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#語彙トレ2026 『この大地の上で』08/01~08/10をまとめました。
第二部開始です。
前→707
次→721
08/01-変容
ジャオウ陥落から、半月が過ぎた。
その、たった半月の間に、東の大陸は、大きな変容を、見せた。
鎖国とはいえ、壁になっていたジャオウを失って、都市同盟にも、ラグナール軍が攻め込んだ。
どこまで侵略されたか。今のわたしたちには、わからない。
ここは、草原諸国南果ての砦、ルーマン。
ラグナール軍に、最初に侵略された、草原諸国のひとびとが、反撃の機会をうかがって、生き残りを、集めてる。
そこに、ジャオウとホクナの生き残りを連れた、アナベラさんの隊商、つまり、わたしたちが、なだれこんだ。
砦は混乱してるけど。
草原を渡る風は、他人事の、ようで。
08/02-予言
「事後予言の成就ではないか!」
砦の廊下を、通った時に、いきりたった老人の怒鳴り声、聞こえた。
「我らが草原の民の予言士は、ジャオウの崩壊を見通していた。差し伸べようとした手を取らなかったのは、そちらの落ち度では?」
少し、部屋の中が、見える。わたしとそう歳が変わらなそうな、茶髪の女の子。彼女が、草原諸国の盟主、ヴァイシャ・フェルガナ。
そして、彼女に食いついてるのは、ジャオウの『元老院』の生き残り。
時雨の、仇たちが、のうのうと、生きている。
運び込まれた、瀕死の時雨を見るなり、
『厄介者が生きていたのか』
って、舌打ち、した。
08/03-隠遁
ジャオウの『元老院』は、隠遁しなかった元忍で、構成されているらしい。勿論、『星の忍』も何人か、入ってる。何人か、なのは、『星の忍』の死亡率が、かなり、高いから。
細さんが言ってた、『元老院』でも、偉いひと、水原長音、いるか、訊いてみたら。みんな、苦いもの飲んだような顔して、黙り込んだ。
あ、死んだな。暗殺。わたしにも、わかった。
というか、シラナミの民も、辺境のひとたちも、たくさんたくさん、犠牲になったのに。なんで、『元老院』は、こんなに生きてるんだろう。
時雨が知ったら、めちゃくちゃ、怒るだろうな。
考えながら、砦の一室に、入った。
08/04-掠れる
「……よ」
エクセルが、普段の飄々さが嘘みたいな、暗い顔して、こっち向いて、手を挙げる。視線を戻す先には、彼の、たったひとりの、弟。
時雨が、寝台の上で、眠ってる。
ジャオウが陥ちた、あの日。アナベラさんに、食いついて、シラナミに戻ってもらった。
城への道の真ん中で、ひどい傷と火傷で、動かなくなってる時雨を見つけた時は、心臓、止まるかと思った。
その場で応急に、エリオンの力、使って。その後も、何度も、癒しの力、使った。
おかげで傷は癒えたけど、時雨は、目を覚まさないまま。
「時雨」
掠れる声で、寝台に取りすがる。
「お寝坊さん。起きてよ」
08/05-白日
「まあ、こいつが目を覚ますまで、俺達は大人しくするしかねえ」
時雨にすがりつくわたしに、エクセルが、声、かけてくる。
「ジャオウの『元老院』のやらかしを、白日の下に晒すには、こいつの口から全部言わせないと、駄目だ」
ジャオウ太守跡継ぎの養子で、ホクナの嫡男。たしかに、その立場は、ひとを、動かす。
「そんな呑気なこと言って、その人が起きるのを待つの? その間に『元老院』は、自分たちの失態を消すために先手を打つわよ」
突然聞こえてきた、女性の声に、わたしと、エクセルは、驚いて振り向く。
「実際、私が舞岡細の『流星』を受け継がされたわ」
08/06-糠雨
東方には、珍しい。赤みがかった黒髪を、ふたつに結わいてる、女の子。ジャオウ式の服、着てるから、ジャオウ人、なんだろう。
「あたしは嵯峨光(さが ひかる)。父親が『星の忍』だったから、因縁を継がされた形ね」
「『星の忍』は公式処刑かなんかか?」
エクセルが、ちょっと、皮肉っぽく言う。途端に光さんが、むっとした顔、した。
「ホクナの側室の子は、お口がよろしくないようで」
あ、これ。似た者同士の同族嫌悪、起きるやつだ。
窓の外では糠雨がしとしと降ってる。エクセルと光さんは、お互い、睨み合ってる。
「……どういう状況だよ、これ」
その時、時雨の、声が。
08/07-輪廻
時雨が。うっすらと。目、開けてる。
わたしの力を使って、傷が癒えても、『目覚めるかどうか』って、医者も匙投げた、時雨が、起きた。
思わず、わっ、て泣き出して。時雨に、すがりついた。
輪廻って、いうんだっけ。天上から地獄まで彷徨うの。ずっと、地獄でもいい。時雨が生きていてくれるなら、わたしは、エリオンの力、時雨のためだけに、使ってもいい。
「……とりあえずさ」
時雨の手が、ぽんぽんと、わたしの背中を叩く。
「現状を説明してもらっていいか? なんで嵯峨良人(りょうじん)とこの跳ねっ返りまでいるんだよ」
「あんた、恭司様がいないと相変わらずの言い方!」
08/08-浅見
頬を膨らせる、光さんをよそに、エクセルが、時雨に説明した。
シラナミは陥ちたこと。アナベラさんの機転で、生き残りは、草原諸国へ、逃げてきたこと。
「劾も無事だ。ソフィアの力と、あいつ自身の異様なしぶとさで、もう戦える」
それを聞いた時雨は、「そうか、良かった」って薄く笑った。
「良くない」
光さんが、怒った様子で、拳、握り締める。
「『元老院』はほとんど生きてんのよ。あいつらの浅見で、皇本家の傍流が、『宿星』の『星の忍』になって、お飾りの太守候補にされてる」
時雨が、表情、険しくして、飛び起きようとして、失敗する。
「皇野高砂……か!?」
08/09-誘惑
「高砂(たかさご)はまだ十二とかだろう」
「おおかた、『元老院』が、『お母様に会えますよ』とか誘惑したんでしょ」
時雨と光さんの話に、わたしと、エクセルは、顔、見合わせる。
あ、大体読めた。
傍流が、本家に反逆しないよう、高砂って子のお母さん、人質に取ってた。それを盾にして、彼? 彼女? どっちかわからないけど、高砂を誘導した。
「で」
エクセルが、眉間に皺、寄せる。
「こっち側に引き込めそうなのか?」
「父さんが生きてたら、『元老院』を出し抜けたんたけどねえ」
「俺も高砂にはほとんど会ったことが無い」
光さんと時雨が、同時にため息、ついた。
08/10-均衡
「とにかく、『元老院』に高砂を握らせとくのはまずい。草原諸国との協力の均衡すら壊す」
時雨が、険しい顔して、唸るように洩らす。
「草原諸国には、ジャオウ・ホクナ連合と対等で接しないとやばい。奴らは氏族の繋がりを重んじる、絆の民だからな。反撃されたらひとたまりもねえぞ」
エクセルが、腕組みして、目を閉じるけど。
「それが、草原諸国も揺れてるっぽいんだよねえ」
新たに場に現れたのは、アナベラさんだ。
「どうも、盟主のフェルガナ族の嫡子ヴァイシャの許婚が、草原諸国をラグナールに売ったらしい。それで両氏族の長が死んで、ヴァイシャが今、長に立ってるんだって」畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
第二部開始です。
前→707
次→721
08/01-変容
ジャオウ陥落から、半月が過ぎた。
その、たった半月の間に、東の大陸は、大きな変容を、見せた。
鎖国とはいえ、壁になっていたジャオウを失って、都市同盟にも、ラグナール軍が攻め込んだ。
どこまで侵略されたか。今のわたしたちには、わからない。
ここは、草原諸国南果ての砦、ルーマン。
ラグナール軍に、最初に侵略された、草原諸国のひとびとが、反撃の機会をうかがって、生き残りを、集めてる。
そこに、ジャオウとホクナの生き残りを連れた、アナベラさんの隊商、つまり、わたしたちが、なだれこんだ。
砦は混乱してるけど。
草原を渡る風は、他人事の、ようで。
08/02-予言
「事後予言の成就ではないか!」
砦の廊下を、通った時に、いきりたった老人の怒鳴り声、聞こえた。
「我らが草原の民の予言士は、ジャオウの崩壊を見通していた。差し伸べようとした手を取らなかったのは、そちらの落ち度では?」
少し、部屋の中が、見える。わたしとそう歳が変わらなそうな、茶髪の女の子。彼女が、草原諸国の盟主、ヴァイシャ・フェルガナ。
そして、彼女に食いついてるのは、ジャオウの『元老院』の生き残り。
時雨の、仇たちが、のうのうと、生きている。
運び込まれた、瀕死の時雨を見るなり、
『厄介者が生きていたのか』
って、舌打ち、した。
08/03-隠遁
ジャオウの『元老院』は、隠遁しなかった元忍で、構成されているらしい。勿論、『星の忍』も何人か、入ってる。何人か、なのは、『星の忍』の死亡率が、かなり、高いから。
細さんが言ってた、『元老院』でも、偉いひと、水原長音、いるか、訊いてみたら。みんな、苦いもの飲んだような顔して、黙り込んだ。
あ、死んだな。暗殺。わたしにも、わかった。
というか、シラナミの民も、辺境のひとたちも、たくさんたくさん、犠牲になったのに。なんで、『元老院』は、こんなに生きてるんだろう。
時雨が知ったら、めちゃくちゃ、怒るだろうな。
考えながら、砦の一室に、入った。
08/04-掠れる
