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#語彙トレ2026 『この大地の上で』05/21~05/31まとめです。
前→676
次→680
前日の内容すら覚えてないから、矛盾が生じているところが多々ありますね!!
長編に直す時に全部辻褄合わせます!!
05/21-夕凪
雨が、小降りになって。あかい、太陽が、雲間から顔を見せる。
「やんだな」
夕凪みたいに静まり返った空を、時雨が見上げる。
「アルマ……あのガキも迎えにいってやらないといけないか。あまり気は進まないけど、引き受けたもんは最後までやるのが、ジャオウの忍だ」
「そういうとこ、真面目、なんだよねえ、時雨」
「あんたがけしかけたんだぞ」
「まあ、まあ、ごめんって」
笑い合いながら。空から、前に視線を向けて。
手が、自然に、離れて。
わたしたちは、歩き出す。
雨が過ぎれば、手を離す。わたしたちは、そういう仲。
時雨も、使命が終われば、さよなら、なんだ。
05/22-可憐
武術大会受付で、エクセルは、律儀に待っててくれた。アルマも、いっしょ。独りにできなかった、んだろうなあ。そういうお人好しなとこ、時雨に、似てる。
そう、思ったとこで、ふと、時雨と、エクセルを、見比べる。
似て、ない?
所作とか、性格だけじゃなくて、顔とか。
「おんや、こんな可憐な姉ちゃんが、こんなむさいところにご用事かい?」
思考を、断ち切るように。明らかに酔った声と、くさい息が吹きかかる。
「金が欲しいなら、このホロウに賭けな! 分け前はたっぷりやるよ! 俺様の言うことを聞くならな!」
うわ、このひとが『転生のホロウ』なんだ。
さいあく。
05/23-不穏
「おい、おっさん」
ホロウと、わたしの、間に。時雨が、割って入る。
「ひとの連れに言い寄るの、やめてくれないか」
「あーん? なんだ、ガキが」
ホロウが、太い眉、跳ね上げて。時雨と、睨み合う。あ、なんか、不穏な雰囲気。
「まあまあ、落ち着けよ。ふたりとも」
一触即発のところに、エクセルが、にこにこ笑いながら、声をかける。
「それこそ、武術大会で決着つけりゃ、いい話だろ」
ホロウが、なんか、青い顔した。
「お前ら、その顔、覚えとくぞ」
舌打ちしながら、立ち去る。
時雨が、苦い顔して、エクセルを、もとい、その手に隠し持った、針を見た。
05/24-虚ろ
「あんた、抜け目が無いというか、物騒だな」
時雨が、呆れて、エクセルに向けて、肩をすくめてみせる。
「『転生の』とか言いながら『虚ろ(ホロウ)』なんて、黒歴史みたいな名前のやつに、ろくなのはいないだろうからな」
エクセルは、にっと、笑い返して、マントの下に針をしまう。あのマント、すんごい数の、針、入ってるんだよねえ。エクセルの武器、針だから。
『剣は持てない』って、言ってたっけ。
そのエクセルが、不意に、時雨の肩を抱いて、なんか、耳打ちする。
『お節介かおめえは!?』
時雨が、顔を真っ赤にして、ジャオウ語で叫ぶ。
なに、してんの。あのふたり?
05/25-葛藤
「じゃあな、ソフィア。また試合の時に」
時雨から離れたエクセルが、ひらひら、手を振って、立ち去る。
時雨は、といえば、なんか、葛藤してるみたいに、あたま抱えてる。
……と思ったら。
『言われるまでもねえんだよ』
開き直って、顔、上げた。
「とりあえず、しばらくサーリアに滞在するなら、宿を取らないとな。夜が更けて部屋が埋まる前に行こう」
「あ、じゃあ、うち来いよ!」
それまで、おとなしくしてた、アルマが、挙手する。
「何もないけど」
「言葉のまんまだろ」
その頭を、時雨が、こつんと小突いた。
「ガキが大人に気を遣うな」
05/26-夏木立
「本当に、こっちが家なのか?」
「そうだよ!」
夏木立の中に消えてゆくようにしか見えない、家なんて無さそうな景色に、微かな不安を覚える。それでも、アルマは、怖いものなんて何も無いとばかりに、胸を張るのだ。
「じゃあな、時雨兄ちゃん、ソフィア姉ちゃん! 明日、会場で!」
元気に手を振り、アルマは走り去る。そこに一瞬、黒い影が重なったような気がして、目をこする。
アルマの背中は遠ざかってゆくばかりだった。
おかしい。俺に魔法の才能なんて無いのに、何を見たんだ?
「アルマに、ごはん、持たせてあげれば、よかったかなあ」
ソフィアには、見えなかったのか?
05/27-閉門
サーリア閉門の時間が過ぎた。これから先は、人の出入りの無い、閉じた都市内での享楽の時間だ。
だが、誰かの人生がかかっている試合の前に、酒なんか浴びてる場合じゃない。そもそも、酒は最悪の思い出を呼び起こす。
『元老院』に叩き起こされていった時には、もう棺桶の中だった、恭司様。姿を消した細が下手人だと吹き込まれて、冷静な判断ができなくなっていた俺は、真に受けた。
細がそんなことをする理由なんて、ひとっつも無かったのに。俺は幼稚だった。
寝台に腰かけたまま、両手で顔を覆うと、客室の扉を叩く音がした。
「ソフィア?」
一応訊ねるが、足音が違うな、これ。
05/28-揺藍
「兄ちゃん、おれだよ」
アルマの声がした。
「なあ、開けてよ。妹が泣き止まなくてさ。こっちで寝かせてよ」
揺藍の中の赤子が泣き声を立てる様子が脳裏に浮かぶ。眉間を押さえて、ゆっくりと立ち上がり、扉の鍵を開けて。
扉が開いた瞬間、青竜刀『星辰』を振り抜いた。
暗がりで、誰のものかわからない首が飛びながら、「はっはは!」と、野太い男の声で笑った。
「『転生』に騙されなかったのは、おまえが初めてだぜ、小僧!」
「アルマをどうした」
廊下の暗さに目が慣れてくる。細い少女はいなくて、巨体が、離れた頭を再びくっつける。
ああ、嫌な予感が当たりそうだ。
05/29-耽美
『やっぱり、そういうことかよ』
思わずジャオウ語で毒づく。
『転生のホロウ』の姿はひとつではない。そして、その姿を手に入れる方法とは。
「聡い子は寿命が縮むよお?」
アルマの姿がぐにゃりと歪み、耽美的な女の姿を取って、しなを作る。
「坊やも『もらっちゃおう』かなあ? けっこう良い男だし。強そうだし」
「ここでやり合うんじゃねえよ」
隣の部屋にはソフィアがいる。ホロウの射程範囲にいれば、巻き込む。
「あのお嬢さんの心配をしてるのかい?」
ホロウが、くつくつ笑う。
ああ、俺の嫌な予感はことごとく当たるんだ。
顔をしかめた時、隣の部屋の扉が開いた。
05/30-遮断
最悪の事態を想定して、身を固くする俺の耳に、ソフィアじゃない声が飛び込んできた。
「ったく。ひとを便利屋みたいに使うんじゃねえよ」
「でも、時雨を助けるのに、頼りになるの、ほかに思いつかなかったから」
「それでこいつの嫉妬買ってたら、いい迷惑なんだよ」
隻眼の男が、ホロウに針を向けている。その背後に、見慣れた水色の髪が揺れている。
は?
あいつに、頼った?
俺を助けるために?
信頼が遮断された気分だ。
「俺、そんなに信用ならないか?」
「ちがう! そんなこと、ない! 本当に心配だっただけ!」
ソフィアはすんごい勢いで、両手と首を横に振った。
05/31-鏡像
俺でもソフィアの部屋には入らないのに。エクセル、あの男、どこから登場するんだよ!?
とはいえ、今はふたりを責めてる場合じゃあない。これ以上被害者が出ないように、『「転生」のホロウ』をここで仕留めないといけない。
「いい兄さんが増えたねえ」
妖艶な女の姿でしなを作り、ホロウが笑う。あの酒臭いオヤジの姿は、仮だったのか、それともこの姿がお気に入りなのか。
「おや。よく見りゃ兄さん達、顔がそっくりじゃあないか。鏡像みたいだねえ」
ぎょっとして、エクセルの方を向く。相手はこっちを見ず、即座にホロウに向けて短剣並みの針を投げた。
「まんまと乗るな、馬鹿が!」畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
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前日の内容すら覚えてないから、矛盾が生じているところが多々ありますね!!
長編に直す時に全部辻褄合わせます!!
05/21-夕凪
雨が、小降りになって。あかい、太陽が、雲間から顔を見せる。
「やんだな」
夕凪みたいに静まり返った空を、時雨が見上げる。
「アルマ……あのガキも迎えにいってやらないといけないか。あまり気は進まないけど、引き受けたもんは最後までやるのが、ジャオウの忍だ」
「そういうとこ、真面目、なんだよねえ、時雨」
「あんたがけしかけたんだぞ」
「まあ、まあ、ごめんって」
笑い合いながら。空から、前に視線を向けて。
手が、自然に、離れて。
わたしたちは、歩き出す。
雨が過ぎれば、手を離す。わたしたちは、そういう仲。
時雨も、使命が終われば、さよなら、なんだ。
05/22-可憐
武術大会受付で、エクセルは、律儀に待っててくれた。アルマも、いっしょ。独りにできなかった、んだろうなあ。そういうお人好しなとこ、時雨に、似てる。
そう、思ったとこで、ふと、時雨と、エクセルを、見比べる。
似て、ない?
所作とか、性格だけじゃなくて、顔とか。
「おんや、こんな可憐な姉ちゃんが、こんなむさいところにご用事かい?」
思考を、断ち切るように。明らかに酔った声と、くさい息が吹きかかる。
「金が欲しいなら、このホロウに賭けな! 分け前はたっぷりやるよ! 俺様の言うことを聞くならな!」
うわ、このひとが『転生のホロウ』なんだ。
さいあく。
05/23-不穏
「おい、おっさん」
ホロウと、わたしの、間に。時雨が、割って入る。
「ひとの連れに言い寄るの、やめてくれないか」
「あーん? なんだ、ガキが」
ホロウが、太い眉、跳ね上げて。時雨と、睨み合う。あ、なんか、不穏な雰囲気。
「まあまあ、落ち着けよ。ふたりとも」
一触即発のところに、エクセルが、にこにこ笑いながら、声をかける。
「それこそ、武術大会で決着つけりゃ、いい話だろ」
ホロウが、なんか、青い顔した。
「お前ら、その顔、覚えとくぞ」
舌打ちしながら、立ち去る。
時雨が、苦い顔して、エクセルを、もとい、その手に隠し持った、針を見た。
05/24-虚ろ
「あんた、抜け目が無いというか、物騒だな」
時雨が、呆れて、エクセルに向けて、肩をすくめてみせる。
「『転生の』とか言いながら『虚ろ(ホロウ)』なんて、黒歴史みたいな名前のやつに、ろくなのはいないだろうからな」
エクセルは、にっと、笑い返して、マントの下に針をしまう。あのマント、すんごい数の、針、入ってるんだよねえ。エクセルの武器、針だから。
『剣は持てない』って、言ってたっけ。
そのエクセルが、不意に、時雨の肩を抱いて、なんか、耳打ちする。
『お節介かおめえは!?』
時雨が、顔を真っ赤にして、ジャオウ語で叫ぶ。
なに、してんの。あのふたり?
05/25-葛藤
「じゃあな、ソフィア。また試合の時に」
時雨から離れたエクセルが、ひらひら、手を振って、立ち去る。
時雨は、といえば、なんか、葛藤してるみたいに、あたま抱えてる。
……と思ったら。
『言われるまでもねえんだよ』
開き直って、顔、上げた。
「とりあえず、しばらくサーリアに滞在するなら、宿を取らないとな。夜が更けて部屋が埋まる前に行こう」
「あ、じゃあ、うち来いよ!」
それまで、おとなしくしてた、アルマが、挙手する。
「何もないけど」
「言葉のまんまだろ」
その頭を、時雨が、こつんと小突いた。
「ガキが大人に気を遣うな」
05/26-夏木立
「本当に、こっちが家なのか?」
「そうだよ!」
夏木立の中に消えてゆくようにしか見えない、家なんて無さそうな景色に、微かな不安を覚える。それでも、アルマは、怖いものなんて何も無いとばかりに、胸を張るのだ。
「じゃあな、時雨兄ちゃん、ソフィア姉ちゃん! 明日、会場で!」
元気に手を振り、アルマは走り去る。そこに一瞬、黒い影が重なったような気がして、目をこする。
アルマの背中は遠ざかってゆくばかりだった。
おかしい。俺に魔法の才能なんて無いのに、何を見たんだ?
「アルマに、ごはん、持たせてあげれば、よかったかなあ」
ソフィアには、見えなかったのか?
05/27-閉門
サーリア閉門の時間が過ぎた。これから先は、人の出入りの無い、閉じた都市内での享楽の時間だ。
だが、誰かの人生がかかっている試合の前に、酒なんか浴びてる場合じゃない。そもそも、酒は最悪の思い出を呼び起こす。
『元老院』に叩き起こされていった時には、もう棺桶の中だった、恭司様。姿を消した細が下手人だと吹き込まれて、冷静な判断ができなくなっていた俺は、真に受けた。
細がそんなことをする理由なんて、ひとっつも無かったのに。俺は幼稚だった。
寝台に腰かけたまま、両手で顔を覆うと、客室の扉を叩く音がした。
「ソフィア?」
一応訊ねるが、足音が違うな、これ。
05/28-揺藍
「兄ちゃん、おれだよ」
アルマの声がした。
「なあ、開けてよ。妹が泣き止まなくてさ。こっちで寝かせてよ」
揺藍の中の赤子が泣き声を立てる様子が脳裏に浮かぶ。眉間を押さえて、ゆっくりと立ち上がり、扉の鍵を開けて。
扉が開いた瞬間、青竜刀『星辰』を振り抜いた。
暗がりで、誰のものかわからない首が飛びながら、「はっはは!」と、野太い男の声で笑った。
「『転生』に騙されなかったのは、おまえが初めてだぜ、小僧!」
「アルマをどうした」
廊下の暗さに目が慣れてくる。細い少女はいなくて、巨体が、離れた頭を再びくっつける。
ああ、嫌な予感が当たりそうだ。
05/29-耽美
『やっぱり、そういうことかよ』
思わずジャオウ語で毒づく。
『転生のホロウ』の姿はひとつではない。そして、その姿を手に入れる方法とは。
「聡い子は寿命が縮むよお?」
アルマの姿がぐにゃりと歪み、耽美的な女の姿を取って、しなを作る。
「坊やも『もらっちゃおう』かなあ? けっこう良い男だし。強そうだし」
「ここでやり合うんじゃねえよ」
隣の部屋にはソフィアがいる。ホロウの射程範囲にいれば、巻き込む。
「あのお嬢さんの心配をしてるのかい?」
ホロウが、くつくつ笑う。
ああ、俺の嫌な予感はことごとく当たるんだ。
顔をしかめた時、隣の部屋の扉が開いた。
05/30-遮断
最悪の事態を想定して、身を固くする俺の耳に、ソフィアじゃない声が飛び込んできた。
「ったく。ひとを便利屋みたいに使うんじゃねえよ」
「でも、時雨を助けるのに、頼りになるの、ほかに思いつかなかったから」
「それでこいつの嫉妬買ってたら、いい迷惑なんだよ」
隻眼の男が、ホロウに針を向けている。その背後に、見慣れた水色の髪が揺れている。
は?
