『フォシルマスター 化石召還!』

 どどどどどどどど。
 ゴリラに酷似した、しかしそれより何倍も図体のでかい、いかにも寄るな触るな危険です、という獰猛な顔をした動物が、平原を走っていた。
 その前を、背丈の低さに見合わぬ大荷物を背負った、茶髪にくりくりした黒目の少年が駆けている。
 いや、正確には彼は追われていた。その危険極まりなさそうなデカゴリラもどきに。
 少女っぽさすら帯びた柔和な顔に恐怖をびっちり張りつかせ、全速力で逃げていた少年は、いつまでも逃げられないと覚悟を決めたか、足に急ブレーキをかけて立ち止まると、迫り来るデカゴリラをぎんと睨みつけて――本人的には睨みつけているつもりなのだろうが、いかんせんやわい外見なので怯えた目を向けているようにしか見えないのだが――、懐からさっと何かを取り出した。
 それは、化石。千年、時には万年単位で過去の生物を閉じ込めた、太古からの遺産。
 そのひとつを高々と掲げて、少年は、声変わり前の高い声音で、宣誓した。
「出でよ太古の生命、スリーリーブスビートルッ!!」
 それに呼応するように、化石がまばゆい光を放ち……。
 ぽへん。
 そんな気の抜けた音と共に現れたのは、三枚の葉っぱのスリーリーブスビートル、すなわち直訳して、三葉虫。体長三センチほどの小虫は、カサカサカサ……と地を這い、
 ぷちっ。
 デカゴリラの踏み出した足にあっけなく踏み潰された。
「あっ、あああ! ジョニーっ!」
 絶望の叫びをあげる少年。すると。
「虫ごときに名前をつけんな。気色悪い」
 近くの木の上から、明らかに少年を馬鹿にした、上から目線の声が降って来た。
「だ、だって師匠!」
 少年は声の方を振り仰ぐ。
「ジョニーはボクが初めて召還に成功した化石なんですよ!」
「気持ち悪いモンは気持ち悪いんだよ、このヘタレ弟子」
 年頃の少年に対して、にしては、とてつもなく教育に良くない悪口を叩いて、木の上の太い枝にくつろぐように身を預けていた人物が、かったるそうな事この上無い様子で上体を起こした。
 艶やかな長い金髪を高い位置でまとめ、曇りの無い琥珀色の瞳を持った、そんじょそこらの一般的に美女と呼ばれる女性なら、敗北感を覚えるどころか嫉妬を通り越して絶望する事必至の美青年。彼はしかし、その端正な顔に、めんどくさいです、という嫌気あふるる表情を満たして、実に億劫そうに首をコキポキ鳴らすと、ひとつの化石を取り出した。
「フォシルマスターの呼びかけに応え、今ここに蘇れ」
 少年より様になる台詞を、実に流暢に、そして鷹揚に紡ぐ。
「トライ、セアラ、トプス」
 青年の手を離れた化石はたちまち、きらきらと赤い光をこぼしながら地面に降り立ち、そうして、三つの角と、硬質な皮膚に覆われているがっしりとした四肢を持つ、生物の姿を取った。
 それは、太古の恐竜、トリケラトプス。ただ、世間の認識と少々違うのは、その体色が、一般的に考えられている灰色や薄褐色ではなく、目も覚めんばかりの立派な赤色をしている事だろうか。通常の三倍速いかは知らないが。
 ビビッドカラーのトリケラトプスはデカゴリラ目がけて突進し、その巨体で激突。単位トンの衝撃を受けたデカゴリラはたまらずふっ飛び、地面にひっくり返って白目をむきピクピク痙攣していたのだが、やがて、黒い煙を立ちのぼらせて消滅した。あっさり役目を終えた赤いトリケラトプスも、赤い光となって化石に還った。
「あ、あああ〜、ジョニー……」
「いつまでそうしてやがる、気持ち悪いっつってんだろ」
 大地に膝をつき、粉々になってしまった三葉虫の化石を拾い上げて、少年は失意に満ちた声をあげる。そこに、木の上から身軽に飛び降りてきた青年が、トリケラトプスの化石を手に取りながら、半眼で少年を見下ろした。
「大体、三葉虫は直訳じゃなくて『トリロバイト』だって、何回言えば覚えるんだ。このバカ弟子」
 美貌に似合わぬ厳しい言葉をビシバシ浴びせかけて、青年は踵を返し、歩き出す。
「いつまでそうしてやがる。さっさと行くぞ、ヘッポコ弟子」
