home book_2
chat
七月のなまけもの
七月のなまけもの

No.693

#語彙トレ2026 『この大地の上で』07/01~07/10分をまとめました。

前→689
次→702

07/01-崩落
「ありがとな……お姫さん」
 まだ、血は拭き取れてないけど、死にかけだったひとが、笑いかけてくれる。
「あんたは、時雨様と一緒に来てくれた、救い主だあよ」
 周りの空気、和らぐのが、わかる。
「……そうや。国なんか関係ねえ」
「疑って悪かった」
 少しずつ、ひとが集まって。決まり悪そうに、微笑む。
 うん、そうだよね。話せばわかり合えるよね。壊れてしまったあのひとを、止める方法、あるよね。
「ありがとう」
 笑い返した、その時。
 微震がして、皆が、きょろきょろする。震動、大きくなる。
「崩落や!!」
 誰かが叫ぶと同時、洞穴の天井が、崩れた。

07/02-渇水
 洞穴の外には、渇水によって干上がった窪地があった。そこに破獣を誘き寄せる。
「時雨様ぁ!」
 劾が銅鑼声をあげた。
「破獣は首落とすのが一番確実ですわ!」
 そうして手で首をかき斬る仕草をしてみせる。
「わかった」
 青竜刀『星辰』を手にし、舞い降りてくる褐色の異形に向かい合う。
 振り下ろされた鋭い爪持つ腕を、地面を蹴ってかわし、ばねのように跳ねて飛び込む。『星辰』を振り抜けば、鬼のような首が飛んで、蒸気を吹き上げながら消滅してゆく。
「おああ!」
 誰かの悲鳴が聞こえる。
「怪我した奴は下がれ! 誰も死ぬな!」
 檄を飛ばせば、応、と返ってきた。

07/03-真紅
 真紅の血が舞う。
 破獣に翻弄されて、爪と牙の前に、倒れてゆく奴がいる。
「あまり周りに気を取られるなよ!」
 背後から毒針を投げて援護してくれるエクセルが、注意を飛ばしてきた。
「連中は、お前の為に命を張ってるんだ。そこにかかずらってお前が倒れたら、ホクナの生命線まで切れるからな!」
 奴の言う事は正しい。もう、俺一人の命じゃあなくなった。ジャオウとホクナ、両方の命運がかかってる。『星辰』を握り直した時。
 窪地の一部が、破獣の重みに耐えきれなかった。ホクナの戦士を何人か巻き込んで、崩落する。
 あの下にいる、碧い瞳を思って、腹の底が冷えた。

07/04-破滅
 頭から血の気が引くのがわかる。誰も死ぬなと檄を飛ばしたのに、戦わない奴から破滅してゆくなんて、そんなのありか!?
「おい、待て!」
 俺が何をするかわかったんだろう。エクセルの焦った声が背中にぶつかる。
『指揮はおめえでもできるじゃろ!』
 思わずジャオウ語を飛ばして、陥没した穴へ飛び込む。
 瓦礫に足を挟まれて動けなくなっていた女に、破獣がゆうらりと近づいてゆくのが、視界に入る。
『星辰』を構えて距離を詰め、一瞬で振り抜く。首を飛ばされた破獣が消える。
「あ、ありがとござんす、時雨様……!」
 女が礼を言い、男達が瓦礫に取りつく中、目的の姿を探した。

07/05-残火
「ソフィア!」
 彼女の名前を叫ぶ。頼む。返事をしてくれ。どこかで上手く瓦礫を避けていてくれ。
 洞穴の中で焚いていた火が潰されて、残火の煙をあげている。破獣の蒸気と触れ合ったら、また燃え上がるかもしれない。背筋が冷えた時。
「時雨……様!」
 苦しげな男声が耳に滑り込んだので、振り向く。
 非戦闘員の護衛に残した槍術士が、槍と己の腕で重たげな瓦礫を支えながら、視線を足元に向けている。それにつられて見下ろし、心臓が跳ねた。
「ソフィア!」
 頭を打ったのか、額から血を流しながら、ソフィアが倒れている。
「早う、姫さんを助けてやってくだせえ!」