あいつに、頼った?
俺を助けるために?
信頼が遮断された気分だ。
「俺、そんなに信用ならないか?」
「ちがう! そんなこと、ない! 本当に心配だっただけ!」
ソフィアはすんごい勢いで、両手と首を横に振った。
05/31-鏡像
俺でもソフィアの部屋には入らないのに。エクセル、あの男、どこから登場するんだよ!?
とはいえ、今はふたりを責めてる場合じゃあない。これ以上被害者が出ないように、『「転生」のホロウ』をここで仕留めないといけない。
「いい兄さんが増えたねえ」
妖艶な女の姿でしなを作り、ホロウが笑う。あの酒臭いオヤジの姿は、仮だったのか、それともこの姿がお気に入りなのか。
「おや。よく見りゃ兄さん達、顔がそっくりじゃあないか。鏡像みたいだねえ」
ぎょっとして、エクセルの方を向く。相手はこっちを見ず、即座にホロウに向けて短剣並みの針を投げた。
「まんまと乗るな、馬鹿が!」畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
2026年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#語彙トレ2026 『この大地の上で』05/11~05/20まとめました。もう5月が終わろうとしているのに! 行動が遅い!
段々記憶力が悪くなって、手を繋いだり離したりまた繋いだりしてます。酷い時はお題を入れ忘れて書き直しました。
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次→678
05/11-賢哲
ソフィアが背後を振り返る。びっくりした様子で目をまん丸くして、相手の名を呼ぶ。
「エクセル……」
黒装束に身を包んだ男だった。顔の右半分を長い前髪で隠している。いかにも傭兵然としていて、賢哲からはほど遠そうだ。人のことは言えないが。
「なんで、ここに」
「そりゃこっちの台詞だ」
唖然としたままのソフィアに、エクセルは肩をすくめてみせる。
「自治都市連合を説得するっていうから、連れ出してやったのに。なんでこんなむさいところにいるんだよ」
隻眼が、こちらを向く。
「しかも、ジャオウの人間なんか連れて」
なんか。
なんか?
思わずカチンときた。
#語彙トレ2026 05/12-宿痾
ジャオウはノルンの中でも特に独特な文化を持ち、他国との交流を最低限に抑えて、孤立気味だ。それがジャオウの外からは、「変わり者の国」と侮蔑を受け、外に出たジャオウ人が差別を受ける宿痾になっている。
おおかた、この傭兵も、そういう偏見を持って俺を見ているんだろう。じとりと睨むと。
「そう警戒するなよ、小型犬じゃあるまいに」
男は両手を掲げて肩をすくめてみせた。小型犬とは、また馬鹿にしてくれたものだ。
「待って、時雨。エクセルは、敵じゃ、ない」
俺の腕に、ソフィアがすがりつく。
「エクセルは、わたしが、国を出るのを、手伝ってくれたの」
#語彙トレ2026 05/13-恍惚
「ほええ~」
アルマも感心して、エクセルと呼ばれた男を見上げている。
「兄ちゃんも、歴戦の戦士ってかんじだな~。時雨より強いんじゃない?」
恍惚とすらした様子で口にした言葉に、さっきから感じていた苛立ちが、限界突破した。
『なら、そいつに頼めばええじゃろ!』
ジャオウ語で叫ぶ。
「時雨?」
ソフィアが不思議そうな顔で俺を見てくる。何で俺がキレたのか、わかっていません、という態度が怒りを煽る。
『腕前あればええんじゃろ!? もう俺に頼るな!』
そして一人踵を返す。
「時雨!? 時雨ーっ!?」
振り返りたくなかった。多分、酷い顔をしてるから。
#語彙トレ2026 05/14-撞着
ずかずかと、通りを大股で歩いて、はっと正気に返る。
俺、めちゃくちゃ格好悪くないか?
ソフィアは俺のものじゃない。大事な使命を背負った、自律したひとりの人間だ。ましてや身代わりとはいえ、お姫様だ。俺の知らない過去や事情のひとつやふたつ、背負っていて不思議じゃあない。
細を失った俺に、消えてしまいそうだから、と一緒に来てくれた。そんな彼女を守ろうと思った。
それが、俺の知らないところで出会った男ひとりに嫉妬して、ああそうだ、立派な嫉妬だ、それで見捨てようとするなんて。
『おめえ、そりゃ自家撞着だぞ!』
恭司様がいたら、そう言って大笑いしただろう。
#語彙トレ2026 05/15-昇華
ああ、情けねえ。情けねえな、俺。
恭司様と細が見てたら、腹抱えて爆笑するだろう。
『嫉妬は力に昇華しな』
ひとしきり笑った後で、細ならそう言うだろう。
『……わかってら、ねえさん』
ジャオウ語でひとりごちる。
いきなり置いていって、ソフィアもびっくりしてるだろう。戻って、謝らないと。
踵を返す。人の波を縫って歩く。すると、向こうから、目に馴染んだ水色の髪が近づいてきた。
「……ひとりでうろちょろするな」
「……時雨が、置いてった、せいですう」
ぷくりと頬を膨らませる。その様子がおかしくて、もやもやしていた気持ちが、吹っ飛んでしまった。
#語彙トレ2026 05/16-釈義
少し前。
「ソフィア、お前さ」
時雨が、怒って立ち去った、後。
エクセルが、なんかすごく、すごく、苦いものを食べたような顔で、わたしとアルマを、見下ろした。
「お前を好いてる男の前で、他の男の肩持つな」
「は?」
誰が、わたしを?
……なんて、すっとぼけられるほど、わたしも馬鹿じゃ、ない。
ああ、わたし、時雨に、嫉妬、させたんだ。
「なに。姉ちゃん、あの兄ちゃんとできてんの?」
「まだ! 断じて!!」
アルマが、からかうように、見上げてきたから、思わず大きい声が出た。
エクセルって、ほんと、鋭いんだよねえ。釈義みたいに、わたしを諭してくる。
#語彙トレ2026 05/17-鬱積
わかる。わかるよ。
『姫様は世間のことをおわかりにならなくて、よろしいのです』
わたしの周り、みんなみんな、そう言って、恭しく、頭下げてた。けど。
下手なこと吹き込むと、あのひとに、首、飛ばされるから。見下して、無知の小鳥のまま、囲って。そうしていればいい、って。思ってたに、違いない。
わたしだって、そこまで、馬鹿じゃない。怒りが鬱積して。
だから、国を飛び出した。
そして、ほんとにわたし、無知で無力だなって、思い知った。
時雨がいなかったら、生きてない。
「時雨、追いかける」
言ったら、エクセルは、ぽんぽん、頭を撫でてきた。
#語彙トレ2026 05/18-驟雨
結局、人混みの中で、時雨に会えたけど。
なに、言おうか。
時雨も、ばつが悪そうに、頭かいて、黙ってる。
どっちか、から。なにか、言わなくちゃ。ふよふよ、思考をさまよわせていると。ぽつ、とつむじに、水滴が当たって。
ざあっ、て。
にわか雨が降りだした。
『驟雨かよ!』
時雨が、ジャオウ語で舌打ちして、急に、わたしの手を、握る。
「とりあえず、雨宿りするぞ!」
「う、うん!」
慌てて家路を急ぐ、ひとたちの合間を縫って。あっという間に、道にできる、水たまりを、蹴って。
わたしたちは、ふたりで、駆ける。
なんか、どきどき、した。
#語彙トレ2026 05/19-湿潤
適当な、家の軒先を、傘代わりに。
「しばらくやみそうにないな」
夏先の湿潤もあって、しっとり濡れた、髪をかきあげながら、時雨が言う。
わたしの心臓は、ばくばく言う。
いえ、あの。手。
繋いだまま、なんだな。
気づいて、ない?
「時雨、あの」
「なんだ?」
これは、ほんとに、無意識、なの? 見上げても、不思議そうに、見下ろしてくる。
先をどう続けよう、か。迷っていたら。時雨は、今気づいたみたいに、ゆっくり、視線を下ろして。
『わ、悪ィ!』
咄嗟に、ジャオウ語が飛び出しながら、手を離した。
「う、ううん」
あー、わたし、絶対、顔、赤い。
#語彙トレ2026 05/20-眩暈
「あ、あの、ね。時雨」
繋いだ手を、きゅっ、と握りしめて。どきどき心臓が騒ぐのを、自覚する。
「エクセルは、ほんとあの、お兄さんみたいな、もので。なんとも、思ってない、から」
なに、言い訳してるんだろ。あ、なんか、ふわふわ、眩暈してきた。ひっくり返りそう。
「いや、俺もいきなり怒って、済まなかった」
「でも、わたし」
「いや俺が」
堂々巡りに、なりそうになって、思わず、顔を見合わせる。
わたしたち、ふたりとも、ぽかん、としてる。
思わず、ふたり同時に、吹き出す。
「喧嘩両成敗ってことで」
「うん」
雨は、意外と早く、やみそうだった。畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
段々記憶力が悪くなって、手を繋いだり離したりまた繋いだりしてます。酷い時はお題を入れ忘れて書き直しました。
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05/11-賢哲
ソフィアが背後を振り返る。びっくりした様子で目をまん丸くして、相手の名を呼ぶ。
「エクセル……」
黒装束に身を包んだ男だった。顔の右半分を長い前髪で隠している。いかにも傭兵然としていて、賢哲からはほど遠そうだ。人のことは言えないが。
「なんで、ここに」
「そりゃこっちの台詞だ」
唖然としたままのソフィアに、エクセルは肩をすくめてみせる。
「自治都市連合を説得するっていうから、連れ出してやったのに。なんでこんなむさいところにいるんだよ」
隻眼が、こちらを向く。
「しかも、ジャオウの人間なんか連れて」
なんか。
なんか?
思わずカチンときた。
#語彙トレ2026 05/12-宿痾
ジャオウはノルンの中でも特に独特な文化を持ち、他国との交流を最低限に抑えて、孤立気味だ。それがジャオウの外からは、「変わり者の国」と侮蔑を受け、外に出たジャオウ人が差別を受ける宿痾になっている。
おおかた、この傭兵も、そういう偏見を持って俺を見ているんだろう。じとりと睨むと。
「そう警戒するなよ、小型犬じゃあるまいに」
男は両手を掲げて肩をすくめてみせた。小型犬とは、また馬鹿にしてくれたものだ。
「待って、時雨。エクセルは、敵じゃ、ない」
俺の腕に、ソフィアがすがりつく。
「エクセルは、わたしが、国を出るのを、手伝ってくれたの」
#語彙トレ2026 05/13-恍惚
「ほええ~」
アルマも感心して、エクセルと呼ばれた男を見上げている。
「兄ちゃんも、歴戦の戦士ってかんじだな~。時雨より強いんじゃない?」
恍惚とすらした様子で口にした言葉に、さっきから感じていた苛立ちが、限界突破した。
『なら、そいつに頼めばええじゃろ!』
ジャオウ語で叫ぶ。
「時雨?」
ソフィアが不思議そうな顔で俺を見てくる。何で俺がキレたのか、わかっていません、という態度が怒りを煽る。
『腕前あればええんじゃろ!? もう俺に頼るな!』
そして一人踵を返す。
「時雨!? 時雨ーっ!?」
振り返りたくなかった。多分、酷い顔をしてるから。
#語彙トレ2026 05/14-撞着
ずかずかと、通りを大股で歩いて、はっと正気に返る。
俺、めちゃくちゃ格好悪くないか?
ソフィアは俺のものじゃない。大事な使命を背負った、自律したひとりの人間だ。ましてや身代わりとはいえ、お姫様だ。俺の知らない過去や事情のひとつやふたつ、背負っていて不思議じゃあない。
細を失った俺に、消えてしまいそうだから、と一緒に来てくれた。そんな彼女を守ろうと思った。
それが、俺の知らないところで出会った男ひとりに嫉妬して、ああそうだ、立派な嫉妬だ、それで見捨てようとするなんて。
『おめえ、そりゃ自家撞着だぞ!』
恭司様がいたら、そう言って大笑いしただろう。
#語彙トレ2026 05/15-昇華
ああ、情けねえ。情けねえな、俺。
恭司様と細が見てたら、腹抱えて爆笑するだろう。
『嫉妬は力に昇華しな』
ひとしきり笑った後で、細ならそう言うだろう。
『……わかってら、ねえさん』
ジャオウ語でひとりごちる。
いきなり置いていって、ソフィアもびっくりしてるだろう。戻って、謝らないと。
踵を返す。人の波を縫って歩く。すると、向こうから、目に馴染んだ水色の髪が近づいてきた。
「……ひとりでうろちょろするな」
「……時雨が、置いてった、せいですう」
ぷくりと頬を膨らませる。その様子がおかしくて、もやもやしていた気持ちが、吹っ飛んでしまった。
#語彙トレ2026 05/16-釈義
少し前。
「ソフィア、お前さ」
時雨が、怒って立ち去った、後。
エクセルが、なんかすごく、すごく、苦いものを食べたような顔で、わたしとアルマを、見下ろした。
「お前を好いてる男の前で、他の男の肩持つな」
「は?」
誰が、わたしを?
