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七月のなまけもの
七月のなまけもの

No.650

『雪が解けて春になる』番外編 04/11~04/20
今回は本編上巻範囲やその前のことも書いています。
特に『審判』は好きですね。メディリア様が竜族として、ひととは違う価値観を持っていることを描けたので。彼女の竜兵時代の竜王ファング様も、けっこう破天荒なひとです。

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04/11-忘我
 歌声が聞こえる。この集落一番の歌い手と言っても過言ではない少女が歌っているのだ。
 この大陸が『霧』に包まれる前から歌い継がれてきた、英雄歌。誰を謳ったのか、何の英雄なのか、どんな偉業を為し遂げたのか。言葉が違ってわからないのだ。ただ、歌詞だけが意味をなさないまま、世代を渡ってきた。
 忘我に耽って聞き入ってしまう。ほかにも手を止め聞き惚れてしまう者達がいる。
 そんな中、ぽつ、と頭に水滴が落ちた。かと思うと、あっという間にざあっと空が泣き出す。
 この砂漠地帯恒例のスコールだ。たちまち誰もが我に返り、歌声がかき消される帰り道を走った。

04/12-収奪
 ヴィフレスト王国は、破壊の権化『ユミール』を倒して『黒き太陽戦役』を終わらせた英雄リヴァティの興した国である。
『霧』に囲まれたこの大陸で、人間を守る盟主国として、また、戦役以降険悪になった有翼人・防人との折衝を務める先陣として、長く守護者の座にあった。
 だが、肥料を入れない畑で作物を育て続ければ、いつか土壌は枯れる。
 英雄の遺志を忘れた歴代の王は、他国へ侵略し、隷属国として併呑し、富を搾取し、誇りと命を収奪した。
 そして今、『鬼王』と名乗る、史上最悪の王が、大陸制覇に乗り出した。
 ひとびとは祈るしかない。奴を止める救い主の出現を。

04/13-暗転
 母は側室で、正妃に影に日向に嫌がらせを受けていた。手を差しのべる者は少なく、大半が正妃の顔色を窺って、母と自分を蔑んだ。父は凡庸で、あからさまな助け舟は出さなかった。
 そんな中で母が心身を病まないはずは無く、一時期母方の祖母の故郷へ療養に退いた。
 そこでの出会いは新鮮で、その後の自分の人生に大きな影響を及ぼすほどだった。
 やがて母は寛解して、国に戻った。正妃を正面から見据えられる強さを身につけた母は、まるで別人になったかのように頼もしく思えた。
 だが、暗転は突然で。
「無理が祟ったのでしょう」
 医師は言ったが、母の腕には紫の斑点が浮かんでいた。

04/14-爛れる
 村が燃えていた。
 ずけずけと食糧を漁りに踏み込んできたヴィフレスト兵士に、駆け回っていた子供がぶつかった。それだけで、子供は斬り捨てられ、火が放たれた。
「ダイナソアの言葉を読めるガキは、重宝できましてよ」
 けばけばしい軍師の女が、隊長の男にしなだれかかって笑っている。
 深傷を負い、焼け爛れてかっと目を見開いたまま息絶えた弟を抱き締めて、花の名を持つ少女は誓う。
 この傍若無人な連中に、必ず報いをと。今は利用されても、必ずマグノリアのように咲き誇って、鋭い一撃を、こいつらの首魁の心臓に突き立ててやるのだと。

04/15-浸透
 竜族は得体の知れない種族。そういう考えはまだひとびとの間に浸透している。
 だからクリミアも、竜兵として母たる竜王メディリアの代わりに大陸を巡りながらも、積極的にひとの世界に介入することはあまり無かった。
 だが、元は熊だったろう大きな『鬼』に追われる人間の一家を見つけ、思わず飛び出し、弓を引いた。『鬼』は白い粒子と化し、消えてゆく。
「まだ仲間がいるかもしれない。早くこの場を離れて」
 声をかけると、おとな達は青い顔で頷き走り出す。
「おねえちゃん、ありがとう!」
 小さいこどもが手を振る。
 何故か、胸のあたりがふわりと温かくなった。

