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七月のなまけもの
七月のなまけもの

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2026年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

#語彙トレ2026 『この大地の上で』09/11~09/20まとめです。
新キャラが生えたり、エクセルと光まわりを描きたくて仕方無かったり、忙しい期間です。
作品は異なりますが、エクセルと光は、原作を書いていた頃の作者イチオシカプだったので、この話でもなんとかしたい欲が出て、「時雨とソフィアの視点」から外れる、ズルをしてしまいました。

前→737

09/11-媒介
 どうしよ。顔が、火照ってる。自分で言っといて、なんだけど。細さんを媒介に、一生見てる、みたいな、告白、しちゃったようなもの。
 そんなの、今の時雨には、重荷でしかない。背負うものが多くて、彼を、苦しめる。
 時雨は優しいから、甘えすぎてた。
 そっと、手を離そうとしたら。
「いいもの売ってるな」
 元の調子に戻った時雨が、ひとつのお店、見てる。アクセサリ屋だ。
 ノルンは自治都市の金属、草原諸国の原石が、とれるから、東方で、彫金技術が発達してる。ホクナの民は、盟主不在の中でも、それで生き延びた、って。
 きらきら、輝くアクセサリを、覗き込んだ。

09/12-触媒
「おっ、兄さん、お目が高い!」
 お店のおじさんが、いい客つかまえた、ってばかりに、営業スマイル、全開にする。
「ここにあるのは、草原諸国の特別な触媒を使って、銀を霊銀(ミスリル)に昇華させたものばかり。ご利益はばっちりだぜ」
 うわー……、怪しげな口上。霊銀って、西のシャングリアでしか、採れないんじゃなかったっけ。
 でも、時雨はすごい真面目な顔してアクセサリに見入って。
 しゃらり、と。鈴のついた腕輪を、ひとつ、手に取ると。わたしの手首に、当ててみる。
「うん」
 満足げに、うなずいてる、けど。
 見えてる見えてる、値札! うん、じゃないよ!

09/13-代償
「毎度あり!」
 あ、あああ。時雨、値札通りのお金、払っちゃった。もしかして、時雨って意外と、金銭感覚ガバガバ? 『星の忍』なんて高位の忍で、太守跡継ぎの養子、だったから?
 育ちの代償、大きかった、よ。恭司様、ちゃんとこういうとこ、教育しといて欲しかった……。
 まあ、人のこと言えないけど、わたしは、あのひとの目、盗んで、ちょこちょこ街に、降りてたから。踊りもその時に、旅のジプシーに、教えてもらった。
 師匠、元気かな。
『免許皆伝だ』
 って言われて別れたきり。どこかで、戦火に巻き込まれてないと、いいけど。
 考え込んでると、鈴の音が鳴った。

09/14-印影
 しゃらん、と。
 わたしの左手首で、鈴が鳴る。
「これで」
 時雨が、満足そうに、微笑んだ。
「どこにいても、あんたを見つけられるな」
「わたし、猫かなにか?」
「そういう訳じゃあないが」
 ぷう、と膨れてみせると、時雨、慌てて首を横に振る。
 でも、いいけど。
 時雨の印影が、わたしに刻まれたかの、ように。時雨の優しさが、わたしの心に、沁みる。
「じゃあ、わたしが迷子になったら、時雨、見つけてね」
「ああ」
 時雨が、真面目な顔つきで、頷く。
「どこにいても、必ず」
「じゃあ」
 わたしも、にっこりと。
「どこにいても、時雨のこと、見つけるよ」

09/15-疼く
 弟と、妹みたいな少女は、今頃『聖域』で、初々しいやりとりをしているだろう。ひとり、ふっと笑ったところで、無いはずの右目がじくじくと疼いて、前髪の上からおさえてうずくまった。
「ちょっとあんた!? 大丈夫!?」
『星の忍』の少女が、焦りきった声で肩にしがみついてくる。左手を掲げて、大丈夫だという意思表示をした。
「ラグナール兵として、潜り込んだ時に、ちょっとヘマしてな」
 あのクソッタレ王に目を取られ、刃を握れば数秒で死に至る呪いをかけられた。
『小物はせいぜい転がって苦しめ』
 奴はそう嗤った。
「なんで、そんな」
 彼女が憤慨する理由が、わからない。

09/16-饐える
 吐き気が込み上げて思わずえずく。
『時雨様がいらっしゃらない今、ホクナを率いることができるのは、秋霖様だけですわ!』
 子供の頃から持ち上げられて、民が戦いに出るのを見送った。彼らが物言わぬ身体になって帰ってくるのを迎えた。蝿が飛び交う饐えたにおいに、泣きながら吐いた。
 時雨に意趣返しをしたかったわけではない。できることなら、ソフィアと一緒に、戦と関係無い、日の当たる場所で、穏やかに暮らしていて欲しかった。だが、ホクナの民が、ジャオウの民が、それを許さないだろう。
「……あんた」
 忍の少女が呆れきった顔をした。
「思った以上にわかりやすいわよね」

09/17-馨る
 連合軍の噂は馨る。マアサルの翠黛のこちら側、草原諸国、東方、自治都市連合の隅々まで、若き盟主たちの話は、波のように広がった。
 ヴァイシャと高砂は妥当にしても、俺の名前まで混じっているのは、落ち着かないが。
 だが、ラグナール軍に攻め入られた土地から、希望を求めて、ルーマンの砦にひとびとが押し寄せる。最早誰がどこの出身かなんて、どうでもいいくらいに。
「盛り上がっている時こそ、気をつけるべきです」
 そう言って眼鏡をくい、と指で押し上げるのは、先代フェルガナ族長の頭脳、フォルカだ。
「木馬に潜んだ敵が、入り込んでいるやもしれませんゆえ」

09/18-薄明
 砦の屋上から、草原を見渡す。マアサルの翠黛が、薄明でほの明るく縁取られる。
 連合軍では立場など関係無い。盟主でも参謀でも、平等に見張り番が回ってくる。フォルカの存在は、今までの会議にヴァイシャと同席していたことで知っていたが、二人きりで話すのは初めてだ。
「あんたは、もうこの軍に間諜が入り込んでいると、思っているのか?」
「立場だけ見れば、ラグナールの姫君と、ラグナール兵として潜り込んで彼女を手助けしたことのある、あなたの兄上が」
 じとりと睨むと、織り込み済みだったのだろう。彼は肩をすくめる。
「立場だけ見れば、の話ですよ。落ち着いてください」

09/19-楼閣
「間諜を探す時、まず疑うべきは、敵側に足を踏み入れた者。私はそれを失念して、族長を亡くしました」
 昇りゆく太陽を見つめながら、フォルカが訥々と語る。
「ラグナールとの緒戦で捕らわれ、解放されたクラナハを、お嬢は喜んで出迎えた。それが過ちでした」
 ああ、クラナハって、ニネヴェの裏切り者で、ヴァイシャの許婚だったか。おおかた、ラグナールに捕らわれた際に、ゼノスに何か吹き込まれて、変心したんだろう。
 草原諸国も、ジャオウの楼閣と一緒だ。同族の皮をかぶった連中が、いつ相手を高みから引きずり下ろすか、虎視眈々と機会を狙っている。
『どいつもこいつも、じゃな』

09/20-迷宮
「戦とは、迷宮のようなものです」
 フォルカが眼鏡をくいっと押し上げて、目をすがめる。
「誰が正しいか間違っているかが無い。豊穣な地は焼け、命は失われ、終わりが見えない。彷徨った果てにあるのは、荒れ果てた大地と疲弊した人々。太陽の光も、虚しく降り注ぐばかりです」
「あんた、詩人になった方が向いてるんじゃあないか?」
「先代にもよく言われました」
 声では笑ったが、口元が歪んでいる。自嘲だろう。
「先程の話ですが、疑わしきはまだいます」
 まだ木馬の中の兵を出すのか。半眼で睨むと。
「大陸を自由に行き来する商人。これが一番怪しいです」
 まさか、アナベラを?畳む


