『反逆の狼煙』

 オレは勇者だ。生まれた時からそう決まっていた。
 言っておくが妄想ではない。頭がおかしくもない。
 決まってたんだ。
 オレが生まれた時、それまで晴れていた空が一気に曇り、バケツをひっくり返したような大雨が降り出し、巨大な稲妻が天を裂き落ちて行ったのを見て、城付きの神官が両手おっぴろげて『たった今、伝説の勇者様が生誕なされたアアアアア!!』なんて言ったとか言わないとかなんてはっきりとは知らんが、そんな予言よりも確かにオレは知っている。
 何故なら、オレたちは『そう書かれている』からだ。
 いつ認識したかは覚えていない。ある日、いつものように畑を耕していたら突然、ふっと目が覚めるように自然に、
「あ、オレたちを『書いている』人間がいる」
 と気づいてしまった。
 理屈なんて知らない。本当に突然わかってしまったのだ。
 オレたちは、ひとつ次元が上の人間の、空想の産物なのだと。

 オレたちを『書いている』奴は、どうも『ファンタジー』というそいつの世界に存在しない現象を素材にしたジャンルが好きらしい。で、あまり知識の守備範囲が広くない。
 現実ではないどこかの異世界で、人知を超えた――早い話がチートな――力を持つ主人公が暴れ回った挙句に世界を救って王子様と幸せになる。いつもいつも似たり寄ったりの話を書いている、とことん芸の無いド素人だ。
 で、オレの運命ももう決まっている。
 平和ボケはなはだしいこの村を、ある日突然魔王の軍勢が襲い、オレ以外の人間は皆殺し。失意のオレはこの国の王子に助けられ城に行ったところ、なんと勇者の子孫と判明。戦士と僧侶と魔法使いを連れて魔王を倒す旅に出る。仲間とぶつかり合い、切磋琢磨し成長しながら遂に魔王の城に辿り着き、光り輝く剣で魔王をずんばらり。城に帰還したオレは王子様に求婚されて頬を染めながらおずおずとそれを受け、周囲に祝福されながら結婚して幸せに暮らしましたとさ。
 ――アホか。アホなのかオレを書いている奴は!
 突っ込ませてもらおう。
 なんで辺境の何も無い村をいきなり魔王が一軍連れて襲って来るんだ。オレが勇者だってのは、自覚してしまったオレ以外、この世界の誰も知らない事だ。魔王が魔法で見出したとか、城には知ってる人間がいるけれど裏切り者が魔王に伝えたとか、少しくらいは説得力を持たせる努力をしろ。
 王子! 何で村が滅びた後にのこのこオレだけを助けに来るんだよ。魔王軍が来たってわかったなら、それこそお前も一軍率いて救出に来い。むしろ今すぐ飛んで来て村を守れ!
 なんと勇者の子孫と判明。「なんと」じゃねえよ! その方法って何だよ! 伝説の剣を抜いたとか、魔法石を輝かせたとか、もう一人のオレが覚醒したとか。『書いている』奴の世界で『中学生』とやらの半ばに発症する精神の病の一種らしいが、とにかくそういう理屈ひっつけて来いよ!
 ……戦士と僧侶と魔法使いを連れてのくだりはもう省こう。突っ込むのも疲れるんだ。
 だがこれだけは言わせろ。
『王子様に求婚されて頬を染めながらおずおずとそれを受け、周囲に祝福されながら結婚して幸せに暮らしました』だ?
 やめろ! 本当にやめてさしあげろ!!
『オレ』なんて言ってるけど、オレは生物学的には正真正銘の女で、しかも恋愛感情は人並みに持っていたりする。まあつまり、好きな奴がいる訳だ。
 平凡を絵に描いたような――まあ実際は字に書いたようなだが――凡人で、顔は十人並。背はそれなりと言っても、オレが女として大きいのでどっこいどっこい。多分体力も大して差が無い。鍛錬がてらに木剣を打ち合わせれば、三回に二回はオレが勝つ。
 オレを守るには少々至らない奴だが、そんな奴でも、オレが惚れ惚れする大きな理由がある。
 あいつの育てる西瓜は天下一品だ。
 もぎたてを包丁ですっぱり割れば、ぎっしり詰まった真っ赤な身が顔をのぞかせる。四分の一に割ったそいつにむしゃぶりつけば、水分をたっぷり含んだえもいわれぬ甘さが口の中に広がる。
 しあわせ、ってこういう事を言うんじゃないかってないかってひと時をもたらしてくれる。ちょっと頼り無いけど、一生こいつの作る西瓜を食って暮らせたら本当にいいよなあと思えるのだ。
 この気持ちはオレだけのもので、決して『書いている』奴に作られた設定なんかじゃないって信じたい。
 でも、あいつの運命も決まってる。オレは知っている。
 魔王の軍勢がやって来たその日、オレをかばって瓦礫の下敷きになり息絶えるのだ。
『君にこれを渡したかった』
 と、震える手でオレの瞳と同じ青い石のついた指輪を掲げて、ぱたり。手が落ちる。その場面までありありと脳裏に描ける。
 ふざけるな、と声を大にして言いたい。
 お涙頂戴のつもりか。その後傷心のオレを王子が優しく慰める事で、恋愛フラグを立てるつもりらしい。本当にふざけるな。オレはあいつ意外にときめくつもりはさらさら無い。それどころか、あいつ以外の男の手がオレに触れるとか、考えるだけで鳥肌ものだ。
 運命とか設定とかで片づけられるのは御免だ。覆してやる。オレの意志で絶対ぶち壊してやる。

