『負け犬はワルツを上手く踊れない』
番外4『少年とバイオリンと王女』 フェーブル城の一角から、流麗な音が響いて来る。 シオン・ロウの奏でる、バイオリンの音色だ。 フォルティアの一兵士である彼は、しかし幼い頃から嗜んでいた音楽の腕を、フォルケンス王に買われて、彼の私設楽団の一員ともなっていた。 楽団には、ピアノを弾く者、フルートを吹く者、木琴を奏でる者、太鼓を叩く者、声楽を得意とする者、多彩な奏者が居て、良い刺激になる。 音楽も、武芸と同じだ。競い合い、高め合う相手が居てこそ、得る物は多い。 「よし、シオン。今日はここまでにしよう」 共に練習に付き合ってくれたピアノ奏者の友人が、譜面台に置いていた楽譜を片づけ始める。 「いえ、僕はもう少し、練習していきます。陛下主催の音楽会も、近いですし」 「そうか。だが、あまり根を詰めるなよ」 友人は苦笑を向け、練習室を後にした。 一人残ったシオンは、再び楽譜と向かい合い、バイオリンの弦に、弓を乗せた。時に強く、時に緩やかに。幼い頃から馴染んだ音が、生み出される。 シオンはこの時間が好きだ。兵として武器を振るう事も、世間のわずらわしさも忘れ、ただ一途に、手の中の楽器と向き合える、この時間が。 無心にバイオリンを奏でていると、かたん、という、演奏とは異質な物音がして、彼は、手を止め振り向いた。 「あ、あの、ごめんなさい」 いつの間にか扉を開けて入って来ていた、青い髪に金の瞳の少女は、慌てて半端な笑顔を作る。 「貴方のバイオリンが聞こえて来たものだから、つい……」 「何故、僕のだとおわかりに?」 シオンの問いに、少女―このフォルティアの王女、リーティアは、ぽうっと頬を染めながら、返す。 「シオンの音は、優しいから、すぐわかります」 その答えに、シオンまで赤くなっていると、王女はおずおずと、訊ねた。 「あの、もう少し、ここで聴いていても、良いですか」 「姫様の、お気に召すままに」 たちまち王女の表情が、明るく輝いた。手近な椅子を引いて来て、ちょこんと腰かけるのを見届けて、シオンは再び、バイオリンを歌わせる。 「ランドルイサの、『望郷の唄』ですね」 王女が呟く。その声色には、どこか、頼り無さがあった。 やはり、寂しいのだろう、とシオンは思う。 最も仲の良かった下の兄王子が、異世界より来たりし戦巫女と共に、この地を去ってしまってから、日は浅い。 死に別れた訳ではない。しかし、恐らく永遠に手の届かない世界へと分かたれてしまっては、もう二度と会えない事に、変わりはないのだから。 せめて自分の演奏が、この愛らしい姫の笑顔を作り出す手助けになれば。そう思いながら、シオンは音を紡ぎ出す。すると。 「シオンのバイオリンは、本当に、優しいですね」 王女の唇から、穏やかな言葉と、どんな音色よりも美しい笑みが、こぼれ落ちた。 |