#アルファズル戦記
#この大地の上で

創作,小説

#語彙トレ2026 『この大地の上で』09/01~09/10まとめをやっとしました!
時雨とソフィアの視点切り替えを完全にミスったな、ってところがあります。
これは正式に本にする日が来たら調整します。

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次→738

09/01-朔風
 ジャオウ、ホクナ、草原諸国の連合軍が成った。
 ヴァイシャと高砂だけで充分だと思ったんだが、二人だけでなく、エクセルや光、アナベラに劾、あらゆる連中に、『お前が立ち上がらなくてどうする』と思いっきり背中を押された。
 規模の建前上、盟主はヴァイシャだが、俺も後ろから支える羽目になったのだ。
 太守は恭司様がなると決めつけて、『星の忍』に徹していたから、人の上に立つことを何も教わらなかった過去を、今更悔いる。
「……恭司様」
 砦の屋上で、ひとりごちる。
『俺はどうすりゃいいんすかね?』
 マアサルの翠黛を越えてくる冷たい朔風は、秋の訪れを告げていた。

09/02-懊悩
「涼しくなってきましたね」
 薄手の上着を羽織った高砂が、細い腕を擦りながら隣に並ぶ。
「仮にも太守代理が、伴もつけないのは、不用心だぞ」
「あなたもじゃあないですか」
「俺は自分の身は自分で守れる」
 正論だ。同じ『星の忍』を継ぐ者でも、国の上に立つ身でも、高砂はまだ子供だ。ろくに鍛えてもいないだろう。
「……強いですね、時雨は」
 高砂が、寂しそうに微笑む。
「ぼくは、皇本の身代わりなのに、ひとりじゃなんにもできない」
 懊悩に苛まれる顔をして、彼女は目を伏せる。
「その為に、俺たちがいるんだろうが」
 ぽん、と頭に手を乗せる。
「頼れる大人を頼れ」

09/03-臨界
「時雨だって、大人なんて、言えないですう~」
 拗ねたような声に振り向けば、碧眼がじとりと細められて、俺を睨んでる。
 やばい。最近、他の女子に関わりすぎて、ソフィアにフォローを入れるのを、忘れていたんだ。
「細さんの前で、ダダこねてたの、誰だっけ?」
「すまん。俺がガキだったから。そこ蒸し返さないでくれ」
 顔を手で覆って、ペコペコ頭を下げる。
「……頼れる大人?」
 高砂が、唖然としているのがわかる。
「高砂ちゃん。時雨はね~、けっこう騙されやすいから」
 あああ。もう、ソフィアの嫉妬と俺のやるせなさが臨界だ。
「悪かった。だからもうやめてくれ……」

09/04-聖域
「なにやってんだ、お前ら」
 呆れた様子で、エクセルと光がやってきた。珍しい組み合わせだな。
『お姫様のご機嫌を治すいい方法、教えてあげよっか』
 光が、ジャオウの忍だけが使える読唇法で、俺に伝えてくる。
『アナベラを追って、聖域が来たよ』
『聖域』
 ノルンの旅商人たちが、大々的に開く市はそう呼ばれる。いかなる国も、いかなる紛争も、介入を許さない、自由市。だから『聖域』。
 ずっとソフィアも俺も、思い詰めてきたからな。気分転換には丁度いいだろう。
「夕方には帰る」
 それだけ言い残して、ソフィアと手を繋ぐ。
「えっ」
 戸惑う彼女に構わず、屋上を去った。

09/05-救済
『聖域』は、露店を広げる旅商人、草原諸国の氏族、ジャオウやホクナの民だけでなく、ラグナール支配下の自治都市を逃げ出してきた市民たちで賑わっていた。
 商人が物品を提供して、逃げてきた民を救済し、民は持ち腐れの貨幣を放って、売る場所に困った商人を救済する。互助の仕組みが出来上がっているのだ。
「わ、すごい」
 あまりの人出に、ソフィアが驚いている。いや、顔に出さないだけで、正直俺も吃驚してる。
 ラグナールの侵略は、これだけのひとを追い詰めている。だが、これだけのひとびとが、まだ生きることを諦めていないのだと、賑やかな声が飛び交って、教えてくれるんだ。

09/06-極夜
『聖域』を、しばらく行くと、吟遊詩人が、弦楽器を奏でてた。

 ノルンよりはるか北
『終極の冬』の名を持つ地あり
 空から来た星読みの民は
『霧』によって世界と分かたれた
 星読みの民は詠う
 更なる北果ての光景を
 薄明の続く極夜の景色
 今は『霧』にて遮られ

 ああ、なんか、すごい昔、エリオンの里で聞いた気がする。
 世界には、四つの大陸があって、北の大陸は、『霧』に覆われて、出ることも、入ることも、できなくなったって。
 そこに、エリオンと同じように、始祖種ダイナソアがいて、星空を解読することが、できるんだって。

09/07-暁
 吟遊詩人は、更に唄う。

 宵を越えて 暁よ訪れよ
 堕ちし神の もたらした
 呪詛を払い 光呼び寄せ

 思わず、うずうずしてきた。手を繋ぐ時雨も、気づいた、みたい。
「騒ぎになったら、即切り上げるぞ」
 薄く、そう笑って。送り出してくれるように、手を離した。
 しずしずと、踏み出して。ひらりと布を、翻し、一礼。

 たん、と。

 ステップを踏み出す。吟遊詩人が途端に曲調を変えた。神話の時代から、今、ここにいるひとたちを楽しませる、明るい曲調へ。
 ああ、わたし。
 本当に、踊るの、好きだな。
 これも、エリオンの血がもたらすもの、なのかな。

09/08-永遠
 しゃらり、しゃらり。わたしは、踊る。
 吟遊詩人の弦楽器が、心地いい。
 炎のように激しく、水のように穏やかに。大地が震えるがごとく、風が強く吹くように。

『始祖種は、よっつの力を分け合って生きているんだよ』

 遠い昔、誰かが教えてくれた。
 誰だっけ?
 わからないまま、わたしは踊る。
 世界を言祝ぐ、舞を。
 道行くひとが、足を止めて。わたしの舞に、見惚れてる。
 しゃんしゃら、しゃらり。わたしは、笑顔で舞う。
 観衆の最前列で。時雨が微笑んで、わたしを、見ている。
 ああ、この時間が、永遠に続けば、いいのに、な。

09/09-祝祭
 吟遊詩人が、静かに演奏を、終える。わたしも、すうっと、踊りを終えて、優雅に礼をする。
 祝祭、みたいな。拍手と歓声の嵐。
 もう一度、ぺこりと頭、下げて。ひとびとの視界から、外れる。その先には、時雨がいて、手を引いて、その場の熱気から、かき消えるように、立ち去る。さすが忍。気配の消しかた、わかってる。
「楽しそうだったな」
「……わかる?」
「めちゃくちゃ笑顔だった」
 ばれてる。わたし、隠し事、下手なのかなあ。
「あんたの踊り、綺麗だよな」
「アリガトウ、ゴザイマス」
 直球の褒め言葉に、片言になったら。
『だからこそ、あんたはこっちに来ちゃなんねえ』

09/10-逆光
 時雨が、どんな表情、してるか。わからなかった。丁度逆光で、顔が見えない。
 でも、わかるよ。
 お養父さんを、亡くして。姉と慕ったひとを、殺しかけて。失って。
 仕える国は、陥ちて。故郷の期待、背負って。
 どれだけ重荷か、わたしには、本当には、わからない。
 でも、だからこそ。
「逃げない、よ」
 ぎゅっと、時雨の手を、握り込む。
「細さんに、託されたもの。ずっと、時雨のこと、見てる」
 指先が、ぴくり、と震えるのを感じた。
『……野暮なこと、覚えてんなあ』
 観念したように、時雨が、天をあおぐ。
 夕暮れ時の太陽で、あかい輪郭が、彼を彩った。畳む


#アルファズル戦記
#この大地の上で

創作,小説

#アルファズル戦記 記念本『アルファズルるぶ』がほぼ形になりました!
あとは忘れずに入稿入金するだけ!

もっとエンタメ的な冊子にしたかったんだけど、文字だらけになりました。でも、新規絵もスッ……と差し込んでるから、いつもの文庫本とはちょっと違うかな?