……なんて、すっとぼけられるほど、わたしも馬鹿じゃ、ない。
ああ、わたし、時雨に、嫉妬、させたんだ。
「なに。姉ちゃん、あの兄ちゃんとできてんの?」
「まだ! 断じて!!」
アルマが、からかうように、見上げてきたから、思わず大きい声が出た。
エクセルって、ほんと、鋭いんだよねえ。釈義みたいに、わたしを諭してくる。
#語彙トレ2026 05/17-鬱積
わかる。わかるよ。
『姫様は世間のことをおわかりにならなくて、よろしいのです』
わたしの周り、みんなみんな、そう言って、恭しく、頭下げてた。けど。
下手なこと吹き込むと、あのひとに、首、飛ばされるから。見下して、無知の小鳥のまま、囲って。そうしていればいい、って。思ってたに、違いない。
わたしだって、そこまで、馬鹿じゃない。怒りが鬱積して。
だから、国を飛び出した。
そして、ほんとにわたし、無知で無力だなって、思い知った。
時雨がいなかったら、生きてない。
「時雨、追いかける」
言ったら、エクセルは、ぽんぽん、頭を撫でてきた。
#語彙トレ2026 05/18-驟雨
結局、人混みの中で、時雨に会えたけど。
なに、言おうか。
時雨も、ばつが悪そうに、頭かいて、黙ってる。
どっちか、から。なにか、言わなくちゃ。ふよふよ、思考をさまよわせていると。ぽつ、とつむじに、水滴が当たって。
ざあっ、て。
にわか雨が降りだした。
『驟雨かよ!』
時雨が、ジャオウ語で舌打ちして、急に、わたしの手を、握る。
「とりあえず、雨宿りするぞ!」
「う、うん!」
慌てて家路を急ぐ、ひとたちの合間を縫って。あっという間に、道にできる、水たまりを、蹴って。
わたしたちは、ふたりで、駆ける。
なんか、どきどき、した。
#語彙トレ2026 05/19-湿潤
適当な、家の軒先を、傘代わりに。
「しばらくやみそうにないな」
夏先の湿潤もあって、しっとり濡れた、髪をかきあげながら、時雨が言う。
わたしの心臓は、ばくばく言う。
いえ、あの。手。
繋いだまま、なんだな。
気づいて、ない?
「時雨、あの」
「なんだ?」
これは、ほんとに、無意識、なの? 見上げても、不思議そうに、見下ろしてくる。
先をどう続けよう、か。迷っていたら。時雨は、今気づいたみたいに、ゆっくり、視線を下ろして。
『わ、悪ィ!』
咄嗟に、ジャオウ語が飛び出しながら、手を離した。
「う、ううん」
あー、わたし、絶対、顔、赤い。
#語彙トレ2026 05/20-眩暈
「あ、あの、ね。時雨」
繋いだ手を、きゅっ、と握りしめて。どきどき心臓が騒ぐのを、自覚する。
「エクセルは、ほんとあの、お兄さんみたいな、もので。なんとも、思ってない、から」
なに、言い訳してるんだろ。あ、なんか、ふわふわ、眩暈してきた。ひっくり返りそう。
「いや、俺もいきなり怒って、済まなかった」
「でも、わたし」
「いや俺が」
堂々巡りに、なりそうになって、思わず、顔を見合わせる。
わたしたち、ふたりとも、ぽかん、としてる。
思わず、ふたり同時に、吹き出す。
「喧嘩両成敗ってことで」
「うん」
雨は、意外と早く、やみそうだった。畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
#語彙トレ2026 『この大地の上で』05/01~05/10分をまとめるのを忘れていました!
アルファズル4大陸で唯一、一度も最後まで書いていない状態になった、東の大陸ノルンの物語です。
基本的には、源時雨(みなもと しぐれ)という青年と、ソフィア・ジェリングという少女のふたりの視点で交互に進みます。
次→676
05/01-青嵐
『「風青し」という表現がある。初夏の薫風を表す、「青嵐」とも呼ばれるものだ。
だが、東の大陸ノルンを駆けた英雄は、そんな優しい風ではないだろう。
時雨の名を持ちながら、激しい雷雨のように戦った「星の忍」。
茫洋としながらも、心に燃え上がる炎を飼っていた、碧色の舞姫。
碧嵐とも称すべきふたりの歩んだ道の記録は散逸して、集めるのに非常に苦労した。初期の出会い以降の物語は、大陸各地を巡ってようやく集ったのだ。
これから語ろう。この大地の上で駆け抜けた、雨と風の軌跡を』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記』東の大陸編)
05/02-沈黙
沈黙は時に饒舌より雄弁にものを語る。
『星の忍』の武器の一『流星』の苦無と、最早何も語らない遺髪を握り締める。
俺の養父であり、主君であった、ジャオウ国太守長男の恭司様を暗殺したと思った女を追って、国を出た。
だがそれは、親恭司派の俺達が潰し合うことを望んだ、『元老院』の仕組んだ筋書きだった。
細(ささめ)。
『元老院』に乗せられた愚かな俺の姉を最期まで貫いて、俺をかばって逝った、ねえさん。
どうか、恭司様と共に、天上から見守っていてくれ。
俺が、あのくそじじいどもを、光も音も無い、沈黙の地獄の底へ叩き落とす様を。
05/03-閃光
閃光のように、青竜刀『星辰』が、煌めいて。
あっという間に、野盗たちは、地面に倒れ伏していた。
厳しい表情をしてる、横顔が、こちらを向くにつれて、険を治めてく。
「大丈夫か」
「う、うん。ありがと、時雨」
わたしたちは、ダナスタン自治都市連合、東の都市サーリアを、目指してる。でも、楽な道中じゃあ、ない。ラグナール皇国の、兵士くずれが、跋扈してる。
一応その国のお姫様、って立場としては、情けないことこの上無い、んだけど。
それだけ兵士たちも、あのひとを信じてない、ってこと。
早く、ジャオウに、行かないと。
あの国も、呑み込まれる、前に。
05/04-拘束
それは、ふたりの旅路からは少し離れた場所で。
「はい、おつかれさん」
黒衣の男は、短剣のような針を手元でくるくる回して、マントの下に納めた。年の頃は二十代半ばほどか。顔の右半分を長い前髪で隠して、残った隻眼は、拘束された野盗たちを見据えている。
「天下のラグナール兵が、堕ちたもんだな」
焦茶色の瞳を鋭く細めて、ならず者たちを見下す言葉を吐く男に、町長がおずおずと革袋を差し出す。
「あ、ありがとうございました。これはわずかばかりながら」
「あー、じゃあ、これだけ」
男は革袋の口元の金貨数枚を握り締める。
「金なんて、天上に持っていけないからな」
05/05-憐憫
自治都市連合東のサーリアに着いた。ここを過ぎればナザル山を越えて、ジャオウ国が見えてくる。
「はぐれるなよ」「う、うん」
街の人出がすごくて、ソフィアの手を引きながら人波の間を縫っていると、前から来た子供にぶつかられた。
だが、相手が悪い。俺は『星の忍』だ。そこらの呑気な通行人じゃあない。空いていた手で子供の襟首を引っ掴む。
「は、離せよ!」
「じゃあ、お前の手にしてる物を返してもらおうか」
敢えて財布を掴ませて、言い逃れができないようにしたのだ。
だが。
「時雨」
ソフィアが、憐憫を宿した瞳を向けてきた。
「離して、あげて」
05/06-閉塞
「話、聞いてあげよう、ね?」
ソフィアが小首を傾げる。そのお願いのされ方をすると、俺が却下できないとわかっていてだ。逃げ道を閉塞されている。
「おい、小僧」
襟首から手を離した瞬間に財布を取り戻して、子どもを睨み下ろす。
「こんなわかりやすいスリの仕方があるか。これが貴族だったら、吊るされてるぞ」
「それでも!」
子どもは目一杯に涙をためて、声を張り上げる。
「父ちゃんも母ちゃんもいないから、おれがやるしかないんだ! 妹と弟たちのために!」
そして、悔しそうに拳を握り締めた。
「おれに武術大会に出る力があれば、こんなことしなかったのに」
05/07-変異
「武術大会?」
眉をひそめると、子どもは両手を振って、必死に説明を始めた。
「サーリアでは、半年に一回、腕に覚えのあるやつらが集まって、戦うんだ。優勝者にはすげえ賞金が出る」
成程。納得がいった。
子どもの目が、『お前が代わりに出てくれ』と訴えている。
「兄ちゃん、あの速さ、普通じゃねえよ。腕っぷしもとんでもないんだろ」
「人を変異体みたいに言うな」
スリを働いた上に、ジャオウへの帰国の足を引っ張るような、無関係のガキに付き合ってる暇は無い。
言いたい。そう言ってやりたいんだが。
「時雨」
ソフィアが裾を掴む。そうだよな。ああ、そうだよなあ。
05/08-転生
「この子の、代わりに、ね。武術大会、出てあげて?」
ソフィアが碧眼で訴えかけてくる。反対側では子どもが期待に満ちた目で俺を見上げている。
……ガキふたりにすがられているみたいだ。
おれは深々と溜息を吐き出す。
「旅の邪魔になるって思ったら、途中でも投げ出すからな」
それでもふたりには十分だったようだ。花が咲くように表情が明るくなる。なんでソフィアまでなるんだよ。
「あ、でも、気をつけて」
子どもが眉根を寄せる。
「すげえ強い奴がいるんだ。『転生のホロウ』って、致命傷を負っても何度も復活するんだって」
……そういうのは先に言え。
05/09-饒舌
スリの子どももとい、
「おれにはアルマってれっきとした名前があるんだい!」
と言い張ったアルマを伴って、武術大会受付まで来た。その道中、アルマはやたら饒舌だった。それはもうめちゃくちゃ喋った。
酒飲みの父親が酔っ払って橋から落ちて死んだこと。子どもたちを養おうとした母親も、過労で帰らぬ人になったこと。弟がふたり、妹がひとりいる、長女であること。普通には働かせてもらえないから、スリをしていたこと。訊いてもいないのに、自分から喋った。あと、小汚い格好をしてるから、小僧だと思ってたので、めちゃくちゃ驚いた。
「時雨。失礼」
ソフィアにはじとりと睨まれた。
05/10-遡行
出場者も観客もぎゅうぎゅうに行き交う中を、鮭の遡行のように受付へ向かう。
「兄さんが出るのか?」
受付の、本人が歴戦の戦士のような傷痕だらけの禿頭の男が、ペンで机の上の名簿を叩く。名前を書けってことか。
ジャオウ語で『源時雨』と書いたら、「読めねえよ」と嫌味を言われたので、むっとしながらノルン共用語で書き直した。よく耐えた、俺。
「わたしも、出ようかな」
「ソフィア姉ちゃんも戦えるの!?」
「やめろ。マジでやめてくれ。俺の胃がもたない」
呑気なソフィアに、アルマが食いついている。すると。
「……ソフィア?」
背後から男の声が、ソフィアを呼んだ。畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
アルファズル4大陸で唯一、一度も最後まで書いていない状態になった、東の大陸ノルンの物語です。
基本的には、源時雨(みなもと しぐれ)という青年と、ソフィア・ジェリングという少女のふたりの視点で交互に進みます。
次→676
05/01-青嵐
『「風青し」という表現がある。初夏の薫風を表す、「青嵐」とも呼ばれるものだ。
だが、東の大陸ノルンを駆けた英雄は、そんな優しい風ではないだろう。
時雨の名を持ちながら、激しい雷雨のように戦った「星の忍」。
茫洋としながらも、心に燃え上がる炎を飼っていた、碧色の舞姫。
碧嵐とも称すべきふたりの歩んだ道の記録は散逸して、集めるのに非常に苦労した。初期の出会い以降の物語は、大陸各地を巡ってようやく集ったのだ。
これから語ろう。この大地の上で駆け抜けた、雨と風の軌跡を』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記』東の大陸編)
05/02-沈黙
沈黙は時に饒舌より雄弁にものを語る。
『星の忍』の武器の一『流星』の苦無と、最早何も語らない遺髪を握り締める。
俺の養父であり、主君であった、ジャオウ国太守長男の恭司様を暗殺したと思った女を追って、国を出た。
だがそれは、親恭司派の俺達が潰し合うことを望んだ、『元老院』の仕組んだ筋書きだった。
細(ささめ)。
『元老院』に乗せられた愚かな俺の姉を最期まで貫いて、俺をかばって逝った、ねえさん。
どうか、恭司様と共に、天上から見守っていてくれ。
俺が、あのくそじじいどもを、光も音も無い、沈黙の地獄の底へ叩き落とす様を。
05/03-閃光
閃光のように、青竜刀『星辰』が、煌めいて。
あっという間に、野盗たちは、地面に倒れ伏していた。
厳しい表情をしてる、横顔が、こちらを向くにつれて、険を治めてく。
「大丈夫か」
「う、うん。ありがと、時雨」
わたしたちは、ダナスタン自治都市連合、東の都市サーリアを、目指してる。でも、楽な道中じゃあ、ない。ラグナール皇国の、兵士くずれが、跋扈してる。
一応その国のお姫様、って立場としては、情けないことこの上無い、んだけど。
それだけ兵士たちも、あのひとを信じてない、ってこと。
早く、ジャオウに、行かないと。
あの国も、呑み込まれる、前に。
05/04-拘束
それは、ふたりの旅路からは少し離れた場所で。
「はい、おつかれさん」
黒衣の男は、短剣のような針を手元でくるくる回して、マントの下に納めた。年の頃は二十代半ばほどか。顔の右半分を長い前髪で隠して、残った隻眼は、拘束された野盗たちを見据えている。
「天下のラグナール兵が、堕ちたもんだな」
焦茶色の瞳を鋭く細めて、ならず者たちを見下す言葉を吐く男に、町長がおずおずと革袋を差し出す。
「あ、ありがとうございました。これはわずかばかりながら」
「あー、じゃあ、これだけ」
男は革袋の口元の金貨数枚を握り締める。
「金なんて、天上に持っていけないからな」
05/05-憐憫
自治都市連合東のサーリアに着いた。ここを過ぎればナザル山を越えて、ジャオウ国が見えてくる。
「はぐれるなよ」「う、うん」
街の人出がすごくて、ソフィアの手を引きながら人波の間を縫っていると、前から来た子供にぶつかられた。
だが、相手が悪い。俺は『星の忍』だ。そこらの呑気な通行人じゃあない。空いていた手で子供の襟首を引っ掴む。
「は、離せよ!」
「じゃあ、お前の手にしてる物を返してもらおうか」
敢えて財布を掴ませて、言い逃れができないようにしたのだ。
だが。
「時雨」
ソフィアが、憐憫を宿した瞳を向けてきた。
「離して、あげて」
05/06-閉塞
「話、聞いてあげよう、ね?」
ソフィアが小首を傾げる。そのお願いのされ方をすると、俺が却下できないとわかっていてだ。逃げ道を閉塞されている。
「おい、小僧」
襟首から手を離した瞬間に財布を取り戻して、子どもを睨み下ろす。
「こんなわかりやすいスリの仕方があるか。これが貴族だったら、吊るされてるぞ」
「それでも!」
子どもは目一杯に涙をためて、声を張り上げる。
「父ちゃんも母ちゃんもいないから、おれがやるしかないんだ! 妹と弟たちのために!」
そして、悔しそうに拳を握り締めた。
「おれに武術大会に出る力があれば、こんなことしなかったのに」
05/07-変異
「武術大会?」
眉をひそめると、子どもは両手を振って、必死に説明を始めた。
「サーリアでは、半年に一回、腕に覚えのあるやつらが集まって、戦うんだ。優勝者にはすげえ賞金が出る」
成程。納得がいった。
子どもの目が、『お前が代わりに出てくれ』と訴えている。
「兄ちゃん、あの速さ、普通じゃねえよ。腕っぷしもとんでもないんだろ」
「人を変異体みたいに言うな」
スリを働いた上に、ジャオウへの帰国の足を引っ張るような、無関係のガキに付き合ってる暇は無い。
言いたい。そう言ってやりたいんだが。
「時雨」
ソフィアが裾を掴む。そうだよな。ああ、そうだよなあ。
05/08-転生
「この子の、代わりに、ね。武術大会、出てあげて?」
ソフィアが碧眼で訴えかけてくる。反対側では子どもが期待に満ちた目で俺を見上げている。
……ガキふたりにすがられているみたいだ。
おれは深々と溜息を吐き出す。
「旅の邪魔になるって思ったら、途中でも投げ出すからな」
それでもふたりには十分だったようだ。花が咲くように表情が明るくなる。なんでソフィアまでなるんだよ。
「あ、でも、気をつけて」
子どもが眉根を寄せる。
「すげえ強い奴がいるんだ。『転生のホロウ』って、致命傷を負っても何度も復活するんだって」
……そういうのは先に言え。
05/09-饒舌
スリの子どももとい、
「おれにはアルマってれっきとした名前があるんだい!」
と言い張ったアルマを伴って、武術大会受付まで来た。その道中、アルマはやたら饒舌だった。それはもうめちゃくちゃ喋った。
酒飲みの父親が酔っ払って橋から落ちて死んだこと。子どもたちを養おうとした母親も、過労で帰らぬ人になったこと。弟がふたり、妹がひとりいる、長女であること。普通には働かせてもらえないから、スリをしていたこと。訊いてもいないのに、自分から喋った。あと、小汚い格好をしてるから、小僧だと思ってたので、めちゃくちゃ驚いた。
「時雨。失礼」
ソフィアにはじとりと睨まれた。
05/10-遡行
出場者も観客もぎゅうぎゅうに行き交う中を、鮭の遡行のように受付へ向かう。
「兄さんが出るのか?」
受付の、本人が歴戦の戦士のような傷痕だらけの禿頭の男が、ペンで机の上の名簿を叩く。名前を書けってことか。
ジャオウ語で『源時雨』と書いたら、「読めねえよ」と嫌味を言われたので、むっとしながらノルン共用語で書き直した。よく耐えた、俺。
「わたしも、出ようかな」
「ソフィア姉ちゃんも戦えるの!?」
「やめろ。マジでやめてくれ。俺の胃がもたない」
呑気なソフィアに、アルマが食いついている。すると。
「……ソフィア?」
背後から男の声が、ソフィアを呼んだ。畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
#語彙トレ2026 で書いた、雪春与太話です。
何でも許せるかただけどうぞ!
