『負け犬はワルツを上手く踊れない』
5―7 アタシは、元の世界に帰って来た。 目が覚めたら、アパートの自室。 の玄関先で、突っ伏していた。 も少しマトモな帰り方させて欲しかったよ、アリスタリア……。 どれだけ時間が経ったものかと、慌ててテレビをつけたら、フォルティアに召喚された、次の朝だった。 向こうでの戦いは、たった一晩の出来事で終わったのだ。 だけど。 あれが夢でなかったと証明するものが、ある。 ひとつは、充電の切れた携帯。 もうひとつは、 彼。 そしてクリスマスは過ぎて、12月30日。 アタシの誕生日。 年の瀬の超大手テーマパークは、どこもかしこも人があふれていた。 アイツと行くつもりで取った2デーチケットは、無駄にならなかった。 アトラクションひとつ乗るのに、2時間3時間待ちはザラだけど、苦にはならなかった。 好きな奴と、一緒に来てるんだから。 今、アタシの隣には、フェルナンドがいる。 アタシがアリスタリアに願ったひとつめは、フェルナンドをこの世界に連れてくること。 ふたつめは、フェルナンドがこっちの世界でちゃんと暮らせるように、戸籍関係と語学力をいじくっておくこと。 夢がないとか言うな。大事なことだ。 戸籍がハッキリしない、日本語読めないじゃ、ダメ。愛だけじゃ、暮らしていけないのが現実だ。 まあ、アタシの心配をよそに、フェルナンドの適応力は素晴らしく、この1週間で、高度成長期の三種の神器、テレビ冷蔵庫洗濯機にも慣れて、車に驚くことはなく、新聞を読んで、携帯もそれなりに使いこなした。 アタシが次のバイト先を探して奔走しているうちに、さっさと面接に行って、仕事決めてきたのには、びっくりした。 そんだけ完璧だったので、カードのチャージ不足で自動改札にひっかかった時は、思い切り笑い飛ばしてやった。 そしてみっつめ。これも大事なこと。 フェルナンドの髪と、目の色だ。 フォルティアではアリかもしれないけど、こっちの世界で青い髪は、ちょっとコワイ系のお兄さんお姉さん方がする色だからね。 それを告げたら、アリスタリアは、お安い御用だと受けてくれた。 そんなワケで、今、フェルナンドの髪と目の色は逆転して、金髪碧眼。 どこから見ても、立派なこの世界の外国人だ。 街に出て、並んで歩くと注目されるけど、まあ、いずれ慣れるだろう。 夜8時を回って、テーマパークお決まりの、パレードが始まった。 軽やかな音楽が流れ、キャラクター達が、電飾で彩られたパレードカーに乗って、踊りながら、目の前を通り過ぎていく。 フェルナンドはアタシの隣で、子供みたいに目を輝かせて、それに見入っている。 「さあ、みんなも踊ろうよ!」 メインキャラクターが観衆に声をかけると、カップルや親子連れがわらわらと進み出て、キャラクター達の真似をして、踊りだした。 普通に考えたらすんごいおかしい光景なんだろうけど、ここでは、恥ずかしく見えないから、不思議だよ。 笑いながら見ていたら。 「俺達も踊ろう」 フェルナンドが、アタシの手を取った。 「ちょい待ち。あんたの得意なワルツとは、違うんだよ」 「踊れるさ」 白い歯を見せてフェルナンドは言うと、アタシの手を引き、踊りの輪に加わった。 最初は照れながら踊ってたけど、だんだん、楽しくなってきて。 フォルティアに来た最初の日、つたなく踊った、ワルツを思い出しながら。 アタシ達は、踊る、踊る。 「蓮子」 大音量で曲が流れる中、フェルナンドの声は、何故かハッキリとアタシの耳に届いた。 「29歳の誕生日、おめでとう」 もう、負け犬なんて言わせない。 夜の空に、華々しく、色とりどりの花火があがった。 『負け犬はワルツを上手く踊れない』 終わり
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