私はこれをやりたかったんだ……!
増えたライフワークがあと半分だから、悪玉コレステロール下げる薬を飲んで、健康でいたいです。

日記,ひとりごと2026年,創作

『この大地の上で』08/21~08/30分まとめました。
最初はできるだけ期間ごとに、時雨とソフィアの視点を入れ換えようと思っていたんですが、んなことできなかったよ!!!!!
時雨でないと説明できないこと、ソフィアでないと説明できないことがあって、片方が長くなったりします。

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08/21-要衝
 ソフィアには、後でフォローを入れとかないとな……と思いながら、ヴァイシャが作戦卓上に広げた、草原諸国の地図を皆で囲む。
「草原諸国はフェルガナ族を長にしているが、ラグナールへの最前線は、ニネヴェ族が担っていた。その要衝を奪われたことで、他の氏族もあっという間に崩れていった」
「じゃあ、逆を返せば、ニネヴェの領域を取り戻せば、草原諸国はラグナールを押し返せるか?」
「ああ」
 俺の推測に、ヴァイシャは力強く頷く。
「『元老院』を排除した今、高砂が檄を飛ばせば、ジャオウは従うだろ」
「武具の調達は任せな。伝手はある」
 エクセルとアナベラが、にっと笑った。

08/22-黄昏
「ぼ、ぼくは……」
 名指しされた高砂が、おろおろと狼狽える。
「安心しろよ。何もお前一人が全部やれってんじゃあない」
 エクセルは歯を見せて、俺のほうを向いた。
「ジャオウの『星の忍』にして、ホクナの嫡男。太守代理として後ろ楯になるには充分だ」
 ……やっぱり、そう来たか。ああ、来るよなあ。
「時雨」高砂がおずおず見上げてくる。「助けてくれますか?」
 そう問われて、否を唱えられる立場じゃないんだよなあ。
 覚悟を決めて、高砂の前にひざまずき、拳を胸に。
「『星の忍』の生き方に則り、ホクナの民を導く者として、ラグナールに黄昏をもたらしてみせましょう」

08/23-憑依
「では、詳しい作戦会議は明日に」
 ヴァイシャの一声で、その場は解散した。
 残った一人に、声をかける。
「すまない」
「ううん、だいじょぶ」
 いくら実の故郷を焼いたとはいえ、少しはゼノスに情もあるだろう。それでも、ソフィアは薄く笑って、ふるふる首を横に振る。
「それよりも、さっきの時雨、かっこよかった。なんか、憑依してる、みたいで」
「恭司様と細が後押ししてくれたのかもな」
 冗談めかして言うと、碧眼がじっと見上げてくる。凝視されると、なんだか落ち着かない。
「……あのね」
 一、二回躊躇って、ソフィアは言った。
「お願い、聞いてくれる?」

08/24-形骸
「故郷、行きたいな」
 ソフィアの言う『故郷』は、ラグナールじゃあない。生まれ故郷、エリオンの里だろう。
「だけど」
 思わず言い淀む。里はゼノスに焼かれたんだ。形骸も残っていないかもしれない。
 ソフィアもそれはわかりきっているのだろう。こくり、と頷いて続ける。
「でも、わたしの、はじまりを、知りたい。時雨が、ホクナへ、行ったように」
 そう言われたら、止める権利は俺には無い。自分のルーツを知ることは、前へ進む力になる。
「わかった。草原諸国を解放したらな」
 くしゃりと水色の髪を撫でると、ソフィアの表情がぱっと明るくなり、首に飛びつかれた。

08/25-露見
『元老院』が全員いなくなった。
 ホクナの戦士たちが「少しどついた」結果、恭司様の暗殺についてすべてを吐き出したのだ。
 企みが露見した結果、太守の跡取りを謀殺したこと、ジャオウ陥落時に太守を守らず我先に逃げ出したこと、その他諸々の罪で、自分たちが擁立した新太守の高砂に、処刑を言い渡されたのだ。
 まあ、びくつく彼女に「言ってやれ」と背中を押したのは、俺だが。
「反逆国のハイエナが!」
「呪われろ!」
 処刑場に引っ立てられてきた連中は、俺に恨み言を吐く。
『同じこと、返したるわ』
 ジャオウ語で、笑ってやった。
『せいぜい、奈落で苦しめ』

08/26-堕落
 エリオンの光が、儚く、消える。
「……ごめんなさい」
「貴女が謝ることではない」
 肩を落とす、わたしに、ヴァイシャは首を横に振った。
 彼女の許婚にして、裏切り者、クラナハの、妹。エコー。草原諸国が侵略された時、目を焼かれて、視力、失くした。
 彼女の難はそれだけじゃ、なくて。生まれつき、耳が、聴こえない。そこに見えないから、彼女は今、音も色も無い、暗闇の中。
 肩を落とすわたしの手を、エコーが取って、てのひらに、なにか書く。
 草原諸国の、言葉で。
『ありがとう、ごめんね』
 自堕落でも、なんでもない、こんなに頑張ってる子に、神様は、不平等だ。

#語彙トレ2026 08/27-鳶色
 エリオンの力、使っても。エコーの目を、治せなかった。
 あー……。細さんのこと、思い出しちゃうな。始祖種の癒しの力でも、助けられない人、いる。
 砦の屋上で、ひとり、落ち込んでると。
「草原諸国の夕方は、風邪引くぞ」
 ぱさり、と。ショールが頭から、かけられた。振り向けば、時雨と、もうひとり、鳶色の髪の男の子。
「姉上の言う通り、あなたのせいではありません。むしろ、エコーのために力を尽くしてくださり、ありがとうございます」
 姉上、ってことは、ヴァイシャの弟、か。
「ネルウァと申します。お見知りおきを」
 んー……なんか、違和感。
 彼女と似てない。

08/28-畏怖
「……ああ」
 わたしたちの疑念に、気づいた、のかな。ネルウァが、困った顔して、苦笑する。
「僕はフェルガナの血を引いていないのです。マアサルの翠黛の畏怖を越えてきた傭兵が、父に託した子です」
 マアサルの向こう、ってことは、ラグナールから来た傭兵? でも、あのひとは、傭兵がどこの出身でも、気にしてなかったから、どこの出身かは、わからないな。
「ですが、心は草原にあり、ヨレイアの草の風を愛している。出自に関係無く、姉上を支えたいと思っています」
 すごく、できた子だな。
「お前は強いな」
 同じような感想を、時雨もこぼす。
「俺も、そうでいないと」

08/29-擽る
「わっ」
 ネルウァが突然、変な声、出した。
「エ、エコー、やめ」
 いつの間にか、エコーがむすっとした顔して、こちょこちょ、ネルウァを擽ってる。
 やきもち? でも、エコーは見ることも聴くこともできない、はずで?
「す、すみません」
 ネルウァが困り果てた顔で、エコーの手を取ってやめさせる。
「エコーは、身近な人間や至近距離なら、気配と、何を言っているかを、感じ取る力があるんです」
「ああ、ギフテッド」
 後から来た、エクセルが、納得した様子で頷く。
「草原諸国にはけっこういるっていうからな」
 魔法とは、違う力、なのかな?

