『負け犬はワルツを上手く踊れない』
3―2 城に帰ったアタシは、部屋に引きこもった。 食事もロクにのどを通らず、眠ることもできない。 戦巫女の力を手に入れて、チョーシこいて。忘れてた。 人間、怪我をすれば痛いし、もっと酷い怪我をすれば、 死ぬんだ。 きっと、アタシだって例外じゃない。 それに気づいてしまった途端、急に、魔物と戦うのが、怖くて怖くて仕方無くなった。 ベッドにもぐりこみ、頭から毛布をかぶって。 父さんへ、母さんへ、兄貴へ、友達へ。 何書いたのかわかんないくらい、必死に携帯メールを打ち続けた。 もう1ヶ月充電していないんだから、電池が切れて、画面は真っ暗で、何も表示されなくなっているのに。 それもおかまいなしに、ボタンを押し続けた。 ここに来た最初の日に、携帯の圏外を確かめたっていうのに。 いつか偶然繋がるんじゃないか。そんなことを考えてた。 コン、コン。 「あの、蓮子様、よろしいでしょうか」 ノックと同じくらい控えめな声で、部屋の扉を少しだけ開けて、リーティアが顔を出す。 「ん、いいよ……」 アタシが答えると、リーティアは、拒否されなかったことにホッとした様子で、部屋の中に入ってきた。 「蓮子様、申し訳ありません。 わたくしが、蓮子様をこの世界に召喚したばかりに。蓮子様のお気持ちも考えずに、戦巫女などという役目を押し付けてしまって……」 「違う、リーティアのせいじゃないよ。謝んないで」 そう言ったのは、リーティアが今にも泣き出しそうに、ヘコみまくった顔してたからじゃない。本当に、そう思ったからだ。 アタシ自身のせいだ。 「情けないなあ」 思わず、もれる本音。 「アタシ本当はね、自分がここまで肝っ玉の小さい人間だと、思ってなかったんだよ」 召喚されたあの日に、魔族が戦巫女を狙ってくるって、ちゃんと聞いたんだから、その時に、きちんと考えて、覚悟しておくべきだったのに。 今更一人で怖がって。 ホント、情けない。 するとリーティアは、急に神妙な顔つきになり、アタシに向き直った。 「蓮子様、貴女を召喚したのは、このわたくしの責任です。 もしも、貴女がこれ以上、戦巫女の任を重荷に感じられるのならば……」 続けられた言葉に、アタシは唖然とした。 「女神アリスタリアに願い、元の世界に、お帰しすることも、できなくはありません」 帰る? 帰れるの? この世界を、ほっぽって? ぽかんと口を開けて固まってしまったアタシの耳に、トントンと、新たなノックの音が聞こえる。 どうぞとも言わないうちに、いつものむっつり顔で、フェルナンドが入ってきた。 そして。 「リーティア、話中すまんな、こいつを借りる」 ぐいとアタシの手をとって、ベッドから引きずり出した。 「え、ちょ、ちょい待ち、何よ!?」 「フェル兄様?」 アタシとリーティアの困惑もおかまいなしに、奴はアタシを部屋からズリズリ連れ出すのだった。 「ちょっとちょっと、どこまで行く気なのよ!?」 答えず、フェルナンドはアタシの手を引いて、ずんずんと歩いてゆく。 城の廊下を過ぎ、大きな扉をくぐって。 とうとう、フェーブル城から出てしまった。 それでもフェルナンドは足を止めない。 城を囲むお堀にかかった橋を渡る。水鳥が、ノンキに羽根を休めているのを横目に見ながら、やがてたどり着いたのは、 城下街、 だった。 |