プロローグ:取り戻せない命
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見渡す限りの焦土だった。
どれだけの命が生き残っているのかなど、わかりやしない。いや、そんなものに興味など無い。想うのは、ただ一人。
彼女はどこだ。血塗れの身体を左右に揺らしながら、灰の降り積もった地面を踏み締めてゆく。まだあちこちの建物から黒い煙が立ちのぼり、炭化した屍が靴先に当たっても、気に留める事無く歩を進める。
太陽が東から昇る。三日三晩漆黒の闇と紅蓮の炎ばかりに包まれたこの地に朝が訪れても、青年の心に夜明けがやってくる事は無かった。絶望に心の奥まで暗く塗り込められ、どこに希望があるかなど、見当もつかない。
ふらふらと。赤黒く染まった海面を見渡せる岸壁まで出ていって、水平線から顔を出して新しい朝を告げる光を憎々しげに見すえる。闇に慣れた目に陽光はまぶしすぎて、勝手に涙が零れた。
直視するのが辛くなって顔を逸らしたその時、視界にひとつの墓が飛び込んできた。これだけの惨劇の後でも無事に残っているその墓標を見て、天啓のように彼はひらめいた。がばりと墓石に取りすがり、すすのついた表面をなぞりながら、へらりと笑いを浮かべる。
そうだ。取り戻せる。
きっと彼女を取り戻せる。
彼女の血潮で作られた石を口に含み、濁った瞳で彼は願う。
『生き返って』
代償などどうでもいい。彼女をこの手に抱けるのならば。
『生き返って。僕の傍にいてよ。僕の大事な大事な――』
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