『青春色ルーズリーフ』 上

それは、高校最後の夏休みも、半ば過ぎ。
予備校の夏期講習で、突如アタシを襲った大事件。

授業中に、ルーズリーフが足りなくなった。

速記のごとき勢いで、必死に講義を聞き、書き取っている最中。教室を出て買いに行くなんて、絶対無理。
かと言って、周りに貸してくれなんて言うのは、もってのほか。
時代は受験戦争真っただ中、周りを取り囲むのは、みんな敵。そう思っているような子達に救援物資を頼んだところで、分けてくれるはずも無い。
授業はドンドン進んでく。
困り果てたその時、隣の席から、ふっと青いルーズリーフが舞い降りて来た。

1、2、3、4……全部で5枚。

ビックリして横を見る。
天からの救い主は何と、この予備校でも有名なガリ勉野郎。
顔はそこそこ良いけれど、いつもむっつり黙ってて、休み時間にも参考書がお話し相手、誰とも会話した事が無いって、噂の男。
奴は前を向いたままだし、アタシもさっさと追い付かなくてはいけないので、わざわざ今呼ばなくても良いだろうと、必死に書き取りに戻る。
が、授業が終わって礼を言おうと、顔を上げた時、隣にはもう、誰も居なかった。


次の週。
5枚、きっちり耳を揃えて返しに行ったら、
「要らない。あげたんだから」
初めて喋った言葉がそれ。表情同様、愛想無し。
「用はそれだけ? 俺、予習で忙しいんだけど」
そしてそれっきり、参考書に没頭。
なんて奴!
奴が使っているのと同じ、青いルーズリーフを、わざわざ買って来たというのに。これだからガリ勉だけのお坊っちゃんは!

ぷりぷり腹を立てながら授業に臨んだのだが、しばらくすると、隣で奴の様子がおかしい。
横目でチラリと見遣ったら、何と今度は奴が、ルーズリーフを切らせて困っているじゃないか。
アタシは腹を抱えて笑い転げたいのをこらえながら、青色ルーズリーフを5枚、差し入れてやった。


さらに次の週。
気づいたら、また隣の席に奴は居た。
「何でアタシの隣に座るの? ストーカー?」
「俺はこの席が好きなの。君こそストーカー?」
冗談じゃない。ここからだと黒板がよく見える、前からアタシのお気に入りなのだ。そう言ってやったら、
「俺だってそうなの」
相変わらず、にこりともせずに言い返す。
やっぱり嫌な奴だ。

その日の数式は、どうしてもわからなかった。
取りあえず、先生の言葉を書き取ってはみるものの、書いてる自分でもちんぷんかんぷん。
すると横から、青いルーズリーフが1枚、ひらりとやって来た。
見て、目を疑う。そこには、数式の説明がびっちりと。
横目でチラリと覗いてみれば、奴はそ知らぬ顔して、書き取りを続けてる。
自分の分を取りながら、アタシがわかってないのに気づいて、これを書いたというのか。
なんて厭味な奴!
―――でも、2Bの芯を使った乱暴な字は、本人同様愛想が無くて、ちょっと読みづらかったけど、書いてある内容は、物凄くわかりやすかった。

「ありがと。」

奴に返す為に買った青いルーズリーフを、1枚取り出し、一行書いて、すっと横に送る。

「どういたしまして。」

やはり濃くてぶっとい字が、返って来た。