04/16-朦朧
 燃え尽きて、煙が立ちのぼる集落を、ふらふらと歩く。焼け焦げた、元は人だったものの左薬指に、見慣れた揃いの銀の指輪を見つけた時、自分でも訳のわからない叫びが口から迸るのを、他人事のように感じていた。
 軍師の座を捨て、国を離れて裏通りに引きこもり、くすんだ指輪をもてあそびながら、朦朧とした意識の中で、彼女が責めてくる幻聴に苛まれた。
 それを鋭い呼びかけで断ち切り、現実に引き戻した、銀髪に金の瞳の竜兵。己の弱さも未熟さも無知も認めた上で、導き手として自分を求めた。
 もう一度、立てるだろうか。『虹王国稀代の軍師』は。
 もう、身近な誰かを失わせずに。

04/17-渇望
 もっと力が欲しかった。
 主君の従兄を守れるくらいに。彼自身も、周りの護衛騎士達も強いのに、自分は茶を注いで彼の馬のくつわをとることくらいしかできない。
 主君の師匠に槍を教わったが、
『あんたは素質が無いよ』
 とばっさり切り捨てられた。代わりに飛び道具の扱い方を教えてもらった。
 あの方の剣であり盾でありたいのに、
『お前はそのままで良い。人をあやめる術を覚えなくて良い』
 そう諭されて、逆に強さへの渇望は増した。
 だからかもしれない。竜族の聖域へ助力を借りに行く者を募る時に、ひとりで行くと言い張った。
 あの方を守る力があるのだと、証明したくて。

04/18-審判
 当代の竜王メディリアが、まだ先代竜王の竜兵だった頃。竜族の聖域に、人間の盗賊達が入り込んだことがある。
 竜は大陸中のお宝を集めていると思い込んだ連中の、身勝手な侵入だった。
 メディリアはきょうだいの竜兵達と共に、盗賊達を迎え打った。結果は火を見るより明らかで、愚か者共は全員あえなく縛り上げられた。
「どうしてやろうか」
 竜王は盗賊達の前で腕組みし、にやりと牙を見せて、「メディリア」と己が子の名を呼んだ。
「湖に投げ込め」
 聖域の湖は、『竜王に害意のある者を決して通さない』。
「御意」
 メディリアも、下される審判を思い、牙を剥き出して笑った。

04/19-浄化
 掲げた手から、踊るように水魔法が放たれる。水流はひとびとのあいだをうねりながら通り過ぎて、砂にまみれた彼らの身体を浄化してゆく。
「エリア様は、さすが盟主様のご息女だ」
「次代の防人を導くお方として、申し分無い魔力を持っていらっしゃる」
 翼持つ民、防人が、南方砂漠に追いやられて四百年。かつてひとりの男の野望により、フィムブルヴェートの支配者の座を追われた彼らは、自分達が人間より優れているというプライドを捨てられず、力を持つ者を持ち上げ、持たざる者を貶める。
 美しい少女を遠くから見つめる、魔法の使えない少年は、それでも彼女の隣を、諦めたくはなかった。

04/20-冒涜
「竜族の盟主サマなんて、信用置けないよなあ」
「ヒオウ様にもエリア様にもいい顔してさ」
 人間達が聞こえよがしに言い合っているのを、鋭い聴覚は拾い上げる。胸に棘が刺さって、唇を噛み締めた時。
「では、ゼファーを信頼している私やエリア殿、軍師であるウィルも信用ならぬということだな」
 安心させるように、肩に大きな手が置かれる。見上げると、紫の瞳は冒涜した連中を睨み付けている。
「そ、そういう訳では」
「申し訳ございません、ヒオウ王子!」
 連中が慌てて去る。
「……ありがとう、コウ」
 おずおずと礼を述べると、険の消えた瞳が、優しく笑み返してくれた。畳む

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