08/30-因果
「義兄上……いや、クラナハは、エコーを溺愛していました。姉上のことも、大切に想っていた。誰が見ても、相思相愛でした」
 エコーの肩に手を置いて、ネルウァは語る。エコーも不安げな気配を顔に宿して、ネルウァを見上げている。
「それが、フェルガナが陥ちたあの日に、彼が指揮する部隊の放った炎で、エコーは目を焼かれて。因果な巡り合わせです」
 つまり、兄の裏切りで、妹はぼろぼろになった。
「勝手なもんだな」
 時雨が、怒りを宿した声で、拳、握り締める。
「『元老院』と一緒だ」
「それを止めるために、お前が動くんだろ」
 エクセルが、時雨の肩を叩いた。
「気張れ、弟」

08/31-呪詛
 その頃、ラグナール首都エインゾア。

「陛下」
 クラナハは階の下に跪き、玉座に収まる男に頭を垂れていた。
「必ず、草原諸国を完全に焼き払い、陛下の憂いを断ってみせましょう」
 頬杖をついた男は、喉の奥で嗤ったようだった。
「裏切り者が、また裏切らないようにな」
 その言葉に、クラナハは唇を噛んで、己の左手を見下ろす。甲に血の色で刻まれた、おどろおどろしい刺青を。
「『ユミールの呪詛』に逆らえると思うなよ?」
「……は」
 隷属の証に、これを刻まれた。逆らえば、ヴァイシャやエコーたちにどんな危害が及ぶか。
 黙って離れるしか、無かったのだ。畳む


#アルファズル戦記
#この大地の上で

ひとりごと2026年,創作,小説

#アルファズル戦記 Web公開25周年記念本、仮タイトルがほぼそのままタイトルになった、『アルファズルるぶ』作成中。

ほとんど設定説明だから、文章だけにするつもりだったんだけど、どこもかしこも中途半端に空白ができてしまうので、過去絵を引っ張り出し……まだ足りない……。
新規で着色までできないので、三枚はラフでいきます。あとはiPadの中を彷徨って掘り出してきた!!

日記,ひとりごと2026年,創作

2026年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

#語彙トレ2026 『この大地の上で』08/11~08/20まとめを、遅ればせながらしました。
語彙トレで連載する前のゴタゴタを、やっと回収するターンでした。

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次→727

08/11-摩擦
「『元老院』は、時雨が言ってた通り、タヌキジジイどもの巣窟だよ。ヴァイシャを完全になめくさってる。草原諸国とジャオウの摩擦で火が起きるのは、時間の問題だね」
 アナベラさんが、ため息ついて、お手上げ、ってばかりに、両手、掲げる。
 それから、光さん、エクセルと一緒に、時雨とわたしのこと、見た。
「治められるとしたら、あんたたちだよ。各国の重要人物が出てきたら、あのジジイどもも、黙らざるを得ない」
 やっぱり。そうなる、よね。
 ラグナール兵は、わたしの言うこと、聞かない、あのひとが、怖いから。
 でも、時雨と一緒に、草原諸国と交渉は、できるはず。

08/12-上古
「ジャオウとラグナール、草原諸国は、かつて約を交わしていた」
 半月寝っぱなしで、自分の身体、って感覚が、戻らないのかな。ふらふらしてる時雨に、エクセルが肩、貸して、立たせる。
「互いに不可侵であること。だが、いずれかが約を破った時は、残る勢力が手を組み立ち向かうこと。恭司様が言っていた」
「んな上古に、納得するかね? 特に『元老院』は、あんたを表舞台に出したくなさそうだけど」
 アナベラさんが、眉根、寄せるけど。
「納得させる」
 時雨は、きっぱりと言い切った。
『じさまどもにはもう、ご隠居いただく時じゃ』
 ジャオウ語で、にやりと、付け足して。

08/13-忘恩
 ソフィアに支えられ、砦の作戦室へ向かう。
「草原諸国は、ジャオウの鎖国に口を出さずにきた」
 ヴァイシャといったか。草原諸国の盟主は『元老院』に怯まず言い返しているようだ。
「それを無視して『ジャオウに従え』は、忘恩ではないか?」
『元老院』が言い返せずに言葉に詰まってるのがわかる。いい気味だ。
 お前らはこれから、全員、奈落送りにしてやる。恭司様と細、そして死んでいったジャオウとホクナの民全員の仇を、俺が取る。
『じさまども』
 作戦室に踏み込んだ俺は多分、鬼のような形相で笑っていただろう。
『お久しゅうございます』
 爺どもが、一斉に凍りついた。

08/14-萎む
『元「星の忍」もおるかたがたが、太守のおられんとこでジャオウの代表面して虚勢張るとは、皇本家への反逆と取れるが?』
「黙れ! 跡取りでありながらジャオウの体制に逆らおうとした馬鹿息子の飼い犬が!」
 ほら、少し煽れば本性を出す。じさまどもはそういう連中だった。見切れないで、細が恭司様を弑したと疑った自分を恥じる。
「時雨は、ジャオウの『星の忍』としても、ホクナの嫡男としても、太守様を守ろうと最後まで戦いました」
 ソフィアが『ティアナ皇女』の顔をして、凛と言い切る。
「その間、あなたがたは、何をしていましたか? ただ恐怖に萎んで、逃げていませんでしたか?」

08/15-豊穣
「だ、黙れ!」
 爺どものひとりが声を張り上げる。
「ジャオウの豊穣な聖地を狙ってきた、ホクナの腐れどもと、ラグナールの侵略者が、揃いも揃って!」
 そして奴は、自分達の背後で縮こまってた少女を振り返る。
「高砂様! ジャオウ新太守として、こやつらの斬首を命じてくだされ!」
「ぼ、ぼくは……」
 案の定、皇野高砂は縮こまって、しどもどしている。お飾りの太守だ。
「あなたは我々の意図を口にしていれば良いのです!」
 怒声に、高砂がびくりとすくみあがった時。
「高砂」
 落ち着き払った声が、作戦室に凛と響く。
 ああ。エクセルとアナベラが、やってくれたな?

08/16-静寂
「高砂、もう良いのです」
 高砂の母親は、穏やかに我が子に語りかける。
「『元老院』の首魁たる水原長音は、草原諸国の裏切り者、クラナハ・ニネヴェに殺られたんでしょ? 高砂より指揮権のある奴はいないはずだけど?」
 アナベラの挑発に、作戦室が静寂に包まれた。
 ソフィアが俺を見上げる。そうだな、今、やるしかない。
「誰のせいだとか、責任を押し付け合っている場合じゃあない。ゼノスに立ち向かう気概のある同志が、手を組む時だ」
 俺の言葉に、ヴァイシャが興味深そうに眉を跳ね上げる。
「お前は、この爺どもよりは、話が通じそうだな」
『元老院』はすっかり萎縮した。

08/17-錯覚
『元老院』の爺どもは、錯覚でも見ているかのように、揃ってぽかんと口を開けていた。そりゃそうだ。場の主導権をあっという間に持っていかれたんだから。
「ついでに、皇野の奥方が、証言してくれたぜ」
 エクセルが腕組みしてにやりと笑う。
「皇本恭司殿暗殺の真犯人について、旦那から聞いたとな」
 まじか!? 叫びそうになったところに。
「ハッタリ」
 光が小声で囁いた。
「でも、高砂の父君が、水原の尻尾を掴んで、幽閉されたのは事実。『元老院』を崩せる」
 思わず、にやりと笑ってしまうのを自覚する。
 ああ、恭司様、細。
 やっと、あなたたちを陥れた奴らを排除できる。

08/18-翠黛
『じさまどもには、もう大人しゅうしといてもらいましょうか』
 わざとジャオウ語で、とどめを刺す。意気消沈した『元老院』は、劾たちホクナの戦士たちに引っ立てられて、作戦室を出ていった。
「助かった」
 ヴァイシャが、薄い笑みを見せる。
「私では、あのくそ爺どもにやりこめられるところだった」
 そして、俺とソフィア、高砂、エクセル、アナベラと順に見渡して、笑みを消し、神妙な表情になる。
「ラグナールは、マアサルの翠黛を越えて、草原諸国を侵略してきた。その軍を率いていたのは、ラグナールに捕らわれ、行方不明になっていた、私の許婚、クラナハ・ニネヴェだ」

08/19-琥珀
 ヴァイシャは、琥珀色の瞳を憂鬱に曇らせ、語り続ける。
「何故、クラナハがラグナールについたかはわからない。だが、草原諸国の多くの氏族が滅びかけ、奴の妹のエコーも視力を失った。盟主氏族の嫡子といえど、私は各氏族すべての信頼を得ている訳ではない」
 俺と同じか年下だろうに、背負っているものが重すぎる。クラナハという男は、自分の許婚に苦労を押しつけてまで、ラグナールを大陸の覇者にしたいのか?
「わたしを、氏族を説得する、材料にできませんか」
 ソフィアが不意に言い出したので、ぎょっとして見下ろす。
「ラグナールへの盾として、わたしを、使ってください」