……というわけで、ゼファー幼児化漫画です。
ちびゼファーをだいぶ可愛く描けたと自負しております。
これは語彙トレのほうで書いたSSです。
ここから取捨選択して、漫画の通りになりました。
楽しかったです!
畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
何でも許せるかただけどうぞ!
……というわけで、ゼファー幼児化漫画です。
ちびゼファーをだいぶ可愛く描けたと自負しております。
これは語彙トレのほうで書いたSSです。
ここから取捨選択して、漫画の通りになりました。
楽しかったです!
畳む#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
2026年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
『雪が解けて春になる』、 #語彙トレ2026 で書いた、ゼファーとヒオウのSSの漫画化です。
文章と漫画で、表現の取捨選択をするの、楽しい!
本編の外側で絆を深める番外編をモリモリかくのも、楽しい!
闇ヒオウを描けたのが、個人的にめちゃくちゃ満足しております。この人はたぶん、怒ると静かにブチ切れるタイプ。
そしてヒオウの前では泣き虫なゼファーになっています。一番、弱みを見せられる相手として、信頼してる証拠です。畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
文章と漫画で、表現の取捨選択をするの、楽しい!
本編の外側で絆を深める番外編をモリモリかくのも、楽しい!
闇ヒオウを描けたのが、個人的にめちゃくちゃ満足しております。この人はたぶん、怒ると静かにブチ切れるタイプ。
そしてヒオウの前では泣き虫なゼファーになっています。一番、弱みを見せられる相手として、信頼してる証拠です。畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
#語彙トレ2026 『雪が解けて春になる』番外編 04/01~04/10分です。
灰君が一旦終息したので、北の大陸の番外編を始めました。
GWの文フリで刊行する下巻の範囲に足を突っ込んだ話が多いのは、上巻範囲縛りにすると、掘り下げる事が少ないからです!
次→650
04/01-鮮烈
『私はこの世界「アルファズル」で起きた、大きな戦乱と、その先にある始祖種と神の戦いを、生涯を懸けて、物語として記すことにした。
その為に、東西南北四つの大陸を旅し、現地のひとびとから伝説を語り聞いて、懸命に書き留めた。
北の大陸フィムブルヴェートで聞いた伝承も、始祖種ダイナソアの竜兵と人間の王子の愛の物語は、私の心に鮮烈な印象を焼きつけた。
しかし、それは本伝「雪が解けて春になる」に書くとして、この番外編では、本伝で語られることの無い小さな出来事を記してゆこう。』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記 異聞録』)
04/02-呪文
呪文のように繰り返された。
「そなたは英雄リヴァティの正統なる子孫。生まれながらにしての王の器なのですよ」
だから傲然とあった。なのに格下の連中は自分を恐れて離れていった。
「下々の顔色など疑わなくて良いのです。失礼な者は切り捨てなさい」
言われた通りにした。誰も自分をまっすぐに見なくなった。正面から見てくるのは、弟だけになった。
「あのような下賎な血を引く者と、そなたが、対等などとあり得ないのです」
心地の良い呪いの言葉にすがった。
結果、母は毒の入った茶を飲んでひっくり返った。
命じたのは自分だ。
ああ、やっと解き放たれる。
04/03-追憶
母の祖国へ、一度だけ行ったことがある。叔母を埋葬するためだ。彼女が悪意を受け続けた国に弔うのは嫌だと、母が言ったのだ。
薄ピンクの桜が舞う中、母方の祖父が立ち会った。叔母は庶子で皇女とは認められなかったが、祖父はきちんとこのひととその母親を愛していたのだと思い知った。
墓石の前で、はなをすすり上げながら泣く、幼い従弟の手を握り、この子は自分が守らないといけないと誓った。自分に優しかった叔母の分まで。
なのに。
兄の凶刃の前に、従弟は桜のように儚く散った。
追憶の中で、あの子は今も朗らかに笑っているのに、もう握る手はここに無い。
04/04-摩耗
「お前は本当に馬に乗るのが下手だな」
親友兼相方のマイケルに馬上から見下ろされて、ニーザは軽く舌打ちした。
「なんでお前はそんなしれっと乗りこなしているんだ」
主君のヒオウ王子さえ、やんちゃな馬に振り回され、手こずっている。ニーザに至っては、何回振り落とされたかわからない。心が摩耗して折れても仕方無いくらいだ。
なのに、このなんでもそつなくこなす幼馴染は、主君の先すら超えて、馬をどうどうとなだめている。
『マイケルは本当にすごいな』
お世辞でもなんでもなく、あるじは言うのだ。
『ニーザも。よく諦めない』
本当に、悪気が無いから、困ったひとだ。
04/05-逆説
「おはよう、コウ」
やたら野太い声が聞こえる。自分をその名で呼ぶ者は、ひとりしかいない。
振り返ると、筋骨隆々として、自分より背の高くなった、銀の髪に金の瞳の竜兵が、軽々と自分を抱き上げた。
「ゼファー!?」
驚いた自分の声が高い。
「はは、コウは可愛いね」
言われて自分の身をあらためる。髪が伸びて、男には無い凹凸がある。
悲鳴をあげたところで、寝台の上にがばりと起き上がって目が覚めた。
「願望が逆説的に叶った夢じゃないですか」
あまりにもあんまりだったので、軍師にこぼしたら、彼は腕組みして『そんな話を俺にするな』とばかりにうんざりしていた。
04/06-桎梏
『隷属国の娘の子が、王子面をして』
血筋を尊ぶ連中は、そう言って嗤った。
『あなた様こそが、この国の希望なのです』
民は兄のいない隙に、すがりついてきた。
どう足掻いても自由にならない、桎梏で雁字搦めにされた人生で終わるのだと思っていた。
それなのに。
「コウ!」
君が私のもうひとつの名前を呼ぶ度に、どれだけ嬉しくなったことか。その笑顔に、磨り減った精神をどれだけ救われたことか。
だから、君の力になろう。若くして大陸の命運を背負った君の槍に、盾になって、守り抜こう。
幼い頃、誰かを守ることの大切さを教えてくれた、君のために、この命を懸ける。
04/07-沈殿
母の言葉は呪いだった。
『神にもなれる血筋なのに、兄の役にすら立てないとは、そなたは失敗作であることよ』
『ああ、ああ、あの女の息子のようにうざったい。その顔をわたくしに見せるでない』
『おまえなぞ、産むのではなかった』
自分勝手な言葉は、わたしの心の泉に、毒を沈殿させていった。
王宮の奥に押し込められて、使用人にも無視されて、泣いてばかりの日々。
『ぴいぴい泣くな。うっとうしい』
そうぶっきらぼうに言いながら、白い薔薇を手折って差し出した兄の顔は、逆光でどういう表情をしているかわからなかった。
だけど、たしかに彼はわたしの太陽になった。
04/08-昏迷
この大陸は、ひとを『鬼』にする『霧』に覆われている。いつからそうなのかわからない。ただ、かつて外の大陸との交流はあり、『霧』によってそれが全て遮断されたのはたしかだ。
僕の叔母も、水を汲みに行って、うっかり『霧』に触れてしまった。叔父がどんなに呼びかけても、昏迷に陥ったように応じず、虚ろな顔は次第次第に白く変わっていった。
『娘にこんな母親を見せるくらいなら』
叔父は剣を持ち出し、反応しない叔母を斬った。白い血を噴き上げながら仰向けに倒れてゆく叔母は、ひとならざる顔で、ゆるりと優しく微笑んで。
『……ゴメンネ』
と涙一筋をこぼした。
04/09-逸脱
竜族は、過ぎたる力を持ってこの大陸を脅かす、摂理から逸脱した存在だと、ひとびとが騒いだ時代があった。
「まだ、竜族が始祖種の代わりに大陸の守護者として生まれたのだと、認識されてない頃だったからね」
湖畔で語る竜王の言葉に、幼い竜兵達は表情を曇らせる。
「だが」
美しい竜王がぱちんと指を鳴らすと、湖面が波立ち、獣の姿を取った。
「『竜王に害意がある者を決して通さない』この湖が、こうして不届き者を追い返し、当時の竜王を守ったのだよ」
「やはり竜王様はすごいんですね!」
興奮気味になる竜兵の長兄に、竜王はゆるりと笑み返してみせた。
04/10-郷愁
ノスタルジア、という地域がある。郷愁の名を冠したその地には、古くから吸血鬼が棲んでいた。
『鬼』とは異なる生態系を持ち、『鬼』とは違ってひとの姿に近く、理性も保っている。だが、ひとの血を好んですすり、不死者の眷属を増やすあたりは、フィムブルヴェートのどの種族とも違う。
彼らがどこから来たのか。『霧』に閉ざされた世界では最早わからない。たしかなのは、彼らがひとに害をなす脅威であることだけだ。
「……害獣と同じだな」
心臓を貫かれて朝日に溶けてゆく吸血鬼を、蒼い瞳で見下ろしながら、吸血鬼狩りの青年は、仕込み杖の刃についた血を振り払って、納刀した。畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
灰君が一旦終息したので、北の大陸の番外編を始めました。
GWの文フリで刊行する下巻の範囲に足を突っ込んだ話が多いのは、上巻範囲縛りにすると、掘り下げる事が少ないからです!