「……よ」
エクセルが、普段の飄々さが嘘みたいな、暗い顔して、こっち向いて、手を挙げる。視線を戻す先には、彼の、たったひとりの、弟。
時雨が、寝台の上で、眠ってる。
ジャオウが陥ちた、あの日。アナベラさんに、食いついて、シラナミに戻ってもらった。
城への道の真ん中で、ひどい傷と火傷で、動かなくなってる時雨を見つけた時は、心臓、止まるかと思った。
その場で応急に、エリオンの力、使って。その後も、何度も、癒しの力、使った。
おかげで傷は癒えたけど、時雨は、目を覚まさないまま。
「時雨」
掠れる声で、寝台に取りすがる。
「お寝坊さん。起きてよ」
08/05-白日
「まあ、こいつが目を覚ますまで、俺達は大人しくするしかねえ」
時雨にすがりつくわたしに、エクセルが、声、かけてくる。
「ジャオウの『元老院』のやらかしを、白日の下に晒すには、こいつの口から全部言わせないと、駄目だ」
ジャオウ太守跡継ぎの養子で、ホクナの嫡男。たしかに、その立場は、ひとを、動かす。
「そんな呑気なこと言って、その人が起きるのを待つの? その間に『元老院』は、自分たちの失態を消すために先手を打つわよ」
突然聞こえてきた、女性の声に、わたしと、エクセルは、驚いて振り向く。
「実際、私が舞岡細の『流星』を受け継がされたわ」
08/06-糠雨
東方には、珍しい。赤みがかった黒髪を、ふたつに結わいてる、女の子。ジャオウ式の服、着てるから、ジャオウ人、なんだろう。
「あたしは嵯峨光(さが ひかる)。父親が『星の忍』だったから、因縁を継がされた形ね」
「『星の忍』は公式処刑かなんかか?」
エクセルが、ちょっと、皮肉っぽく言う。途端に光さんが、むっとした顔、した。
「ホクナの側室の子は、お口がよろしくないようで」
あ、これ。似た者同士の同族嫌悪、起きるやつだ。
窓の外では糠雨がしとしと降ってる。エクセルと光さんは、お互い、睨み合ってる。
「……どういう状況だよ、これ」
その時、時雨の、声が。
08/07-輪廻
時雨が。うっすらと。目、開けてる。
わたしの力を使って、傷が癒えても、『目覚めるかどうか』って、医者も匙投げた、時雨が、起きた。
思わず、わっ、て泣き出して。時雨に、すがりついた。
輪廻って、いうんだっけ。天上から地獄まで彷徨うの。ずっと、地獄でもいい。時雨が生きていてくれるなら、わたしは、エリオンの力、時雨のためだけに、使ってもいい。
「……とりあえずさ」
時雨の手が、ぽんぽんと、わたしの背中を叩く。
「現状を説明してもらっていいか? なんで嵯峨良人(りょうじん)とこの跳ねっ返りまでいるんだよ」
「あんた、恭司様がいないと相変わらずの言い方!」
08/08-浅見
頬を膨らせる、光さんをよそに、エクセルが、時雨に説明した。
シラナミは陥ちたこと。アナベラさんの機転で、生き残りは、草原諸国へ、逃げてきたこと。
「劾も無事だ。ソフィアの力と、あいつ自身の異様なしぶとさで、もう戦える」
それを聞いた時雨は、「そうか、良かった」って薄く笑った。
「良くない」
光さんが、怒った様子で、拳、握り締める。
「『元老院』はほとんど生きてんのよ。あいつらの浅見で、皇本家の傍流が、『宿星』の『星の忍』になって、お飾りの太守候補にされてる」
時雨が、表情、険しくして、飛び起きようとして、失敗する。
「皇野高砂……か!?」
08/09-誘惑
「高砂(たかさご)はまだ十二とかだろう」
「おおかた、『元老院』が、『お母様に会えますよ』とか誘惑したんでしょ」
時雨と光さんの話に、わたしと、エクセルは、顔、見合わせる。
あ、大体読めた。
傍流が、本家に反逆しないよう、高砂って子のお母さん、人質に取ってた。それを盾にして、彼? 彼女? どっちかわからないけど、高砂を誘導した。
「で」
エクセルが、眉間に皺、寄せる。
「こっち側に引き込めそうなのか?」
「父さんが生きてたら、『元老院』を出し抜けたんたけどねえ」
「俺も高砂にはほとんど会ったことが無い」
光さんと時雨が、同時にため息、ついた。
08/10-均衡
「とにかく、『元老院』に高砂を握らせとくのはまずい。草原諸国との協力の均衡すら壊す」
時雨が、険しい顔して、唸るように洩らす。
「草原諸国には、ジャオウ・ホクナ連合と対等で接しないとやばい。奴らは氏族の繋がりを重んじる、絆の民だからな。反撃されたらひとたまりもねえぞ」
エクセルが、腕組みして、目を閉じるけど。
「それが、草原諸国も揺れてるっぽいんだよねえ」
新たに場に現れたのは、アナベラさんだ。
「どうも、盟主のフェルガナ族の嫡子ヴァイシャの許婚が、草原諸国をラグナールに売ったらしい。それで両氏族の長が死んで、ヴァイシャが今、長に立ってるんだって」畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
大使こと柳田淳一さん(FF14のアサヒの中の人)が、配信でFF3ピクセルリマスターを始められたので、懐かしくなりまして。
自分でもできないかなと調べたところ、プレステ5でできることが判明しました。スマホだけだと思ってたんですよね……。
というわけで、経験値ギル熟練度4倍ブーストで、8時間で青春の思い出総集編を駆け抜けました。
低すぎる命中率、高すぎる敵からのデバフ、一人には全快なのに、全体にするとしょぼくなる回復魔法、迷うのにエンカウント率の高いダンジョン!! その辺が全部改善されており、特にエンカウントオフにできるのはありがたかった!
あと、ダーククリスタルも回復してくれるので、闇の世界でエリクサーを消費しなくて済みましたありがとう。
ちょいちょい、やっぱり原典の演出が良かったな~って思い出補正が入るところもあれど、14のクリタワ関連以外にも、これメインにも通じてない? って話があって、今プレイするからこその楽しさがありました。
いや~名作はいつまで経っても名作!
自分でもできないかなと調べたところ、プレステ5でできることが判明しました。スマホだけだと思ってたんですよね……。
というわけで、経験値ギル熟練度4倍ブーストで、8時間で青春の思い出総集編を駆け抜けました。
低すぎる命中率、高すぎる敵からのデバフ、一人には全快なのに、全体にするとしょぼくなる回復魔法、迷うのにエンカウント率の高いダンジョン!! その辺が全部改善されており、特にエンカウントオフにできるのはありがたかった!
あと、ダーククリスタルも回復してくれるので、闇の世界でエリクサーを消費しなくて済みましたありがとう。
ちょいちょい、やっぱり原典の演出が良かったな~って思い出補正が入るところもあれど、14のクリタワ関連以外にも、これメインにも通じてない? って話があって、今プレイするからこその楽しさがありました。
いや~名作はいつまで経っても名作!
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#語彙トレ2026 『この大地の上で』07/01~07/10分をまとめました。
前→689
次→702
07/01-崩落
「ありがとな……お姫さん」
まだ、血は拭き取れてないけど、死にかけだったひとが、笑いかけてくれる。
「あんたは、時雨様と一緒に来てくれた、救い主だあよ」
周りの空気、和らぐのが、わかる。
「……そうや。国なんか関係ねえ」
「疑って悪かった」
少しずつ、ひとが集まって。決まり悪そうに、微笑む。
うん、そうだよね。話せばわかり合えるよね。壊れてしまったあのひとを、止める方法、あるよね。
「ありがとう」
笑い返した、その時。
微震がして、皆が、きょろきょろする。震動、大きくなる。
「崩落や!!」
誰かが叫ぶと同時、洞穴の天井が、崩れた。
07/02-渇水
洞穴の外には、渇水によって干上がった窪地があった。そこに破獣を誘き寄せる。
「時雨様ぁ!」
劾が銅鑼声をあげた。
「破獣は首落とすのが一番確実ですわ!」
そうして手で首をかき斬る仕草をしてみせる。
「わかった」
青竜刀『星辰』を手にし、舞い降りてくる褐色の異形に向かい合う。
振り下ろされた鋭い爪持つ腕を、地面を蹴ってかわし、ばねのように跳ねて飛び込む。『星辰』を振り抜けば、鬼のような首が飛んで、蒸気を吹き上げながら消滅してゆく。
「おああ!」
誰かの悲鳴が聞こえる。
「怪我した奴は下がれ! 誰も死ぬな!」
檄を飛ばせば、応、と返ってきた。
07/03-真紅
真紅の血が舞う。
破獣に翻弄されて、爪と牙の前に、倒れてゆく奴がいる。
「あまり周りに気を取られるなよ!」
背後から毒針を投げて援護してくれるエクセルが、注意を飛ばしてきた。
「連中は、お前の為に命を張ってるんだ。そこにかかずらってお前が倒れたら、ホクナの生命線まで切れるからな!」
奴の言う事は正しい。もう、俺一人の命じゃあなくなった。ジャオウとホクナ、両方の命運がかかってる。『星辰』を握り直した時。
窪地の一部が、破獣の重みに耐えきれなかった。ホクナの戦士を何人か巻き込んで、崩落する。
あの下にいる、碧い瞳を思って、腹の底が冷えた。
07/04-破滅
頭から血の気が引くのがわかる。誰も死ぬなと檄を飛ばしたのに、戦わない奴から破滅してゆくなんて、そんなのありか!?
