『負け犬はワルツを上手く踊れない』
3―4 その時だった。 ふええええん! ちょうシリアスな雰囲気をブチ壊す、子供の泣き声。 見れば、アタシたちの目の前で、2、3歳くらいの男の子が、派手にすっ転んでいた。 そんな小さい子を見ると、頭より先に身体が動くのがサガ。 「あー、泣かないの、痛くない、痛くない!」 男の子を立たせて、シャツやズボンについた土をパンパンとはたき落とす。幸い、大きな怪我は無いようだ。 それでもまだ泣いているので、ポケットに突っ込みっぱなしだった、お菓子屋でもらったキャンディを何粒か取り出し、小さな手に握らせる。 男の子は一瞬泣き止んで、きょとんと自分の手の中を見つめたかと思うと、ぱあっと満面の笑みを浮かべ、 「ありがとう、おねえちゃん!」 まだ舌ったらずな口調でそう言うと、バイバイと手を振って、母親の所へ駆けていった。 「意外だな」 バイバーイと笑顔で手を振り返していると、フェルナンドが、言葉に違わず、心底意外そうに。 「実家に、あれくらいの甥っ子がいるのよ。子供の相手は慣れてるわ」 いや、もうちょっと大きくなったかなあ。そういやしばらく実家にも帰ってないなあ、と、懐かしんでいると。 「違う。お前でも、ああやって優しく笑う事があるのだな。キイキイ怒ってばかりかと思っていた」 「ちょっとそれ、どういう意味!?」 ほんとこいつ、人をほめることを知らない奴だな! 半目になってじろりと見上げると。 ……ぷっ。 「あっははははは!」 アタシは、今見ているものが、冗談なんじゃないかと、我が目と耳を疑ってしまった。 フェルナンドが、あのむっつりのフェルナンドが、吹き出して。 ……笑ってるよ……! 人のこと言えないよ、あんたこそ、笑うことがあるワケ!? ひとしきり声をあげて笑い転げた後、フェルナンドは白い歯を見せた。 「本当に、お前は面白い奴だな。ころころ表情が変わって、見ていて飽きない」 お、面白い!? ぼっと頬が熱くなったかと思うと、ふいに、 ぼたたたーっ。 目から水があふれ出した。 もとい。 涙が。 「ど、どうした!?」 珍しくフェルナンドがうろたえるので、必死にガシガシ顔をこすって、ごまかそうとする。 「い、いやね。アタシ、向こうで、『つまんない』って、フラれたばかりだったから……」 そうだった。 そういえばアイツは、恋人のフリして、結局一度も、アタシのことを「面白い」なんて、言ってくれなかった。 こっちの世界に来てから忘れてたけど、急に、思い出してしまったのだ。 「それはその男に、見る目が無かったんだろう。十分面白いぞ、お前は、うん」 フォローかどうかいまいちわからないけど、そう言って、フェルナンドはまた笑う。 アンタノソノ笑顔コソ反則デスヨー!? 気が動転して忘れかけていたが、ポケットにハンカチを入れていたことをやっと思い出し、お菓子を落とさないように気をつけながら取り出して、涙を拭いた。 「少しは落ち着いたか?」 「う、うん」 「そろそろ戻るか。いきなり城を出て行って、兵士達が慌てて探している頃だろう。 俺もフォレスト兄上の放浪癖を笑えないな」 は、は、とフェルナンドが自嘲した時。 「魔物だー! 魔物が襲ってきたぞー!!」 住宅街の方から、人々の悲鳴。 フェルナンドが咄嗟に剣の柄に手をかけて走り出そうとし……、アタシを振り返る。 「……平気か?」 アタシは、力強くうなずき返した。 「平気。戦えるよ」 |