舞い散る雪


「謙ちゃんの馬鹿!」
言ってしまった。
喧嘩してしまった。
と言っても、わたしが一方的に怒りをぶちまけたんだけど。

春から就職する彼の卒業記念に、初めての二人旅行。
十三歳の頃から、何度も互いの家に行っているので、両親公認。本当は、うちのお父さんだけは渋い顔をしていたけれど、彼の事を気に入っているお母さんが、行ってらっしゃいと、笑顔で送り出してくれた。
だけど。
行きの新幹線が大幅に遅れたあたりから、既にケチのつきはじめ。
着いたホテルでは、予約が入っていないとかでゴタゴタし、結局、部屋は確保できたけど、別館。
せめて気晴らしにと出かければ、この街一番の売りのロープウェイは運休。
思わずイライラが爆発してしまった。
その一言を聞いた彼は、眼鏡の奥の目を申し訳無さそうに細めた。
「……ごめんね」
この旅行を計画したのはわたしなのに。わたしのわがままだったのに。なんで彼が謝るんだろう。
その場に居たたまれなくなって、わたしは彼に背を向けて、走り去ってしまった。

見知らぬ街を、一人ふらふらとさまよい歩いた。
折角の旅行が台無しになった悔しさと、そうしてしまったのは自分だ、という情けなさが、一気に襲ってくる。
見上げた空はどんより灰色で、やがてちらちらと雪が舞い降りて来た。
傘もささないまま、とぼとぼ歩くわたし。
やがて、とうにつぶれた小さな喫茶店の軒下に入って、ぼんやりと空を眺めながら立ち尽くす。舞い散る雪は、積もる事なく地面にじんわりと吸い込まれ、アスファルトを濡らしてゆく。
彼はどうしているだろう。人の居ないロープウェイ乗り場で白い息を吐きながら、わたしが戻って来るのを待ってるだろうか。それとも、呆れてホテルに帰ってしまっただろうか。
寒さと心細さで、目の端に涙がこみあげた時だった。
「梨恵」
名前を呼ぶ声に、伏せていた顔を上げると、彼がそこに居た。
「探して、たの?」
問いかければ。
「当たり前だよ」
変わらない、優しい微笑が返る。
そっと歩み寄って、雪がはりつき融けて、水滴だらけになった眼鏡を外す。ポーチからハンカチを出して綺麗に拭いて、彼にかけ直す。
「どうせまた、すぐに濡れるよ」
「そうかもね」
お互いに笑みを交わした後、少し背伸びして彼の首に腕を回し、耳元に囁いた。
「ごめんなさい」
「怒ってないよ」
ほら。
雪も気にならなくなるくらい温かい彼の一言。
こんなところが、十三歳の夏から愛おしい。

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