次→650
04/01-鮮烈
『私はこの世界「アルファズル」で起きた、大きな戦乱と、その先にある始祖種と神の戦いを、生涯を懸けて、物語として記すことにした。
その為に、東西南北四つの大陸を旅し、現地のひとびとから伝説を語り聞いて、懸命に書き留めた。
北の大陸フィムブルヴェートで聞いた伝承も、始祖種ダイナソアの竜兵と人間の王子の愛の物語は、私の心に鮮烈な印象を焼きつけた。
しかし、それは本伝「雪が解けて春になる」に書くとして、この番外編では、本伝で語られることの無い小さな出来事を記してゆこう。』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記 異聞録』)
04/02-呪文
呪文のように繰り返された。
「そなたは英雄リヴァティの正統なる子孫。生まれながらにしての王の器なのですよ」
だから傲然とあった。なのに格下の連中は自分を恐れて離れていった。
「下々の顔色など疑わなくて良いのです。失礼な者は切り捨てなさい」
言われた通りにした。誰も自分をまっすぐに見なくなった。正面から見てくるのは、弟だけになった。
「あのような下賎な血を引く者と、そなたが、対等などとあり得ないのです」
心地の良い呪いの言葉にすがった。
結果、母は毒の入った茶を飲んでひっくり返った。
命じたのは自分だ。
ああ、やっと解き放たれる。
04/03-追憶
母の祖国へ、一度だけ行ったことがある。叔母を埋葬するためだ。彼女が悪意を受け続けた国に弔うのは嫌だと、母が言ったのだ。
薄ピンクの桜が舞う中、母方の祖父が立ち会った。叔母は庶子で皇女とは認められなかったが、祖父はきちんとこのひととその母親を愛していたのだと思い知った。
墓石の前で、はなをすすり上げながら泣く、幼い従弟の手を握り、この子は自分が守らないといけないと誓った。自分に優しかった叔母の分まで。
なのに。
兄の凶刃の前に、従弟は桜のように儚く散った。
追憶の中で、あの子は今も朗らかに笑っているのに、もう握る手はここに無い。
04/04-摩耗
「お前は本当に馬に乗るのが下手だな」
親友兼相方のマイケルに馬上から見下ろされて、ニーザは軽く舌打ちした。
「なんでお前はそんなしれっと乗りこなしているんだ」
主君のヒオウ王子さえ、やんちゃな馬に振り回され、手こずっている。ニーザに至っては、何回振り落とされたかわからない。心が摩耗して折れても仕方無いくらいだ。
なのに、このなんでもそつなくこなす幼馴染は、主君の先すら超えて、馬をどうどうとなだめている。
『マイケルは本当にすごいな』
お世辞でもなんでもなく、あるじは言うのだ。
『ニーザも。よく諦めない』
本当に、悪気が無いから、困ったひとだ。
04/05-逆説
「おはよう、コウ」
やたら野太い声が聞こえる。自分をその名で呼ぶ者は、ひとりしかいない。
振り返ると、筋骨隆々として、自分より背の高くなった、銀の髪に金の瞳の竜兵が、軽々と自分を抱き上げた。
「ゼファー!?」
驚いた自分の声が高い。
「はは、コウは可愛いね」
言われて自分の身をあらためる。髪が伸びて、男には無い凹凸がある。
悲鳴をあげたところで、寝台の上にがばりと起き上がって目が覚めた。
「願望が逆説的に叶った夢じゃないですか」
あまりにもあんまりだったので、軍師にこぼしたら、彼は腕組みして『そんな話を俺にするな』とばかりにうんざりしていた。
04/06-桎梏
『隷属国の娘の子が、王子面をして』
血筋を尊ぶ連中は、そう言って嗤った。
『あなた様こそが、この国の希望なのです』
民は兄のいない隙に、すがりついてきた。
どう足掻いても自由にならない、桎梏で雁字搦めにされた人生で終わるのだと思っていた。
それなのに。
「コウ!」
君が私のもうひとつの名前を呼ぶ度に、どれだけ嬉しくなったことか。その笑顔に、磨り減った精神をどれだけ救われたことか。
だから、君の力になろう。若くして大陸の命運を背負った君の槍に、盾になって、守り抜こう。
幼い頃、誰かを守ることの大切さを教えてくれた、君のために、この命を懸ける。
04/07-沈殿
母の言葉は呪いだった。
『神にもなれる血筋なのに、兄の役にすら立てないとは、そなたは失敗作であることよ』
『ああ、ああ、あの女の息子のようにうざったい。その顔をわたくしに見せるでない』
『おまえなぞ、産むのではなかった』
自分勝手な言葉は、わたしの心の泉に、毒を沈殿させていった。
王宮の奥に押し込められて、使用人にも無視されて、泣いてばかりの日々。
『ぴいぴい泣くな。うっとうしい』
そうぶっきらぼうに言いながら、白い薔薇を手折って差し出した兄の顔は、逆光でどういう表情をしているかわからなかった。
だけど、たしかに彼はわたしの太陽になった。
04/08-昏迷
この大陸は、ひとを『鬼』にする『霧』に覆われている。いつからそうなのかわからない。ただ、かつて外の大陸との交流はあり、『霧』によってそれが全て遮断されたのはたしかだ。
僕の叔母も、水を汲みに行って、うっかり『霧』に触れてしまった。叔父がどんなに呼びかけても、昏迷に陥ったように応じず、虚ろな顔は次第次第に白く変わっていった。
『娘にこんな母親を見せるくらいなら』
叔父は剣を持ち出し、反応しない叔母を斬った。白い血を噴き上げながら仰向けに倒れてゆく叔母は、ひとならざる顔で、ゆるりと優しく微笑んで。
『……ゴメンネ』
と涙一筋をこぼした。
04/09-逸脱
竜族は、過ぎたる力を持ってこの大陸を脅かす、摂理から逸脱した存在だと、ひとびとが騒いだ時代があった。
「まだ、竜族が始祖種の代わりに大陸の守護者として生まれたのだと、認識されてない頃だったからね」
湖畔で語る竜王の言葉に、幼い竜兵達は表情を曇らせる。
「だが」
美しい竜王がぱちんと指を鳴らすと、湖面が波立ち、獣の姿を取った。
「『竜王に害意がある者を決して通さない』この湖が、こうして不届き者を追い返し、当時の竜王を守ったのだよ」
「やはり竜王様はすごいんですね!」
興奮気味になる竜兵の長兄に、竜王はゆるりと笑み返してみせた。
04/10-郷愁
ノスタルジア、という地域がある。郷愁の名を冠したその地には、古くから吸血鬼が棲んでいた。
『鬼』とは異なる生態系を持ち、『鬼』とは違ってひとの姿に近く、理性も保っている。だが、ひとの血を好んですすり、不死者の眷属を増やすあたりは、フィムブルヴェートのどの種族とも違う。
彼らがどこから来たのか。『霧』に閉ざされた世界では最早わからない。たしかなのは、彼らがひとに害をなす脅威であることだけだ。
「……害獣と同じだな」
心臓を貫かれて朝日に溶けてゆく吸血鬼を、蒼い瞳で見下ろしながら、吸血鬼狩りの青年は、仕込み杖の刃についた血を振り払って、納刀した。畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
2026年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#語彙トレ2026 『灰になるまで君を呼ぶ』03/21~03/31分をまとめました。
これにてアルファズル南の大陸マルディアスの物語は、語彙トレではおしまいです。
ちょっと切ない終わり方ですが、全ては狭義の『アルファズル戦記』である西の物語に集約されるため、灰君を長編にする時が来たら、きちんと一本の線を通そうと思います。
前回→632
03/21-彼岸
『やあ。彼岸の淵から語りかけさせてもらっているよ。
マルディアスは「終焉の獣」の破滅からは逃れた。だけど、この話には続きがあるんだ。
眠りと現のはざまで、私が泡沫のように垣間見ている彼らの景色を、君達にも見てほしい。
だから、もう少しだけ、死にぞこないの見る夢に、付き合ってくれるかな?
見てほしいんだ。
朝が来て、花が芽を出し、新しい世界に向かって努力する人々の姿を。
そして、歴史に名は残らないが、たしかに英雄だった、我が息子の行く末を』
03/22-掠奪
世紀末、というものがかつてあったらしい。マルディアスの『鋼鉄の獣』より凶暴な兵器が地を焼き尽くし、死の灰が降り注ぐ世界で、生き残ったひとびとは掠奪の暴力に怯えるしか無かった。そこに、必殺の拳を繰り出す救世主が現れたと。
「それ、旧時代の創作だろ」
ほかのメンバーのからかいに、LINKS隊員の青年は、顔にかけていた漫画本を持ち上げて、身を起こす。
「まあそうだけど」
そして、復興の重機の音が鳴る、ターミナル・ゼロの窓外へ視線を馳せる。
「現実の救世主殿は、拳じゃなくて、銃で終わらせたからなー」
03/23-隠蔽
「ブリームが隠蔽した悪行につきまして、証拠をまとめてきました」
「ありがとう」
執務机に向かうレイティスに、ジークハルトが書類の束を渡す。
アグレイシアに帰ってからの皇女は、まだ回復しきらない父皇王に代わって、戦後処理に慌ただしい。三国の中でアグレイシアだけが、アヌナークの被害を受けなかったのもあって、他国への援助にも追われる中、宰相の悪事の後片付けもしないといけない。
そんなに大変なのに、国に残っているだけだった護衛騎士は淡々と仕事を運んでくる。
「レティ、少し休みなよ」
侍従見習いになったマオは、ぷうと頬を膨らませる。皇女が苦笑した。
03/24-脈動
「おーい、誰か来てくれ!」
ビザーリム研究所跡の片付けをしていた作業員が、瓦礫の山の上から手を振った。ヘルメットをかぶった同僚達が集まると、彼は手にした計測器を指差す。
「妙な波形が見えるんだ」
まるで、その下で何かが脈動しているかのように、計測器は微弱な振動を感じ取る。
「『終焉の獣』を格納していた場所だからな。幽霊が出てもおかしくないくらいさ」
「気にすんな気にすんな!」
作業員に言い置いて、仲間達はそれぞれの作業に戻る。
「……マジで怨霊だったりな」
それきり彼もその場を立ち去る。
『私が……マルディアスを……』
怨嗟は誰も聞きもせず。
03/25-転変
世の中は有為転変する。マルディアスでも、三国の力関係は常に変化してきたし、ファルメア帝国が大陸の唯一絶対として君臨していたこともある。その前には、幾つもの小国が乱立して、果てしない争いを繰り返していた。
「今の世が、一番平和だよ」
瓦礫を背に、老人は子供達に語る。まだ街は復興の途中だが、作業をする若者達の表情は明るい。誰もが、長き闘争が終わったことを確信している。
「これからは、お前さん達が、マルディアスの平和を保ってゆくのだぞ」
それを見届けられるまでわしは生きられぬが、と、老人は手にした杖に寄りかかって笑った。
03/26-嗚咽
ふらふらと。溶け果てた建物の間を歩いてゆく男がひとり。顔には火傷の跡があり、右手は手首からぽっきりと折れたかのごとく無くなっている。薄汚れて擦りきれた服をぼろのように纏って、虚ろな目で歩いてゆく彼に、声をかける者はいない。
道に落ちていた岩に足をひっかけ、簡単にバランスを崩して倒れ込む。がん、と痛そうな音がして、こめかみのあたりからじんわりと血が地面に広がり始めた。
「父上……」
子供のようにぽろぽろ涙を流しながら嗚咽する彼を、助けるものはいない。
その襟元から、首にかけたドッグタグが覗いている。
No.1412 LINKS所属
が見える。
03/27-宿命
『あの姉弟が戦うのは、定められた宿命なのだよ』
おかしな笑いを洩らしながら、父はメスを握っていた。
『だから、お前がそこに関わるのも宿命なのだ。役に立たなければ、お前が生きている意味も無い』
泣きたくても泣けなかった。泣きたい、という感情さえ凍りついていった。
なのに、彼は自分を呼んで手を伸ばしてくれた。宿命とか運命などくそくらえとはかりに。ただ一人の大切な幼馴染として、灰になっても構わないとばかりに呼び続けてくれた。
隣で寝息を立てる、どこか幼い寝顔を見つめる自分の胸に、氷を溶かす温かい火が灯るのを感じる。
生きていて良かったと、やっと思えた。
03/28-黎明
三国が統一されて、新生皇国ができることになった。帝国では、ファルメアの悪行を継ぐようで、かといって三国のいずれかを名乗っては、その国が戦勝国のようになる。
三国の生き残った重臣達が頭を悩ませた末の、レイティスを皇王に据えた、『マルディアス統一皇国』の誕生であった。
『黎明期には、ぶつかり合いも、わだかまりもあるでしょう』
戴冠式で、豪奢な衣装に身を包んだ皇王は演説した。
『それでも、皆さん手を取り合って、マルディアスの未来を共に拓いてゆきましょう』
ラジオから流れてくる、凛と張った声に、あの子供返り皇女も立派になったな、と笑みをこぼした。
03/29-泡沫
泡沫の夢、という言葉があるのは、皇王のもとで学び始めて知った。
彼女にはもっと自由に生きて欲しいのに、三国の責任を一身に背負って、逃げることもできない。
「それが上に立つ者として生まれたあのお方の決めた道だ」
護衛騎士は相変わらず平然と言い放つ。
だから決めた。
侍従見習いなんてのうのうとしていないで、剣を取って彼女を守ると。
『あなたはこちら側へ来てはいけない』
かつて言った女性の顔を思い出す。
彼女とその幼馴染の青年を守ることにも繋がるのだ。自分が傷つくことくらい、全然構わない。
そうして、少年は夢から覚めて大人になる。
03/30-虚妄
「『終焉の獣』を倒したのは、この俺様だぜ!」
「嘘つくんじゃねえ! お前みたいな図体ばかりのやつに、あのデカブツを止められるはずがねえだろ! 俺こそが英雄だ!」
「君達、待ちたまえ。本物を前に、それは無いのではないかい?」
ヴァルファレス市街の燃え残った場末の酒場では、今日も虚妄に満ちた、嘘つきどもが囀ずっている。
「はいはいはいはーい。虚飾も妄言もそこまで」
そこに、LINKSのジャケットを羽織った数人の男達が入ってくる。
「俺達の英雄様を騙る奴らは、LINKS権限で逮捕しちゃおうかな~」
「す、すみません出来心でっす!」
今日も揉め事は絶えない。
03/31-凋落
庭に咲いていた花は、すっかり凋落した。
彼女が弱ってゆく日々を数えるように、ひらり、はらりと、少しずつ数を減らしたのだ。
だが、それと引き換えに、大切な思い出はひとつ、またひとつと、積み上がっていった。
「ありがとう」
今際の際に、彼女は凍っていた感情が溶けた、心からの笑みをひらめかせた。
「あなたのおかげで、幸せな人生だった」
愛する人は眠った。養父も永き停止をした。生きている仲間達は、大陸を立て直し、今も先頭に立っている。
ならば、始祖種ヴァーンとして、自分がやることは、ただひとつだ。
大事な人々が生きた、生きている世界を、守るために。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
これにてアルファズル南の大陸マルディアスの物語は、語彙トレではおしまいです。
ちょっと切ない終わり方ですが、全ては狭義の『アルファズル戦記』である西の物語に集約されるため、灰君を長編にする時が来たら、きちんと一本の線を通そうと思います。
前回→632
03/21-彼岸
『やあ。彼岸の淵から語りかけさせてもらっているよ。
マルディアスは「終焉の獣」の破滅からは逃れた。だけど、この話には続きがあるんだ。
眠りと現のはざまで、私が泡沫のように垣間見ている彼らの景色を、君達にも見てほしい。
だから、もう少しだけ、死にぞこないの見る夢に、付き合ってくれるかな?