「おい、待て!」
俺が何をするかわかったんだろう。エクセルの焦った声が背中にぶつかる。
『指揮はおめえでもできるじゃろ!』
思わずジャオウ語を飛ばして、陥没した穴へ飛び込む。
瓦礫に足を挟まれて動けなくなっていた女に、破獣がゆうらりと近づいてゆくのが、視界に入る。
『星辰』を構えて距離を詰め、一瞬で振り抜く。首を飛ばされた破獣が消える。
「あ、ありがとござんす、時雨様……!」
女が礼を言い、男達が瓦礫に取りつく中、目的の姿を探した。
07/05-残火
「ソフィア!」
彼女の名前を叫ぶ。頼む。返事をしてくれ。どこかで上手く瓦礫を避けていてくれ。
洞穴の中で焚いていた火が潰されて、残火の煙をあげている。破獣の蒸気と触れ合ったら、また燃え上がるかもしれない。背筋が冷えた時。
「時雨……様!」
苦しげな男声が耳に滑り込んだので、振り向く。
非戦闘員の護衛に残した槍術士が、槍と己の腕で重たげな瓦礫を支えながら、視線を足元に向けている。それにつられて見下ろし、心臓が跳ねた。
「ソフィア!」
頭を打ったのか、額から血を流しながら、ソフィアが倒れている。
「早う、姫さんを助けてやってくだせえ!」
07/06-絶望
抱き込むようにソフィアの身体を抱えて、瓦礫の下から引きずり出す。足くらい折れてるんじゃあないかって危惧したが、額の血以外は目立った外傷は無い。最悪の絶望からは逃れられた。
「あんたも。早く出てこい」
ずっと支えていてくれた男に声をかける。だが、彼は首を横に振った。
「時雨様。わいがここで手を離したら、時雨様たちごと巻き込んで、この辺全部潰れますわ。だから」
黒い瞳が、切望を込めて俺を見る。
「わいが支えられているうちに、生きてる連中連れて、逃げてくださいや」
「そんな、馬鹿なことを!」
声を荒げても、相手の意志は変わらないようだった。
07/07-蝉時雨
『ざけんな! 誰も死ぬな言うたんだ! おめえも死なせるか!』
もうどうしようもないことは、頭のどこかで理解しているのに、ジャオウ語でわめいてしまう。
『時雨は、気に食わんことがあるとシャーシャー蝉みたいにわめきたててなあ。蝉時雨じゃぞ』
子どもの頃、俺が聞き分けないと、恭司様が困った顔をして頭を撫でてくれたのを、今更思い出す。
「時雨様」男が笑う。「絶対、ホクナを再興してくださいや」
ぐっと拳を握り締めてうつむき。顔を上げて。
「あんたの忠義を、無駄にはしない。ホクナは生き返る」
満足そうに目を細める相手から視線をはがし、ソフィアを抱えて離れた。
07/08-秘帖
外に飛び出した瞬間、洞穴は轟音を立てて崩れきった。護衛に残した連中が命を張ってくれたおかげで、殆どの者が生き残った。
だが、『殆ど』だ。『全員』じゃあない。外で戦っていた中にも、傷を負った奴がいる。
ソフィアを女衆に託して、独り、近くの岩場で座り込み、頭を抱える。
俺が、犠牲にしたんだ。ホクナの民に希望をちらつかせて、死地へ追いやったんだ。
「時雨様」
劾の声が背中に投げ掛けられる。エクセルがいる気配もする。
「こんなんあるだろと、おとん様が秘帖を残してくださってますわ」
のろのろ振り向けば、劾がぼろぼろの表紙の帳面を、手渡してきた。
07/09-怨嗟
一人きりで、帳面をめくる。
ホクナ国主、つまり実の父親の、個人的な記録。ほとんど日記のようなものだった。
もっとこう、民を治める苦しさとか、ジャオウとの軋轢とか、愚痴や怨嗟に満ちているのかと思ったら、全然そんなことは無い。
視察に降りて田植えを手伝ったら、ぎっくり腰になったとか。祭に交じって水を浴び笑った話とか。自分には勿体無いくらいいい嫁をもらったとか。
そんな他愛の無い話が、躍るような筆致で綴られている。
ある箇所で、手が止まる。
正室が男子を産んだ、と。
『嫡男とかしがらみにとらわれんで、思うがままに、愛される国主になって欲しいのお』
07/10-鎮魂
記録は続く。
俺や他の子供達の成長。毎年夏に、鎮魂の灯籠を川に流す儀式。その最後のページに、酷く乱れた字で、書き記されてあった。
『過激派を抑えられんかった。ホクナは滅亡する』
ホクナの反乱は父親の暴走ではなかったのだと、心のどこかで安心する。だが、その続きに目を奪われた。
『ジャオウの跡継ぎが、密かに来た。時雨の命を助けて欲しいと願うと、「んなら、俺の子として育てるさ。強く正しい男にする」と快諾してくれた』
頭を殴られた気分だった。
実父も、恭司様も、俺を息子として誠実に見ていてくれたんだ。
『……親父』
思わず背中を丸めた。畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
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07/01-崩落
「ありがとな……お姫さん」
まだ、血は拭き取れてないけど、死にかけだったひとが、笑いかけてくれる。
「あんたは、時雨様と一緒に来てくれた、救い主だあよ」
周りの空気、和らぐのが、わかる。
「……そうや。国なんか関係ねえ」
「疑って悪かった」
少しずつ、ひとが集まって。決まり悪そうに、微笑む。
うん、そうだよね。話せばわかり合えるよね。壊れてしまったあのひとを、止める方法、あるよね。
「ありがとう」
笑い返した、その時。
微震がして、皆が、きょろきょろする。震動、大きくなる。
「崩落や!!」
誰かが叫ぶと同時、洞穴の天井が、崩れた。
07/02-渇水
洞穴の外には、渇水によって干上がった窪地があった。そこに破獣を誘き寄せる。
「時雨様ぁ!」
劾が銅鑼声をあげた。
「破獣は首落とすのが一番確実ですわ!」
そうして手で首をかき斬る仕草をしてみせる。
「わかった」
青竜刀『星辰』を手にし、舞い降りてくる褐色の異形に向かい合う。
振り下ろされた鋭い爪持つ腕を、地面を蹴ってかわし、ばねのように跳ねて飛び込む。『星辰』を振り抜けば、鬼のような首が飛んで、蒸気を吹き上げながら消滅してゆく。
「おああ!」
誰かの悲鳴が聞こえる。
「怪我した奴は下がれ! 誰も死ぬな!」
檄を飛ばせば、応、と返ってきた。
07/03-真紅
真紅の血が舞う。
破獣に翻弄されて、爪と牙の前に、倒れてゆく奴がいる。
「あまり周りに気を取られるなよ!」
背後から毒針を投げて援護してくれるエクセルが、注意を飛ばしてきた。
「連中は、お前の為に命を張ってるんだ。そこにかかずらってお前が倒れたら、ホクナの生命線まで切れるからな!」
奴の言う事は正しい。もう、俺一人の命じゃあなくなった。ジャオウとホクナ、両方の命運がかかってる。『星辰』を握り直した時。
窪地の一部が、破獣の重みに耐えきれなかった。ホクナの戦士を何人か巻き込んで、崩落する。
あの下にいる、碧い瞳を思って、腹の底が冷えた。
07/04-破滅
頭から血の気が引くのがわかる。誰も死ぬなと檄を飛ばしたのに、戦わない奴から破滅してゆくなんて、そんなのありか!?
「おい、待て!」
俺が何をするかわかったんだろう。エクセルの焦った声が背中にぶつかる。
『指揮はおめえでもできるじゃろ!』
思わずジャオウ語を飛ばして、陥没した穴へ飛び込む。
瓦礫に足を挟まれて動けなくなっていた女に、破獣がゆうらりと近づいてゆくのが、視界に入る。
『星辰』を構えて距離を詰め、一瞬で振り抜く。首を飛ばされた破獣が消える。
「あ、ありがとござんす、時雨様……!」
女が礼を言い、男達が瓦礫に取りつく中、目的の姿を探した。
07/05-残火
「ソフィア!」
彼女の名前を叫ぶ。頼む。返事をしてくれ。どこかで上手く瓦礫を避けていてくれ。
洞穴の中で焚いていた火が潰されて、残火の煙をあげている。破獣の蒸気と触れ合ったら、また燃え上がるかもしれない。背筋が冷えた時。
「時雨……様!」
苦しげな男声が耳に滑り込んだので、振り向く。
非戦闘員の護衛に残した槍術士が、槍と己の腕で重たげな瓦礫を支えながら、視線を足元に向けている。それにつられて見下ろし、心臓が跳ねた。
「ソフィア!」
頭を打ったのか、額から血を流しながら、ソフィアが倒れている。
「早う、姫さんを助けてやってくだせえ!」
07/06-絶望
抱き込むようにソフィアの身体を抱えて、瓦礫の下から引きずり出す。足くらい折れてるんじゃあないかって危惧したが、額の血以外は目立った外傷は無い。最悪の絶望からは逃れられた。
「あんたも。早く出てこい」
ずっと支えていてくれた男に声をかける。だが、彼は首を横に振った。
「時雨様。わいがここで手を離したら、時雨様たちごと巻き込んで、この辺全部潰れますわ。だから」
黒い瞳が、切望を込めて俺を見る。
「わいが支えられているうちに、生きてる連中連れて、逃げてくださいや」
「そんな、馬鹿なことを!」
声を荒げても、相手の意志は変わらないようだった。
07/07-蝉時雨
『ざけんな! 誰も死ぬな言うたんだ! おめえも死なせるか!』
もうどうしようもないことは、頭のどこかで理解しているのに、ジャオウ語でわめいてしまう。
『時雨は、気に食わんことがあるとシャーシャー蝉みたいにわめきたててなあ。蝉時雨じゃぞ』
子どもの頃、俺が聞き分けないと、恭司様が困った顔をして頭を撫でてくれたのを、今更思い出す。
「時雨様」男が笑う。「絶対、ホクナを再興してくださいや」
ぐっと拳を握り締めてうつむき。顔を上げて。
「あんたの忠義を、無駄にはしない。ホクナは生き返る」
満足そうに目を細める相手から視線をはがし、ソフィアを抱えて離れた。
07/08-秘帖
外に飛び出した瞬間、洞穴は轟音を立てて崩れきった。護衛に残した連中が命を張ってくれたおかげで、殆どの者が生き残った。
だが、『殆ど』だ。『全員』じゃあない。外で戦っていた中にも、傷を負った奴がいる。
ソフィアを女衆に託して、独り、近くの岩場で座り込み、頭を抱える。
俺が、犠牲にしたんだ。ホクナの民に希望をちらつかせて、死地へ追いやったんだ。
「時雨様」
劾の声が背中に投げ掛けられる。エクセルがいる気配もする。
「こんなんあるだろと、おとん様が秘帖を残してくださってますわ」
のろのろ振り向けば、劾がぼろぼろの表紙の帳面を、手渡してきた。
07/09-怨嗟
一人きりで、帳面をめくる。
ホクナ国主、つまり実の父親の、個人的な記録。ほとんど日記のようなものだった。
もっとこう、民を治める苦しさとか、ジャオウとの軋轢とか、愚痴や怨嗟に満ちているのかと思ったら、全然そんなことは無い。
視察に降りて田植えを手伝ったら、ぎっくり腰になったとか。祭に交じって水を浴び笑った話とか。自分には勿体無いくらいいい嫁をもらったとか。
そんな他愛の無い話が、躍るような筆致で綴られている。
ある箇所で、手が止まる。
正室が男子を産んだ、と。
『嫡男とかしがらみにとらわれんで、思うがままに、愛される国主になって欲しいのお』
07/10-鎮魂
記録は続く。
俺や他の子供達の成長。毎年夏に、鎮魂の灯籠を川に流す儀式。その最後のページに、酷く乱れた字で、書き記されてあった。
『過激派を抑えられんかった。ホクナは滅亡する』
ホクナの反乱は父親の暴走ではなかったのだと、心のどこかで安心する。だが、その続きに目を奪われた。
『ジャオウの跡継ぎが、密かに来た。時雨の命を助けて欲しいと願うと、「んなら、俺の子として育てるさ。強く正しい男にする」と快諾してくれた』
頭を殴られた気分だった。
実父も、恭司様も、俺を息子として誠実に見ていてくれたんだ。
『……親父』
思わず背中を丸めた。畳む
#アルファズル戦記
#この大地の上で
2026年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
今週のケントゥリア
1話まるっとララワグさんのお話。
すごい勢いで壊れていく話だった……ホラーだこれ!