08/20-叙情
「わたしは、ティアナ・ラグナール。ゼノスの妹です」
 ソフィアが覚悟を決めて、草原諸国に償おうとしているのがわかる。
「やめ……」「無理をするものではない」
 俺が制止するより早く、ヴァイシャが首を横に振った。
「人質を取って反撃するなど、フェルガナの叙情詩にも乗せられぬ。むしろ、私から皆に助力を願いたいくらいだ」
「……あんた、めちゃくちゃ人間できてるな」
 思わず素直な感想がこぼれると、ヴァイシャが照れくさそうにはにかんだ。こういうところは年相応だな。
「あんまり持ち上げると、嫉妬する奴がいるぞ」
 エクセルに耳打ちされた。まずい。確かに視線を感じる。畳む


#アルファズル戦記
#この大地の上で

創作,小説

#語彙トレ2026 『この大地の上で』08/01~08/10をまとめました。
第二部開始です。

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08/01-変容
 ジャオウ陥落から、半月が過ぎた。
 その、たった半月の間に、東の大陸は、大きな変容を、見せた。
 鎖国とはいえ、壁になっていたジャオウを失って、都市同盟にも、ラグナール軍が攻め込んだ。
 どこまで侵略されたか。今のわたしたちには、わからない。

 ここは、草原諸国南果ての砦、ルーマン。
 ラグナール軍に、最初に侵略された、草原諸国のひとびとが、反撃の機会をうかがって、生き残りを、集めてる。
 そこに、ジャオウとホクナの生き残りを連れた、アナベラさんの隊商、つまり、わたしたちが、なだれこんだ。
 砦は混乱してるけど。
 草原を渡る風は、他人事の、ようで。

08/02-予言
「事後予言の成就ではないか!」
 砦の廊下を、通った時に、いきりたった老人の怒鳴り声、聞こえた。
「我らが草原の民の予言士は、ジャオウの崩壊を見通していた。差し伸べようとした手を取らなかったのは、そちらの落ち度では?」
 少し、部屋の中が、見える。わたしとそう歳が変わらなそうな、茶髪の女の子。彼女が、草原諸国の盟主、ヴァイシャ・フェルガナ。
 そして、彼女に食いついてるのは、ジャオウの『元老院』の生き残り。
 時雨の、仇たちが、のうのうと、生きている。
 運び込まれた、瀕死の時雨を見るなり、
『厄介者が生きていたのか』
 って、舌打ち、した。

08/03-隠遁
 ジャオウの『元老院』は、隠遁しなかった元忍で、構成されているらしい。勿論、『星の忍』も何人か、入ってる。何人か、なのは、『星の忍』の死亡率が、かなり、高いから。
 細さんが言ってた、『元老院』でも、偉いひと、水原長音、いるか、訊いてみたら。みんな、苦いもの飲んだような顔して、黙り込んだ。
 あ、死んだな。暗殺。わたしにも、わかった。
 というか、シラナミの民も、辺境のひとたちも、たくさんたくさん、犠牲になったのに。なんで、『元老院』は、こんなに生きてるんだろう。
 時雨が知ったら、めちゃくちゃ、怒るだろうな。
 考えながら、砦の一室に、入った。

08/04-掠れる
「……よ」
 エクセルが、普段の飄々さが嘘みたいな、暗い顔して、こっち向いて、手を挙げる。視線を戻す先には、彼の、たったひとりの、弟。
 時雨が、寝台の上で、眠ってる。
 ジャオウが陥ちた、あの日。アナベラさんに、食いついて、シラナミに戻ってもらった。
 城への道の真ん中で、ひどい傷と火傷で、動かなくなってる時雨を見つけた時は、心臓、止まるかと思った。
 その場で応急に、エリオンの力、使って。その後も、何度も、癒しの力、使った。
 おかげで傷は癒えたけど、時雨は、目を覚まさないまま。
「時雨」
 掠れる声で、寝台に取りすがる。
「お寝坊さん。起きてよ」

08/05-白日
「まあ、こいつが目を覚ますまで、俺達は大人しくするしかねえ」
 時雨にすがりつくわたしに、エクセルが、声、かけてくる。
「ジャオウの『元老院』のやらかしを、白日の下に晒すには、こいつの口から全部言わせないと、駄目だ」
 ジャオウ太守跡継ぎの養子で、ホクナの嫡男。たしかに、その立場は、ひとを、動かす。

「そんな呑気なこと言って、その人が起きるのを待つの? その間に『元老院』は、自分たちの失態を消すために先手を打つわよ」

 突然聞こえてきた、女性の声に、わたしと、エクセルは、驚いて振り向く。
「実際、私が舞岡細の『流星』を受け継がされたわ」

08/06-糠雨
 東方には、珍しい。赤みがかった黒髪を、ふたつに結わいてる、女の子。ジャオウ式の服、着てるから、ジャオウ人、なんだろう。
「あたしは嵯峨光(さが ひかる)。父親が『星の忍』だったから、因縁を継がされた形ね」
「『星の忍』は公式処刑かなんかか?」
 エクセルが、ちょっと、皮肉っぽく言う。途端に光さんが、むっとした顔、した。
「ホクナの側室の子は、お口がよろしくないようで」
 あ、これ。似た者同士の同族嫌悪、起きるやつだ。
 窓の外では糠雨がしとしと降ってる。エクセルと光さんは、お互い、睨み合ってる。
「……どういう状況だよ、これ」
 その時、時雨の、声が。

08/07-輪廻
 時雨が。うっすらと。目、開けてる。
 わたしの力を使って、傷が癒えても、『目覚めるかどうか』って、医者も匙投げた、時雨が、起きた。
 思わず、わっ、て泣き出して。時雨に、すがりついた。
 輪廻って、いうんだっけ。天上から地獄まで彷徨うの。ずっと、地獄でもいい。時雨が生きていてくれるなら、わたしは、エリオンの力、時雨のためだけに、使ってもいい。
「……とりあえずさ」
 時雨の手が、ぽんぽんと、わたしの背中を叩く。
「現状を説明してもらっていいか? なんで嵯峨良人(りょうじん)とこの跳ねっ返りまでいるんだよ」
「あんた、恭司様がいないと相変わらずの言い方!」

08/08-浅見
 頬を膨らせる、光さんをよそに、エクセルが、時雨に説明した。
 シラナミは陥ちたこと。アナベラさんの機転で、生き残りは、草原諸国へ、逃げてきたこと。
「劾も無事だ。ソフィアの力と、あいつ自身の異様なしぶとさで、もう戦える」
 それを聞いた時雨は、「そうか、良かった」って薄く笑った。
「良くない」
 光さんが、怒った様子で、拳、握り締める。
「『元老院』はほとんど生きてんのよ。あいつらの浅見で、皇本家の傍流が、『宿星』の『星の忍』になって、お飾りの太守候補にされてる」
 時雨が、表情、険しくして、飛び起きようとして、失敗する。
「皇野高砂……か!?」

08/09-誘惑
「高砂(たかさご)はまだ十二とかだろう」
「おおかた、『元老院』が、『お母様に会えますよ』とか誘惑したんでしょ」
 時雨と光さんの話に、わたしと、エクセルは、顔、見合わせる。
 あ、大体読めた。
 傍流が、本家に反逆しないよう、高砂って子のお母さん、人質に取ってた。それを盾にして、彼? 彼女? どっちかわからないけど、高砂を誘導した。
「で」
 エクセルが、眉間に皺、寄せる。
「こっち側に引き込めそうなのか?」
「父さんが生きてたら、『元老院』を出し抜けたんたけどねえ」
「俺も高砂にはほとんど会ったことが無い」
 光さんと時雨が、同時にため息、ついた。

