第11章:その果てに待つものは(1)
 元アナスタシア特務騎士にして、シャンテルクの武器店主であるギルは、街に潜む元騎士団員達の集会に呼び出されていた。数人が入ればきつきつになる秘密の室内で、旧王都近くの集落に住む仲間から『通信律』を通して送られてきたという情報を、『記録律』が映し出す。
 そこには、到底人間業とは思えない光線が空から降り、魔王城を徹底的に破壊する光景が映し出されていた。その下に埋もれる、かつて仕えた王国も完全に終わりを告げた事実に、彼らは一様に黙り込んでしまったのだが、『記録律』をじっと見つめていたギルは、ある一点に気づき、その隻眼をみはった。
「巻き戻してくれ」
 彼の言葉に、仲間が怪訝そうに首をひねりながら、映像を途中から再生する。光線が魔王城に降る直前、城から闇を裂く白い巨鳥のような物が飛び出し、天空に向かって去るのを、『記録律』は確かに映し出していた。
「何だこれは?」
 周囲がざわざわと囁き合う。だが、ギルだけは、根拠は無いが確信を得ていた。
(きっと、隊長達だ)
 彼の姪である、気の強い表情をした、勇者と魔王の色を持つ娘の顔を思い出す。彼女達がデウス・エクス・マキナを倒し、そして更なる戦場へと赴いたのだろう。
 彼女達の戦いの仔細は、この場にいる誰も知らない。
 ギルに出来るのも、彼女が最後の勇者として勝利を得て、大陸を神の支配から完全に解き放ってくれる事を、密かに願う事だけであった。

 白い飛行艇は、遙か上空にある『神光律じんこうりつ』への、道無き道を飛ぶ。『駆動律』の自動操縦に任せれば、最短ルートを辿ってくれるはずだ。だから本当は、操縦室に誰かがいる必要も無いのだが、ユージンは操縦席に座り、煙草をふかしながら、次第に暗くなってゆく空を見つめていた。
「あとどれくらいで着く」
 扉が開く音がして、声をかけられたので、振り向く。ミサクだ。艇内に設えられていた貯蔵庫から持ち出したのだろう、非常食であるショートブレッドを放り投げてくる。
「二、三時間、ってとこさね」
 言いながらしっかりと受け止め、煙草を携帯灰皿に押しつけて火を消すと、袋を破ってかじりつく。神様特製の保存食も、味は人間が作った物と寸分変わらない。いや、人智を超えた存在ではなかった『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』ならば、それも当然の事か。
「良かったのかい」ショートブレッドを咀嚼しながら、隣に立った男に声をかける。「あの二人を置いてきて」
 この十七年間、ミサクがどれだけ必死になって、シズナとアルダとエクリュを探していたか。自分だけが知っている。彼が、姉弟を超えた愛情をシズナに抱き続けていた事も、嫌というほど知っている。  だから、彼から深淵の間であった出来事を聞いた時、ユージンが心配したのは、ミサクが後追い自殺を計りはしないか、という事であった。全ての拠り所を失った彼の精神が最もずたずたであった青年時代を知るからこそ、懸念した事項だった。
 しかし、ミサクは腕組みしたまま前方を見すえ、平静を保って答える。
「あいつらが望んだ事だ。俺にどうこう口出しする権利は無い」
 この男らしい答えだ、とユージンは口元を緩め、それから、彼の顔を見上げて、唇を突き出し囁いた。
「嘘つき」
 途端、男の横顔が引きつるのがわかった。
「最後の最後に、アルダにシズナを持っていかれて、悔しくて仕方無いくせに」
 のろのろと。青い瞳がこちらを見下ろす。ミサクは何かを言いたげにひゅうひゅう呼吸をして、二度三度口を開きかけたが、最後には、顔をうつむけ、
「すまない、肩を貸してくれ」
 と、こちらの肩に左手を置き、そこに額をつけ、声を殺して身を震わせる。ユージンは、ショートブレッドを食べ終えると、袋を適当な場所に放り、空いた手で、母親が子供をあやすように、ミサクの銀髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。かつて彼が若かった頃、毎夜情緒不安定になって泣いていたのをなだめたように。
 そして、思い知って、溜息をつく。
 たとえ自分が彼の一番近くにいても、彼の一番にはなれない事を。彼の心の奥底では永遠に、シズナが笑っている事を。
 それでも良いと望んだのは自分だ。彼女が知らないミサクの顔を知っているのは、自分だけ。彼がこうして泣いてみせるのも、自分の前でだけ。その優越感だけで構わない。
 甲斐性の無い男と、往生際の悪い女。似合いではないか、とユージンはまた薄く笑った。

「あ、何かすげー邪魔しづらい」
「所謂出歯亀というものですか、貴方は」
 操縦室の扉を挟んで、中の様子をうかがっていたキラを、システは呆れきった溜息をつきながら見やった。
「人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、だもんな。色々話は聞いてみたかったけど、やめやめ」
 室内に踏み込む事を諦めた青年が、扉を離れ、廊下を歩き出す。システもここ数日で当然のごとくになった行動で、彼の後を小走りに追い、隣に並んだ。
 この男と出会ってからというもの、調子が狂って仕方が無い。感情などほとんど揺れる事が無かったのに、秩序システムに合致しない不具合が色々と起きる。不可解だ。いや、リビエラがこれが『恋』だと言ったか。
 意志とは関係無く高鳴る心臓に、しずまれ、と命じて胸をおさえると。
「いやー、しっかし、まさか南海諸島を出たと思ったら、神様に喧嘩売りにいく羽目にまでなるとは思わなかったぜ! いやー、おおごとおおごと!」
 頭の後ろで手を組みながら、まるでおおごとではなさそうにキラがからからと笑う。その黒い目は、面白い玩具おもちゃを見つけた子供のようにきらきら光って、とてもではないが、戦闘時には真剣な表情をして敵を斬る、オルハ族の若長とは思えない。
「貴方がそこまで興奮する理由がわかりません」
 解せぬ、といった声色で半眼になって零すと、キラはこちらを向き、にやりと白い歯を見せた。
「男の浪漫なんだよ。愛する女と一緒に神殺しなんて、何回人生やったとしても、そうそう出来る経験じゃないぜ!」
 またそれか。システは再度嘆息する。
「ですから、貴方がわたしを愛しているという証拠がありません」
 すると、相手はきょとんと目をみはり、「あ? ああ」と手を解くと、ごそごそと懐を探って何かを取り出し、システの左手を取り、薬指に光る物を通した。視線を向ければ、システの瞳の色と同じ、紫水晶アメジストの指輪が光っている。
「成程。人間は支配欲を満たす為に、相手を物で縛るという行動パターンが観測されています」
「だーかーらー! 何でそういう解釈になるの!?」
 指輪をためつすがめつしながら淡々と告げれば、青年は情けない表情になって裏返った声をあげ、しかしすぐに真顔を繕うと、システに向き直り、その両頬を手で包み込んだ。
「前に言っただろ、俺様はあったけえ家族を作りたいって。それはシステ、あんたと一緒じゃないと駄目なんだ。絶対に、代わりなんていない」
「代わりなんて、いない」
 この男相手におうむ返しにするのは何度目だろうか。だが、その言葉は胸に温かい火を灯す。
 骨張った指が、システの唇をなぞる。そっと目を閉じると、唇が触れ合う感触がする。それは自責の念から妻にしてくれと頼んだ時のような乾燥したものではなく、システの心を、喜びという感情で満たすものであった。
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