やっぱりあの骨は、あの大きい包丁みたいので叩き切った自分自身だったのね。
これ、ユリアンたちの目の前で増殖が止まらなくなって、コロシテ……コロシテ……になるやつでは?
そして今のところ大きな反動が無いユリアンに、終盤とんでもない負荷がかかる前フリなのではないだろうか……。畳む
1話まるっとララワグさんのお話。
すごい勢いで壊れていく話だった……ホラーだこれ!
やっぱりあの骨は、あの大きい包丁みたいので叩き切った自分自身だったのね。
これ、ユリアンたちの目の前で増殖が止まらなくなって、コロシテ……コロシテ……になるやつでは?
そして今のところ大きな反動が無いユリアンに、終盤とんでもない負荷がかかる前フリなのではないだろうか……。畳む
2026年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#語彙トレ2026 『雪が解けて春になる』番外編 04/01~04/10分です。
灰君が一旦終息したので、北の大陸の番外編を始めました。
GWの文フリで刊行する下巻の範囲に足を突っ込んだ話が多いのは、上巻範囲縛りにすると、掘り下げる事が少ないからです!
次→650
04/01-鮮烈
『私はこの世界「アルファズル」で起きた、大きな戦乱と、その先にある始祖種と神の戦いを、生涯を懸けて、物語として記すことにした。
その為に、東西南北四つの大陸を旅し、現地のひとびとから伝説を語り聞いて、懸命に書き留めた。
北の大陸フィムブルヴェートで聞いた伝承も、始祖種ダイナソアの竜兵と人間の王子の愛の物語は、私の心に鮮烈な印象を焼きつけた。
しかし、それは本伝「雪が解けて春になる」に書くとして、この番外編では、本伝で語られることの無い小さな出来事を記してゆこう。』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記 異聞録』)
04/02-呪文
呪文のように繰り返された。
「そなたは英雄リヴァティの正統なる子孫。生まれながらにしての王の器なのですよ」
だから傲然とあった。なのに格下の連中は自分を恐れて離れていった。
「下々の顔色など疑わなくて良いのです。失礼な者は切り捨てなさい」
言われた通りにした。誰も自分をまっすぐに見なくなった。正面から見てくるのは、弟だけになった。
「あのような下賎な血を引く者と、そなたが、対等などとあり得ないのです」
心地の良い呪いの言葉にすがった。
結果、母は毒の入った茶を飲んでひっくり返った。
命じたのは自分だ。
ああ、やっと解き放たれる。
04/03-追憶
母の祖国へ、一度だけ行ったことがある。叔母を埋葬するためだ。彼女が悪意を受け続けた国に弔うのは嫌だと、母が言ったのだ。
薄ピンクの桜が舞う中、母方の祖父が立ち会った。叔母は庶子で皇女とは認められなかったが、祖父はきちんとこのひととその母親を愛していたのだと思い知った。
墓石の前で、はなをすすり上げながら泣く、幼い従弟の手を握り、この子は自分が守らないといけないと誓った。自分に優しかった叔母の分まで。
なのに。
兄の凶刃の前に、従弟は桜のように儚く散った。
追憶の中で、あの子は今も朗らかに笑っているのに、もう握る手はここに無い。
04/04-摩耗
「お前は本当に馬に乗るのが下手だな」
親友兼相方のマイケルに馬上から見下ろされて、ニーザは軽く舌打ちした。
「なんでお前はそんなしれっと乗りこなしているんだ」
主君のヒオウ王子さえ、やんちゃな馬に振り回され、手こずっている。ニーザに至っては、何回振り落とされたかわからない。心が摩耗して折れても仕方無いくらいだ。
なのに、このなんでもそつなくこなす幼馴染は、主君の先すら超えて、馬をどうどうとなだめている。
『マイケルは本当にすごいな』
お世辞でもなんでもなく、あるじは言うのだ。
『ニーザも。よく諦めない』
本当に、悪気が無いから、困ったひとだ。
04/05-逆説
「おはよう、コウ」
やたら野太い声が聞こえる。自分をその名で呼ぶ者は、ひとりしかいない。
振り返ると、筋骨隆々として、自分より背の高くなった、銀の髪に金の瞳の竜兵が、軽々と自分を抱き上げた。
「ゼファー!?」
驚いた自分の声が高い。
「はは、コウは可愛いね」
言われて自分の身をあらためる。髪が伸びて、男には無い凹凸がある。
悲鳴をあげたところで、寝台の上にがばりと起き上がって目が覚めた。
「願望が逆説的に叶った夢じゃないですか」
あまりにもあんまりだったので、軍師にこぼしたら、彼は腕組みして『そんな話を俺にするな』とばかりにうんざりしていた。
04/06-桎梏
『隷属国の娘の子が、王子面をして』
血筋を尊ぶ連中は、そう言って嗤った。
『あなた様こそが、この国の希望なのです』
民は兄のいない隙に、すがりついてきた。
どう足掻いても自由にならない、桎梏で雁字搦めにされた人生で終わるのだと思っていた。
それなのに。
「コウ!」
君が私のもうひとつの名前を呼ぶ度に、どれだけ嬉しくなったことか。その笑顔に、磨り減った精神をどれだけ救われたことか。
だから、君の力になろう。若くして大陸の命運を背負った君の槍に、盾になって、守り抜こう。
幼い頃、誰かを守ることの大切さを教えてくれた、君のために、この命を懸ける。
04/07-沈殿
母の言葉は呪いだった。
『神にもなれる血筋なのに、兄の役にすら立てないとは、そなたは失敗作であることよ』
『ああ、ああ、あの女の息子のようにうざったい。その顔をわたくしに見せるでない』
『おまえなぞ、産むのではなかった』
自分勝手な言葉は、わたしの心の泉に、毒を沈殿させていった。
王宮の奥に押し込められて、使用人にも無視されて、泣いてばかりの日々。
『ぴいぴい泣くな。うっとうしい』
そうぶっきらぼうに言いながら、白い薔薇を手折って差し出した兄の顔は、逆光でどういう表情をしているかわからなかった。
だけど、たしかに彼はわたしの太陽になった。
04/08-昏迷
この大陸は、ひとを『鬼』にする『霧』に覆われている。いつからそうなのかわからない。ただ、かつて外の大陸との交流はあり、『霧』によってそれが全て遮断されたのはたしかだ。
僕の叔母も、水を汲みに行って、うっかり『霧』に触れてしまった。叔父がどんなに呼びかけても、昏迷に陥ったように応じず、虚ろな顔は次第次第に白く変わっていった。
『娘にこんな母親を見せるくらいなら』
叔父は剣を持ち出し、反応しない叔母を斬った。白い血を噴き上げながら仰向けに倒れてゆく叔母は、ひとならざる顔で、ゆるりと優しく微笑んで。
『……ゴメンネ』
と涙一筋をこぼした。
04/09-逸脱
竜族は、過ぎたる力を持ってこの大陸を脅かす、摂理から逸脱した存在だと、ひとびとが騒いだ時代があった。
「まだ、竜族が始祖種の代わりに大陸の守護者として生まれたのだと、認識されてない頃だったからね」
湖畔で語る竜王の言葉に、幼い竜兵達は表情を曇らせる。
「だが」
美しい竜王がぱちんと指を鳴らすと、湖面が波立ち、獣の姿を取った。
「『竜王に害意がある者を決して通さない』この湖が、こうして不届き者を追い返し、当時の竜王を守ったのだよ」
「やはり竜王様はすごいんですね!」
興奮気味になる竜兵の長兄に、竜王はゆるりと笑み返してみせた。
04/10-郷愁
ノスタルジア、という地域がある。郷愁の名を冠したその地には、古くから吸血鬼が棲んでいた。
『鬼』とは異なる生態系を持ち、『鬼』とは違ってひとの姿に近く、理性も保っている。だが、ひとの血を好んですすり、不死者の眷属を増やすあたりは、フィムブルヴェートのどの種族とも違う。
彼らがどこから来たのか。『霧』に閉ざされた世界では最早わからない。たしかなのは、彼らがひとに害をなす脅威であることだけだ。
「……害獣と同じだな」
心臓を貫かれて朝日に溶けてゆく吸血鬼を、蒼い瞳で見下ろしながら、吸血鬼狩りの青年は、仕込み杖の刃についた血を振り払って、納刀した。畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
灰君が一旦終息したので、北の大陸の番外編を始めました。
GWの文フリで刊行する下巻の範囲に足を突っ込んだ話が多いのは、上巻範囲縛りにすると、掘り下げる事が少ないからです!