見てほしいんだ。
朝が来て、花が芽を出し、新しい世界に向かって努力する人々の姿を。
そして、歴史に名は残らないが、たしかに英雄だった、我が息子の行く末を』
03/22-掠奪
世紀末、というものがかつてあったらしい。マルディアスの『鋼鉄の獣』より凶暴な兵器が地を焼き尽くし、死の灰が降り注ぐ世界で、生き残ったひとびとは掠奪の暴力に怯えるしか無かった。そこに、必殺の拳を繰り出す救世主が現れたと。
「それ、旧時代の創作だろ」
ほかのメンバーのからかいに、LINKS隊員の青年は、顔にかけていた漫画本を持ち上げて、身を起こす。
「まあそうだけど」
そして、復興の重機の音が鳴る、ターミナル・ゼロの窓外へ視線を馳せる。
「現実の救世主殿は、拳じゃなくて、銃で終わらせたからなー」
03/23-隠蔽
「ブリームが隠蔽した悪行につきまして、証拠をまとめてきました」
「ありがとう」
執務机に向かうレイティスに、ジークハルトが書類の束を渡す。
アグレイシアに帰ってからの皇女は、まだ回復しきらない父皇王に代わって、戦後処理に慌ただしい。三国の中でアグレイシアだけが、アヌナークの被害を受けなかったのもあって、他国への援助にも追われる中、宰相の悪事の後片付けもしないといけない。
そんなに大変なのに、国に残っているだけだった護衛騎士は淡々と仕事を運んでくる。
「レティ、少し休みなよ」
侍従見習いになったマオは、ぷうと頬を膨らませる。皇女が苦笑した。
03/24-脈動
「おーい、誰か来てくれ!」
ビザーリム研究所跡の片付けをしていた作業員が、瓦礫の山の上から手を振った。ヘルメットをかぶった同僚達が集まると、彼は手にした計測器を指差す。
「妙な波形が見えるんだ」
まるで、その下で何かが脈動しているかのように、計測器は微弱な振動を感じ取る。
「『終焉の獣』を格納していた場所だからな。幽霊が出てもおかしくないくらいさ」
「気にすんな気にすんな!」
作業員に言い置いて、仲間達はそれぞれの作業に戻る。
「……マジで怨霊だったりな」
それきり彼もその場を立ち去る。
『私が……マルディアスを……』
怨嗟は誰も聞きもせず。
03/25-転変
世の中は有為転変する。マルディアスでも、三国の力関係は常に変化してきたし、ファルメア帝国が大陸の唯一絶対として君臨していたこともある。その前には、幾つもの小国が乱立して、果てしない争いを繰り返していた。
「今の世が、一番平和だよ」
瓦礫を背に、老人は子供達に語る。まだ街は復興の途中だが、作業をする若者達の表情は明るい。誰もが、長き闘争が終わったことを確信している。
「これからは、お前さん達が、マルディアスの平和を保ってゆくのだぞ」
それを見届けられるまでわしは生きられぬが、と、老人は手にした杖に寄りかかって笑った。
03/26-嗚咽
ふらふらと。溶け果てた建物の間を歩いてゆく男がひとり。顔には火傷の跡があり、右手は手首からぽっきりと折れたかのごとく無くなっている。薄汚れて擦りきれた服をぼろのように纏って、虚ろな目で歩いてゆく彼に、声をかける者はいない。
道に落ちていた岩に足をひっかけ、簡単にバランスを崩して倒れ込む。がん、と痛そうな音がして、こめかみのあたりからじんわりと血が地面に広がり始めた。
「父上……」
子供のようにぽろぽろ涙を流しながら嗚咽する彼を、助けるものはいない。
その襟元から、首にかけたドッグタグが覗いている。
No.1412 LINKS所属
が見える。
03/27-宿命
『あの姉弟が戦うのは、定められた宿命なのだよ』
おかしな笑いを洩らしながら、父はメスを握っていた。
『だから、お前がそこに関わるのも宿命なのだ。役に立たなければ、お前が生きている意味も無い』
泣きたくても泣けなかった。泣きたい、という感情さえ凍りついていった。
なのに、彼は自分を呼んで手を伸ばしてくれた。宿命とか運命などくそくらえとはかりに。ただ一人の大切な幼馴染として、灰になっても構わないとばかりに呼び続けてくれた。
隣で寝息を立てる、どこか幼い寝顔を見つめる自分の胸に、氷を溶かす温かい火が灯るのを感じる。
生きていて良かったと、やっと思えた。
03/28-黎明
三国が統一されて、新生皇国ができることになった。帝国では、ファルメアの悪行を継ぐようで、かといって三国のいずれかを名乗っては、その国が戦勝国のようになる。
三国の生き残った重臣達が頭を悩ませた末の、レイティスを皇王に据えた、『マルディアス統一皇国』の誕生であった。
『黎明期には、ぶつかり合いも、わだかまりもあるでしょう』
戴冠式で、豪奢な衣装に身を包んだ皇王は演説した。
『それでも、皆さん手を取り合って、マルディアスの未来を共に拓いてゆきましょう』
ラジオから流れてくる、凛と張った声に、あの子供返り皇女も立派になったな、と笑みをこぼした。
03/29-泡沫
泡沫の夢、という言葉があるのは、皇王のもとで学び始めて知った。
彼女にはもっと自由に生きて欲しいのに、三国の責任を一身に背負って、逃げることもできない。
「それが上に立つ者として生まれたあのお方の決めた道だ」
護衛騎士は相変わらず平然と言い放つ。
だから決めた。
侍従見習いなんてのうのうとしていないで、剣を取って彼女を守ると。
『あなたはこちら側へ来てはいけない』
かつて言った女性の顔を思い出す。
彼女とその幼馴染の青年を守ることにも繋がるのだ。自分が傷つくことくらい、全然構わない。
そうして、少年は夢から覚めて大人になる。
03/30-虚妄
「『終焉の獣』を倒したのは、この俺様だぜ!」
「嘘つくんじゃねえ! お前みたいな図体ばかりのやつに、あのデカブツを止められるはずがねえだろ! 俺こそが英雄だ!」
「君達、待ちたまえ。本物を前に、それは無いのではないかい?」
ヴァルファレス市街の燃え残った場末の酒場では、今日も虚妄に満ちた、嘘つきどもが囀ずっている。
「はいはいはいはーい。虚飾も妄言もそこまで」
そこに、LINKSのジャケットを羽織った数人の男達が入ってくる。
「俺達の英雄様を騙る奴らは、LINKS権限で逮捕しちゃおうかな~」
「す、すみません出来心でっす!」
今日も揉め事は絶えない。
03/31-凋落
庭に咲いていた花は、すっかり凋落した。
彼女が弱ってゆく日々を数えるように、ひらり、はらりと、少しずつ数を減らしたのだ。
だが、それと引き換えに、大切な思い出はひとつ、またひとつと、積み上がっていった。
「ありがとう」
今際の際に、彼女は凍っていた感情が溶けた、心からの笑みをひらめかせた。
「あなたのおかげで、幸せな人生だった」
愛する人は眠った。養父も永き停止をした。生きている仲間達は、大陸を立て直し、今も先頭に立っている。
ならば、始祖種ヴァーンとして、自分がやることは、ただひとつだ。
大事な人々が生きた、生きている世界を、守るために。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
ブルスカでお題連載していた #語彙トレ2026 『灰になるまで君を呼ぶ』03/11~03/20分にて、本編完結いたしました!
FIND THE WAYが流れ出しそうなくらい半端な締め方ですが、この終わりはもう、先月、中盤を書いているあたりから想定していました。
長編に直す時が来たら、じっくり考えます。
前回→624
続き→640
03/11-残響
『わたくしは、アグレイシア第一皇女レイティス・ナディア・アグレイシアです。LINKSの皆様のお力を借りて、今、皆さんに語りかけています』
三国救難チャンネルを使ったレイティスの言葉は、煙を立てる都市に、煤まみれの顔の人々の耳に、残響を伴って広がる。
『この戦争は、三国の野心を抱く者達が皆さんを煽動し、泥沼化させました。ですが』
一瞬息継ぎをして、皇女は続ける。
『終わらせるのも人の力だと、わたくしは信じております。現に今、わたくしの大切な仲間が、「終焉の獣」に立ち向かっています』
マイクに向かう凛とした横顔に、マオは思わず見入っていた。
03/12-耽溺
『皆さん、どうか、目の前の事実に目を向けてください。野望に耽溺する者の、甘い言葉に踊らされず、目にしたものを信じてください。その為にも、まずは隣人を救い、手を取り合ってください』
皇女の言葉に、ただ迫り来る恐怖にとらわれていた人々が、顔を見合わせ、手を伸ばす。
「誰か、手を貸してくれ! 助けるぞ!」
足が瓦礫の下敷きになって動けない女性を、人が集まって救い出す。
彼らの見上げる先には、『鋼鉄の鳥』が翼を広げている。そこから『終焉の獣』アヌナークに乗り移るふたつの人影があるのを見届けた者は、ほとんどいなかった。
03/13-慈雨
干天の慈雨だ。ジークハルトは唇の端を持ち上げた。
「み、皆さん! 騙されないで! わたくしが!」
慌てて取り繕うが、所詮ブリームの愛人だった下級貴族の女に、本物の皇女を超える言葉は出せまい。
「黙れ、馬鹿者が!」
ぱん、と乾いた殴打の音が響く。
「役に立つかと目をかけてやれば、肝心なところでしくじりおって! 皇家を乗っ取る計画が台無しだ!」
ブリームは女を罵る。愚かの極みだ。
「まだ放送が入っていることをお忘れか?」
ジークハルトの揶揄に、宰相ははっと放送機器を振り返る。
「咎人の断末魔を、アグレイシアの民に」
鋼の刃が、振り上げられて。
03/14-変貌
迷宮のようなアヌナークの体内を、ディックスとティナは駆け抜ける。普通の廊下に見えた通路が、侵入者を関知して防衛機構が作動し、生き物のように胎動して、迎撃システムがずらりと並んだ、獣の腹の中のごとくに変貌する。
放たれた光線を転がってかわし、起き上がり様に銃弾を撃ち込む。一撃は鋭く防衛機構を穿つ。ティナが一睨みしただけで砲口は凍りついて沈黙する。
身体の奥で血が騒ぐ。この奥に、いる。
血を分け合ったきょうだいが。アヌナークの核が。
「ディックス!」
思考を逸らした瞬間、ティナが珍しく感情的に叫ぶ。目の前に飛び出した彼女の脇腹を、光線が貫いた。
03/15-興趣
「ティナ!」
血を吐いて倒れ込む幼馴染の身体を支える。長年の反射で、傷口を凍りつかせて血を止めたようだが、傷の深さは誤魔化せまい。
『興趣があるだろう?』
奥の扉から女の声が聞こえる。
『愛する女の命が尽きる前に、「私」を撃たねば、世界が終わるぞ』
ティナを横抱きにしたまま、扉へ向かう。扉はディックスを待っていたかのように自動で両開きになる。
そこにあったのは、脈打つ巨大な心臓、アヌナークの核。そしてそれに下半身が埋まり込むように同化している、赤い髪の女性。
「……ミランダ姉さん」
名を呼べば、核は、あかい唇をつり上げてにたりと笑った。
03/16-凛冽
炎が鞭のようにしなって襲いかかってくる。ティナを抱いたままではまともに戦うことができない。
「……ディックス」
逡巡していると、幼馴染が必死に声を絞り出した。
「このまま、核のそばへ。私が、一撃叩き込んで、あなたが撃つ、隙を作る」
彼女にこれ以上の無茶はさせたくない。命にも関わるだろう。だが、それ以上の最善の策も無い。ひとつうなずくと、床を蹴った。
ミランダは最早自我が無いのか、高く笑いながら炎を振り回す。かわせるものはかわし、かわしきれないものは甘んじて食らって、アヌナークの核に肉薄する。
ティナが手を伸ばす。凛冽な一撃が、核を凍らせた。
03/17-穿つ
「ありがとう、ティナ」
幼馴染に静かに礼を述べ、彼女を片腕に抱いたまま、銃を取り出し、アヌナークの核に向ける。
「……ディッ……クス」
ぽろぽろと氷の破片を零しながら、アヌナークの核が、いや、ミランダが、弟の名を呼んだ。
「マルディアスの未来を、あなたの手で」
ミランダが微笑む。幼い頃自分に向けてくれた、あの無邪気な笑顔で。
手が震える。銃口がぶれる。
だが、やり遂げなくてはならない。レイティスが望み、LINKSが守ろうとし、自分が開く、未来のために。
「……姉さん」
小さく呟く。
「さよなら」
銃声が響き、そして、核の額を穿った。
03/18-堆積
アヌナークの攻撃で溶け落ちた建物の残骸が、土砂のように堆積している。そんな中でも、人々は手を取り合い、助け合い、必死に生き延びようとしている。
完全に動きを停止して彫像になった『終焉の獣』から、ディックスは足を踏み出した。
『よくやった、ディックス』
ギルガメッシュの通信が入る。
『私の心残りもようやく片付いた。エンリルの中で永い眠りにつくよ。「鋼鉄の鳥」が再び必要となる日まで』
「……ああ」
ぼんやりと返事をして、付け加える。
「おやすみ、父さん」
それきり通信が切れる。
腕の中の、完全に生命活動を凍らせた幼馴染に視線を移した。
03/19-虚飾
「ティナ、終わったよ」
固く瞳が閉じられた幼馴染に呼びかける。そうすれば目を開いて、自分をその目に映し出してくれるのではないかと期待して。
だが、現実は残酷だ。
三国上層部の虚飾に満ちた野望の果てに、大陸は大きく破壊され、国家は機能をなさず、愛する人は。
「ティナ」
名前を呼ぶ。何度も。ぽたぽたと涙が零れ落ちる。たとえ自分が燃え尽きて灰になってもかまわない。ヴァーンの炎が、彼女に命の灯火を与えてくれるなら。
『大丈夫、ディックス』
姉の声が聞こえた気がした。かと思うと、冷たかった頬に赤みがさす。
長い睫毛が震えて、黒い瞳がその下から現れた。
03/20-陽炎
奇跡は起きた。
アグレイシア皇女が終戦を宣言する放送は、三国救難チャンネルで流れ続ける。
今はまだ、陽炎のように儚い希望でも、いつか必ず大地は息を吹き返し、花を咲かせるだろう。人々は生きることを諦めず、国を越えて手を握り合うだろう。
東の空が白んでくる。マルディアスの大地に新しい朝がやってくる。
灰になるまで呼び続けた声は、愛しい人を呼び戻した。この先彼女がどれだけ生きるかなどわからない。それでも、彼女が、生きていて良かったと最期に笑えるように、寄り添っていよう。
『皆さん、おはようございます』