08/10-均衡
「とにかく、『元老院』に高砂を握らせとくのはまずい。草原諸国との協力の均衡すら壊す」
 時雨が、険しい顔して、唸るように洩らす。
「草原諸国には、ジャオウ・ホクナ連合と対等で接しないとやばい。奴らは氏族の繋がりを重んじる、絆の民だからな。反撃されたらひとたまりもねえぞ」
 エクセルが、腕組みして、目を閉じるけど。
「それが、草原諸国も揺れてるっぽいんだよねえ」
 新たに場に現れたのは、アナベラさんだ。
「どうも、盟主のフェルガナ族の嫡子ヴァイシャの許婚が、草原諸国をラグナールに売ったらしい。それで両氏族の長が死んで、ヴァイシャが今、長に立ってるんだって」畳む


#アルファズル戦記
#この大地の上で

創作,小説

8月になりました。
橘紀里さんご主催のブルスカ企画 #語彙トレ2026 も、今のところ、今日までの全お題を書いております。

1ヶ月ずれてますが、7月に『この大地の上で』第一部が一旦終わりましたので、その前に書いていた『灰になるまで君を呼ぶ』、『雪が解けて春になる』番外編も込みで、人物紹介と、一気読み用まとめを作りました。
それぞれ別の話ですが、『アルファズル戦記』というひとつのシリーズの別大陸の話なので、語彙トレのレギュレーションは満たしているだろうと、ぽつぽつ書きためて、ここまで来ました。
お盆の頃に~ってお話があったので、作ろう作ろう思ってたら、もう来週お盆やんけ! ということで、慌てて作っています。

雪春はほとんど登場人物の名前を出していないので、誰やねんお前状態ですが、無いよりはいい! の精神でやりました。

以下、人物紹介と、全文(この上は長いので、10日ごとのまとめ記事への目次)への目次を作りましたので、夏休みの時間潰しに目を通していただけると幸いです。

708 『灰になるまで君を呼ぶ』人物紹介
711 『灰になるまで君を呼ぶ』本文
709 『雪が解けて春になる』人物紹介
712 『雪が解けて春になる』番外編
710 『この大地の上で』人物紹介
713 『この大地の上で』目次

#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
#雪が解けて春になる
#この大地の上で
#語彙トレまとめ

創作,小説

#語彙トレ2026 前半まとめ②
『雪が解けて春になる』番外編全文

目次→714

04/01-鮮烈
『私はこの世界「アルファズル」で起きた、大きな戦乱と、その先にある始祖種と神の戦いを、生涯を懸けて、物語として記すことにした。
 その為に、東西南北四つの大陸を旅し、現地のひとびとから伝説を語り聞いて、懸命に書き留めた。
 北の大陸フィムブルヴェートで聞いた伝承も、始祖種ダイナソアの竜兵と人間の王子の愛の物語は、私の心に鮮烈な印象を焼きつけた。
 しかし、それは本伝「雪が解けて春になる」に書くとして、この番外編では、本伝で語られることの無い小さな出来事を記してゆこう。』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記 異聞録』)

04/02-呪文
 呪文のように繰り返された。
「そなたは英雄リヴァティの正統なる子孫。生まれながらにしての王の器なのですよ」
 だから傲然とあった。なのに格下の連中は自分を恐れて離れていった。
「下々の顔色など疑わなくて良いのです。失礼な者は切り捨てなさい」
 言われた通りにした。誰も自分をまっすぐに見なくなった。正面から見てくるのは、弟だけになった。
「あのような下賎な血を引く者と、そなたが、対等などとあり得ないのです」
 心地の良い呪いの言葉にすがった。
 結果、母は毒の入った茶を飲んでひっくり返った。
 命じたのは自分だ。
 ああ、やっと解き放たれる。

04/03-追憶
 母の祖国へ、一度だけ行ったことがある。叔母を埋葬するためだ。彼女が悪意を受け続けた国に弔うのは嫌だと、母が言ったのだ。
 薄ピンクの桜が舞う中、母方の祖父が立ち会った。叔母は庶子で皇女とは認められなかったが、祖父はきちんとこのひととその母親を愛していたのだと思い知った。
 墓石の前で、はなをすすり上げながら泣く、幼い従弟の手を握り、この子は自分が守らないといけないと誓った。自分に優しかった叔母の分まで。

 なのに。

 兄の凶刃の前に、従弟は桜のように儚く散った。
 追憶の中で、あの子は今も朗らかに笑っているのに、もう握る手はここに無い。

04/04-摩耗
「お前は本当に馬に乗るのが下手だな」
 親友兼相方のマイケルに馬上から見下ろされて、ニーザは軽く舌打ちした。
「なんでお前はそんなしれっと乗りこなしているんだ」
 主君のヒオウ王子さえ、やんちゃな馬に振り回され、手こずっている。ニーザに至っては、何回振り落とされたかわからない。心が摩耗して折れても仕方無いくらいだ。
 なのに、このなんでもそつなくこなす幼馴染は、主君の先すら超えて、馬をどうどうとなだめている。
『マイケルは本当にすごいな』
 お世辞でもなんでもなく、あるじは言うのだ。
『ニーザも。よく諦めない』
 本当に、悪気が無いから、困ったひとだ。

04/05-逆説
「おはよう、コウ」
 やたら野太い声が聞こえる。自分をその名で呼ぶ者は、ひとりしかいない。
 振り返ると、筋骨隆々として、自分より背の高くなった、銀の髪に金の瞳の竜兵が、軽々と自分を抱き上げた。
「ゼファー!?」
 驚いた自分の声が高い。
「はは、コウは可愛いね」
 言われて自分の身をあらためる。髪が伸びて、男には無い凹凸がある。
 悲鳴をあげたところで、寝台の上にがばりと起き上がって目が覚めた。
「願望が逆説的に叶った夢じゃないですか」
 あまりにもあんまりだったので、軍師にこぼしたら、彼は腕組みして『そんな話を俺にするな』とばかりにうんざりしていた。

04/06-桎梏
『隷属国の娘の子が、王子面をして』
 血筋を尊ぶ連中は、そう言って嗤った。
『あなた様こそが、この国の希望なのです』
 民は兄のいない隙に、すがりついてきた。
 どう足掻いても自由にならない、桎梏で雁字搦めにされた人生で終わるのだと思っていた。
 それなのに。
「コウ!」
 君が私のもうひとつの名前を呼ぶ度に、どれだけ嬉しくなったことか。その笑顔に、磨り減った精神をどれだけ救われたことか。
 だから、君の力になろう。若くして大陸の命運を背負った君の槍に、盾になって、守り抜こう。
 幼い頃、誰かを守ることの大切さを教えてくれた、君のために、この命を懸ける。

04/07-沈殿
 母の言葉は呪いだった。
『神にもなれる血筋なのに、兄の役にすら立てないとは、そなたは失敗作であることよ』
『ああ、ああ、あの女の息子のようにうざったい。その顔をわたくしに見せるでない』
『おまえなぞ、産むのではなかった』
 自分勝手な言葉は、わたしの心の泉に、毒を沈殿させていった。
 王宮の奥に押し込められて、使用人にも無視されて、泣いてばかりの日々。

『ぴいぴい泣くな。うっとうしい』

 そうぶっきらぼうに言いながら、白い薔薇を手折って差し出した兄の顔は、逆光でどういう表情をしているかわからなかった。
 だけど、たしかに彼はわたしの太陽になった。

04/08-昏迷
 この大陸は、ひとを『鬼』にする『霧』に覆われている。いつからそうなのかわからない。ただ、かつて外の大陸との交流はあり、『霧』によってそれが全て遮断されたのはたしかだ。
 僕の叔母も、水を汲みに行って、うっかり『霧』に触れてしまった。叔父がどんなに呼びかけても、昏迷に陥ったように応じず、虚ろな顔は次第次第に白く変わっていった。
『娘にこんな母親を見せるくらいなら』
 叔父は剣を持ち出し、反応しない叔母を斬った。白い血を噴き上げながら仰向けに倒れてゆく叔母は、ひとならざる顔で、ゆるりと優しく微笑んで。
『……ゴメンネ』
 と涙一筋をこぼした。