「あっ、あああ〜、待ってくださいよ、サフィ師匠〜!」
 少年は慌てて青年の後を追おうとし、立ち止まると、手の中のジョニーの残骸に、ごめんね、ありがとう、と告げ、軽く唇をつけて、破片をばあっと宙に散らばせ地に帰す。それが彼らが、役目を終えた化石に払う最大限の敬意と弔いだ。そうして少年は大荷物を背に、師匠と呼ぶ青年を追いかけた。

 この世界には、フォシルマスターと呼ばれる職種の人間が居る。化石から生命を呼び出して行使する、文字通り、化石使いフォシルマスターだ。
 化石に込められた魔力を消費する事で、化石化した生物の生体情報を復元し、かりそめの身体を与えて再生させる行為を、『召還』と呼ぶ。その再現率はフォシルマスター自身の能力に大きく左右され、またその姿は、フォシルマスターの想像力にも依る所が大きい。
 つまり、フォシルマスターの能力が高ければ高いほど、オリジナルに近く、より格の高い化石を召還させる事が出来、反して、フォシルマスターの想像力が豊かなら豊かなほど、赤いトリケラトプスや、金ピカ羽根つきのティラノサウルスなど、オリジナリティあふるる身体を化石に与える事が出来る。
 ある者は古代の生命の生体解明研究に貢献する為、ある者は己の故郷やどこかの都市の治安維持の為、またある者は単純に、己の持つ力を限界まで試す為。
 またまたある者は、この世界を旅し、いつからかはびこるようになった怪物『怨魔えんま』から人々を守る為。
 日夜、その力を揮い続ける。

 少年の師匠は、フォシルマスターの中でも、各地を旅して怨魔退治をする部類の人間だ。事実、少年の村が空飛ぶデカいニワトリのような怨魔に襲われた時、たまたま村に居た彼が、やはりビビッドな緑のプテラノドンを召還して、瞬く間に怨魔を撃退させたのだ。
 その対価として、彼は寒村にはかーなーり苦しい枚数の金貨を要求し、村長は今にも泣きそうになっていたのだが。
 しかし化石召還の美しさに魅せられた少年には、そのような横暴は些細な問題であった。召還の輝き。再びこの世に身を与えられた過去の生物のあでやかさ。その圧倒的な強さ。どれもこれもが、少年の心を激しく揺さぶり、自分もこのような力を得たい、という欲求を沸き起こらせた。幼い頃、亡くなった祖母がよく、己が若い時にフォシルマスターとして活躍していた冒険譚を聞かせてくれた。その事による憧れも元々あったのかもしれない。
 少年は青年の元へ、ほとんど押しかけるように弟子入りを希望した。両親が、あんな金の亡者の手先になんかなるなと泣いて止めたのを振り切っての志願だった。
 師匠には最初はウザがられたが、無理矢理に追い返される事は無く、今では『師匠』と呼ぶ事を許され、身の回りの世話をする事を任されている。傍から見れば「押しつけられている」としか言いようが無いほどの重労働だが、少年はそんなに苦には思っていない。
 いまだに下級の化石しか召還出来ず、「ヘッポコ」だの「ヘタレ」だの「能無し」だのと言われるが、それは自分の力が足りない、仕方の無い事だと、少年は思っている。
 師匠は滅多に本気を出さない。何でもかんでも面倒くさがるので、道中の野宿の用意や炊事、街に着いた時の宿の手配や道具の補充も、全て少年がやる。だが、殆どの街では、師匠の美貌が、店番をしている年頃の娘達の歓喜を呼び起こし、彼女達の好意により、ただで宿に泊めてもらったり、食料を分けてもらえたりする事が少なくない。
 たまにそれが出来ない時、師匠は少しだけやる気を出す。街を襲う怨魔を撃退し、その見返りに莫大な報酬を求めるのだ。
 しかしそれも、決して金にがめつい訳ではなく、化石を、召還する為に維持し、その際に必要な魔力をチャージするのに必要な、所謂メンテナンス料が、馬鹿にならない値段であるが故のものなのだと、少年は師匠と旅をするようになって知った。だから少年は師匠を、ごうつくばりだとか、人非人だとかは思っていない。