レイティスの声が、明るく響き渡った。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
FIND THE WAYが流れ出しそうなくらい半端な締め方ですが、この終わりはもう、先月、中盤を書いているあたりから想定していました。
長編に直す時が来たら、じっくり考えます。
前回→624
続き→640
03/11-残響
『わたくしは、アグレイシア第一皇女レイティス・ナディア・アグレイシアです。LINKSの皆様のお力を借りて、今、皆さんに語りかけています』
三国救難チャンネルを使ったレイティスの言葉は、煙を立てる都市に、煤まみれの顔の人々の耳に、残響を伴って広がる。
『この戦争は、三国の野心を抱く者達が皆さんを煽動し、泥沼化させました。ですが』
一瞬息継ぎをして、皇女は続ける。
『終わらせるのも人の力だと、わたくしは信じております。現に今、わたくしの大切な仲間が、「終焉の獣」に立ち向かっています』
マイクに向かう凛とした横顔に、マオは思わず見入っていた。
03/12-耽溺
『皆さん、どうか、目の前の事実に目を向けてください。野望に耽溺する者の、甘い言葉に踊らされず、目にしたものを信じてください。その為にも、まずは隣人を救い、手を取り合ってください』
皇女の言葉に、ただ迫り来る恐怖にとらわれていた人々が、顔を見合わせ、手を伸ばす。
「誰か、手を貸してくれ! 助けるぞ!」
足が瓦礫の下敷きになって動けない女性を、人が集まって救い出す。
彼らの見上げる先には、『鋼鉄の鳥』が翼を広げている。そこから『終焉の獣』アヌナークに乗り移るふたつの人影があるのを見届けた者は、ほとんどいなかった。
03/13-慈雨
干天の慈雨だ。ジークハルトは唇の端を持ち上げた。
「み、皆さん! 騙されないで! わたくしが!」
慌てて取り繕うが、所詮ブリームの愛人だった下級貴族の女に、本物の皇女を超える言葉は出せまい。
「黙れ、馬鹿者が!」
ぱん、と乾いた殴打の音が響く。
「役に立つかと目をかけてやれば、肝心なところでしくじりおって! 皇家を乗っ取る計画が台無しだ!」
ブリームは女を罵る。愚かの極みだ。
「まだ放送が入っていることをお忘れか?」
ジークハルトの揶揄に、宰相ははっと放送機器を振り返る。
「咎人の断末魔を、アグレイシアの民に」
鋼の刃が、振り上げられて。
03/14-変貌
迷宮のようなアヌナークの体内を、ディックスとティナは駆け抜ける。普通の廊下に見えた通路が、侵入者を関知して防衛機構が作動し、生き物のように胎動して、迎撃システムがずらりと並んだ、獣の腹の中のごとくに変貌する。
放たれた光線を転がってかわし、起き上がり様に銃弾を撃ち込む。一撃は鋭く防衛機構を穿つ。ティナが一睨みしただけで砲口は凍りついて沈黙する。
身体の奥で血が騒ぐ。この奥に、いる。
血を分け合ったきょうだいが。アヌナークの核が。
「ディックス!」
思考を逸らした瞬間、ティナが珍しく感情的に叫ぶ。目の前に飛び出した彼女の脇腹を、光線が貫いた。
03/15-興趣
「ティナ!」
血を吐いて倒れ込む幼馴染の身体を支える。長年の反射で、傷口を凍りつかせて血を止めたようだが、傷の深さは誤魔化せまい。
『興趣があるだろう?』
奥の扉から女の声が聞こえる。
『愛する女の命が尽きる前に、「私」を撃たねば、世界が終わるぞ』
ティナを横抱きにしたまま、扉へ向かう。扉はディックスを待っていたかのように自動で両開きになる。
そこにあったのは、脈打つ巨大な心臓、アヌナークの核。そしてそれに下半身が埋まり込むように同化している、赤い髪の女性。
「……ミランダ姉さん」
名を呼べば、核は、あかい唇をつり上げてにたりと笑った。
03/16-凛冽
炎が鞭のようにしなって襲いかかってくる。ティナを抱いたままではまともに戦うことができない。
「……ディックス」
逡巡していると、幼馴染が必死に声を絞り出した。
「このまま、核のそばへ。私が、一撃叩き込んで、あなたが撃つ、隙を作る」
彼女にこれ以上の無茶はさせたくない。命にも関わるだろう。だが、それ以上の最善の策も無い。ひとつうなずくと、床を蹴った。
ミランダは最早自我が無いのか、高く笑いながら炎を振り回す。かわせるものはかわし、かわしきれないものは甘んじて食らって、アヌナークの核に肉薄する。
ティナが手を伸ばす。凛冽な一撃が、核を凍らせた。
03/17-穿つ
「ありがとう、ティナ」
幼馴染に静かに礼を述べ、彼女を片腕に抱いたまま、銃を取り出し、アヌナークの核に向ける。
「……ディッ……クス」
ぽろぽろと氷の破片を零しながら、アヌナークの核が、いや、ミランダが、弟の名を呼んだ。
「マルディアスの未来を、あなたの手で」
ミランダが微笑む。幼い頃自分に向けてくれた、あの無邪気な笑顔で。
手が震える。銃口がぶれる。
だが、やり遂げなくてはならない。レイティスが望み、LINKSが守ろうとし、自分が開く、未来のために。
「……姉さん」
小さく呟く。
「さよなら」
銃声が響き、そして、核の額を穿った。
03/18-堆積
アヌナークの攻撃で溶け落ちた建物の残骸が、土砂のように堆積している。そんな中でも、人々は手を取り合い、助け合い、必死に生き延びようとしている。
完全に動きを停止して彫像になった『終焉の獣』から、ディックスは足を踏み出した。
『よくやった、ディックス』
ギルガメッシュの通信が入る。
『私の心残りもようやく片付いた。エンリルの中で永い眠りにつくよ。「鋼鉄の鳥」が再び必要となる日まで』
「……ああ」
ぼんやりと返事をして、付け加える。
「おやすみ、父さん」
それきり通信が切れる。
腕の中の、完全に生命活動を凍らせた幼馴染に視線を移した。
03/19-虚飾
「ティナ、終わったよ」
固く瞳が閉じられた幼馴染に呼びかける。そうすれば目を開いて、自分をその目に映し出してくれるのではないかと期待して。
だが、現実は残酷だ。
三国上層部の虚飾に満ちた野望の果てに、大陸は大きく破壊され、国家は機能をなさず、愛する人は。
「ティナ」
名前を呼ぶ。何度も。ぽたぽたと涙が零れ落ちる。たとえ自分が燃え尽きて灰になってもかまわない。ヴァーンの炎が、彼女に命の灯火を与えてくれるなら。
『大丈夫、ディックス』
姉の声が聞こえた気がした。かと思うと、冷たかった頬に赤みがさす。
長い睫毛が震えて、黒い瞳がその下から現れた。
03/20-陽炎
奇跡は起きた。
アグレイシア皇女が終戦を宣言する放送は、三国救難チャンネルで流れ続ける。
今はまだ、陽炎のように儚い希望でも、いつか必ず大地は息を吹き返し、花を咲かせるだろう。人々は生きることを諦めず、国を越えて手を握り合うだろう。
東の空が白んでくる。マルディアスの大地に新しい朝がやってくる。
灰になるまで呼び続けた声は、愛しい人を呼び戻した。この先彼女がどれだけ生きるかなどわからない。それでも、彼女が、生きていて良かったと最期に笑えるように、寄り添っていよう。
『皆さん、おはようございます』
レイティスの声が、明るく響き渡った。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
『灰になるまで君を呼ぶ』03/01~03/10
#語彙トレ2026 3月上旬です。
まだ3月ですが、灰君はクライマックスに向かっています。
前回→618
続き→632
03/01-撹拌
「ディックス!」
「無事だったか!」
「ったく、悪運はいいよなお前も」
マオと共にエンリルに乗り込むと、LINKSの同志達が出迎え、ばしばし叩いてきた。狸に拘束されたはずではなかったかと思うが、ギルガメッシュの機械化を思えば、留置所の鍵を無効化するのも朝飯前だろう。
「俺達も行くぜ、あの狸とエンリケの野郎をぶっ飛ばしによ」
頼もしい同僚達に笑い返した時。
ごう、と炎が窓の外をなめ、さっきまでいた町を一瞬にして火の海にした。
人も建物も溶け、まるでクリームのように撹拌されてどろどろの大地になる。その上を、『終焉の獣』アヌナークが飛び去っていった。
03/02-萌芽
行く先の大地を焼き尽くしながら、アヌナークはアサル=アリムへ向かって飛んでゆく。幸い、武器を搭載せずに御せる分、エンリルの方が速く飛べるので、破壊の萌芽がヴァルファレスを覆う前に、首都に帰りついて、大統領の手からレイティス達を取り戻さなくてはならない。
彼女はアグレイシアとの和平の為に必要な存在だ。決して失われてはならない。
それと同じくらい、ティナは自分の中で深く根を張っている。家族に恵まれなかった彼女には、もう自分しかいない。次に手を握ったら、もう二度と手を離さない。
決意するディックスの視界に、アヌナークの接近で混乱する首都が見えてきた。
03/03-爛漫
摩天楼が並び立ち、その輝きから『爛漫の夜景』と呼ばれた、アサル=アリム首都ヴァルファレスは、混乱の極みにあった。誰もが破壊兵器の接近に混乱に陥り、首都を脱出しようと押し合い圧し合い、老人が踏み潰され、親とはぐれた子供が人波に流されるのが、エンリルの窓からでも見える。
混沌の極みを眼下に見ながら、エンリルはただひとつの建物を目指して飛ぶ。
ヴォルフ大統領が君臨する、エヴァータワーを。
『最上階に着けるぞ』
脳を組み込まれたギルガメッシュが、エンリル内に響き渡る機械音声で告げれば、LINKSの誰もが、手を叩いて喝采の嵐を巻き起こした。
03/04-朧
強化ガラス越しに朧気に見える満月を、革張りチェアに座りながら見上げて、ヴォルフ大統領はぷかぷかと葉巻をふかしていた。やがて振り向く先には、エンリケに銃を突きつけられたレイティスと、その後ろに、顔色の悪いティナがいる。
「簡単なことですよ、皇女殿下」
でっぷりとした体を持ち上げ、レイティスの鼻先に葉巻を突き付ける。
「皇国と連絡を取る手段はお持ちでしょう? 貴女の騎士に、宰相を通して敗北宣言一言お願いします、と言えば、この戦いは終わる」
「終わりません」
皇女は強い目力で見返す。
「あなた方権力者の起こした戦は、ただの破壊行動です」
03/05-予兆
大統領の顔が醜く歪んだ。葉巻の火をレイティスに押し付けようとした瞬間、ティナが咄嗟に腕を割り込ませて、そこで火を受けた。兵服が焦げて肌にも確実に火傷を負ったはずなのに、苦痛ひとつ見せない。それには、大統領もエンリケも唖然とする。
さらには、駆動音が強化ガラス越しに聞こえてくる。
それを予兆に、ガラスを破る大轟音が響いて、『鋼鉄の鳥』エンリルがエヴァータワーの最上階に突っ込んできた。
「レイティス!」
仰天して腰を抜かす大統領にも、呆気に取られるエンリケにも構わず、搭乗口から身を乗り出してディックスは叫んだ。
「ティナも! 一緒に来い!!」
03/06-孤独
ずっと独りだと思っていた。
父に愛されず、周囲からは敬遠され、兵士達と出撃しても距離を取られた。
孤独の中で、独り心まで凍りついて、人生を終えるのだと思っていた。
それなのに。
「ティナ!」
その身に始祖種の血を宿した幼馴染は、炎のように情熱的に自分の名を呼び、手を伸ばすのだ。
まるで、灰になって燃え尽きても構わないと。その灰の中から、伝説の不死鳥のごとく蘇ってみせようとばかりに。
手を伸ばそうとしたところに、エンリケが銃を向ける。一睨みでその手ごと氷結させる。
レイティスが『鋼鉄の鳥』に乗り込む。それに続けば、しっかりと抱き締められた。
03/07-幻視
皇女とその護衛を連れて、『鋼鉄の鳥』がエヴァータワーから飛び去る。びょうびょうと高層の風が吹き込む中、エンリケは、へたり込んで変な笑いを漏らし続ける大統領に目を向けた。
「は……はは……。儂が三国を……マルディアスを……」
葉巻が手からぽろりとこぼれ落ちる。最早彼は、自分が覇者になる、ありえない未来を幻視して、エンリケのことどころか、現実も見えていないだろう。
砕けたガラスのカンバスに、『終焉の獣』アヌナークが大写しになる。大統領は、迫る死を認めず笑っている。
これが裏切り者の末路か。
エンリケの凍った手が砕け落ち、アヌナークが火を吹いた。
03/08-散逸
アヌナークは『終焉の獣』さながら、ヴァルファレスに破壊をもたらした。地面が燃え、建物が溶けて、人々が逃げ惑う。国軍の将は散逸した兵を引き留めようと必死だが、人の力の及ばぬ獣の前には無力だった。
「ギル」
ディックスは銃に弾込めをしながら、養父に呼びかける。
「皇女の言葉を三国救難チャンネルで。その間に俺がアヌナークに乗り込んで、姉さんを」
言いさして一瞬目を閉じ、無邪気に笑っていた赤髪の少女の幻を振り払う。
「アヌナークの核を撃つ」
『……わかった』
こちらの覚悟を受け取ってくれたのだろう。アンドロイドの養父はこくりと頷いた。
03/09-瓦解
「ディックス」
冷たい手が、銃を握る手の甲に触れた。
「私も行く。炎のヴァーンの加護を受けるアヌナークには、私の力が効くかもしれない」
ティナはあくまで淡々と語る。正直なところ、彼女を死地に同行させたくはない。ティナには、日の当たる場所で穏やかに笑っていて欲しい。
彼女が一人でそれをすることを望まないと知っているから、ディックスは溜息ひとつ落とし、幼馴染の黒い瞳を見つめる。
「俺から離れるなよ」
ティナが軽く頷く。
『お前達が失敗すれば、全てが瓦解し、マルディアスは滅びる。心しろ』
ギルガメッシュが告げる中、エンリルはアヌナークに接近した。
03/10-煽情
『アグレイシアの皆さん、今こそ反撃の時です』
艶を帯びた煽情的な声がラジオから聞こえる。違う。彼女はこんな、女を武器にした媚びるような喋り方をしない。
『ジュメールはアサル=アリムと共謀して破壊兵器を持ち出し、天罰を食らいました。正義は我々にあるのです。アグレイシアこそが、マルディアスの頂点に立つべく、皆さんのお力を貸してください』
彼女と全く違う容姿の女性が放送機器に向かって語るのを、ブリームがにやにやと満足げに見守っている。
いっそここで斬り捨てられたら。歯痒さを噛み締めていると。
『皆さん、騙されないでください』
凛とした声が割り込んだ。畳む