 そう、思ってたのに。

 村を包む炎は残酷で、あっという間に親父や母さんを呑み込んだ。魔物たちはしっかりオレだけを避けて村人たちを惨殺していった。
 瓦礫と化した家を前に呆然とへたり込むオレの前で、崩れた柱に身体を挟まれた血塗れのあいつは、震える手を必死に掲げた。そこに何が握られているかオレは知ってる。
 やめろ、やめろよ。
 声にならない叫びを無視するかのように、あいつは弱々しく微笑みながら言うんだ。
「君にこれを渡したかった」
『書かれた』通りに。
 ――ふざけるな。
 ぶっちん。オレの中で何かが切れる音がした。
 ぎり、と唇かみしめ拳を握り込む。「ふざけんな!!」叫び声と一緒に涙が勝手にあふれ出た。
「勝手な事言って勝手に死ぬな! そんな事はオレが許さない!」
 死にかけてたあいつが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で硬直する。
 膝を叩いて気合い一発。オレはあいつを挟む柱にがっと手をかけた。憤怒が力になる。きっと顔は乙女にあるまじき般若の形相になっているだろう。般若なんて知らん、どこの世界の生き物だ? なんて疑問が横切ったが今は関係無い。
 オレは勇者だ。主人公だ。主人公がこんな所で死ぬわけが無いだろう。オレたちを『書いている』奴がチート好きなら、こんな事を始めたオレをどうするか。答えは決まってる。
 農作業で鍛えた筋肉が盛り上がり、力が湧いて来る。ぐぐぐ、と柱が持ち上がる。
「どっせい!」
 掛け声一発。柱は勢い良くブッ飛ばされ、圧迫する物の無くなったあいつが、唖然としながらオレを見つめていた。
「いいか、生きるんだよ」
 そんなあいつにオレは笑みかける。
「決まった運命なんて歩んでやるもんかって、目一杯反抗して生きるんだ」

 破壊の限りを尽くした魔王の軍勢が去り、新しい朝がやって来る。
 おっとり刀で白馬に乗ってやって来た王子は、オレがぼろぼろのあいつに肩を貸して地面を踏みしめ、ぎろりと睨み上げるのを見て、笑えるくらい無様に目を点にしていた。オレ以外の人間が生きているのが予想外だったのだろう。
 ひとしきり驚いた後、『君、ちょっとそれまずいんじゃないの。段取り間違ってるんじゃないの』って視線をちらちら送って来たが、知ったこっちゃない。
 どうやらオレの行動は、オレたちを『書いている』人間へ多少なりとも反逆してみせたようだ。
 哀しい美談よりありきたりの笑い話。死せる英雄より生ける凡俗。それを願って何が悪い。
 もしこれが、『書いている』奴が気まぐれで筋書きを変えた結果だとしても、オレは生きる。決められた道に逆らいまくって、オレが本当にしあわせだと思う人生をつかんでみせる。踊らされるのはまっぴらだ。
 火の消えた村のあちこちから、決意の狼煙のように煙が立ちのぼる。
 反逆劇の幕はあがった。オレの戦いはこれから本格的に始まるのだ。