 更に少年にはパトリックと云う立派な名前があるのだが、「長ッ、言いづらッ! お前はパットで充分だパットで」と云う師匠の一声で、パットと呼ばれている。だがこれも気にしていない。言いやすいし、師匠のサフィと一緒の文字数でむしろ嬉しい。
 聞く人間が聞いたら、「お前はマゾか変態か」とツッこまれそうな傾倒ぶりではある。

 少年と師匠はいつものようにしばらく平原を行き、両側をやや高い崖に囲まれた谷に入ったところで、事件は会議室ではなく、現場で起きた。
「オーッホッホホホ! 見つけたわよ、サフィ!」
 二人の頭上から高笑いが降って来たのだ。
 見上げれば、崖の上に女が立っている。髪の毛は、朝どんだけ時間をかけてセットしているのかとばかりにウェーブたっぷりで、すっぴんでもそれなりに美人だろうに、ギンギンに化粧を施したせいで、素材の良さを殺してしまった顔をしている。赤青黄色の羽色をそれぞれ持つ三羽の始祖鳥――勿論化石から召還したものだ――を引き連れたそのフォシルマスターに出会うのは、一度や二度では無い。
「あー、しつけーんだよ、えーと……」
 青年が女を見上げ、名前を思い出そうと模索して、出て来たのは。
「カメラ?」「誰が写真機だ!」
「ポメラ?」「何だその微妙に可愛い間違い!」
「ガメ」「火ィ吹くわよ!」
 気が合う相方同士の漫才のようなやりとりの後、女が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「パメラよ、パ、メ、ラ! いい加減に覚えなさい!!」
「俺は興味のある相手の名前しか覚えたくねえ」
 つまりそれは、俺はお前に興味ありません、と云う宣告。パメラがギリギリと顔を引きつらせる。
「と、とにかく、今日こそは逃がさないわよ、尋常に勝負なさい!」
 ビッと指を突きつけて、それが彼女の常套句。そして。
「断る」
 師匠の即答もいつも通り。
「俺様は今、力を使ったばかりで疲れてるんだよ。おととい来やがれ」
 いつからこの二人がこんな関係なのか、少年は知らない。気がつけば行く先行く先に彼女が居て、師匠に喧嘩をふっかけ、こうしてかわされるか、あっさりいなされるかの、どちらかなのだ。こちらの行く手に必ず現れるあたり、物凄く熱心な追跡者と感心すべきか、それともめちゃくちゃ気合いの入ったストーカーだと畏怖すべきか。
 とにかく、師匠がまともに相手をしないので、女の執念はより深くなってゆく。今日も今日とてぞんざいに扱われて、パメラの怒りの炎に油がどっぷり注がれたようだった。ぎりぎりぎり、と唇をかんだかと思うと、三羽の始祖鳥に命じる。
「やっておしまい、イーグル、シャーク、パンサー!」
「どっかで聞いた名前だな」
「色も合ってるし、ギリギリですね」
 青年と少年の素早いツッコミの間にも、始祖鳥は羽ばたき、こちらへ向かってくる。が、青年は応戦する様子も見せず、岩壁に向かってとことこ歩いて行ったかと思うと、呑気に背を預けて。
「お前がやれ、馬鹿弟子」
「ぅええええええっ!?」
 少年の素っ頓狂な叫びが渓谷に響き渡った。
「無理です無理です師匠。ボク、まだジョニーしか召還できなかったし、始祖鳥の相手なんてとてもとても」
 少年がぶるぶるぶるると勢い良く手と首を横に振ると、
「パット」
 青年は、珍しく少年を名前で呼び、美貌の顔に、街娘をイチコロにする女殺しの柔らかい笑顔を満たして、ぽん、と肩に手を置く。
「お前なら出来る」
「……そ、そうですか?」
 さすが必殺技、同性なのに妙にどぎまぎしながら少年がもじもじと微笑むと、途端に優しい笑みは消えて、じとりと半眼のきつい視線が襲い来る。
「四の五の言わずにさっさとやれ。出来なかったら、街に着いてもお前は宿無し飯無しだ」
 咄嗟に、少年はがばりと始祖鳥に向き直った。街の中で、大荷物抱えて野宿ほど情けないものは無い。雨にでも降られたらさぞかし惨めだろう。そして食事抜きも、十三歳と云う育ち盛りの少年には拷問以上にきつ過ぎる。拷問を受けた経験なぞ無いが。