次→650
04/01-鮮烈
『私はこの世界「アルファズル」で起きた、大きな戦乱と、その先にある始祖種と神の戦いを、生涯を懸けて、物語として記すことにした。
その為に、東西南北四つの大陸を旅し、現地のひとびとから伝説を語り聞いて、懸命に書き留めた。
北の大陸フィムブルヴェートで聞いた伝承も、始祖種ダイナソアの竜兵と人間の王子の愛の物語は、私の心に鮮烈な印象を焼きつけた。
しかし、それは本伝「雪が解けて春になる」に書くとして、この番外編では、本伝で語られることの無い小さな出来事を記してゆこう。』
(シフィル・リードリンガー著『アルファズル戦記 異聞録』)
04/02-呪文
呪文のように繰り返された。
「そなたは英雄リヴァティの正統なる子孫。生まれながらにしての王の器なのですよ」
だから傲然とあった。なのに格下の連中は自分を恐れて離れていった。
「下々の顔色など疑わなくて良いのです。失礼な者は切り捨てなさい」
言われた通りにした。誰も自分をまっすぐに見なくなった。正面から見てくるのは、弟だけになった。
「あのような下賎な血を引く者と、そなたが、対等などとあり得ないのです」
心地の良い呪いの言葉にすがった。
結果、母は毒の入った茶を飲んでひっくり返った。
命じたのは自分だ。
ああ、やっと解き放たれる。
04/03-追憶
母の祖国へ、一度だけ行ったことがある。叔母を埋葬するためだ。彼女が悪意を受け続けた国に弔うのは嫌だと、母が言ったのだ。
薄ピンクの桜が舞う中、母方の祖父が立ち会った。叔母は庶子で皇女とは認められなかったが、祖父はきちんとこのひととその母親を愛していたのだと思い知った。
墓石の前で、はなをすすり上げながら泣く、幼い従弟の手を握り、この子は自分が守らないといけないと誓った。自分に優しかった叔母の分まで。
なのに。
兄の凶刃の前に、従弟は桜のように儚く散った。
追憶の中で、あの子は今も朗らかに笑っているのに、もう握る手はここに無い。
04/04-摩耗
「お前は本当に馬に乗るのが下手だな」
親友兼相方のマイケルに馬上から見下ろされて、ニーザは軽く舌打ちした。
「なんでお前はそんなしれっと乗りこなしているんだ」
主君のヒオウ王子さえ、やんちゃな馬に振り回され、手こずっている。ニーザに至っては、何回振り落とされたかわからない。心が摩耗して折れても仕方無いくらいだ。
なのに、このなんでもそつなくこなす幼馴染は、主君の先すら超えて、馬をどうどうとなだめている。
『マイケルは本当にすごいな』
お世辞でもなんでもなく、あるじは言うのだ。
『ニーザも。よく諦めない』
本当に、悪気が無いから、困ったひとだ。
04/05-逆説
「おはよう、コウ」
やたら野太い声が聞こえる。自分をその名で呼ぶ者は、ひとりしかいない。
振り返ると、筋骨隆々として、自分より背の高くなった、銀の髪に金の瞳の竜兵が、軽々と自分を抱き上げた。
「ゼファー!?」
驚いた自分の声が高い。
「はは、コウは可愛いね」
言われて自分の身をあらためる。髪が伸びて、男には無い凹凸がある。
悲鳴をあげたところで、寝台の上にがばりと起き上がって目が覚めた。
「願望が逆説的に叶った夢じゃないですか」
あまりにもあんまりだったので、軍師にこぼしたら、彼は腕組みして『そんな話を俺にするな』とばかりにうんざりしていた。
04/06-桎梏
『隷属国の娘の子が、王子面をして』
血筋を尊ぶ連中は、そう言って嗤った。
『あなた様こそが、この国の希望なのです』
民は兄のいない隙に、すがりついてきた。
どう足掻いても自由にならない、桎梏で雁字搦めにされた人生で終わるのだと思っていた。
それなのに。
「コウ!」
君が私のもうひとつの名前を呼ぶ度に、どれだけ嬉しくなったことか。その笑顔に、磨り減った精神をどれだけ救われたことか。
だから、君の力になろう。若くして大陸の命運を背負った君の槍に、盾になって、守り抜こう。
幼い頃、誰かを守ることの大切さを教えてくれた、君のために、この命を懸ける。
04/07-沈殿
母の言葉は呪いだった。
『神にもなれる血筋なのに、兄の役にすら立てないとは、そなたは失敗作であることよ』
『ああ、ああ、あの女の息子のようにうざったい。その顔をわたくしに見せるでない』
『おまえなぞ、産むのではなかった』
自分勝手な言葉は、わたしの心の泉に、毒を沈殿させていった。
王宮の奥に押し込められて、使用人にも無視されて、泣いてばかりの日々。
『ぴいぴい泣くな。うっとうしい』
そうぶっきらぼうに言いながら、白い薔薇を手折って差し出した兄の顔は、逆光でどういう表情をしているかわからなかった。
だけど、たしかに彼はわたしの太陽になった。
04/08-昏迷
この大陸は、ひとを『鬼』にする『霧』に覆われている。いつからそうなのかわからない。ただ、かつて外の大陸との交流はあり、『霧』によってそれが全て遮断されたのはたしかだ。
僕の叔母も、水を汲みに行って、うっかり『霧』に触れてしまった。叔父がどんなに呼びかけても、昏迷に陥ったように応じず、虚ろな顔は次第次第に白く変わっていった。
『娘にこんな母親を見せるくらいなら』
叔父は剣を持ち出し、反応しない叔母を斬った。白い血を噴き上げながら仰向けに倒れてゆく叔母は、ひとならざる顔で、ゆるりと優しく微笑んで。
『……ゴメンネ』
と涙一筋をこぼした。
04/09-逸脱
竜族は、過ぎたる力を持ってこの大陸を脅かす、摂理から逸脱した存在だと、ひとびとが騒いだ時代があった。
「まだ、竜族が始祖種の代わりに大陸の守護者として生まれたのだと、認識されてない頃だったからね」
湖畔で語る竜王の言葉に、幼い竜兵達は表情を曇らせる。
「だが」
美しい竜王がぱちんと指を鳴らすと、湖面が波立ち、獣の姿を取った。
「『竜王に害意がある者を決して通さない』この湖が、こうして不届き者を追い返し、当時の竜王を守ったのだよ」
「やはり竜王様はすごいんですね!」
興奮気味になる竜兵の長兄に、竜王はゆるりと笑み返してみせた。
04/10-郷愁
ノスタルジア、という地域がある。郷愁の名を冠したその地には、古くから吸血鬼が棲んでいた。
『鬼』とは異なる生態系を持ち、『鬼』とは違ってひとの姿に近く、理性も保っている。だが、ひとの血を好んですすり、不死者の眷属を増やすあたりは、フィムブルヴェートのどの種族とも違う。
彼らがどこから来たのか。『霧』に閉ざされた世界では最早わからない。たしかなのは、彼らがひとに害をなす脅威であることだけだ。
「……害獣と同じだな」
心臓を貫かれて朝日に溶けてゆく吸血鬼を、蒼い瞳で見下ろしながら、吸血鬼狩りの青年は、仕込み杖の刃についた血を振り払って、納刀した。畳む
#アルファズル戦記
#雪が解けて春になる
2026年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
15年前の今日の話。
まだつらいひともいらっしゃると思うので、畳みます。
今日、話しかけようとしたら「人と話したくない」って完全に塞ぎ込んでいるひとがいて、機嫌悪いのかな、と思っていた呑気な私がいました。
が、後から話せる状態になったので聞いたら、3.11がものすごいトラウマとのこと。
私が呑気すぎた……。
15年前の今日、私はお台場で新しい派遣の仕事を始め、研修最終日の試験を受けていました。
「あの時刻」にまさに。
揺れて揺れて、近くの工事中のビルで火災が起きて、生まれて初めてと言っていいくらい、死というものは傍らに寄り添っているのだと痛感しました。
その後7時間かけて帰宅しました。よく帰宅できたな……。携帯の電池は底をついていました。
ブーツで数駅歩いたので、次の日はすごい筋肉痛でした。
あれからもう15年なんですねえ……。
一番下の甥はあの日を知りません。生まれていないから。
姪たち2人は、家にいて、テーブルの下に咄嗟に潜ったそうです。
あの子たちも、ずいぶん立派になりました。
そして私は今日もぼんやりと生きています。
また明日、もしくは今夜、また揺れるかもしれないと、気にしていたら生きられないので。
でも、あの日見た黒煙、返ってこなかったメール、雨の冷たさ、つった足、「電車動きまーす!」と叫んだ駅員さんの声。
何もかもが、最近の記憶より今も明瞭に脳裏に浮かぶのです。畳む
#生きる
まだつらいひともいらっしゃると思うので、畳みます。
今日、話しかけようとしたら「人と話したくない」って完全に塞ぎ込んでいるひとがいて、機嫌悪いのかな、と思っていた呑気な私がいました。
が、後から話せる状態になったので聞いたら、3.11がものすごいトラウマとのこと。
私が呑気すぎた……。
15年前の今日、私はお台場で新しい派遣の仕事を始め、研修最終日の試験を受けていました。
「あの時刻」にまさに。
揺れて揺れて、近くの工事中のビルで火災が起きて、生まれて初めてと言っていいくらい、死というものは傍らに寄り添っているのだと痛感しました。
その後7時間かけて帰宅しました。よく帰宅できたな……。携帯の電池は底をついていました。
ブーツで数駅歩いたので、次の日はすごい筋肉痛でした。
あれからもう15年なんですねえ……。
一番下の甥はあの日を知りません。生まれていないから。
姪たち2人は、家にいて、テーブルの下に咄嗟に潜ったそうです。
あの子たちも、ずいぶん立派になりました。
そして私は今日もぼんやりと生きています。
また明日、もしくは今夜、また揺れるかもしれないと、気にしていたら生きられないので。
でも、あの日見た黒煙、返ってこなかったメール、雨の冷たさ、つった足、「電車動きまーす!」と叫んだ駅員さんの声。
何もかもが、最近の記憶より今も明瞭に脳裏に浮かぶのです。畳む
#生きる
小説ページを! 少してこ入れしました!!
