耳元で、クラウディアが、応えてくれたような気がした。
『戦巫女が微笑えば、皆が笑える。大切な人達が、幸せになれるように、頼むよ』
 空耳だったに違い無い。だが、黒の長剣が確かに、りん…と啼いたような気がして、芙美香は、口の端に、笑みを浮かべる。
 それが取り柄だった自分だ。笑っていよう。明るくしていよう。
 そうすれば、これから訪れるだろう、辛い戦いも、乗り越えられると云う予感が、芙美香にはするのだった。

 その後、芙美香は、戦巫女として、ネーデブルグ国内の魔物退治に飛び回った。
 覚醒した戦巫女の力は、歴戦の騎士を軽く超え、絶大な戦果を挙げる。更に、戦場を前にしても、朗らかに兵達へ声をかける戦巫女の気さくさに、軍の士気も高まった。
 そうして、自身の能力にも、魔物を斬り捨てる事にも慣れて来た頃、カーレオン王から、新たな遠征の依頼が舞い込んだ。フォルティア、ステアと国境を共有する街ラプンデルに、魔物が襲撃をかけたと云うのである。
 ラプンデルを、ステアに奪われる訳にはいかない。今回は、フォルティアの王太子が率いる軍と共に、魔物の掃討作戦にあたる事となった。聞けば、まだ覚醒してはいないが、フォルティアの戦巫女も同行して来ると云う。
「フォルティア軍と。では、ファルスディーン様に、お会い出来るのですね。ありがとう、お兄様!」
 想い人に会える喜びに心踊らせるサフィニアと、妹を思いやり笑顔で頷く、そんな形ばかりを見せるカーレオンの、薄っぺらい兄妹愛を尻目に、芙美香は、まだ見ぬ同志に想いを馳せる。
 フォルティアの戦巫女とは、どんな子だろう。仲良く出来るだろうか。自分のように、いきなりこの世界に放り出されて、寂しい思いをしていないだろうか。力になれたら、良いと思う。
 そして何より。
 彼女か彼か、まだわからないその子は、見つけられるのだろうか。この世界で、戦巫女として戦う意味を。
 とにかく。芙美香は考える。
 その子に会えたら、にっこり笑って、手を振ろう。
 守りたいと思う、大切な友達に、なれるように。

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