『負け犬はワルツを上手く踊れない』
4―6 身体が自由を取り戻す。解放された血管が、どくん!と脈打つのが耳まで届いて、思わずフラつき膝をつく。 一体何があったのか。 顔を上げたアタシは、息を整えるのも忘れて、ぽかんと口を開けてしまった。 「生きているな、レンコン女」 アタシの前に、剣を構えて立ち、デア・セドルを睨みつけているのは……、 フェルナンド!? 「ど、どうしてここに…!?」 「お前、俺を呼んだだろう。頭の中にガンガン声が響いたぞ」 もしかして……、頭で考えてたことが、フェルナンドに届いた? 戦巫女の力? 「ええと、どの辺から聞こえてた?」 「お前の父上が餅をつき、母上がおせちとやらを作るというあたりからだ」 うーわー、戦巫女のプライバシー、ダダ漏れ。 なんて、言ってる場合じゃない! 「あ…あのね、フォレスト王子にデア・セドルが……」 「だろうな、何となくわかった」 油断無く敵を見据えながら、フェルナンドは応える。 「兄上なら、女性に手を下したりしない」 「そこまで知りながら、兄には手を下さんとするか」 デア・セドルの左腕からは、フェルナンドが斬りつけたのだろう、ボタボタ血がたれている。しかし、デア・セドルが右手をかざした、それだけで、回復魔法が発動し、傷はふさがった。 「唯一の戦巫女と、兄の命、天秤にかけられるものではないが、どちらか片方のみと言われれば、俺は王族の務めとして、前者を選ぶ!」 フェルナンドが剣を握り直しながら、こっ恥ずかしい台詞を放った。 い、いや、他意は無いんだろうが、他意は。 そういうこと真顔で言われると、不謹慎にも照れるワケだ、アタシは。 「蓮子様!」 そんな頃、リーティアが、お城の兵士さん達を連れてやって来た。 でも、デア・セドルは、数の不利も気にかけない様子で、くつくつ笑うばかり。 「愚かな。頭数を揃えた所で、余の前には無意味」 デア・セドルが手をかざした。 アタシは反射的にリーティアをかばって、床に伏せる。 無数の光弾が、アタシを、フェルナンドを、兵士さん達を打ちのめした。 強い。 強すぎるよ。 勝てない? 「しっかりしてください、蓮子様!」 リーティアの声と共に、回復魔法の光が降り注ぐ。 デア・セドルが、忌々しそうに舌打ちするのが聞こえた。 「回復の使い手がいるのか……鬱陶しいな。その女は、こちらで頂いておこうか」 奴が、再び手を突き出す。赤い光が放たれる。 「リーティア、危ない!」 「リーティア!」 アタシが叫んでリーティアを抱き寄せると同時に、アタシたち二人は、突き飛ばされていた。 弱い腰を、したたかに打ちつける中、アタシは見た。 赤い光が、アタシたちを突き飛ばした相手、フェルナンドを捕らえ、デア・セドルのもとへ引き寄せるのを。 「ちょっ、ちょい待ち!」 アタシは腰の痛みも忘れて、立ち上がっていた。 「何で、何で!? そこは女の子のリーティアかアタシの役目でしょ!?」 「うっ、うるさい、少々手元が狂っただけだ!」 デア・セドルにも予想外だったらしい。奴も慌てたが、すぐに表情を繕う。 「まあいい。女だろうが男だろうが、人質がいた方が、後の戦いも盛り上がるというものだろう。 北の地で、待っているぞ、戦巫女……!」 そう言い残して、デア・セドルは消えようとする。 フェルナンドと共に。 「待てこらあー!」 乙女にあるまじき叫びあげ、アタシは銀色の斧を呼び出して、デア・セドルに斬りかかった。 しかし。 どおん! 「ぐえ」 デア・セドルが、眼前に作り出した魔力の壁に思いっきり弾き飛ばされて、情けない声と共に、床を転がった。 「蓮子!」 吐きそうになって腹を抱えてうずくまった時、フェルナンドの声が聞こえた。 「いいか、俺を助けに来ようなんて思うな! 俺は自力で、こいつを倒し、戻ってくる。心配するな!」 何、強がり言ってんのよ。 言いたかったけど、アタシの口からは、うめき声しか出なかった。 デア・セドルの姿が、目の前から消える。 フェルナンドも。 これじゃ、ヒーローとヒロインの立場、逆じゃない。 薄い笑いが自分の口の端に浮かぶのを自覚しながら。 アタシは生まれて初めて、酒を飲む以外で、記憶が吹っ飛ぶという体験をした。 |