序章:御子―みこ―
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ステンドグラスの窓から差し込む陽光は、決して強くはないのに、じりじりと身を焦がすようだ。
大理石の床に両手をつき、荒い息を洩らす。力を込めて拳を握り締めると、じんわりと血がにじんだ。
やはり、駄目なのか。自分では。
女の身では無い、王家の者たる資格すら有さない、自分では。
―否。
必ず果たしてみせる。
自分で自分を抱き締め、心を奮い立たせると、彼は、この静かな神殿中に反響する声を、張り上げた。
「―戦巫女!」
まるで祈りとはかけ離れた、大音声を。
「俺の呼びかけに応えろ、戦巫女!」
唐突に。
誰かに呼ばれたような気がして、未来は、シャープペンシルを動かす手を止め、顔を上げた。
しかし、見渡す教室内は、変わり無い、退屈で眠気の襲い来る、午後の授業の風景。
未来の様子に気づいた教師が、公式の説明を止め、声をかけてきた。
「どうした、矢田。何か質問か」
「いいえ、何でもありません」
慌てて取り繕い、再びノートに向かう。
「集中しろよ。2年生とは言え、もう、大学受験を視野に入れなければ、ならない時期なんだからな」
教師はそうたしなめて、授業に戻ったが、周囲からは、ひそひそと声があがる。
「また、矢田さんだよ」
「ちょーっと成績がいいからって、気ぃ抜いてるよね」
「違う違う、あれは宇宙と交信してたのよ」
「なんたって矢田は、宇宙人だからね、ウチュージン」
再びノートの上を走らせ始めていたシャープペンシルを握る手が、止まる。
こつん、と、頭に何かが当たって、床に落ちる気配がした。ちらりと横目で見れば、くしゃくしゃに丸められた、ノートの1ページ。
未来はそれを、拾って広げる事をしなかった。誰がやったか、大体見当はつくし、中には、程度の低い、心無い言葉が書き殴られている事も、想像出来る。
授業に意識を傾けようとした未来の耳に、囁き合いの続きが届いた。
「そうそう、矢田さんのあの目。ニンゲンやめてるよねえ」
幼い頃から、その特異性に、好奇と嫌悪の視線を向けられ、珍しがられたり、からかわれたり、避けられたり、あからさまに悪意をぶつけられる事は、数えきれない程あった。
もう慣れた。生んでくれた両親を恨む気は、さらさら無い。
それでも、時折襲い来る、孤独感。
うつむいた未来の瞳―薄茶色を越えて、最早金に近い瞳―が、かすかに、揺れた。
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