『How to Read』


 矢田利久は、新年度と云うものが嫌いだ。
 憂鬱だ。
 この世に無くて良いものの一つだ、とまで思っている。
 毎年毎年、担任が代わり、新しい教科の教諭がやって来る度に、同じ事が繰り返されるのだ。
 今年も案の定、真新しい出席簿を手にした、大卒3年目だと云うクラス担任は、順々に出席を取り、『や』行の所で固まって、首を傾げた。
「え〜、ええと。矢田、としひさ?」
「違います」
 毎年のようにムッとして、利久は即座に答える。
 自分達姉弟の命名は、日本人ではない父がしたと云う。
 両親が結婚した頃、時代は既に、太郎だの男だの子だのを子供に名づける風潮では無く、父は、命名の本を熟読したと主張するが、こう、もう少し、読み易い名前をつけてくれなかったものだろうか。
 姉の未来だと、こういう時、みきだのみらいだの一通り間違われた最後に、「みく……です」と、まるで生まれて来てすいませんとばかりに細々した声で、申し訳無さそうに言うのだろうが、利久はそこで根負けしない。相手が正しく読むのを待つ。だから、こう続けるのだ。
「そのまま読んでください」
 若い担任は、しばらく考えた後、ようやく思い至ったと笑顔になって、
「ああ、すまんすまん」
 呼んだ。
「りきゅう」
 利久の表情が、ぴきりと凍りついた。
 これは今までに無かった、新しいパターンだ。
 というか、何時代の茶の名人だ。
 利久は観念して、自ら名乗るのだった。
「……りくです」

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