『8月15日』

 僕の爺ちゃんは熱心な野球少年で、甲子園に行くのが夢だったそうだ。
 結局その願いは叶わずじまいだったのだが、情熱は一向に衰えることが無く、
「息子が生まれたら、絶対甲子園に送り出すぞ!」
と、事ある毎に言っては、婆ちゃんを苦笑させていたらしい。

 だけど戦争が始まって、爺ちゃんは、婆ちゃんの腹にいる待望の息子の顔も見ずに出兵した。

 そして、1945年8月15日の朝。
 玉音放送を知らないままに、沖縄の空へ零戦で飛んで行ったと云う。


 その爺ちゃんが期待をかけた息子―僕の親父だが―も高校時代、地区大会であっけなく負け、世代を越えた夢はいよいよ、僕に託される事となった。
 爺ちゃんと親父の思いを受け継いで…なんて、照れ臭いことを言う気はないが、県大会優勝を決めた瞬間、僕の頭の片隅に、そんなフレーズが浮かんだのは、否定できない。


 やって来た夢舞台の、初戦は雨で延び延びて、8月15日。
 奇しくも命日にあたったこの試合を、勝利で飾って爺ちゃんに贈ろう。 僕は、そう決意してマウンドに上がった。

 試合はシーソーゲーム。 1点リードで迎えた9回裏。
 ツーアウト、走者満塁。 打者4番。 カウント、トゥースリー。
 大丈夫、これで抑えれば、勝てる。
 力んだボールは手を滑り、甘いストレートになった。

 いつまでも耳に残るような快音。
 白球は僕の頭上大きく弧を描いて、スタンドへ飛んで行った。


 僕の夏は終わった。 爺ちゃんや親父が夢見た夏も終わった。

 折しも時間は正午丁度。
 甲子園に響き渡るサイレンは、試合終了を告げるものか、戦死者を弔うものか。
 僕には、よくわからなかった。