『漆黒に輝く翼』2

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「ようこそ、異世界からの戦巫女殿。我々は、君の降臨を、心より歓迎する」
 相当な曲者だ。
 第一印象から、芙美香は、相手をそう認識した。
 柔らかな金髪と端正な顔立ちを持つ、ネーデブルグ国王、カーレオン・フォン・ネーデブルグは、実に人当たりの良さそうな、穏やかな笑みを浮かべて、玉座に座していた。
 しかし、18年と云う、決して長くは無い人生の中でも、芙美香は学んで来た。こういう手合いの男こそ、腹の底には、やましい想いを抱えているのだと。
「戦巫女がこの世界に現れるのは、400年ぶり。新たな伝説が生まれる瞬間に立ち会える事を、私は光栄に思うよ」
「恐れ入ります」
 表面上は頭を垂れ、殊勝な台詞を返しながら、芙美香は、この国王の真意を探る。しかし、深読みするまでも無く、王は、一国の主としては愚鈍である事を、さらけ出して来た。
「現在、この大陸は、戦乱の最中にある。東の国ステアが、我がネーデブルグと、隣国フォルティアに対して、宣戦布告を行ったのだ」
 忌々しげに、肘掛けをとんとんと指で叩き、カーレオンは続ける。
「彼奴ら、如何なる術を用いてか、この世界に隠れ住んでいた、魔物を統率し、我が国とフォルティアへ、侵攻を繰り返している。しかも、そんな不届きな国にも、戦巫女が現れたと云う噂が、届いておる」
 カーレオンの灰色の瞳が、芙美香を見すえた。
「戦巫女殿には、一刻も早く、能力に目覚め、ステアに対抗する旗頭として、立って欲しい。フォルティアに先じ、ステアを打倒して、我がネーデブルグが、大陸を導いて行く為にも、君の力は、絶対に必要なのだ」
 わかりやすい。芙美香は、カーレオンや、隣にかしこまるサフィニア、居並ぶ家臣達の誰にも気づかれない程度に、嘆息した。
 要するに、国を救うなどと云う、高尚な目的などでは無く、己が覇者となる手先として、戦巫女の力が欲しいのだ、この王は。
「それで」
 顔を上げ、カーレオンを真正面から見つめて、芙美香は問う。
「あたしはどうすれば、その、戦巫女とやらの力を、得る事が出来るんでしょうか?」
 そんな質問が返るとは思っていなかったのだろう。カーレオンは明らかに面食らい、それから、視線を彷徨わせながら言葉を探して、思い当たったらしい。取り繕うような笑顔を見せた。
「そうだな。歴代の戦巫女の多くは、戦いの中で、女神アリスタリアのお声を耳にして、力に覚醒したと聞く。近い内に、魔物討伐の遠征を組む。戦巫女殿も、是非、参加してくれたまえ」
 要するに、戦巫女自身に丸投げ状態か。しかも、戦など無い世界から飛ばされて来た者に、いきなり戦いに身を投じろなどとは、死んでも構わないと思っているとしか考えられない。
 突然降りかかった理不尽に、芙美香は苛立ちを覚えたが、これはどうやら夢では無い、現実であるようなのだから、嫌だ嫌だと駄々をこねて泣き叫ぶより、何とか、生きて元の世界に帰る方法を模索する方が、前向きだろう。そう決心して、
「かしこまりました」
 癪ではあるが、国王に、深々と頭を下げる。カーレオンは、いやに満足げに笑み、大きく頷いた。
「時に」
 それから、芙美香に問いかける。
「今更ながら恐縮だが、戦巫女殿の名を、まだ訊いていなかったな。何と言う?」
 本当に今更だ。二度目の溜息をついた後、芙美香は答えた。
瀬戸口芙美香せとぐちふみかです、陛下」

 最初の遠征は、ヴァルティルカと云う小都市に、魔物討伐への同行だった。サフィニアと共に、騎士達にがっちりと護衛された馬車に揺られる事、数日。
「ご安心ください、芙美香様」
 向かいの席に座るサフィニアは、つぶらな灰色の瞳に敬意と親しみを込めて、芙美香を見つめる。
「魔物討伐と云っても、今回の数は少ないと聞いています。それに、芙美香様やわたくしの事は、騎士団が守護してくれます。そうそう、危険な目には、遭いませんわ」
「サフィニアは、戦わないの?」
「はい」
 芙美香の疑問に、サフィニアは、さも当然とばかりに、笑顔で頷く。
「わたくしは、癒しの力しか持ちません。後方で、皆を救うのが役目です」
 それをさしたる負い目とも思わぬ様子で姫は語り、それから視線を、どこか遠くに馳せた。
「せめてもし男子おのこでしたら、ファルスディーン様のように、勇ましく剣を振るいますものを」
 ファルスディーンとは誰だ、と怪訝な表情を見せて、芙美香が首を傾げると、サフィニアは、ほんのり頬を染めて、はにかんだ。
「隣国フォルティアの、王太子殿下です。2年前に彼の国を訪れた折には、14と云うお歳でありながら、素晴らしい剣舞を見せてくださいましたし、舞踏会では、共に踊りました」
 夢見がちな瞳が、幸福そうに細められる。
「いずれあの方の妻となる事が、わたくしの幸せですわ」
「へえ、婚約してるの?」
 何の気無しに、芙美香は問いかけた。王族が、これくらいの年齢で、政略的な婚姻の約束を交わしていても、おかしくは無いだろう。しかし。
「いいえ」
 サフィニアからあっけらかんと返って来た答えに、芙美香は、頬杖をついていた手を、がくんと外してしまった。
「ですが、サフィニアはいずれ、あの方の元に嫁ぎますわ」
 兄が兄なら、妹も妹だった。ぽうっと彼方を見つめて、きっと、ファルスディーンとやら云う王子に想いを飛ばしてしまい、しばらくは現実に帰って来ないだろう姫から目を逸らし、芙美香は、窓の外に広がる、夏の終わりを迎えて、緑から金色に移りゆく草原を眺めた。
 ネーデブルグに召喚された時、元の世界では、10月だった。さて、戻れた時、双方で、どれだけの時間が過ぎているのだろうか、と、ぼんやりと、考えながら。

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