『負け犬はワルツを上手く踊れない』
4―5 痛い! の声をあげることもできなかった。 アタシの身体は紙切れみたいに本棚の間を舞って、柱に叩きつけられた。つかんでいた本が手を離れ、ばさりと落ちる。 フォレストじゃない。 「誰…だ……!?」 アタシの問いかけに、フォレスト、いや、フォレストの姿をした何者かは、ゆっくりとこちらに歩いて来ながら、くつくつと嫌な笑いを洩らした。 「誰とはご挨拶だな。ようやくお会いできたというのに」 「まさか」 「そのまさかだよ、戦巫女」 やけに芝居がかった動作で両腕を広げて天を仰ぎ、そいつは、言った。 「魔族の王、デア・セドルとは、余の事だ」 自分の顔から、本当にさーっと音を立てて、血の気がひいていくのがわかった。 「だってアンタは、北の地にいるはずじゃあ……!」 ラスボス自らこちらの本拠にお出ましなんて、ゲームでも、小説の中でも、聞いたこと無いわよ! 「そう、余は、憎き8代目フォルティアの戦巫女、 しかし、この身体の主であるフォルティア王子が、興味本位で封印を解いた。 余は既に肉体を失って久しかったからな、この身体を借りたまでよ」 な、何てことしてくれたんだ、放蕩王子! なじってブン殴ろうにも、フォレストの身体はデア・セドルに乗っ取られて、本人に当たることができない。 何より、デア・セドルが、アタシのそれ以上の反抗を許さなかった。 デア・セドルが片手を突き出した。それだけで、いつものように斧を呼び出そうとしていたアタシの手が、急にいうことを聞かなくなった。 ぐ、と息が詰まる。 アタシは、アタシ自身の手で、自分の首を絞める形になっていた。 「ククク……まずはお前だ。その後で、ネーデブルグ、ステアの戦巫女を始末し、三国の王家をも、滅ぼしてくれよう」 ちょっと、こんな所で、アタシ、死んじゃうの? 戦巫女の任務を果たすって、決めたんだ。元の世界に帰るって、決めたんだ。 そして正月になったら実家に帰って。 きっとまた今回も、父さんが餅ついて、母さんがおせちを作って待っててくれるはずだから、甥っ子にお年玉あげた後で、いっぱい食べまくるんだ。 両親や兄貴、友達の顔が、浮かんでは消える。 誰か、助けて。 こんな、城のはずれで静まり返った図書館じゃ、誰も気づいてくれるはずは無いのに、アタシは願ってた。 誰か。 王様、王妃様。 リーティア。 ―フェルナンド。 「さあ、そろそろ終いにしようか」 デア・セドルが、フォレストの顔に浮かべた笑みをさらに深くする。 終わりだ。 あっけないくらい、諦めかけた時。 「何!?」 デア・セドルの意識が、アタシからそれた。 |