ずっと文字が小さすぎて見えてなかったのを、「レスポンシブが有効になっていない」とアドバイスを受けて、無理矢理ですが反映させるコードを突っ込みました。
その前にcssを少しいじってしまって、本文文字だけ大きくしてしまったので、後々直します。
いやー……オンラインイベントラッシュが来るまでに間に合って良かった……。
あと、「MORE」を押しても「MORE」って表示されたままなのがめちゃくちゃ気になって仕方無かったので、開いたら「CLOSE」になるように、これも力技しました。
ちょいちょい今後も直してゆくと思います。
#まんじゅうのサイト改装奮闘記
ずっと文字が小さすぎて見えてなかったのを、「レスポンシブが有効になっていない」とアドバイスを受けて、無理矢理ですが反映させるコードを突っ込みました。
その前にcssを少しいじってしまって、本文文字だけ大きくしてしまったので、後々直します。
いやー……オンラインイベントラッシュが来るまでに間に合って良かった……。
あと、「MORE」を押しても「MORE」って表示されたままなのがめちゃくちゃ気になって仕方無かったので、開いたら「CLOSE」になるように、これも力技しました。
ちょいちょい今後も直してゆくと思います。
#まんじゅうのサイト改装奮闘記
『灰になるまで君を呼ぶ』03/01~03/10
#語彙トレ2026 3月上旬です。
まだ3月ですが、灰君はクライマックスに向かっています。
前回→618
続き→632
03/01-撹拌
「ディックス!」
「無事だったか!」
「ったく、悪運はいいよなお前も」
マオと共にエンリルに乗り込むと、LINKSの同志達が出迎え、ばしばし叩いてきた。狸に拘束されたはずではなかったかと思うが、ギルガメッシュの機械化を思えば、留置所の鍵を無効化するのも朝飯前だろう。
「俺達も行くぜ、あの狸とエンリケの野郎をぶっ飛ばしによ」
頼もしい同僚達に笑い返した時。
ごう、と炎が窓の外をなめ、さっきまでいた町を一瞬にして火の海にした。
人も建物も溶け、まるでクリームのように撹拌されてどろどろの大地になる。その上を、『終焉の獣』アヌナークが飛び去っていった。
03/02-萌芽
行く先の大地を焼き尽くしながら、アヌナークはアサル=アリムへ向かって飛んでゆく。幸い、武器を搭載せずに御せる分、エンリルの方が速く飛べるので、破壊の萌芽がヴァルファレスを覆う前に、首都に帰りついて、大統領の手からレイティス達を取り戻さなくてはならない。
彼女はアグレイシアとの和平の為に必要な存在だ。決して失われてはならない。
それと同じくらい、ティナは自分の中で深く根を張っている。家族に恵まれなかった彼女には、もう自分しかいない。次に手を握ったら、もう二度と手を離さない。
決意するディックスの視界に、アヌナークの接近で混乱する首都が見えてきた。
03/03-爛漫
摩天楼が並び立ち、その輝きから『爛漫の夜景』と呼ばれた、アサル=アリム首都ヴァルファレスは、混乱の極みにあった。誰もが破壊兵器の接近に混乱に陥り、首都を脱出しようと押し合い圧し合い、老人が踏み潰され、親とはぐれた子供が人波に流されるのが、エンリルの窓からでも見える。
混沌の極みを眼下に見ながら、エンリルはただひとつの建物を目指して飛ぶ。
ヴォルフ大統領が君臨する、エヴァータワーを。
『最上階に着けるぞ』
脳を組み込まれたギルガメッシュが、エンリル内に響き渡る機械音声で告げれば、LINKSの誰もが、手を叩いて喝采の嵐を巻き起こした。
03/04-朧
強化ガラス越しに朧気に見える満月を、革張りチェアに座りながら見上げて、ヴォルフ大統領はぷかぷかと葉巻をふかしていた。やがて振り向く先には、エンリケに銃を突きつけられたレイティスと、その後ろに、顔色の悪いティナがいる。
「簡単なことですよ、皇女殿下」
でっぷりとした体を持ち上げ、レイティスの鼻先に葉巻を突き付ける。
「皇国と連絡を取る手段はお持ちでしょう? 貴女の騎士に、宰相を通して敗北宣言一言お願いします、と言えば、この戦いは終わる」
「終わりません」
皇女は強い目力で見返す。
「あなた方権力者の起こした戦は、ただの破壊行動です」
03/05-予兆
大統領の顔が醜く歪んだ。葉巻の火をレイティスに押し付けようとした瞬間、ティナが咄嗟に腕を割り込ませて、そこで火を受けた。兵服が焦げて肌にも確実に火傷を負ったはずなのに、苦痛ひとつ見せない。それには、大統領もエンリケも唖然とする。
さらには、駆動音が強化ガラス越しに聞こえてくる。
それを予兆に、ガラスを破る大轟音が響いて、『鋼鉄の鳥』エンリルがエヴァータワーの最上階に突っ込んできた。
「レイティス!」
仰天して腰を抜かす大統領にも、呆気に取られるエンリケにも構わず、搭乗口から身を乗り出してディックスは叫んだ。
「ティナも! 一緒に来い!!」
03/06-孤独
ずっと独りだと思っていた。
父に愛されず、周囲からは敬遠され、兵士達と出撃しても距離を取られた。
孤独の中で、独り心まで凍りついて、人生を終えるのだと思っていた。
それなのに。
「ティナ!」
その身に始祖種の血を宿した幼馴染は、炎のように情熱的に自分の名を呼び、手を伸ばすのだ。
まるで、灰になって燃え尽きても構わないと。その灰の中から、伝説の不死鳥のごとく蘇ってみせようとばかりに。
手を伸ばそうとしたところに、エンリケが銃を向ける。一睨みでその手ごと氷結させる。
レイティスが『鋼鉄の鳥』に乗り込む。それに続けば、しっかりと抱き締められた。
03/07-幻視
皇女とその護衛を連れて、『鋼鉄の鳥』がエヴァータワーから飛び去る。びょうびょうと高層の風が吹き込む中、エンリケは、へたり込んで変な笑いを漏らし続ける大統領に目を向けた。
「は……はは……。儂が三国を……マルディアスを……」
葉巻が手からぽろりとこぼれ落ちる。最早彼は、自分が覇者になる、ありえない未来を幻視して、エンリケのことどころか、現実も見えていないだろう。
砕けたガラスのカンバスに、『終焉の獣』アヌナークが大写しになる。大統領は、迫る死を認めず笑っている。
これが裏切り者の末路か。
エンリケの凍った手が砕け落ち、アヌナークが火を吹いた。
03/08-散逸
アヌナークは『終焉の獣』さながら、ヴァルファレスに破壊をもたらした。地面が燃え、建物が溶けて、人々が逃げ惑う。国軍の将は散逸した兵を引き留めようと必死だが、人の力の及ばぬ獣の前には無力だった。
「ギル」
ディックスは銃に弾込めをしながら、養父に呼びかける。
「皇女の言葉を三国救難チャンネルで。その間に俺がアヌナークに乗り込んで、姉さんを」
言いさして一瞬目を閉じ、無邪気に笑っていた赤髪の少女の幻を振り払う。
「アヌナークの核を撃つ」
『……わかった』
こちらの覚悟を受け取ってくれたのだろう。アンドロイドの養父はこくりと頷いた。
03/09-瓦解
「ディックス」
冷たい手が、銃を握る手の甲に触れた。
「私も行く。炎のヴァーンの加護を受けるアヌナークには、私の力が効くかもしれない」
ティナはあくまで淡々と語る。正直なところ、彼女を死地に同行させたくはない。ティナには、日の当たる場所で穏やかに笑っていて欲しい。
彼女が一人でそれをすることを望まないと知っているから、ディックスは溜息ひとつ落とし、幼馴染の黒い瞳を見つめる。
「俺から離れるなよ」
ティナが軽く頷く。
『お前達が失敗すれば、全てが瓦解し、マルディアスは滅びる。心しろ』
ギルガメッシュが告げる中、エンリルはアヌナークに接近した。
03/10-煽情
『アグレイシアの皆さん、今こそ反撃の時です』
艶を帯びた煽情的な声がラジオから聞こえる。違う。彼女はこんな、女を武器にした媚びるような喋り方をしない。
『ジュメールはアサル=アリムと共謀して破壊兵器を持ち出し、天罰を食らいました。正義は我々にあるのです。アグレイシアこそが、マルディアスの頂点に立つべく、皆さんのお力を貸してください』
彼女と全く違う容姿の女性が放送機器に向かって語るのを、ブリームがにやにやと満足げに見守っている。
いっそここで斬り捨てられたら。歯痒さを噛み締めていると。
『皆さん、騙されないでください』
凛とした声が割り込んだ。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
#語彙トレ2026 3月上旬です。
まだ3月ですが、灰君はクライマックスに向かっています。
前回→618
続き→632
03/01-撹拌
「ディックス!」
「無事だったか!」
「ったく、悪運はいいよなお前も」
マオと共にエンリルに乗り込むと、LINKSの同志達が出迎え、ばしばし叩いてきた。狸に拘束されたはずではなかったかと思うが、ギルガメッシュの機械化を思えば、留置所の鍵を無効化するのも朝飯前だろう。
「俺達も行くぜ、あの狸とエンリケの野郎をぶっ飛ばしによ」
頼もしい同僚達に笑い返した時。
ごう、と炎が窓の外をなめ、さっきまでいた町を一瞬にして火の海にした。
人も建物も溶け、まるでクリームのように撹拌されてどろどろの大地になる。その上を、『終焉の獣』アヌナークが飛び去っていった。
03/02-萌芽
行く先の大地を焼き尽くしながら、アヌナークはアサル=アリムへ向かって飛んでゆく。幸い、武器を搭載せずに御せる分、エンリルの方が速く飛べるので、破壊の萌芽がヴァルファレスを覆う前に、首都に帰りついて、大統領の手からレイティス達を取り戻さなくてはならない。
彼女はアグレイシアとの和平の為に必要な存在だ。決して失われてはならない。
それと同じくらい、ティナは自分の中で深く根を張っている。家族に恵まれなかった彼女には、もう自分しかいない。次に手を握ったら、もう二度と手を離さない。
決意するディックスの視界に、アヌナークの接近で混乱する首都が見えてきた。
03/03-爛漫
摩天楼が並び立ち、その輝きから『爛漫の夜景』と呼ばれた、アサル=アリム首都ヴァルファレスは、混乱の極みにあった。誰もが破壊兵器の接近に混乱に陥り、首都を脱出しようと押し合い圧し合い、老人が踏み潰され、親とはぐれた子供が人波に流されるのが、エンリルの窓からでも見える。