07/06-絶望
 抱き込むようにソフィアの身体を抱えて、瓦礫の下から引きずり出す。足くらい折れてるんじゃあないかって危惧したが、額の血以外は目立った外傷は無い。最悪の絶望からは逃れられた。
「あんたも。早く出てこい」
 ずっと支えていてくれた男に声をかける。だが、彼は首を横に振った。
「時雨様。わいがここで手を離したら、時雨様たちごと巻き込んで、この辺全部潰れますわ。だから」
 黒い瞳が、切望を込めて俺を見る。
「わいが支えられているうちに、生きてる連中連れて、逃げてくださいや」
「そんな、馬鹿なことを!」
 声を荒げても、相手の意志は変わらないようだった。

07/07-蝉時雨
『ざけんな! 誰も死ぬな言うたんだ! おめえも死なせるか!』
 もうどうしようもないことは、頭のどこかで理解しているのに、ジャオウ語でわめいてしまう。
『時雨は、気に食わんことがあるとシャーシャー蝉みたいにわめきたててなあ。蝉時雨じゃぞ』
 子どもの頃、俺が聞き分けないと、恭司様が困った顔をして頭を撫でてくれたのを、今更思い出す。
「時雨様」男が笑う。「絶対、ホクナを再興してくださいや」
 ぐっと拳を握り締めてうつむき。顔を上げて。
「あんたの忠義を、無駄にはしない。ホクナは生き返る」
 満足そうに目を細める相手から視線をはがし、ソフィアを抱えて離れた。

07/08-秘帖
 外に飛び出した瞬間、洞穴は轟音を立てて崩れきった。護衛に残した連中が命を張ってくれたおかげで、殆どの者が生き残った。
 だが、『殆ど』だ。『全員』じゃあない。外で戦っていた中にも、傷を負った奴がいる。
 ソフィアを女衆に託して、独り、近くの岩場で座り込み、頭を抱える。
 俺が、犠牲にしたんだ。ホクナの民に希望をちらつかせて、死地へ追いやったんだ。
「時雨様」
 劾の声が背中に投げ掛けられる。エクセルがいる気配もする。
「こんなんあるだろと、おとん様が秘帖を残してくださってますわ」
 のろのろ振り向けば、劾がぼろぼろの表紙の帳面を、手渡してきた。

07/09-怨嗟
 一人きりで、帳面をめくる。
 ホクナ国主、つまり実の父親の、個人的な記録。ほとんど日記のようなものだった。
 もっとこう、民を治める苦しさとか、ジャオウとの軋轢とか、愚痴や怨嗟に満ちているのかと思ったら、全然そんなことは無い。
 視察に降りて田植えを手伝ったら、ぎっくり腰になったとか。祭に交じって水を浴び笑った話とか。自分には勿体無いくらいいい嫁をもらったとか。
 そんな他愛の無い話が、躍るような筆致で綴られている。
 ある箇所で、手が止まる。
 正室が男子を産んだ、と。
『嫡男とかしがらみにとらわれんで、思うがままに、愛される国主になって欲しいのお』

07/10-鎮魂
 記録は続く。
 俺や他の子供達の成長。毎年夏に、鎮魂の灯籠を川に流す儀式。その最後のページに、酷く乱れた字で、書き記されてあった。
『過激派を抑えられんかった。ホクナは滅亡する』
 ホクナの反乱は父親の暴走ではなかったのだと、心のどこかで安心する。だが、その続きに目を奪われた。

『ジャオウの跡継ぎが、密かに来た。時雨の命を助けて欲しいと願うと、「んなら、俺の子として育てるさ。強く正しい男にする」と快諾してくれた』

 頭を殴られた気分だった。
 実父も、恭司様も、俺を息子として誠実に見ていてくれたんだ。
『……親父』
 思わず背中を丸めた。畳む


#アルファズル戦記
#この大地の上で

ひとりごと2026年,創作,小説