04/08-逸脱
 竜族は、過ぎたる力を持ってこの大陸を脅かす、摂理から逸脱した存在だと、ひとびとが騒いだ時代があった。
「まだ、竜族が始祖種の代わりに大陸の守護者として生まれたのだと、認識されてない頃だったからね」
 湖畔で語る竜王の言葉に、幼い竜兵達は表情を曇らせる。
「だが」
 美しい竜王がぱちんと指を鳴らすと、湖面が波立ち、獣の姿を取った。
「『竜王に害意がある者を決して通さない』この湖が、こうして不届き者を追い返し、当時の竜王を守ったのだよ」
「やはり竜王様はすごいんですね!」
 興奮気味になる竜兵の長兄に、竜王はゆるりと笑み返してみせた。

04/10-郷愁
 ノスタルジア、という地域がある。郷愁の名を冠したその地には、古くから吸血鬼が棲んでいた。
『鬼』とは異なる生態系を持ち、『鬼』とは違ってひとの姿に近く、理性も保っている。だが、ひとの血を好んですすり、不死者の眷属を増やすあたりは、フィムブルヴェートのどの種族とも違う。
 彼らがどこから来たのか。『霧』に閉ざされた世界では最早わからない。たしかなのは、彼らがひとに害をなす脅威であることだけだ。
「……害獣と同じだな」
 心臓を貫かれて朝日に溶けてゆく吸血鬼を、蒼い瞳で見下ろしながら、吸血鬼狩りの青年は、仕込み杖の刃についた血を振り払って、納刀した。

04/11-忘我
 歌声が聞こえる。この集落一番の歌い手と言っても過言ではない少女が歌っているのだ。
 この大陸が『霧』に包まれる前から歌い継がれてきた、英雄歌。誰を謳ったのか、何の英雄なのか、どんな偉業を為し遂げたのか。言葉が違ってわからないのだ。ただ、歌詞だけが意味をなさないまま、世代を渡ってきた。
 忘我に耽って聞き入ってしまう。ほかにも手を止め聞き惚れてしまう者達がいる。
 そんな中、ぽつ、と頭に水滴が落ちた。かと思うと、あっという間にざあっと空が泣き出す。
 この砂漠地帯恒例のスコールだ。たちまち誰もが我に返り、歌声がかき消される帰り道を走った。

04/12-収奪
 ヴィフレスト王国は、破壊の権化『ユミール』を倒して『黒き太陽戦役』を終わらせた英雄リヴァティの興した国である。
『霧』に囲まれたこの大陸で、人間を守る盟主国として、また、戦役以降険悪になった有翼人・防人との折衝を務める先陣として、長く守護者の座にあった。
 だが、肥料を入れない畑で作物を育て続ければ、いつか土壌は枯れる。
 英雄の遺志を忘れた歴代の王は、他国へ侵略し、隷属国として併呑し、富を搾取し、誇りと命を収奪した。
 そして今、『鬼王』と名乗る、史上最悪の王が、大陸制覇に乗り出した。
 ひとびとは祈るしかない。奴を止める救い主の出現を。

04/13-暗転
 母は側室で、正妃に影に日向に嫌がらせを受けていた。手を差しのべる者は少なく、大半が正妃の顔色を窺って、母と自分を蔑んだ。父は凡庸で、あからさまな助け舟は出さなかった。
 そんな中で母が心身を病まないはずは無く、一時期母方の祖母の故郷へ療養に退いた。
 そこでの出会いは新鮮で、その後の自分の人生に大きな影響を及ぼすほどだった。
 やがて母は寛解して、国に戻った。正妃を正面から見据えられる強さを身につけた母は、まるで別人になったかのように頼もしく思えた。
 だが、暗転は突然で。
「無理が祟ったのでしょう」
 医師は言ったが、母の腕には紫の斑点が浮かんでいた。

04/14-爛れる
 村が燃えていた。
 ずけずけと食糧を漁りに踏み込んできたヴィフレスト兵士に、駆け回っていた子供がぶつかった。それだけで、子供は斬り捨てられ、火が放たれた。
「ダイナソアの言葉を読めるガキは、重宝できましてよ」
 けばけばしい軍師の女が、隊長の男にしなだれかかって笑っている。
 深傷を負い、焼け爛れてかっと目を見開いたまま息絶えた弟を抱き締めて、花の名を持つ少女は誓う。
 この傍若無人な連中に、必ず報いをと。今は利用されても、必ずマグノリアのように咲き誇って、鋭い一撃を、こいつらの首魁の心臓に突き立ててやるのだと。

04/15-浸透
 竜族は得体の知れない種族。そういう考えはまだひとびとの間に浸透している。
 だからクリミアも、竜兵として母たる竜王メディリアの代わりに大陸を巡りながらも、積極的にひとの世界に介入することはあまり無かった。
 だが、元は熊だったろう大きな『鬼』に追われる人間の一家を見つけ、思わず飛び出し、弓を引いた。『鬼』は白い粒子と化し、消えてゆく。
「まだ仲間がいるかもしれない。早くこの場を離れて」
 声をかけると、おとな達は青い顔で頷き走り出す。
「おねえちゃん、ありがとう!」
 小さいこどもが手を振る。
 何故か、胸のあたりがふわりと温かくなった。

04/16-朦朧
 燃え尽きて、煙が立ちのぼる集落を、ふらふらと歩く。焼け焦げた、元は人だったものの左薬指に、見慣れた揃いの銀の指輪を見つけた時、自分でも訳のわからない叫びが口から迸るのを、他人事のように感じていた。
 軍師の座を捨て、国を離れて裏通りに引きこもり、くすんだ指輪をもてあそびながら、朦朧とした意識の中で、彼女が責めてくる幻聴に苛まれた。
 それを鋭い呼びかけで断ち切り、現実に引き戻した、銀髪に金の瞳の竜兵。己の弱さも未熟さも無知も認めた上で、導き手として自分を求めた。
 もう一度、立てるだろうか。『虹王国稀代の軍師』は。
 もう、身近な誰かを失わせずに。

04/17-渇望
 もっと力が欲しかった。
 主君の従兄を守れるくらいに。彼自身も、周りの護衛騎士達も強いのに、自分は茶を注いで彼の馬のくつわをとることくらいしかできない。
 主君の師匠に槍を教わったが、
『あんたは素質が無いよ』
 とばっさり切り捨てられた。代わりに飛び道具の扱い方を教えてもらった。
 あの方の剣であり盾でありたいのに、
『お前はそのままで良い。人をあやめる術を覚えなくて良い』
 そう諭されて、逆に強さへの渇望は増した。
 だからかもしれない。竜族の聖域へ助力を借りに行く者を募る時に、ひとりで行くと言い張った。
 あの方を守る力があるのだと、証明したくて。

04/18-審判
 当代の竜王メディリアが、まだ先代竜王の竜兵だった頃。竜族の聖域に、人間の盗賊達が入り込んだことがある。
 竜は大陸中のお宝を集めていると思い込んだ連中の、身勝手な侵入だった。
 メディリアはきょうだいの竜兵達と共に、盗賊達を迎え打った。結果は火を見るより明らかで、愚か者共は全員あえなく縛り上げられた。
「どうしてやろうか」
 竜王は盗賊達の前で腕組みし、にやりと牙を見せて、「メディリア」と己が子の名を呼んだ。
「湖に投げ込め」
 聖域の湖は、『竜王に害意のある者を決して通さない』。
「御意」
 メディリアも、下される審判を思い、牙を剥き出して笑った。

04/19-浄化
 掲げた手から、踊るように水魔法が放たれる。水流はひとびとのあいだをうねりながら通り過ぎて、砂にまみれた彼らの身体を浄化してゆく。
「エリア様は、さすが盟主様のご息女だ」
「次代の防人を導くお方として、申し分無い魔力を持っていらっしゃる」
 翼持つ民、防人が、南方砂漠に追いやられて四百年。かつてひとりの男の野望により、フィムブルヴェートの支配者の座を追われた彼らは、自分達が人間より優れているというプライドを捨てられず、力を持つ者を持ち上げ、持たざる者を貶める。
 美しい少女を遠くから見つめる、魔法の使えない少年は、それでも彼女の隣を、諦めたくはなかった。

