サンプル03:瓶詰めの色をひとつ(青波零也)


 久々に、セレスとともに街に下りることになった。
 俺がサードカーテン基地での自由を得るまでには色々あったのだ、本当に色々と。それでも結果として俺は外向きには変わらずゲイル・ウインドワードのままであるし、翅翼艇エリトラ『エアリエル』の副操縦士セカンダリであるし、相棒のセレスとともに霧の海をほっつき歩く日々を送っている。
 サードカーテン基地への『原書教団』オリジナル・スクリプチャの襲撃に街も一時期は少々騒がしくなったらしいが、あれからしばらく経った今じゃ、いたってのんびりとしたものだった。基地の方で色々と根回しがあったようだが、その辺りは俺の知ったことじゃあない。そういうのはロイドの仕事であって、俺の仕事じゃないということだ。
 そんなことをぼんやりと考えていると、セレスが背伸びをして俺の方を見てきた。青すぎるほどに真っ青な目が、ぱっちりと俺を映しこんでいる。
「ゲイル、これからどうしますか?」
「そうだなあ。とりあえずサヨの買い物も済んだし、どうすっかな」
 片手にサヨからの頼まれものを抱え直して、息をつく。近頃は杖抜きでも歩けるようになってきたが、まだ地面を踏む足は少々頼りない。あまり長居をするのもどうかと思っているところに、セレスがつんと手を引いてきた。
「ん、どうした」
 セレスは、俺の指をぎゅっと掴んだ姿勢のまま、ぱちぱちと瞬きをして言った。
「ひとつ、行きたいところがあるのです」

     *   *   *

  「おや、いらっしゃい! 久しぶりだね!」
 弾んだ声で俺たちを迎えてくれたのは、菓子屋のおばちゃんだ。ちょうど店の前に立っていたおばちゃんは、俺とセレスを交互に見て、にっこりとする。
「元気そうで何よりだよ」
「おばちゃんも」
 変わらない、ということは案外難しい。サードカーテン基地における「俺」についての認識は『原書教団』オリジナル・スクリプチャ襲撃前後でがらっと変わった。それが悪いと言う気はないが、おばちゃんをはじめとした街の連中の「変わらない」対応もそれはそれで嬉しいものなのだ。本当に。
 セレスは、帽子のつばを持ち上げて、青い目でおばちゃんを見上げる。
「いただいたお菓子、おいしかったです。ありがとうございました」
 どうも、セレスはずっと、おばちゃんからもらった菓子のお礼を言いたかったのだという。律儀なことである。
 おばちゃんは「そりゃあよかった」と帽子の上からセレスの頭をぽんぽんと叩く。セレスは相変わらずの無表情ではあったが、引き結んだ唇の感じを見る限り、多分嬉しそうにしているのだと思う。
「それと、ついでだから何か買わせてもらってもいいか? 茶に合う菓子を探してんだけど」
「もちろんさ! さあ入って入って」
 おばちゃんが扉を開けると、まず感覚に飛び込んでくるのはからんからん、というカウベルの音と、焼き菓子の甘い香りだった。次に視覚が追いついて、店いっぱいに広がる形も色もとりどりの菓子の姿を捉える。
 セレスは目を輝かせて店の中に足を踏み入れ、きょろきょろとあちこちを見渡す。セレスは甘いものが好きだ。何でも、時計台にいたころにアーサーに餌付けをされていたらしい。セレスの中での印象が完全に「お菓子をくれる人」だったのは、霧航士ミストノートの先輩としてどうかと思うぞアーサー……。
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