第8章:魔剣を継ぐ者(4)
 体力が少し回復したロジカが仮眠から目を覚まし、簡単な食事も終えたところで、一行は移動を再開した。
 ダヌ族は、エクリュ達を待ち受ける為に入口の方に集まっていたのか、奥に進むほどに数を減らしてゆく。なので、時にシステの『遮蔽律』で姿を隠してやり過ごし、完全に行く道を塞がれている時は、『遮蔽律』の有効範囲から飛び出したキラが、敵の首を締め上げて気絶させ、ぐるぐる巻きに縛り上げて道の脇に転がした。
「おっ」
 そんな折、また新たにのした一人を脇道に放りにいったキラが、浮かれ気味の歓声をあげたので、エクリュ達は何事かと顔を見合わせ、彼の後を追う。脇道の先は少し広めの空洞になっていて、錆の浮いた鉄の箱が一つ、置いてあった。
「洞窟に意味深な箱、となれば、お宝の可能性大だよな」
 キラはうきうきしながら腰を下ろし、箱に手をかける。が、鍵がかかっているらしく、がちゃがちゃと音を立てるばかりで、一向に蓋が開く様子を見せない。
「くっそ!」
「ちょっと!」
 彼が悪態をつきながら背中の大剣に手をかけるのを見て、リビエラが大慌てで制止した。
「貴方ったら本当に馬鹿ですの!? そんな物でぶっ叩いたら、中身まで真っ二つでしょうに!」
「じゃあどうするんだよー、お宝あー」
 たしなめられても諦めがつかないキラを見かねたのだろう、メイヴィスが進み出て、「代わって」と、キラと入れ違いに宝箱と向き合うと、鍵を調べ、箱に耳を寄せて叩き、少し持ち上げて底の様子も見る。
「鍵は簡単な作りだね。罠も無い。この程度なら、開けられそうだ」
「おっ、まじで? 何、お前さん盗賊でもやってたの?」
 少年の言葉に、キラが目を輝かせて詰め寄ると、溜息が返った。
「『必要になる時が来るかも知れない』って、育ての親ミサクに教えてもらったんだよ。人聞きの悪い事言わないでくれる?」
 そのミサクは、いつ解錠技術が必要で、誰に教えてもらったのだろう。エクリュが疑問に思っている間に、メイヴィスは荷物から針金を取り出して鍵穴に差し込み、しばらくかちゃかちゃと試行錯誤していたのだが、ある瞬間に、かちゃり、と確実に鍵が外れた音がした。
 蓋が開く。中には、ごつごつした薄い青の魔律晶と、丸くてつやつやした淡い桃色の魔律晶が、ひとつずつ、入っていた。
「何の魔法だかわかる?」
 メイヴィスが、神の知識を共有しているロジカとシステに向けて差し出すと、二人はそれぞれを手に取り、ためつすがめつした後、ロジカが「『飛散律』だと思われる」と言い、「こちらは『反鏡律』ですね」とシステも答えた。
「どちらも高等かつ、使い所を選ぶ術です」
 確かにそれでは、あまり頭の回転は速くなさそうなダヌ族には、手に余る魔法だったのだろう。
「お前達には使えるか」
 エクリュが二人に問いかけると、二人共「不可能ではない」「出来ます」と首を縦に振ったので、有難く失敬する事にした。
 脇道を戻り、元の大きな道を行く。ダヌ族の数はますます少なくなり、しまいには姿を消した。
「そろそろ、本命がお待ちかねか?」
 キラがうきうきと、今にもスキップでもしそうな歩みで先頭を進む。それとは対照的に、エクリュの心には、威圧感プレッシャーとも思える緊張が広がってゆく。
 この感覚を知っている。いつどこで、とはわからない。ただ、「懐かしい」と同時に「怖い」という感情がこみ上げてくる。心臓が騒ぎ、手先が細かく震えて、視界がぶれる。
 目眩すら覚えてふらついた時、ごく自然に手を握る感触があって、エクリュの意識は現実に引き戻された。空いている方の手で目をこすって、隣を見れば、橙の瞳が気遣わしげに見つめている。
「エクリュ」囁くように、メイヴィスが声をかけてくる。「大丈夫?」
 彼の声を聴くと、さっきまでは頬が熱を帯びて、取り乱していた。だが今は、かけられる声が、向けられる思いが、昂った気持ちを治めていってくれる。岩に水が染み込むように、じんわりと指先までをも温めてくれる。対等な存在になりたいと言ってくれた事が、安心感を与えてくれる。
 だから、エクリュは笑って返す事が出来た。
「大丈夫だ、ありがとう」
 すると今度は、メイヴィスが顔を紅潮させた。
「い、いや、お礼を言われるようなものじゃ」
 と、しどもどしながら手を離す。自分から手を握ってきたくせに、何故今更照れるのか。もう少し落ち着くまで、手を繋いでいてくれても良いではないか。エクリュが少しむっとした表情を見せると、直前を歩くリビエラが振り返り、「ああもう、初々しい事」とからかい気味に声を立てて笑う。
 こんなにももどかしいのが恋なのだろうか。緊張は解けたが、別の要因で動悸を覚えながら歩き続けると、やがて、先程の魔律晶があった空洞より遙かに広い空間に出た。恐らくここが、この洞窟の最奥部だろう。
「あったぜ!」
 キラが歓声をあげたので、皆が彼の指差す方向を見やる。台座のように岩が組まれたその上に、無造作に突き刺さっている、透明な刃の剣。柄に色の無い石がはめ込まれた造形は、かつて見た聖剣『フォルティス』と同じだ。そしてそれを目にしたエクリュは、先程の緊張感が胸の内に蘇った事で、確信する。
 あれが、魔剣『オディウム』。魔王の、父アルダの振るった剣だと。
 しかし、どうにもおかしい。違和感が生じる。
「それにしても、あれだけ最初に邪魔しくさってきたのに、肝心な剣の所に守り手を置かないのは、変じゃありません事?」
 リビエラが、エクリュの――というよりは、全員の疑念を口にした時。
 きん、と。刺すような殺気を感じて、エクリュは屈み込みながら皆に向けて叫んでいた。
「伏せろ!」
 即座にメイヴィスが身を低くし、キラがシステの頭を押さえ込みながら自らも膝を折り、反応が遅れたリビエラをロジカが抱きすくめて、もんどりうって倒れ込む。そんな一同の上を、ぶうん、と何か細長い棒のような物が通り過ぎてゆく衝撃波が起きたかと思うと、重たい音を立てて、洞窟の壁が凹んだ。
「えっ、何。何だってんですのよ!?」
 ロジカの腕の中に収まる形になったリビエラが、顔を赤くしながらも叫ぶと、「しっ」とロジカが囁いて、攻撃が来たと思しき方向に手を突き出す。弦を弾くような音と共に『火炎律』の火球が飛ぶ。あらぬ方へ行ったかと思ったそれは、しかし途中の空間で、何かにぶつかり弾け散る。
 炎に照らし出されて、一瞬、くすんだ赤の甲羅がエクリュ達の視界に焼き付く。それは。
「蟹ィ!?」
 キラが素っ頓狂な声をあげた通り、そこには、姿の見えない巨大な高足蟹が、『オディウム』を守るように陣取っていた。
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