04/20-冒涜
「竜族の盟主サマなんて、信用置けないよなあ」
「ヒオウ様にもエリア様にもいい顔してさ」
 人間達が聞こえよがしに言い合っているのを、鋭い聴覚は拾い上げる。胸に棘が刺さって、唇を噛み締めた時。
「では、ゼファーを信頼している私やエリア殿、軍師であるウィルも信用ならぬということだな」
 安心させるように、肩に大きな手が置かれる。見上げると、紫の瞳は冒涜した連中を睨み付けている。
「そ、そういう訳では」
「申し訳ございません、ヒオウ王子!」
 連中が慌てて去る。
「……ありがとう、コウ」
 おずおずと礼を述べると、険の消えた瞳が、優しく笑み返してくれた。

04/21-偏在
 その昔、有翼人は高い魔力を持つゆえ、フィムブルヴェートの支配者として、大陸中に遍在していた。
 しかし、ウリエルというひとりの男が、破壊の使者『ユミール』と化して大陸に危機を呼んだ時、彼らは大陸の守護者『防人』を名乗って、人間に、自分達に従属してウリエルを討つことを強要した。
 結局二者の関係は泥沼になり、英雄リヴァティが調停するまで、『ユミール』すら無視した争いが続いた。
 戦後、人間達の冷たい視線を浴びた防人は、南方砂漠に身を退くことになる。英雄リヴァティの交渉も虚しく、防人は辺境に偏在して、覇権を取り戻す日を狙っているという。

04/22-饗宴
「なんだ、それ?」
「始祖種が受け継いでた本だってよ」
 胡乱げにこちらの手元を覗き込むキルシスに、マギーはあっけらかんと返す。どれだけの年代を経たのかわからないぼろぼろの表紙には、ダイナソアの言語で『饗宴』と書かれているらしい。
「プラトンなんて、誰なんだか」
「竜族でも知らねーぞ、そんな奴」
 始祖種は古代、空からやってきたという。かれらがこのフィムブルヴェートにたどり着く前から存在していた本ならば、著者はとっくに天上に昇って久しいだろう。
「で、何が書いてあるんだ?」
「わかんね。なんか言い争ってた」
 キルシスの問いに、マギーは肩をすくめた。

04/23-帰趨
『ユミール』は竜の牙から作られた槍『グラディウス』と、竜王の捨て身、そして数多の犠牲の末に、地に沈んだ。
『黒き太陽』は晴れ、朝が来る。『霧』の晴れることの無い、フィムブルヴェートの朝が。
 戦いの帰趨を見届けたメディリアは、もはや竜兵ではなく、竜王を受け継いで、竜族の聖域に戻った。聖域はいつも通り、静謐をもって彼女を出迎える。
 竜王を守る湖面を歩いて渡り、竜王の神殿に入る。今までは、父たる先代の王しか入れなかった部屋に踏み込むと、机の上に手紙があることに気づく。
 文字に目を滑らせる。
「……お父様」
 独りぼっちが沁みて、ひとしずくが手紙に滲んだ。

04/24-薫風
 風薫る、という表現があったらしい。初夏の爽やかさを表す風のことだという。
「この大陸が『霧』に覆われる前の話ですかねェ」
 竜兵は糸目を更に細めて、口角を持ち上げる。
「ま、そんな芸術もなにもかも、『ユミール』の前にはあえなく消えるのですがねェ?」
 血のにおいが充満し、ひとの変じた『鬼』がうろつく中、彼はまるで安楽椅子のように、骸の山へ腰を下ろしている。
『鬼』にとって、そして竜族にとって、互いに天敵であるはずの両者が、食らい合うことも無く。
「ああ、楽しみだ、楽しみだァ!」
 両手を広げ、じっとりした、薫風無き空をあおいで、竜兵は嗤った。

04/25-眩惑
「上玉だ、逃がすなよ!」
 ヴィフレスト兵に追われる美しい姉妹に、アバロンが出くわしたのは、本当にたまたまだった。
『ユミール』が関わらない人間の欲望に、竜兵が介入する義理は全く無い。だが、下賎な連中の身勝手な欲望に、辟易したのは確かだ。
 翼を広げて姉妹の前に降り立ち、「目を閉じてください」と声をかける。新手にびくつきながらも、姉妹が言うことを聞いてくれた気配を感じ取ると、追手に向けて光魔法を放つ。
「このまま走って」
 相手が眩惑されている間に囁くと、
「あ、ありがとうございます!」
 と姉妹は駆け去った。
「さて、あとは下衆の始末だけですか」

04/26-撹乱
『霧』は、フィムブルヴェートの在り様を根底から変えるほどの脅威だ。それに触れたものを『鬼』と化し、ひとびとを襲う。
 生態系を撹乱するほどのこの現象が、いつ、どうして生まれたのか、現代には伝わっていない。
「せめて、始祖種の話を聞くことができれば、真相を知ることができるのでしょうか」
 モリエールが史書を閉じながらつぶやくと、教師役の義兄が、虚を衝かれたように目をみはった。
「お前は、始祖種が真実を知っていると思うのか?」
「はい」
 問いかけに毅然と答えれば、義兄は苦笑する。
「自分の勘を信じるところは、姉妹揃ってか」
 果たして、褒められたのだろうか?

04/27-翠緑
 カワセミが、翠緑の翼をひるがえして、窓の外を飛んでゆく。
「犯人は」
 少年はきらりと眼鏡をきらめかせて、師匠を見上げた。
「Bだよね」
 正答だとばかりに、同盟軍正軍師は両肩をすくめる。
「もうお前に出せる推論問題は、俺すら持ち合わせていないな」
 高評価に、少年は得意気に鼻の下をこすった。
 軍師として寝食を惜しんで働き回っているのに、彼はこうしておしかけ弟子の勉強に付き合ってくれる。
「冷たい」
「鬼軍師」
「何考えてるかわからなくて怖い」
 師匠をよく知らない連中は彼をそう評する。だが実際は、彼はそういう連中までも生かす策を、常に練っているのだ。

04/28-童心
「ゼファーが子どもになりました」
 アバロンが、五歳くらいの小ささになった銀髪の竜兵を連れてきたので、ヒオウは目を点にして立ち尽くしてしまった。
「何でだ? 外界(メタ)の作用か?」
 ウィルソンがよくわからないことを言って、頭を抱えている。
 金の瞳がこちらを向く。その目が嬉しさ一杯に見開かれ、長兄の手を振りほどくと。
「コウー! だいすきー!!」
 全体重をかけて飛びつかれた。まあ、五歳の全体重などたかが知れているのだが、動揺が過ぎてよろめきながら受け止める羽目になる。
「童心に返ったほうが素直になるものですねえ」
 アバロンがのほほんと笑っていた。

04/29-腐食
 進軍の途中で、古い砦にたどり着いた。変色して緑に沈んだ金属の階段を、ゼファーは駆け登る。
「わあ、すごい!」
 屋上から見渡す景色は、『霧』ではるか遠くまでは見えないとはいえ、なかなかのものだ。
 竜族の聖域では見られなかった光景に見入って、屋上の柵に手をかける。途端、腐食していた取っ手がぽきりと折れた。
 そのまま前のめりに何も無い空中に放り出されそうだったところを、背後から力強い腕が抱き留めてくれる。
「気をつけるんだ」耳元で囁く声がする。「いくら竜兵でも、この高さではひとたまりもあるまい」
「う、うん、ごめん」
 緋色の髪が触れた頬が火照った。

04/30-歪み
 いつからだろう。この世界の歪みに気づいたのは。
 物心つく頃には、『霧』に覆われた空に、黒い星が垣間見えていた。
 その正体を知りたくて、同胞に異端と嘲られても、始祖種と交友を結び、かれらの知る天の摂理について調べきった。
 調べきった結果、この歪みはひとの手では正せないと思い知った。
 だから、私は破壊者になろう。
『霧』を取り込み、破壊の化身『ユミール』となって、破壊に破壊をぶつけるのだ。
 私を愛してくれた女性は泣きながら、やめてくれと懇願したが、私の意思は変わらない。
 どうか、現れてくれ。
『私』を制し、フィムブルヴェートを救う英雄よ。畳む


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