混沌の極みを眼下に見ながら、エンリルはただひとつの建物を目指して飛ぶ。
ヴォルフ大統領が君臨する、エヴァータワーを。
『最上階に着けるぞ』
脳を組み込まれたギルガメッシュが、エンリル内に響き渡る機械音声で告げれば、LINKSの誰もが、手を叩いて喝采の嵐を巻き起こした。
03/04-朧
強化ガラス越しに朧気に見える満月を、革張りチェアに座りながら見上げて、ヴォルフ大統領はぷかぷかと葉巻をふかしていた。やがて振り向く先には、エンリケに銃を突きつけられたレイティスと、その後ろに、顔色の悪いティナがいる。
「簡単なことですよ、皇女殿下」
でっぷりとした体を持ち上げ、レイティスの鼻先に葉巻を突き付ける。
「皇国と連絡を取る手段はお持ちでしょう? 貴女の騎士に、宰相を通して敗北宣言一言お願いします、と言えば、この戦いは終わる」
「終わりません」
皇女は強い目力で見返す。
「あなた方権力者の起こした戦は、ただの破壊行動です」
03/05-予兆
大統領の顔が醜く歪んだ。葉巻の火をレイティスに押し付けようとした瞬間、ティナが咄嗟に腕を割り込ませて、そこで火を受けた。兵服が焦げて肌にも確実に火傷を負ったはずなのに、苦痛ひとつ見せない。それには、大統領もエンリケも唖然とする。
さらには、駆動音が強化ガラス越しに聞こえてくる。
それを予兆に、ガラスを破る大轟音が響いて、『鋼鉄の鳥』エンリルがエヴァータワーの最上階に突っ込んできた。
「レイティス!」
仰天して腰を抜かす大統領にも、呆気に取られるエンリケにも構わず、搭乗口から身を乗り出してディックスは叫んだ。
「ティナも! 一緒に来い!!」
03/06-孤独
ずっと独りだと思っていた。
父に愛されず、周囲からは敬遠され、兵士達と出撃しても距離を取られた。
孤独の中で、独り心まで凍りついて、人生を終えるのだと思っていた。
それなのに。
「ティナ!」
その身に始祖種の血を宿した幼馴染は、炎のように情熱的に自分の名を呼び、手を伸ばすのだ。
まるで、灰になって燃え尽きても構わないと。その灰の中から、伝説の不死鳥のごとく蘇ってみせようとばかりに。
手を伸ばそうとしたところに、エンリケが銃を向ける。一睨みでその手ごと氷結させる。
レイティスが『鋼鉄の鳥』に乗り込む。それに続けば、しっかりと抱き締められた。
03/07-幻視
皇女とその護衛を連れて、『鋼鉄の鳥』がエヴァータワーから飛び去る。びょうびょうと高層の風が吹き込む中、エンリケは、へたり込んで変な笑いを漏らし続ける大統領に目を向けた。
「は……はは……。儂が三国を……マルディアスを……」
葉巻が手からぽろりとこぼれ落ちる。最早彼は、自分が覇者になる、ありえない未来を幻視して、エンリケのことどころか、現実も見えていないだろう。
砕けたガラスのカンバスに、『終焉の獣』アヌナークが大写しになる。大統領は、迫る死を認めず笑っている。
これが裏切り者の末路か。
エンリケの凍った手が砕け落ち、アヌナークが火を吹いた。
03/08-散逸
アヌナークは『終焉の獣』さながら、ヴァルファレスに破壊をもたらした。地面が燃え、建物が溶けて、人々が逃げ惑う。国軍の将は散逸した兵を引き留めようと必死だが、人の力の及ばぬ獣の前には無力だった。
「ギル」
ディックスは銃に弾込めをしながら、養父に呼びかける。
「皇女の言葉を三国救難チャンネルで。その間に俺がアヌナークに乗り込んで、姉さんを」
言いさして一瞬目を閉じ、無邪気に笑っていた赤髪の少女の幻を振り払う。
「アヌナークの核を撃つ」
『……わかった』
こちらの覚悟を受け取ってくれたのだろう。アンドロイドの養父はこくりと頷いた。
03/09-瓦解
「ディックス」
冷たい手が、銃を握る手の甲に触れた。
「私も行く。炎のヴァーンの加護を受けるアヌナークには、私の力が効くかもしれない」
ティナはあくまで淡々と語る。正直なところ、彼女を死地に同行させたくはない。ティナには、日の当たる場所で穏やかに笑っていて欲しい。
彼女が一人でそれをすることを望まないと知っているから、ディックスは溜息ひとつ落とし、幼馴染の黒い瞳を見つめる。
「俺から離れるなよ」
ティナが軽く頷く。
『お前達が失敗すれば、全てが瓦解し、マルディアスは滅びる。心しろ』
ギルガメッシュが告げる中、エンリルはアヌナークに接近した。
03/10-煽情
『アグレイシアの皆さん、今こそ反撃の時です』
艶を帯びた煽情的な声がラジオから聞こえる。違う。彼女はこんな、女を武器にした媚びるような喋り方をしない。
『ジュメールはアサル=アリムと共謀して破壊兵器を持ち出し、天罰を食らいました。正義は我々にあるのです。アグレイシアこそが、マルディアスの頂点に立つべく、皆さんのお力を貸してください』
彼女と全く違う容姿の女性が放送機器に向かって語るのを、ブリームがにやにやと満足げに見守っている。
いっそここで斬り捨てられたら。歯痒さを噛み締めていると。
『皆さん、騙されないでください』
凛とした声が割り込んだ。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
『灰になるまで君を呼ぶ』02/01-02/10
#語彙トレ2026 まとめました。主人公ピンチ。
前回→591
続き→613
02/01-潜伏
マオを加えて三人になった一行は、サイドカー付きの中古車に乗り換え、戦争から逃げてきたきょうだいを装ってジュメールの国境街に入った。
上手く潜伏できたと思う。のだが、どうにも身体が重い。マオを拾った町を出てから五日。自分の悪い勘が当たるなら、潜伏期間を経た頃だろう。
「マオ」
だらだらと汗を流しながら少年の名を呼び、硬貨の入った革袋を放る。
「目立たない裏通りの宿で二部屋取れ。で、闇医者を探せ。間違ってもまっとうな医者を呼ぶなよ」
そこまで言ったところで、ディックスの意識は沈み込む。
「ディーク!?」
レイティスの声が遠くに聞こえた。
02/02-呻吟
浅い呼吸の合間に呻吟が混じる。氷嚢を載せても、高熱の前にあっという間に溶ける。
「こりゃ、アタシにもどうしようもないね」
お手上げ、とばかりに闇医者の女は両肩をすくめた。
「あんたら、同じ場所から来たんだろ? 伝染病にしても、なんでこのぼうやだけ発症して、あんたらがピンピンしてるのか、わからない」
「ディーク、しぬの?」
レイティスが涙目で闇医者を見つめる。女は溜息をつき、首を横に振る。
「ビザーリム研究所まで行けばあるいは。だけど、あんな気のおかしい連中の吹き溜まりにあんたらをやれないよ」
レイティスの表情が、絶望的になった。
02/03-狡猾
「レティ、間違っても兄ちゃんを救うためにビザーリムに一人で行くとかすんなよ」
マオはディックスにつきっきりの子供返り皇女に声をかける。どこの国にも属さない町で育ったマオにとっては、どこの国も敵だ。だけどディックスは、LINKSであることを隠さずに、レイティスがアグレイシアの皇女であることも話してくれた。自分を一人の男として見込んでくれたのだ。……と前向きな解釈をする。
「レティは兄ちゃんを看てろよ」
マオの言葉に、皇女はゆるゆる頷く。それを見て部屋を出る。
我ながら、こういうのは『狡猾』と言うのだったか。
「命賭けてみたいじゃん、男ならさ」
02/04-残照
マオは宿を出て裏通りを走る。
ビザーリム研究所というのがどこかはわからない。酒場に行っても、「ガキはおうちでミルクでも飲んでな」と叩き出されるだろう。
行くあても無いまま、山脈に落ちる残照をぼんやりと眺めていると、ひゅうっと冷たい風が吹いた気がして、顔を上げる。そしてぎょっとした。
いつの間にか、茶髪に黒瞳の女性がマオを見下ろしていた。気配など無かった。驚きで心臓がすくみあがる。
「あなた」女が口を開く。「ディックスを助けに行くつもり?」
何故知っているのか。警戒心を満たして睨みつけると、女はゆるゆると首を横に振った。
02/05-微睡む
青年にもたれかかったまま、微睡みに落ちたレイティスは夢を見た。
氷色の瞳を持つ男が、自分を見つめている。
『どうか今は、堪え忍んでください』
両手を握り締める手はひんやりとしている。
『ブリームの企みから貴女を逃すには、これしか無い』
貴方も一緒にと言っても、彼の決意が覆ることは無い。
『貴女は外からの援助を。私は内から奴を崩します』
そして彼は背を向けて去ってゆく。行かないでと手を伸ばしても届かない。
「ジーク!」
叫びながらばっと顔を上げる。
そうだ。何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことを。
涙が頬を伝った。
02/06-遡及
「その言い分は認められません」
「しかしながら、皇女殿下」
凛と背を伸ばして睨み付けても、宰相は飄々と肩をすくめた。
「『皇王が政務に就けない場合、宰相にその権限を譲渡する』、これは陛下が倒れられた半年前まで遡及して有効です」
半年以上前からお前が仕込んでいたのだろうが。殴りかかりたい拳を握り締め、怒りを飲み込む。
「ならば、わたくしはやはりアサル=アリムに赴き、父上を治す術を探し、同時に、ジュメールに対抗する同盟を結んでまいりましょう」
ブリームがあからさまに嫌そうな顔をする。自分の背後で護衛騎士が痛快に唇を持ち上げる気配がわかった。
02/07-深淵
結局ジークハルトを皇都に置いたまま、少数の護衛を伴って国を出た。それをブリームが見逃すはずが無かった。
アサル=アリムの街道をゆく途中で、馬車が賊に襲われ、御者を斬り捨てられた暴れ馬は土手を落ちて、河に放り出された。
深淵に沈みゆく中、護衛騎士の名をあぶくで繰り返しながら、意識を失い、すべてを仕組んだ宰相の手の者に引き上げられた時には、理性も失っていた。
護送の途中で、LINKSと戦闘になっていなかったら、自分は人知れず消されて遺体が国に帰っていただろう。
だが、自分は生きているのだ。