 少年は覚悟を決め――というより殆どヤケになって――、地にしっかりと足をつけ、始祖鳥を待ち受ける。そしてひとつの化石を、大切に取り出した。
 少年がかつて、祖母から託された一品だ。
『ワシもこれだけは使えなんでのう』
 魔力は充分込められているはずなのに、祖母も召還出来なかった化石。それを高々と掲げて、少年は声を張り上げた。
「フォシルマスターの呼びかけに応えて、今こそここにその姿を現せ!」
 そして呼ぶ。化石の元になっている、生物の名前を。
「アロマノカリス!!」
 途端に、まばゆいばかりの白い光があたりを包んだ。女がたじろぎ、始祖鳥たちが戸惑い、少年の師匠さえも予想外だとばかりに琥珀の瞳を見開く。そんな中、光は段々とおさまり、現れたのは……。
「ふあ〜あ!」
 今しがた目覚めて、大あくびと思いっきりの伸びをしたのは。
 褐色の肌に。
 硬質な尻尾と翼を持つ。
 肩口までの銀髪に。
 ややつり上がった海色の瞳が小憎いアクセントになっている。
 人型の、美少女だった。
「……ったく」
 少女は青の瞳を周囲に巡らせると、犬歯の目立つ歯を、ぎりっと食いしばる。
「折角気持ちよく寝てたのに、叩き起こしたの、誰!?」
 そうして、気を取り直してこちらへ向かってくる始祖鳥三羽に気づくと、
「あんたらあ、人の寝起きにいい度胸してるじゃなあい!」
 ばさり、と翼を羽ばたかせて飛翔。文字通り鳥類の祖である相手を上回る速度で華麗に宙を舞い、赤、青、黄色の順に、一撃のもとに叩き落として、化石に還した。
 パメラが、信じられないとばかりにふるふる身体を震わせていたが、器用に崖を降りて来て、始祖鳥の化石を回収すると、青年と、少女と、最後に少年を、順繰りに睨みつけて、
「おっ、覚えておいで!」
 負けた悪役にお約束な台詞を吐いて、スタコラと退散してしまった。
「っもう!」
 化石から召還された少女は、相当ご機嫌うるわしゅうないらしい。ぷりぷりと……というよりは、イライラと周囲を睨み回す。
「アタイを叩き起こした馬鹿野郎はどこのどいつだい? ワンパンくれてやらないと、気が済まな……」
 その青い瞳が、少年の黒い瞳と視線を絡め合った。ああ、ワンパンを食らう。少年は青ざめたが、ところがどっこい。少女はぽうっと頬を赤く染め、溜息と共に、こう洩らしたのだ。
「……かっわゆい……」
 それが一目惚れと云う現象である事を、少年が認識するより先に、少女ががばりと少年に抱きついて来た。
「こぉんなかわゆいマスターなら、アタイ、尽くしちゃう!」
 実年齢よりやや幼くて背の低い少年よりも身長が高い彼女は、少年の頭を抱え込み、ぐりぐり撫で回す。
「アタイ、マティカ。マティカって気軽に呼んでいいわよお!」
「し、師匠〜!」
 女の子にこんな事をされた経験の無い少年は、あわあわと浮き足立ち、師匠に助けを求める。
 が。
「ああそうか、アノマロカリスは奇妙奇天烈動物プロブレマティカだから、それでマティカか」
 などと、師匠は呑気に分析しているではないか。
「お前が召還したんだから、お前が面倒見ろ。俺は知らん」
「そ、そんなあ! 第一アノマロカリスは人型じゃないでしょう!」
「召還はフォシルマスターの想像力の影響を受けるからな。お前の頭の中にはこういう萌え萌え妄想が繰り広げられてた訳か。ヘタレ弟子改め、ムッツリスケベ弟子だな。行くぞムッツリスケベ弟子」
「ち、違います〜!」
 弟子の否定を無視して、師匠はスタスタと歩き出す。
「あん、恥ずかしがらないで、ダーリン」
「ダーリン違ーう!」
 ぱたぱたと嬉しそうに尻尾を振り翼を動かす、アノマロカリスの少女にぴったりひっつかれて、ユデダコのように真っ赤になりながらも、少年は声をあげる。
「つかお前さっき、『アノマロカリス』を『アロマノカリス』って言っただろ。カミカミだな、ヘボムッツリ弟子」
「ムッツリ違います〜!!」
 ちがいます〜……います〜……ます〜……。
 少年の叫びがあたりにこだました。

 世界は今日も、わりかし平和なのかも知れない。