『漆黒に輝く翼』5

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 芙美香とクラウディアの交友は、その後も続いた。
 クラウディアは、「自分などで良ければ」と、自身の仕事や訓練の合間を縫って、芙美香の剣の指南役を引き受け、しかし決して、尊ぶべき戦巫女だからと云って、手加減をしたりはしなかった。芙美香も、互いに手を抜かない事を望んだ。
 お返しに芙美香は、自分の世界の事を、クラウディアに語った。シャープペンシルを上回る、ネーデブルグには存在しない文明の利器に、クラウディアは興味を示し、
「かなうものなら、芙美香の世界に行って、それらを実際に見て、触ってみたいものだ」
 と、興奮気味に言った。
 そんなある日の稽古後、クラウディアは、
「見て欲しい場所がある」
 と、芙美香を城下街に連れ出した。
 直角的な建物がきっちりと並ぶ通りを抜けて、街外れの方へ。うらぶれた裏通りの一角に、それは在った。
 古びた外観。蝶番の外れかけた扉をクラウディアが開き、
「こんにちは。また来たよ」
 昼なのに明かりも充分に無い玄関口で、女にしてはやや大きくて良く通る声を響かせると、奥から、エプロンをかけた中年―否、初老に近づいているだろうか―の女性が、何人もの子供を引き連れながら、出て来て、眼鏡の奥の目を丸くした。
「まあ、こんにちは、クラウディア。来てくれたのね。元気そうで何よりだわ」
「ああ。院長も相変わらずで」
 クラウディアは、院長と呼んだ女性に笑みを返し、その笑顔を、子供達にも向ける。
「お前達も。元気にしていたか?」
「うん、クラウディア!」
「ぼく、いいこにしてたよー!」
 子供達は勢い良く挙手して応える。それから、芙美香の存在に気づいて、クラウディアの服の裾を引いた。
「ねえ、クラウディア。あのおねえちゃん、だれ?」
「おう、聞いて驚け」
 クラウディアは得意気にふふんと鼻を鳴らし、芙美香の背を押して、子供達の前に出した。
「ネーデブルグの戦巫女、芙美香だ!」
 たちまち子供達の表情が、歓喜に満ち満ちた。
「戦巫女さま!?」
「クラウディアは、戦巫女さまとお友達なの?」
「すごい、すごーい!」
 あっと言う間に、芙美香は子供達に囲まれて、手を握られたり、抱っこを求められたりする。子供の相手にはあまり慣れていない芙美香が戸惑うと、クラウディアはにこにこと笑いながら、応じるように促した。それで、こわごわながらも、手を伸ばし、子供達の頭をなでてやったりすると、彼らは、とても幸せそうに笑み、抱き上げれば、きゃあきゃあと喜びの声をあげた。
 子供達はすぐに芙美香に慣れたし、基本的に他人への面倒見が良い芙美香も、すぐに子供達に慣れた。子供達は、裏庭へ芙美香の手を引いて飛び出してゆき、
「これ、戦巫女様を」
 とたしなめる院長には構わず、はしゃぎまくる。
 受験でやめてしまったが、中学高校では、陸上部に所属していた芙美香だ。久々に身体を動かせるのが楽しくて、子供達と共に走り回った。
 やがて、子供達が遊び疲れ、皆が屋内に入って昼寝の床についてしまうと、院長が、質素なダイニングで、芙美香とクラウディアの為に、茶を出してくれた。その頃には、芙美香も、ここがどういう施設か理解して、クラウディアに言った。
「ここは、孤児院なんだね」
 親の居ない子供達の暮らす場所は、小説や、テレビの中でしか見た事が無い。しかし、どういうものか、想像はつく。そしてここは、その芙美香の想像の範囲から、著しく外れてはいない。
 芙美香の考えを肯定するように、クラウディアは頷き、
「私も、ここで育った」
 と、ぽつりと呟いた。
「クラウディアは、ここを出て騎士になった後も、こうして、顔を見せたり、お給料の一部を、寄付してくれたり、するのですよ」
 院長が、焼菓子の乗った皿を、ことりと芙美香達二人の前に置きながら微笑むと、「余計な事は言わないでいいよ、院長」と、クラウディアは心無しか頬を赤らめたが、すぐに真顔に戻った。
「ここに居る子供達は、何らかの理由で親を失っている。親と死別した子、親に棄てられた子、魔物に親を殺された子も居る」
 彼女はその内の、何に当てはまるのだろうか。疑念が芙美香の口をついて出てしまう前に、クラウディアは先を続ける。
「だが、あの子達は、そんな哀しみにも負けず、ああやって笑顔を見せる。私は、あの子達の笑顔を守りたい。あの子達の為の、この場所を守りたい」
 芙美香をまっすぐ見すえ、クラウディアは口元を緩める。
「それが、私がネーデブルグ騎士として生きる意義だ」
 芙美香は思わず目を見はった。自分と大して歳も変わらないだろうこの女性には、騎士としての確固たる信念が、根づいている。それなのに、自分は。
「戦う理由など、人によって、異なっていて、構わないと思うぞ」
 うつむきかけた芙美香の耳に、クラウディアの力強い声が、届いた。はっとして顔を上げると、彼女は優しい、穏やかな笑みを芙美香に投げかけている。
「芙美香が戦巫女として、戦う意味も。戦わない意味だとしても、構わない。そうすぐに、見つける必要は、無いさ」
 すうっと。
 胸の中にわだかまっていた気持ちが、軽くなるような気がした。
 芙美香に、戦う事ばかりを求めているこの世界の中で、戦わなくても良いと、言ってくれる人が居る。それは、芙美香にとって有難かったし、また逆に、負けず嫌いの自分の心に、やってやろうと云う、火をつける。
「あたし」
 芙美香は満面の笑顔をクラウディアに向ける。
「クラウディアと友達になれて、よかったわ」
 友は、一瞬面食らったような表情を見せた後、笑みを返した。
「私もだよ、芙美香」

 カーレオン王に呼び出されたのは、その次の日の事だった。
 剣の稽古を始めた時も、
「戦巫女は、そのような鍛練を積まずとも、能力に目覚めさえすれば、常人を超えた力を発揮できると云うのだがね」
 と、素晴らしい嫌味をぶつけて来たこの男だ。今度は、どんないちゃもんをつけるつもりか。まあ、何を言われても、右から左へ受け流す心構えでいよう。そう決めて、形ばかり素直にひざまづく芙美香に、カーレオンは告げた。
「また、我が国内に、魔物が出現したとの報せが入った。申し訳無いが、戦巫女殿には、再び、遠征に同行してもらいたい」
 申し訳無いなどと、微塵も思ってはいないだろうに。胸中で毒づくが、頭を下げたまま、表面には出さないように努める。だが、継がれた王の言葉を聞いた途端、芙美香は思わず冷静さを失い、がばりと顔を上げてしまった。
「遠征の指揮は、クラウディア・ナーシェに執らせよう。気心の知れた相手ならば、戦巫女殿も、戦いに身が入るだろうからね」
 カーレオンの声色は、あくまで穏やかで、台詞だけ聞けば、まるで芙美香を気遣った人選であると、周囲に思わせる事が出来ただろう。
 しかし、芙美香が真正面から見た国王の顔には、確実に、駒を使い捨てる時の、たとえその駒である人間が命を落としても構わない、とばかりの、狡猾な笑みが、宿っていた。

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