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まだ3月ですが、灰君はクライマックスに向かっています。
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03/01-撹拌
「ディックス!」
「無事だったか!」
「ったく、悪運はいいよなお前も」
マオと共にエンリルに乗り込むと、LINKSの同志達が出迎え、ばしばし叩いてきた。狸に拘束されたはずではなかったかと思うが、ギルガメッシュの機械化を思えば、留置所の鍵を無効化するのも朝飯前だろう。
「俺達も行くぜ、あの狸とエンリケの野郎をぶっ飛ばしによ」
頼もしい同僚達に笑い返した時。
ごう、と炎が窓の外をなめ、さっきまでいた町を一瞬にして火の海にした。
人も建物も溶け、まるでクリームのように撹拌されてどろどろの大地になる。その上を、『終焉の獣』アヌナークが飛び去っていった。
03/02-萌芽
行く先の大地を焼き尽くしながら、アヌナークはアサル=アリムへ向かって飛んでゆく。幸い、武器を搭載せずに御せる分、エンリルの方が速く飛べるので、破壊の萌芽がヴァルファレスを覆う前に、首都に帰りついて、大統領の手からレイティス達を取り戻さなくてはならない。
彼女はアグレイシアとの和平の為に必要な存在だ。決して失われてはならない。
それと同じくらい、ティナは自分の中で深く根を張っている。家族に恵まれなかった彼女には、もう自分しかいない。次に手を握ったら、もう二度と手を離さない。
決意するディックスの視界に、アヌナークの接近で混乱する首都が見えてきた。
03/03-爛漫
摩天楼が並び立ち、その輝きから『爛漫の夜景』と呼ばれた、アサル=アリム首都ヴァルファレスは、混乱の極みにあった。誰もが破壊兵器の接近に混乱に陥り、首都を脱出しようと押し合い圧し合い、老人が踏み潰され、親とはぐれた子供が人波に流されるのが、エンリルの窓からでも見える。
混沌の極みを眼下に見ながら、エンリルはただひとつの建物を目指して飛ぶ。
ヴォルフ大統領が君臨する、エヴァータワーを。
『最上階に着けるぞ』
脳を組み込まれたギルガメッシュが、エンリル内に響き渡る機械音声で告げれば、LINKSの誰もが、手を叩いて喝采の嵐を巻き起こした。
03/04-朧
強化ガラス越しに朧気に見える満月を、革張りチェアに座りながら見上げて、ヴォルフ大統領はぷかぷかと葉巻をふかしていた。やがて振り向く先には、エンリケに銃を突きつけられたレイティスと、その後ろに、顔色の悪いティナがいる。
「簡単なことですよ、皇女殿下」
でっぷりとした体を持ち上げ、レイティスの鼻先に葉巻を突き付ける。
「皇国と連絡を取る手段はお持ちでしょう? 貴女の騎士に、宰相を通して敗北宣言一言お願いします、と言えば、この戦いは終わる」
「終わりません」
皇女は強い目力で見返す。
「あなた方権力者の起こした戦は、ただの破壊行動です」
03/05-予兆
大統領の顔が醜く歪んだ。葉巻の火をレイティスに押し付けようとした瞬間、ティナが咄嗟に腕を割り込ませて、そこで火を受けた。兵服が焦げて肌にも確実に火傷を負ったはずなのに、苦痛ひとつ見せない。それには、大統領もエンリケも唖然とする。
さらには、駆動音が強化ガラス越しに聞こえてくる。
それを予兆に、ガラスを破る大轟音が響いて、『鋼鉄の鳥』エンリルがエヴァータワーの最上階に突っ込んできた。
「レイティス!」
仰天して腰を抜かす大統領にも、呆気に取られるエンリケにも構わず、搭乗口から身を乗り出してディックスは叫んだ。
「ティナも! 一緒に来い!!」
03/06-孤独
ずっと独りだと思っていた。
父に愛されず、周囲からは敬遠され、兵士達と出撃しても距離を取られた。
孤独の中で、独り心まで凍りついて、人生を終えるのだと思っていた。
それなのに。
「ティナ!」
その身に始祖種の血を宿した幼馴染は、炎のように情熱的に自分の名を呼び、手を伸ばすのだ。
まるで、灰になって燃え尽きても構わないと。その灰の中から、伝説の不死鳥のごとく蘇ってみせようとばかりに。
手を伸ばそうとしたところに、エンリケが銃を向ける。一睨みでその手ごと氷結させる。
レイティスが『鋼鉄の鳥』に乗り込む。それに続けば、しっかりと抱き締められた。
03/07-幻視
皇女とその護衛を連れて、『鋼鉄の鳥』がエヴァータワーから飛び去る。びょうびょうと高層の風が吹き込む中、エンリケは、へたり込んで変な笑いを漏らし続ける大統領に目を向けた。
「は……はは……。儂が三国を……マルディアスを……」
葉巻が手からぽろりとこぼれ落ちる。最早彼は、自分が覇者になる、ありえない未来を幻視して、エンリケのことどころか、現実も見えていないだろう。
砕けたガラスのカンバスに、『終焉の獣』アヌナークが大写しになる。大統領は、迫る死を認めず笑っている。
これが裏切り者の末路か。
エンリケの凍った手が砕け落ち、アヌナークが火を吹いた。
03/08-散逸
アヌナークは『終焉の獣』さながら、ヴァルファレスに破壊をもたらした。地面が燃え、建物が溶けて、人々が逃げ惑う。国軍の将は散逸した兵を引き留めようと必死だが、人の力の及ばぬ獣の前には無力だった。
「ギル」
ディックスは銃に弾込めをしながら、養父に呼びかける。
「皇女の言葉を三国救難チャンネルで。その間に俺がアヌナークに乗り込んで、姉さんを」
言いさして一瞬目を閉じ、無邪気に笑っていた赤髪の少女の幻を振り払う。
「アヌナークの核を撃つ」
『……わかった』
こちらの覚悟を受け取ってくれたのだろう。アンドロイドの養父はこくりと頷いた。
03/09-瓦解
「ディックス」
冷たい手が、銃を握る手の甲に触れた。
「私も行く。炎のヴァーンの加護を受けるアヌナークには、私の力が効くかもしれない」
ティナはあくまで淡々と語る。正直なところ、彼女を死地に同行させたくはない。ティナには、日の当たる場所で穏やかに笑っていて欲しい。
彼女が一人でそれをすることを望まないと知っているから、ディックスは溜息ひとつ落とし、幼馴染の黒い瞳を見つめる。
「俺から離れるなよ」
ティナが軽く頷く。
『お前達が失敗すれば、全てが瓦解し、マルディアスは滅びる。心しろ』
ギルガメッシュが告げる中、エンリルはアヌナークに接近した。
03/10-煽情
『アグレイシアの皆さん、今こそ反撃の時です』
艶を帯びた煽情的な声がラジオから聞こえる。違う。彼女はこんな、女を武器にした媚びるような喋り方をしない。
『ジュメールはアサル=アリムと共謀して破壊兵器を持ち出し、天罰を食らいました。正義は我々にあるのです。アグレイシアこそが、マルディアスの頂点に立つべく、皆さんのお力を貸してください』
彼女と全く違う容姿の女性が放送機器に向かって語るのを、ブリームがにやにやと満足げに見守っている。
いっそここで斬り捨てられたら。歯痒さを噛み締めていると。
『皆さん、騙されないでください』
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#灰になるまで君を呼ぶ
行き当たりばったりで書くからおかしくなるんだよォ!!
前→678
06/01-傀儡
「わかってるな?」
エクセルが俺の隣に並んで、耳打ちする。
「こいつは傀儡だ。本体は別の場所にいる」
薄々、そうだろうとは思った。自由自在に姿を変える。首を落とされても死なない。なら、傀儡士が近くに潜んでいる可能性は高い。
ああ、傀儡か。嫌なことを思い出すな。
『元老院』の言葉を真に受けて、細が恭司様の仇だと国を飛び出した俺も、奴らにとって都合の良い傀儡だった。
だけど。『星辰』を握り直す。
真実を知った俺は、もう操り人形じゃあない。
国に帰って、『元老院』を一人残らず始末するまで、死ねない。
こんな奴にかかずらってる暇なんか、無いんだ。
06/02-彷徨
これは短期決戦だ。うろうろ彷徨う訳にはいかない。
エクセル、こいつの隙の無さはわかるが、いかんせん得物が心許ない。致死の毒針でも持っているなら話は別だが。
考えを巡らせて、ふと、昔恭司様が酒の肴に話した武勇伝を思い出した。
『でなぁ、そいつは傀儡をいくつも操ってたが、致命的な弱点があったわけだぁ!』
ぐらんぐらん揺れながら、大声で語る恭司様に、俺も細も苦笑を向けた。
だが、あれがただのホラじゃないなら。
「ソフィア」
不安気に成り行きを見守っていた彼女に告げる。
「目を瞑ってろ」
そう言うが速いか、廊下にうずくまる影に『星辰』を振り下ろした。
06/03-矮小
廊下の隅にうずくまっていた、矮小な影が呻き声をあげる。細い手足は、昼間会った時のままだ。
「貴様……どうして……」
痩せ細った顔が睨み上げてくる。今更同情の余地なんて無い。冷めた目で見下ろす。
「大方、強い奴を取り込んで、自分の力にするために、武術大会に誘ってたんだろう」
指摘すれば、アルマは、血を吐きながら憎々しげに唇を歪めた。
「弟妹を養うために、ラグナールに魂を売ったか」
「生きるためだ! 仕方無かったんだ!」
胸を貫かれても叫ぶあたり、人の理を既に超えているのかもしれない。
なら、終わらせるべきだ。
『星辰』を引き抜き、再度振りかぶって。
06/04-搦め手
本体を倒した『転生のホロウ』の操り人形は、床の染みになって消えた。人形の傍にいないと操れないのが、奴の搦め手だったのだろう。
「あのひと、こんな小さい、子まで」
朝が来る前に共同墓地に葬った。孤児ひとりいなくなったところで、この都市では騒ぎにならないだろうが、これは俺達のけじめだ。
「残された弟妹を、どうにかしてくるわ」
ここまで付き合ってくれたエクセルが、踵を返して墓地を去る。
「そういえば」
目の端を指で拭ったソフィアが、ふと見上げてきた。
「昼間、エクセルに、何、言われたの?」
『今言うことなんかそれ!?』
思わずジャオウ語が出た。
06/05-潜熱
それは、共同墓地から離れて。
「やっぱり、そういうことだよなあ」
青年の隻眼が、崩れかけた小屋の中で鋭く光る。
「ニイチャン、ニイチャン」
「キテクレタ」
「オレノタメニ、オレノタメニ」
アルマの弟妹がいるはずの小屋の中には、いくつもの『なり損なった』『「転生」のホロウ』の残骸が、ぐずぐずと蠢いていた。
無言でマントの下から、数本の針を取り出す。闇を裂いて投げられた針は、ひととしての急所を過たず貫き、水が潜熱で水蒸気になるように、『なり損ない』は、あっという間に気化して消えた。
「……ラグナールのクズが」
拳を握り締め、歯を食いしばった。
06/06-混沌
混沌、みたいなひと、だった。
にこにこ笑っていた、かと思えば、烈火のごとく怒り出して、首を落とせ、と命じる。
なに、考えてるか、わからない。親衛隊も、いつ、自分に災難が降りかかるか、ビクビク、してる。
『ティアナ。お前のために、誕生会を開こう』
そう言って用意された、あかいケーキ。飾られた『もの』を見て、逃げ出して、吐いた。
たぶん、自分でも、なに、やりたいのか、わからない、んだろうな。
可哀想、とも思う。
だから、国を出た。
あのひとの混沌が、ノルンを覆い尽くす前に、あのひとを止められるよう、みんなが、一致団結、しないとって。
06/07-断絶
サーリアを発とうと、街門に行ったら。
「よ」
エクセルが、軽い調子で、手を振ってた。あー。時雨、居心地悪そう。
「ジャオウに向かうんだろ? 俺も用がある」
「仲良く旅は道連れってか?」
「そう噛みつくなっての」
半眼になる時雨にも、エクセルは、怯まない。まあ、そういうひと、だよね。
「草原諸国を陥としたラグナールは、次はジャオウを攻める。都市同盟に進む上で、障害でしかないからな」
時雨の横顔が、こわばった。
「お前だって、故郷の歴史を断絶させられたくないだろ。ひとり戦力が増えると思って、俺を使え」
エクセルが、苦笑して、肩をすくめた。
06/08-残骸
「ところでお前ら、徒歩でジャオウに向かおうとか、呑気なこと考えてるんじゃないだろうな」
エクセルに言われて、時雨と顔を見合わせる。あまり、深く考えて、なかった。
「あんたら、ジャオウに行きたいのかい? 隊商を捕まえるにも、難しいよ」
その時、脇を通った馬車の女性が、声をかけてきた。
「どいつもこいつも、道中、ラグナールに追われてね。商品は奪われるか、残骸になったよ」
蓮っ葉な口をきく、背の高い、商人ぽい、女の人だった。
「それでも、行かないとならない」
時雨が、女の人に、訴えかける。
けど。
「兄さん、あんまり甘い考えするんじゃないよ」
06/09-追従
「アタシら商売人は、儲けのあるところに行くから生き延びてんだ。ラグナールの次の標的にお追従するつもりはさらさら無いね」
女の人は、両手を掲げて、ため息、ひとつ。時雨が、悔しそうに、拳、握り締めた。
わかってる。商人は、損得でしか、動かない。いくら戦がお金を動かすからって、負け色濃いほうにつく意味なんて、無い。
けど。
「なら、ジャオウに勝機があれば、あんたは俺達を運んでくれるか?」
エクセルが、腕組みして、女の人を、見据えた。
「俺にはホクナの生き残りに伝手がある。そいつらを動かせば、ジャオウ死守も夢じゃあない」
時雨が、心底驚いてる顔をした。
06/10-転位
「兄さん、法螺吹きも大概にしなよ」
女の人が、歯を見せて、笑う。
「ホクナ国はジャオウに滅ぼされたろ。なんでジャオウを守るんだい」
「ホクナ人は、抑圧されてきた。上に立つ奴が出てくれば、連中の感情は転位する」
エクセルは、時雨のほうを見て。指差して。
「ジャオウの皇本恭司が、ホクナ国主、源家の生き残りを酔狂で育ててたのは、ホクナ人には有名な話だ。知らないのは本人だけでな」
『な!?』
時雨が、びっくりして、目を見開く。あ、本当に、知らなかったんだ、これ。
エクセルは、裏はかくけど、嘘はつかない。
ああ。時雨も、「背負って」いたんだ。畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で