「ディーク」
苦しそうな青年に呼びかける。
「ありがとう」
02/08-禁忌
ティナ・シュミットと、女性は名乗った。ディックスの幼馴染だとも。その割には、アグレイシア軍の兵服を着ていて、どうにも胡散臭い。
「信じなくてもいい。でも、今は目的を同じにする同志だと思って」
無表情で言い切るのも怪しい。だが、マオの子供ながらの勘は、嫌悪感で突き放すのは悪手だと告げていた。
「おそらく、ジュメールは禁忌を犯した。LINKSの介入を恐れ、始祖種ヴァーンだけを殲滅するウィルスを、『鋼鉄の獣』に搭載していた」
淡々と語るティナの話が全部わかるわけではない。ただ、子供の自分にもわかる。ジュメールが、三国一の悪党だと。
02/09-翻弄
ティナと共にゆく道は、戦争に翻弄されたひとびとの絶望の残骸だった。建物の陰にもたれかかったまま息絶えている軍人。明日の食料に餓えた老人。親を求めて泣いている、自分より幼い子供。
「ジュメールは敵じゃないの?」
彼らに目もくれずすたすたと進むティナとの沈黙に耐えかねて訊ねれば、彼女は淡々と返してくる。
「たしかに、戦に敵と味方はある。だけど善悪は無い。誰もが我が国が正義だと言い張り、誰もが己の悪行から目を逸らす」
少年を見下ろすティナの表情は、やはり冷たいままだ。
「あなたはこちら側に来てはいけない。撃たずに、ただ公正に、事実を見ていて」
02/10-瓦礫
瓦礫の山を漁っている少女がいた。服は薄汚れて、むき出しの腕や足はあちこちが傷ついている。埋もれそうなほどに体を突っ込んで、何かを探している。
「……何やってんだよ」
マオは見過ごせず声をかける。少女はびくりと身をすくませ、のそのそと這い出てきた。
「ママの」
つぶらな目を潤ませる。
「ママの形見のペンダントが、この中に」
見つかるはずが無い。潰されて、自分も瓦礫の一部になるのが関の山だ。そう告げようとした時、ティナが瓦礫の前に膝をついて、手を触れる。そこから鉄屑の山が凍りついて砕け、きらきら光るトパーズのペンダントが残った。畳む
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前回→591
続き→613
02/01-潜伏
マオを加えて三人になった一行は、サイドカー付きの中古車に乗り換え、戦争から逃げてきたきょうだいを装ってジュメールの国境街に入った。
上手く潜伏できたと思う。のだが、どうにも身体が重い。マオを拾った町を出てから五日。自分の悪い勘が当たるなら、潜伏期間を経た頃だろう。
「マオ」
だらだらと汗を流しながら少年の名を呼び、硬貨の入った革袋を放る。
「目立たない裏通りの宿で二部屋取れ。で、闇医者を探せ。間違ってもまっとうな医者を呼ぶなよ」
そこまで言ったところで、ディックスの意識は沈み込む。
「ディーク!?」
レイティスの声が遠くに聞こえた。
02/02-呻吟
浅い呼吸の合間に呻吟が混じる。氷嚢を載せても、高熱の前にあっという間に溶ける。
「こりゃ、アタシにもどうしようもないね」
お手上げ、とばかりに闇医者の女は両肩をすくめた。
「あんたら、同じ場所から来たんだろ? 伝染病にしても、なんでこのぼうやだけ発症して、あんたらがピンピンしてるのか、わからない」
「ディーク、しぬの?」
レイティスが涙目で闇医者を見つめる。女は溜息をつき、首を横に振る。
「ビザーリム研究所まで行けばあるいは。だけど、あんな気のおかしい連中の吹き溜まりにあんたらをやれないよ」
レイティスの表情が、絶望的になった。
02/03-狡猾
「レティ、間違っても兄ちゃんを救うためにビザーリムに一人で行くとかすんなよ」
マオはディックスにつきっきりの子供返り皇女に声をかける。どこの国にも属さない町で育ったマオにとっては、どこの国も敵だ。だけどディックスは、LINKSであることを隠さずに、レイティスがアグレイシアの皇女であることも話してくれた。自分を一人の男として見込んでくれたのだ。……と前向きな解釈をする。
「レティは兄ちゃんを看てろよ」
マオの言葉に、皇女はゆるゆる頷く。それを見て部屋を出る。
我ながら、こういうのは『狡猾』と言うのだったか。
「命賭けてみたいじゃん、男ならさ」
02/04-残照
マオは宿を出て裏通りを走る。
ビザーリム研究所というのがどこかはわからない。酒場に行っても、「ガキはおうちでミルクでも飲んでな」と叩き出されるだろう。
行くあても無いまま、山脈に落ちる残照をぼんやりと眺めていると、ひゅうっと冷たい風が吹いた気がして、顔を上げる。そしてぎょっとした。
いつの間にか、茶髪に黒瞳の女性がマオを見下ろしていた。気配など無かった。驚きで心臓がすくみあがる。
「あなた」女が口を開く。「ディックスを助けに行くつもり?」
何故知っているのか。警戒心を満たして睨みつけると、女はゆるゆると首を横に振った。
02/05-微睡む
青年にもたれかかったまま、微睡みに落ちたレイティスは夢を見た。
氷色の瞳を持つ男が、自分を見つめている。
『どうか今は、堪え忍んでください』
両手を握り締める手はひんやりとしている。
『ブリームの企みから貴女を逃すには、これしか無い』
貴方も一緒にと言っても、彼の決意が覆ることは無い。
『貴女は外からの援助を。私は内から奴を崩します』
そして彼は背を向けて去ってゆく。行かないでと手を伸ばしても届かない。
「ジーク!」
叫びながらばっと顔を上げる。
そうだ。何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことを。
涙が頬を伝った。
02/06-遡及
「その言い分は認められません」
「しかしながら、皇女殿下」
凛と背を伸ばして睨み付けても、宰相は飄々と肩をすくめた。
「『皇王が政務に就けない場合、宰相にその権限を譲渡する』、これは陛下が倒れられた半年前まで遡及して有効です」
半年以上前からお前が仕込んでいたのだろうが。殴りかかりたい拳を握り締め、怒りを飲み込む。
「ならば、わたくしはやはりアサル=アリムに赴き、父上を治す術を探し、同時に、ジュメールに対抗する同盟を結んでまいりましょう」
ブリームがあからさまに嫌そうな顔をする。自分の背後で護衛騎士が痛快に唇を持ち上げる気配がわかった。
02/07-深淵
結局ジークハルトを皇都に置いたまま、少数の護衛を伴って国を出た。それをブリームが見逃すはずが無かった。
アサル=アリムの街道をゆく途中で、馬車が賊に襲われ、御者を斬り捨てられた暴れ馬は土手を落ちて、河に放り出された。
深淵に沈みゆく中、護衛騎士の名をあぶくで繰り返しながら、意識を失い、すべてを仕組んだ宰相の手の者に引き上げられた時には、理性も失っていた。
護送の途中で、LINKSと戦闘になっていなかったら、自分は人知れず消されて遺体が国に帰っていただろう。
だが、自分は生きているのだ。
「ディーク」
苦しそうな青年に呼びかける。
「ありがとう」
02/08-禁忌
ティナ・シュミットと、女性は名乗った。ディックスの幼馴染だとも。その割には、アグレイシア軍の兵服を着ていて、どうにも胡散臭い。
「信じなくてもいい。でも、今は目的を同じにする同志だと思って」
無表情で言い切るのも怪しい。だが、マオの子供ながらの勘は、嫌悪感で突き放すのは悪手だと告げていた。
「おそらく、ジュメールは禁忌を犯した。LINKSの介入を恐れ、始祖種ヴァーンだけを殲滅するウィルスを、『鋼鉄の獣』に搭載していた」
淡々と語るティナの話が全部わかるわけではない。ただ、子供の自分にもわかる。ジュメールが、三国一の悪党だと。
02/09-翻弄
ティナと共にゆく道は、戦争に翻弄されたひとびとの絶望の残骸だった。建物の陰にもたれかかったまま息絶えている軍人。明日の食料に餓えた老人。親を求めて泣いている、自分より幼い子供。
「ジュメールは敵じゃないの?」
彼らに目もくれずすたすたと進むティナとの沈黙に耐えかねて訊ねれば、彼女は淡々と返してくる。
「たしかに、戦に敵と味方はある。だけど善悪は無い。誰もが我が国が正義だと言い張り、誰もが己の悪行から目を逸らす」
少年を見下ろすティナの表情は、やはり冷たいままだ。
「あなたはこちら側に来てはいけない。撃たずに、ただ公正に、事実を見ていて」
02/10-瓦礫
瓦礫の山を漁っている少女がいた。服は薄汚れて、むき出しの腕や足はあちこちが傷ついている。埋もれそうなほどに体を突っ込んで、何かを探している。
「……何やってんだよ」
マオは見過ごせず声をかける。少女はびくりと身をすくませ、のそのそと這い出てきた。
「ママの」
つぶらな目を潤ませる。
「ママの形見のペンダントが、この中に」
見つかるはずが無い。潰されて、自分も瓦礫の一部になるのが関の山だ。そう告げようとした時、ティナが瓦礫の前に膝をついて、手を触れる。そこから鉄屑の山が凍りついて砕け、きらきら光るトパーズのペンダントが残った。畳む
#アルファズル戦記
#灰になるまで君を呼ぶ
えっ? コメント見てて逆にびっくりしたんだけど、ルカの師匠がイーリス一位の人だって気づいてない人いたんです!?
ラクリマちゃんの人形作る時の話の後ろでいたじゃん……?
それは置いといて。
ルカもユリアンと同じ条件で、森(?)の神の異能を授かったのか……。
でもユリアンと反対というか、異能を使う度に命削るの、ちょっとケチじゃありませんこと!? 海の神みたいに、命も百人分あったっていいじゃない!
それも置いといて。
復活して槍を抜いたルカの左手が、指は元に戻ってるか見せない際どい角度だったけど、「もういい」か「大丈夫だ」というかんじで、倒れたアトリアちゃんにかざされるのが、ルカが本当はアトリアちゃんをどう思ってるかが、言葉が無くても伝わるの、めーちゃめちゃいいですね……。
異能のためにどうしても説明多くなっちゃう漫画だけど、だからこそ、こういう無言の演出や、何気無い一言が、心を打ちますね。
しかしララワグさん大丈夫かな……そのうちユリアン達の前で、狂った姿を見せてしまいそうというか、もう秒読みだな……。畳む