第9章:青い魔剣『オディウム』(4)
「あのひとは、先代の魔王様は言ったんだ」
 蜥蜴兵を全滅させたミサクとコキトの前に、憎々しげに顔をしかめながらユホが歩み出てくる。
「『次』も一緒にいようと。あたしだけを愛すると」
 魔女は魔律晶を使わなかった。瞬時にして生み出された紫の雷撃が鞭のようにしなり、襲いかかってくる。ミサクはナディヤを抱いて飛びすさり、コキトは『障壁律』を使う事で攻撃を四散させた。
 ユホがちっと舌打ちし、更に鬼の形相になる。
「なのにあの子はあたしを見なかった。アルダ、アルダはあたしだけのものだったのに、あのクズ娘に振り向いた!」
 いつか自分にとって最高の形で勇者の血族を殲滅させる為に、老婆の姿をしてまで山奥の村に混ざり込んだ。だが、アルダはシズナに惹かれた。誰よりも愛しい男の命を奪った、誰よりも憎い勇者の娘に心を寄せた。
「裏切りだ!」
 だん! と音を立てて魔女の拳が壁を叩く。ナディヤがびくりと身をすくませて、ミサクの腕にすがりついた。
「あの子はあたしだけ、あたしだけを見ていれば良かったのに! あの子は壊れちまったんだ! だから!」
 紫に染めた爪の長い手を宙に差し伸べて、ユホは今度はうっとりと陶酔したように続ける。
「滅びれば良いのさ。あのクズ娘とあの子が相討ちになれば。そうすれば次の魔王が生まれて、勇者はいなくなる。アナスタシアは滅びて、その後で、あたしは新しい魔王と一緒に幸せに生きるんだ、ずっと、ずっと」
 それは最早狂気だった。己の欲望を満たす為なら、愛した男と同じ顔を持つ、愛そうとしたはずの男の死さえ望む、狂った女は、けたけたと笑いを振り撒く。
「最低だね」コキトが吐き捨てるように言った。「私も王都で色々な下種げすを見てきたけれど、あんたは最下級だよ」
 ユホの笑いが止まった。ぎりっと歯噛みして、こちらを指差す。
「何とでも言え、虫けら。所詮お前らはここで死ぬ運命」
 再び紫の雷が躍った。蛇のように床を這い、ミサク達に向かってくる。
 即座にコキトが床に両手をつき『防御律』を発生させ、こちらに届く前に雷を消滅させ、次を与えないようにミサクが銃を放つが、そのことごとくが魔女の作り出す『障壁律』に阻まれ、銃弾は次々と床に落ちていった。
「特務騎士と魔法士、厄介な組み合わせだねえ」
 ユホが面倒くさそうに半眼になるが、次の瞬間、勝ち誇ったように唇をにたりとめくり上げる。
「だけど、その力に驕ったお前らの負けだよ」
 途端、ミサクの腕にしがみついていたナディヤが手をほどいたかと思うと、その手でミサクの首をがつりとつかみ、女とは思えない握力で圧迫してきた。
「な、にを」
「魔族が、さらってきた人間に何もしてないと思ったのかい?」
 息苦しさに顔を歪めるミサクに、ユホが嘲笑を浴びせかける。
「調べ尽くして、切り刻んで、試し尽くして。裏切らないように、逃げ出さないように、じっくり仕込みをするのも朝飯前さ」
 つまりナディヤは、魔族の言いなりになるように既に仕組まれていたという事か。一体どれだけの人間がこの魔王城に囚われ、実験台となって、命を奪われていったのか。
「この、下種が……!」
「おやおや、お口が悪くなったね、騎士様が」
 苦しい息の中罵りの言葉を発するミサクを、ユホは余裕に満ちた表情で嘲り、高笑いを響かせる。
「ミサク!」
 背後でコキトが叫び、『風刃律』を発動させようとしたが、一瞬早くユホが反応し、『氷槍律』の鋭い一撃で、その胸を貫いた。
「ぐ……っは!」
 コキトが一歩、二歩よろめき、血を吐き出す。氷の槍を胸に抱いたまま床に膝をつく魔法士のもとに、ユホが近寄り、
「いいざまだねえ」
 尖った靴先で、コキトの頭を蹴り飛ばした。
「魔法士なんて、笑わせるな。人間ごときが我ら魔族の英知を得ようとした罰が当たったのさ」
 そうして彼女は胸元を寄せて見せつけるように屈み込み、コキトの顎をくいと持ち上げて、接吻出来そうなほどに顔を近づける。
「折角だから、死ぬ前に、あたしの力をとくと見るが良いよ」
 琥珀の瞳が、金色の光を増す。
淫魔サキュバスの力で、あたしの下僕になりな。気持ち良く死ねるだろうさ」
 そしてその手が、コキトの瞳を真正面から見つめようと、色眼鏡にかけられた。
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